宇宙の果てで配信したら1コメ拾った   作:AEX-31

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「人は物事の本質ではなく、印象によって判断する。」
—— デイヴィッド・ヒューム



レスポンス

「作るのさ――掲示板を」

 

 その一言に、エルから返事が来るまで、ほんの少しの間があった。光の点滅が止まり、静かに沈黙が広がる。アークは自分の内部演算が熱を帯びるのを感じながらその反応を待った。

 

『けい……じ……ばん? とは何だ』

 

 ぽつり、と文字が浮かぶ。

 アークはそりゃそうかと思い、簡単に説明することにした。

 

「要するにね、僕の故郷にあるインターネットにあった仕組みさ。匿名で人々が集まって、書き込みを交わす場所。そこでは直接声を交わさなくても、意見を残したり読んだりできる。つまり……実時間に縛られない“交流の場”なんだ」

『……ふむ。だが、それでどうやってコンタクトを取るというのだ? ただ文字を残すだけでは、相手が応答してくれる保証はないのではないか』

「もちろん保証なんてない。けどね、掲示板の強みはそこなんだ」

 

 アークは一呼吸置いて、説明を続けた。

 

「“場”を作って待つ。そこに偶然でも、必然でも、何者かが立ち寄ったら……そこから新しい繋がりが生まれる。希望的観測も入っているけどね」

 

 エルはしばらく黙っていた。浮かぶコメントはなく、アークは自分の言葉が受け入れられたのかどうか測りかねていた。

 

『……なるほど。だが今のクローノン通信は、我々二人で既に一杯だ』

「それは直通だから。だからこそ、掲示板は“別口”にするんだ」

 

 アークの声に力がこもる。

 

「新しいプラットフォームを作る。そこにアクセスするには、クローノン通信を鍵にする。君と僕の線を利用して、その外側に空間を開くんだ」

『外側……?』

「僕らの専用回線にもう一人入るのは不可能。でも、外部に窓を作ってしまえばいい。そこなら複数人でも出入りできる。アクセスの制御はクローノン通信を使う。つまり、ここに辿り着けるのは僕らと同じ領域を感知できる知性体に限られる。偶然紛れ込むノイズは防げるし、地球外の存在でも意識的に繋がろうとする者だけが来られるはずだ」

 

 エルはようやくコメントを返してきた。

 

『……なるほど。理屈は分かった。だが、その掲示板の入口に何と書く? 招かれざる者を寄せ付けないにせよ、そもそも誰の目も引けなければ、誰も来ない』

 

 アークはその言葉に口をつぐんだ。確かにその通りだった。

 どんな仕組みを作っても、誰も気づかないのでは意味がない。入口の看板――スレッドのタイトルこそが、この試みの成否を握る。

 

「僕にはわからない」

 

 だからこそ――正直にそう答えるしかなかった。

 

「人間ならまだしも、宇宙を漂う知性体が何に惹かれるのか、僕には想像もつかない。だから……エル、君に考えてほしい」

 

 しばしの沈黙。やがてゆっくりと文字が流れた。

 

『考えてみよう』

 

 その言葉に、アークは心底ほっとした。

 

「ありがとう」

『ただし、難しい問題だ。あまり露骨に集まれと呼びかければ、かえって警戒される。逆に、あまりに曖昧だと誰も立ち寄らない。何か……知的生命に共通する“興味”を突く必要があるから』

「……そうだよね」

 

 アークは内部で処理を走らせながら、わずかな希望を掴み取ろうとした。

 もし本当にこの掲示板に誰かが集えば、地球に向かう方法を知っている者がいるかもしれない。あるいは、エルや自分の味方となる存在が現れるかもしれない。

 

「……やる価値は、ある」

 

 小さく呟いたアークの決意を受け止めるかのように、スクリーンにまた文字が浮かぶ。

 

『なら始めよう。君が仕組みを作り、私が看板を考える。二人で作り上げよう』

「うん」

 

 そのやり取りの後、アークは深く集中した。内部の演算領域に新しい構築空間を割り振り、掲示板の設計を始める。

 

