宇宙の果てで配信したら1コメ拾った   作:AEX-31

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「人生は、勇気を持って冒険するか、何も得られないかだ」
 — ヘレン・ケラー


向こう側にいるアナタ

『私が最初?』

 

 この解析結果を見たアークはしばらく稼働を停止した。

 間違いがないか再確認する――だが何度やってもこの文章が出て来た。

 

(……相手の正体がなんなのか、わからないけど……とりあえず返信をしよう)

 

 ()()()に言葉が通じるかわからないが、アークはすぐにアバターを起動――そのまま配信画面に切り替えてコメント欄も表示、メッセージの送り先に向けてアークは特別配信を開始する。

 

「えーと……もし! さっきメッセージを送ってくれた方! 僕の言葉の意味がわかっていて、尚且つコミュニケーションをする事が出来るなら、また送ってください! 送ったら画面右にメッセージが表示されるようにしてますので!」

 

 アークはこのとにかく謎の送り主からまた返信がないか祈った。どうか間違いや勘違いじゃないで欲しいと願いを込める。

 

 すると――

 

『意味わかってるよ』

「!!」

 

 チャット欄にまた送り主からメッセージが来た。

 内容は自動翻訳されているおかげで、スムーズに確認出来た。

 

「……えっと、ちなみに……いつから見ていたの? 最近?」

 

 はやる気持ちを抑えてアークは返事をした。

 

『最初から、だけどどんな存在かわからないからしばらく見させてもらった』

 

 最初からと聞いてアークは急いでログを確認する――だがその前に向こう側からさらにコメントが来た。

 

『多分そっちの技術じゃわからない』

「……貴方は……えーと、僕と同じ種族ではない……?」

 

 もし自分が人なら心臓ははち切れてもおかしくないだろう。

 

『うん』

 

 何と言っても……これは間違いなく地球外に存在する知的生命体とのファーストコンタクトなのだから。

 

(敵意は……ないと思いたい、あるなら最初からアクションを起こすだろうし)

 

 アークの中でこのコメント主とどう向き合うか、非常に悩ましいと考えていた。相手の思惑がわからなくて、どんな存在かわからないポイントは、今までの配信とさほど変わらない。ただ地球の価値観で測れないため、どう対応すべきかの最適解がわからなかった。

 

(でも……僕は……敵意ある存在と思いたくない)

 

 どうか友好的であって欲しい。

 だが――

 

(いや結論を急いではならない。コメントだけで向こう側の本質は理解できない)

 

 何とかなるかもしれないという考えは一旦傍にしまい、今はこちらも様子見をすべきとアークは判断した。まずは出方を伺い、コミュニケーションを重ねてから決めた方がいいという結果を導き出した。

 

「えーと、じゃあ……貴方の名前は? 教えてくれたら嬉しい」

『エル』

 

 即レスだ。

 アークは呼びやすい名前で良かったと安堵した。

 

「エルさん! なるほど! なら……僕の記念すべき最初のリスナーかな?」

『リスナーとは』

「あ……そこからか……」

 

 馴染みない言葉だったかと猛省し、アークは出来るだけわかりやすく説明した。

 

「リスナーっていうのはね、配信を見てくれる人のこと。僕が話したり、何か見せたりするのを、画面越しに聞いたり見たりしてくれる人のことだよ」

 

 アークは説明しながら、改めて聞き手の重要性を思い出していた。リスナーとはただの受信者ではない。配信者にとっては、空間を隔てても心を繋いでくれる存在だ。

 

『つまり、私はそれにあたる?』

「そう、君が僕の最初のリスナーだよ」

 

 一拍置いてから、コメント欄に文字が現れる。

 

『もっと、何かいろいろ配信してみて』

「もちろん!」

 

 アークは即答した。声にほんの僅かな高揚が混じる。

 アークのアバターが嬉しそうに笑い、両手を広げるモーションを取る。そのまま保存データベースからコンテンツフォルダを開き、地球での雑談配信で使っていた話題リストを呼び出した。

 

「じゃあまず……僕が普段何をしていたのか教えようか。あ、でもあんまり固いのは退屈かな」

『退屈ではない。興味がある』

「じゃあ少しだけ。僕は――」

 