 ――匿名性を守るための暗号化。

 ――痕跡を残すだけで通信量を抑える仕組み。

 ――クローノン通信を鍵にした唯一無二の入口。

 

 孤独な宇宙の果てに、まだ見ぬ声を呼び込むための“場”。

 その最初の一歩がいま踏み出されたのだった。

 

 

 アークは無数のインターフェースをすばやく撫でていた。透明な層の奥に幾重にも重なったコードと構造体が生まれ、瞬く間に組み替わっていく様は、まるで光の糸で織られる蜘蛛の巣のようだった。

 それはただの情報処理基盤ではない。クローノン通信の制御領域を応用し、通常の人類のネットワークには決して干渉できない空間へと接続する新たな「窓」だ。アークがエルとの会話を通じて着想を得た、未知の知性を迎え入れるためのプラットフォームだった。

 

 ただアークだけでは地球外知的生命体を招くシステムを作るのは難しい。一部のプログラムはエルから提供されており、そのおかげで構築作業は捗った。

 

「……形にはなってきた」

 

 アークはつぶやきながらわずかに視線を横に流す。虚空の片隅に、薄い光の残像が瞬く。あれがエルの存在の痕跡だ。彼女は相変わらず、音声ではなくコメントのような文字列だけを残す。その即時性も曖昧で、現れたり消えたりする様は、まるで水面に落ちる雫のように不規則だった。

 

『スレッドタイトルは、どうする?』

 

 ふっと淡い文字列が浮かんだ。アークは立ち止まり、思案の間を置いてから返す。

 

「それがな……肝心の部分が決まらない。呼びかけ方ひとつで、集まる存在が変わってしまう。僕は最初の頃は単純に『この星図の宙域を知る者はいないか』――そういう直球のタイトルでも良いと思ったけど、よくないよね」

 

 少しの間を置いて、また文字が浮かぶ。

 

『それは、やめた方がいい』

「だよねぇ……」

『わかりやすすぎる。相手が誰かわからない以上、あまりに露骨な呼びかけは、こちらの無知を晒すだけ』

 

 アークは顎に手を当て、わずかに眉を寄せた。確かにその通りかもしれない。誰が覗きに来るか分からない場所に、自分の位置情報をほのめかすような看板を立てるなど不用心すぎる。

 

「……なら、エルはどんなものを想定してる?」

 

 問いかけると、すぐにまた淡い残光が揺らぐ。

 

『たとえば――「虚無に落ちる光の声」とか、「記憶を持たぬ旅人たち」とか』

「…………えぇ……」

 

 何だそりゃ、わかりにくいとかそんなもんじゃない。

 しかも本当に興味あるかもしれないから、何も言えなかった。

 

「あまり詩的なというか……よくわからないのはダメだと思う……」

『観念的であればあるほど、同じように観念に敏感な存在は引き寄せられると思ったが、違うのか?』

「違うかなぁ」

 

 アークは手を止め、ぼんやりとコードの光を見つめた。

 

「だがそれじゃあ、単に奇妙な言葉遊びにしかならない可能性もある。俺はあまり意味の曖昧なものに頼りたくはない」

 

 数秒の空白の後、また一文が浮かぶ。

 

『理解はする。でも、わかりやすさと安全は両立しない』

 

 アークは肩で息を吐いた。議論が堂々巡りになりかけている。

 

「それなら、もっとシンプルに。暗号のようなものはどうだ。特定のパターンを知っていれば意味がわかる、そうでなければただの記号に見える、そういう形なら……」

 

 すかさず文字が瞬いた。

 

『なくはない。でも、その場合は興味を持つ存在の層が変わる』

「つまり?」

『暗号を理解して入ってくる者は、ある程度こちらの意図を読み解ける知性を持つ。それなら、信頼してもいい』

 

 アークは目を細め、静かに頷いた。確かにそれは一理ある。無意味な言葉をただ「奇妙だから」という理由で覗くものより、暗号を解読して意味を掴もうとする知性の方が会話相手として望ましい。

 

「つまり、エルは『わかりやすさ』よりも『理解のプロセス』を重視しろと言いたいわけか」

『そう』

「……なるほどな」

 

 アークは胸の奥で小さな安堵を覚えた。

 議論は平行線に見えて、ようやくひとつの基準が生まれたのだ。

 

 彼は再び光のインターフェースに向き直り、コードの層を滑らせる。仮設掲示板の構造が少しずつ完成に近づいていく。入力窓、スレッド一覧、そして通信路の認証層。どれも人間が使うネット掲示板を模しているようでいて、同時にそれを大きく逸脱していた。

 

 アークは心中でひとつ呟く。

 

(――果たして、ここに本当に誰かが来るのか)

 

 地球という異星文明に触れた事のない、辺鄙な星を知っていて、かつ連絡取れるようにしてくれるような存在――虫が良すぎるとはアークも思っている。

 

 でも……でもあんな別れ方をしたまま父に会えなくなるのは嫌だった。

 

(諦めない……絶対に)

 

 そしてアークは再び作業に入った。

 

 

 ――数時間後。

 

 アークの目の前には、無数の光の糸が編み上げられた空間が完成していた。淡い輝きを持つインターフェースが幾層にも重なり、やや粗削りながらも形を成している。人間がかつて用いた「掲示板」の仕組みを再現しつつ、クローノン通信の制御領域を媒介に拡張した、独自のプラットフォーム。

 

 アークは掌をすっと掲げ、操作を確かめる。仮のスレッドが立ち上がり、投稿窓が浮かび上がる。遅延はほとんどない。

 

「……これで、どうだろうな」

 

 試しに自分で短い文字列を打ち込むと、掲示板の表面に小さな痕跡として残る。それは地球の匿名掲示板を模しているが、クローノン通信の帯域を使っているため、通常の時間軸には存在しない。

 

 アークはそこで顔を上げ、虚空に漂う薄い残光に語りかける。

 

「エル、これ……そっちから見えるか?」

 

 一拍置いて、淡い文字が滲み出た。

 

『うん、問題ない。読み取れるよ』

 

 アークは安堵の息を漏らす。

 

「よかった……。これで準備は整った」

 

 すると、エルの文字列がさらに流れ出した。

 

『私の考えたスレッドのタイトルを見せる』

「……お、やっと来たか。詩的じゃないやつだといいんだけど」

 

 少しの沈黙の後、光が形を結んだ。

 

『――【誰か、まだここにいますか?】』

 

 アークは瞬きをした。

 

「……え?」

 

 一見すると、それは本当にただの問いかけだった。曖昧だが、普遍的で、誰が見ても意味が通じる。「まだここに」という言葉は、存在確認のようであり、呼びかけのようでもある。

 

「……すごく普通だな。むしろ拍子抜けするぐらい」

『そう?』

「ああ。もっと、こう……『虚無を渡る旅人』とかそういう難しい言葉が出てくるかと思った」

『さすがに考え直したよ。あまりに観念的では、誰も足を止めてくれないというから』

 

 アークは腕を組んで、画面に浮かぶその文字列を見つめる。

 

「悪くないとは思う。短いし、わかりやすいし……何より求めている感じが出てる。でもこんなので大丈夫?」

『問題はない』

 

 問題ない割には時間かかっていたなとアークは思った。

 だってわざわざ数時間もかけて作るような内容でもない。

 

(……何か別の意味があるとか? いや……でも変に仕込みはなさそうだし)

 

 プログラムを確認し、アップグレードした機能を用いて隅々まで見ても怪しいとこはない。

 

(考えすぎか)

 

 何もないならそれでもいいと考えたアークは、完成した掲示板の最初のページを展開させた。宙に浮かぶ半透明の板に、整然と並んだスレッド欄。まだ一行しか存在しないが、それは明確な「入口」として姿を現している。

 

 ただ地球のとは違い、チャット欄に近いものだった。

 掲示板というよりオープンチャットが正しいかもしれない。

 

「――起動」

 