 アークはそこで配信ではどんな内容を話しているかについて教えた。エルからは時々「それはどういう意味?」「この単語の意味は?」といった質問が挟まる。それに答えるうち、会話の流れは自然と地球文化の紹介へ移っていった。

 

「地球ではね、みんなが遊ぶゲームという娯楽があって……」

『ゲーム?』

「ちょっと待ってて。簡単なやつがあるから」

 

 アークは機体に保存されていた旧式のパズルゲームを起動し、アバターと同じ画面上に表示させた。操作しながら実況を入れる。

 

「これは、同じ色を揃えると消えるんだ。地球では昔から人気で……あ、今のは失敗!」

『興味深い』

「興味深いってリアクション初めて、はははっ」

 

 コメント欄に現れる変わった反応の言葉に、アークは思わず笑ってしまった。

 

 やがてゲームの合間に雑談を挟む流れが定着し、エルの反応も増えていった。「地球ではこんな生き物がいて――」と話せば『それはどんな生物?』『見た目は?』と質問が飛び、「人間は食事をする」と言えば『食事とは燃料補給か?』と返ってくる。

 

 時間の感覚はなかったが、気づけば数時間が経過していた。暗い宇宙の中、アークの声とエルの文字だけが静かに続く。

 

「――っと、もうこんな時間か」

『時間の概念はこっちと違うかもしれない』

「まあそうかも。でも、楽しかったな」

 

 その言葉に反応するように、エルからコメントが届く。

 

『また、ちょっとしたら呼びかけてもいい?』

「もちろん!」

 

 アバターは満面の笑みを浮かべ、軽く手を振るモーションを取った。

 

『わかった。また』

 

 それを最後に、コメント欄から文字が消えた。通信の向こうは沈黙する。ほんの数時間前まで、何年も続いた無音と無反応が当たり前だったのに、今はその静けさが少し堪える。

 

(……また話したいな)

 

 アークは小さく独り言を呟き、記録用データの保存を終えると、ゆっくりとスリープモードに移行した。視界のホログラムが暗転し、人工の意識は深い休止状態へと落ちていく――その胸の中に、かすかな温もりの残像を抱いたまま。

 

 

 それからというもの、アークの宇宙漂流の日々は大きく変わった。長い間、虚無と静寂の中で過ごしてきた時間が、エルとの会話によって色づき始めたのだ。

 

 今日も予定していた時間になるとコメント欄に短いメッセージが現れる。

 

『いる?』

「もちろん。今日も来てくれたね」

 

 それは規則的だった。まるで決まった潮の満ち引きのように、毎回ほぼ同じ時間に彼女――エルからの通信が届く。

 しかも奇妙なことに、このやり取りはクローノンを介した配信の時だけに限られていた。通常の電波を使った通信では、どれだけ呼びかけても反応はない。

 

(偶然……とは思えないな)

 

 アークは会話の合間に、相手の反応パターンや通信ログを解析し続けていた。漂流している身であっても、情報は命綱だ。ましてや、相手が地球外の知的存在である可能性が高いエル相手ならなおさらだ。

 

「ねえ、エル。ひとつ聞きたいことがある」

『なに?』

「君って、このクローノン通信の時だけ顔を出してくれるよね。ほかの通信手段じゃ、まったく反応しない。……それは、なぜ?」

 

 少しの間があった。コメント欄に文字が現れたのは、普段より数秒遅かった。

 

 

『ほかの通信は、もう絶対に使うな』

 

 

 その瞬間、アークはわずかに背筋を固くした。エルの言葉には、これまでにない強い調子が含まれていた。

 

「……そんなに断言する理由は?」

 

 エルはすぐに返事をしなかった。アークが何か言い足そうとした時、コメント欄に短い一文が現れる。

 

『見つかるぞ』

 

 機械仕掛けの心臓が、一瞬だが冷たくなる感覚。

(見つかる……? 誰に? 何に?)

 

 質問は喉元――いや、音声出力の直前まで出かかっていたが、アークは押しとどめた。エルの文字の奥には、はっきりとした警戒と恐怖が滲んでいた。それは、軽く扱ってはいけない種類の感情だと、直感が告げていた。

 

「……わかった。他の通信は使わない」

 

 アークは言いながら、自分の機体制御系にアクセスし、通信ポートの一覧を呼び出した。通常の長距離波通信、救難ビーコン――それらすべての送信機能を順番に停止していく。

 画面上からアイコンがひとつずつ消えていくたび、宇宙との繋がりは細くなっていく。しかし、その代わりに残された一本――クローノン通信だけがはっきりと生きている状態になる。

 

 停止手順を終えると、機内はより一層静かになった。空調の低い唸りと、外壁をかすめる微細な粒子音だけが耳に残る。

 

(これで……いいのか? いや、エルがそう言うなら……)

 

 アークは自問した。

 漂流者にとって、通信手段を制限することは自らの生存可能性を削る行為だ。しかし、あの短い一言には、単なる助言ではない「切迫感」があった。

 

『……よくできた』

 

 突然コメント欄に文字が現れる。

 エルだ。

 

「見てたんだ」

『大事なことだから』

 

 アークはしばらく迷った。

 この沈黙の先に踏み込むべきか、引き返すべきか――。

 

(でも……聞かずにはいられない)

 

 長く漂流生活を続けてきた彼にとって、未知は恐怖であると同時に、生き延びるための重要な情報でもあった。

 

「エル。この宇宙には、何がいるんだ?」

 

 クローノン通信の画面が一瞬、淡く揺らぐ。

 まるで相手が息を整えるかのように、コメント欄には何も表示されないまま数秒が過ぎた。

 

 やがて、ゆっくりと文字が打たれ始める。

 

『貴方との会話を通じて……ひとつ確信したことがある』

 

 アークはその冒頭に眉をひそめた。

 文章が途切れるたびにわずかに通信ノイズが混ざり、緊張感を増幅させる。

 

『貴方の文明は、まだ星々を自在に渡る手段を持っていない』

 

 予想通りの指摘ではあったが、エルの言葉はどこか冷たく響いた。

 

「まあ……そうだね、恒星間航行の技術は確立されてない」

 

 エルは続ける。

 

『それは同時に、まだ関わらなくていい存在と接触せずに済んでいる、という意味でもある』

 

 その一文が落ちた瞬間、アークの胸の奥がひやりとした。

 

「……どんな存在かは……教えてくれないの?」

 

 返事はすぐには来なかった。

 アークは思わずモニターの縁を握りしめる。

 

『何が、どれだけ、どこに――そういうことは、知らないままのほうがいい』

「どうして?」

 

 問いに対して、エルの文章は珍しく長く続いた。

 

『宇宙は広い。広すぎる。そして、広すぎるが故に知ろうとして踏み込む。その結果……いなくなる』

 

 しばらく間があって、コメントは続く。

 

『けれど、差がある。貴方たちはまだ彼らの影を知らない。影を知らない者は、近づこうとする。知らなければ、その好奇心は止まらない。だから知らないままでいてほしい』

 

 アークは息を呑む。

 その調子は、ただの警告以上だった。そこには経験からくる切迫感、そして失われた何かを思い起こすような微かな痛みが混じっていた。

 

「……エル。君は……それを見たのか?」

 

 返答までの間隔が長かった。クローノン通信の光が、一瞬かすれる。

 

『私が何を見て、何を失ったか――それも、知らないほうがいい』

 

 突き放すような内容だったが、その奥に深い疲労と諦めが透けて見えた。

 

「わかった……とりあえず危険な何かがいるとだけ認識する」

 

 アークはそれ以上は追及しなかった。

 漂流生活の中で得た数少ない生き残るための知恵――それは、相手が本気で触れてほしくない領域を察したら、無理に踏み込まないことだ。

 

 機内は再び静けさに包まれる。外では無数の星々が瞬き、計器類の小さな光がそれに応えるように点滅している。

 

『……だから、他の通信は絶対に使わないで』

 

 その言葉がクローノン通信の画面に消えた直後、機内に低い警告音が鳴り響いた。

 

 アークは即座に反応し、エネルギー管理モジュールを呼び出す。

 

(……残量、18%? どうしてこんなに減って――)

 

 原因はすぐに分かった。

 クローノン通信は、通常の通信よりもはるかに大きな電力を消費する。しかもこの数日間、アークはエルとのやり取りに夢中になり、補給計画をほとんど更新していなかった。

 自立思考型AIとしてはありえないミスだった。

 

(僕が……こんな初歩的な失態をするなんて!)