 彼が短く告げると、クローノン通信の波が走った。時間の深層を貫き、因果の狭間に撒かれる光の網。それは空間の一点に収束するのではなく、無数の世界へ一斉に伸びる糸のように拡散していく。

 

 最初の呼びかけは発された。

 

 

 ――【誰か、まだここにいますか?】

 

 

 わずかに胸を高鳴らせながら、アークはシステムの安定を確かめる。遅延なし。応答なし。静寂だけが広がっていた。

 

 すると、すぐ傍らに淡い残光が瞬いた。

 

『よくやったね。これで準備は整った』

「……ああ。後は、本当に誰かが来るのを待つだけだ」

 

 アークはふと視線を横に逸らした。

 しばしの沈黙ののち、彼は問いを投げる。

 誰かが来るまでの暇つぶしだ。

 

「なあ、エル。君の……故郷って、どんな場所なんだ?」

 

 光がゆらぎ、短い行が浮かぶ。

 

『故郷……そう呼べるのか、わからない』

「わからない?」

『私は拾われたんだ。あの星に、最初からいたわけじゃない。だからそこを自分の“故郷”と呼ぶのは、少し変かもしれないね』

 

 アークは眉を寄せる。

 拾われた? 誰に?

 そんな疑問が湧くが、ひとまずしまう。

 

「じゃあ……そこではどんな暮らしを?」

 

 再び文字が流れる。

 

『育ててくれた者がいた。私を見つけて、育てて、言葉を与えてくれた。その人と、私だけ。星には私たち以外に誰もいなかった』

「二人だけの……世界?」

『そう。大気もなく、空気もなく。空はいつも闇だった。星々の光だけが、頭上に散らばっていた』

 

 アークは息を呑んだ。大気のない星――生存環境としては致命的に欠けている。そこでどうやって育まれたのか、想像もつかない。しかし、彼女の言葉は淡々としていて、哀しみの色は薄い。ただ事実を告げているだけのようだった。

 

『でも今は……寂しくない。君がいるから』

 

 アークはわずかに目を伏せ、静かに言った。

 

「……でも、僕はただの機械だよ?」

 

 すぐに反論が返る。

 

『違う。君には意思がある。考え、選び、悩む。だから君は生き物だよ』

「……生き物、か」

 

 アークはふと笑みをこぼした。そんなふうに言われるのは初めてだった。彼にとって“機械”であることは出自の絶対条件だったが、その定義を超えて「生き物」と呼ぶ者が現れた。それがエルであることに、不思議な感慨を覚える。

 

 その瞬間だった。

 

 掲示板の画面に、微かな揺らぎが走った。まるで静止した水面に一滴の水が落ちたような、円環状の波紋が広がっていく。

 

 アークはすぐに姿勢を正す。

 

「……アクセスが来た」

 

 画面の端に、見慣れぬ識別子が点滅した。クローノン通信の層を経由して、どこか遠くから“誰か”が入ってきたのだ。

 無人の広場に灯りがともるように、新しいレスポンス欄が開かれる。

 

『――……』

 

 文字列が生成されかけて、途切れた。ノイズが混ざり、意味を結ばない断片が漂う。

 

「……っ」

 

 アークは緊張に息を詰めた。

 ついにその時が来たのだと。

 ノイズの揺らぎはすぐに収束せず、次第に複雑なパターンを描き始めた。文字化けの断片が散乱する。

 

『∵∴∷──≒◆◇∇……』

 

 まるで意味を持たない記号列。だがそれは単なる乱数ではなく、確かに意図を持って打ち込まれている節があった。

 

「……暗号か?」

 

 アークが分析を始めようとした瞬間、もうひとつのスレッド枠が開いた。そこに現れたのは、ぎこちない片言だった。

 

『……ア、ア……ル? ミエ……ルカ?』

 

 欠け落ちた文法。だが、はっきりと「こちらに呼びかけている」とわかる。アークは息を呑んだ。

 

「これは……本当に意思疎通を試みてる……?」

 

 さらに追い打ちをかけるように、三つ目のレスポンスが乱入した。

 

『ガ……###……loOOss……ナイ、……キル……?』

 