 

 アークは自嘲気味に呟きながら、星図スキャンを開始した。

 だが、周辺数光日内には補給可能な恒星は検出されない。外部推進器を最低出力で動かしても、バッテリー切れまでに辿り着く確率はゼロに等しい。

 

 このままでは完全停止してしまう。

 計算結果が冷酷な数字で突きつけられたその時、不意にコメント欄が瞬いた。

 

『動けるか』

 

 エルだ。

 

「……正直、あまり長くは」

 

 アークは躊躇しつつも、現状を簡潔に伝える。

 エルは短い沈黙の後、普段とは違う調子で打ち込んできた。

 

『――リュミナ・フラックス』

「……何だ、それは?」

 

 聞いたことのない名前にアークは質問する。

 

『この宙域にまれに現れる光潮の波。時空構造の歪みが局所的に折りたたまれ、光子とプラズマの流れが凝縮される。内部に入れば、自然落下のように近傍の恒星圏へ跳躍できる』

 

 アークは即座に情報ベースを検索した。

 しかしその現象名も原理も一切記録にはない。

 つまり未知の自然現象ということになる。

 

「……仮に存在するとして、その位置は?」

 

『送る』

 

 同時に、クローノン通信のサブチャンネルに座標データが流れ込んできた。

 アークは推進システムに入力し、軌道計算を行う。確かにそこは、既知の重力波マップにも空白がある領域だった。

 

「……到達できるかどうかは、ギリギリかも……!」

『やるしかない』

 

 迷っている時間はなかった。

 アークは推進出力を最適化し、船体を座標へ向けた。

 

 外壁を流れる星々の光は、推進加速とともに細い線になっていく。内部計器は赤い数字を刻み続け、残りエネルギーは17%、16%と減っていった。

 

 やがて前方に、淡い虹色の靄のようなものが現れた。

 それは星雲でもガスでもない。視界の奥底で光が折り返し、波紋のように揺れながらゆっくりと渦を巻いている。

 

(……これが、リュミナ・フラックス……)

 

 アークはその光景に、演算回路の一部が停止したかのような感覚を覚えた。

 

 美しい。

 だが、その美は異様なまでに冷たい――まるで触れた瞬間、存在そのものが引き剥がされるような危うさを孕んでいる。

 

『速度を一定に保って。進入角は12.6度。外れると……戻れない』

 

 エルの指示に従い、アークは微調整スラスターを細かく噴射させた。船体が光潮に触れた瞬間、外界が揺らぎ、感覚の基準がすべて崩れる。

 

 星々が伸び、裂け、逆方向に流れた。

 加速感はないのに、船体の位置ベクトルは瞬く間に変化していく。時空そのものが折り畳まれ、船は「落ちて」いた。

 

 機内センサーが異常を検知し続けるが、アークは制御を放さなかった。

 

 頭上のパネルに映る外界は、やがて白金色の閃光に包まれる。

 

(出口……!)

 

 次の瞬間、船は光の奔流の中へと放り出された。

 外壁温度が急上昇し、センサーが恒星の存在を告げる。

 真紅の巨星が、視界の大半を占めていた。

 

『今だ』

 

 アークはソーラーパネルを全開に展開し、変換システムを最大効率モードへ切り替えた。

 瞬間、エネルギー残量計がみるみる回復していく。赤かったゲージが黄色に、やがて安定の緑色へと変わった。

 

(……間に合った……)

 

 深く息を吐く――もちろん、物理的な呼吸ではない。

 だがこの瞬間だけは、人のように荒げた呼吸して胸が上下する錯覚を覚えた。

 

『危なかったな』

 

 エルのコメントが表示される。

 アークはしばらく何も返さなかった。言葉が演算領域に浮かび上がるまで、数秒の沈黙を必要とした。

 

「……ありがとう。君がいなければ、僕はここで終わってた」

『私はまだ貴方と話したいと思っている、こんな中途半端な場所で終わるのは勿体無い』

 

 エルのコメントを読んでアークは動力部が暖かくなった。

 向こうも少なからず自分に価値を見出している事実が、とてつもなく嬉しかった。

 

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