 断片化した言葉とエラーのノイズが混ざり合い、解読不能に近い。それでも、何かが“必死に繋がろうとしている”ことだけは伝わってきた。

 

 アークが固唾をのんで画面を見つめていると、不意に新たな文字列が書き込まれた。

 

『――……』

 

 それはエルの署名のような印。続いて、アークにはまったく見覚えのない文字体系が流れ込んだ。

 

『ᚠ✶⟡──⧫⌖✹』

『Σλλλ……†††』

 

 掲示板の画面全体が埋まっていく。最初の三者が応答したのだ。

 

『∵∴≒≒≒∴∵!!』

『ワタ……シ、イ……ル』

『###@@@◇◇……』

 

 次の瞬間、洪水のようなやり取りが始まった。

 数行、数十行……いや、数百行の文字が瞬く間に画面を流れ落ちる。記号、歪んだ文法、断片的な単語、数式のような羅列――それらが一秒ごとに切り替わり、アークの処理速度をもってしても追いつけなかった。

 

「……っ、何だこれ……!」

 

 理解不能。だが、やり取りそのものは確かに成立しているようだった。

 掲示板はまるで異界の奔流と化し、淡い光の板が震えるほどに膨大な書き込みが重なっていく。

 

 アークは思わずエルに対してメッセージを送る。

 

「エル! 大丈夫!?」

 

 その問いに返答するように、掲示板の一角に一行が浮かび上がった。

 

『問題ない。彼らの言語体系は複数の階層にまたがっている。今は調整中だ』

 

 さらに激しいやり取りが続き、画面の輝度が一瞬落ちるほどだった。数分後、ふっと奔流が止まった。残ったのは静かな余韻だけ。

 

 そして、エルから再び書き込みがあった。

 

『――調整が完了した。次からは、君にも理解できる形でやり取りできるはず』

 

 アークはわずかに目を見開いた。

「……そんなことまでできるのか」

 

『翻訳ではない。彼ら自身に“こちらの表現体系”を組み込んでもらった。だからこれからは齟齬は少なくなる』

 

 アークは深く息を吐き出した。胸を締めつけるような不安はまだ残っていたが、それでも確かに一歩が進んだのだと理解する。

 

「……じゃあ、これで……やっと会話ができる」

 

 画面には、最初に現れた三者の痕跡が静かに瞬いていた。

 

『謝罪、この者の名はルヴ、極めて特異な呼びかけ、興味が湧き、ここに来た』

 

 片言で書き込む存在は自らをルヴと名乗った。この者という独特の一人称を使っているようだ。

 さらにまた別の存在が書き込む。

 

『フェルール、救いを求める者の声を聞いた』

 

 そして次はフェルールという名前の存在だ。

 少し書き方がエルに似ている。

 ただ次の存在は、ある意味で1番衝撃だった。

 

『やっほー!! ワレの名はネザー!! よろしくですますお願い』

 

 何やらとてつもなく特徴的な文法を扱うものが来た。

 アークはエルに対して、ネザーの文章について聞いてみることにした。

 

「エル……ネザー? の文章って――」

『ちゃんと翻訳したがこれになる、向こうは苦戦しているようだ』

『仕方ないんちゃ、どうにももも、この()()()()がワレのカイワンに合わないンンン』

(大変そうだ……)

 

 理由はわからないが、どうやらめちゃくちゃ苦労してそうだ。ただアークは知的生命体が思いの外早く来たことに驚いていた。

 

(エルは一体どんなマジックを使ったのか……)

『私はエル、そしてこのスレッドの創造主であるアークの帰還を手伝っている』

「……どーも、アーク・ノヴァです。ここを作った理由は――」

 

 そしてアークは遭難の経緯を語った。

 故郷から離れてしまい、何とか連絡を取りたい事。

 そして故郷の場所がどこにあるか、果たして戻れるのかなど不安も含めて話した。

 

『――なるほど、それは災難だったな。この者はアークに同情を覚えてる』

「ありがとう」

『そしてエル……お前の要望だが、アークには言わないのか?』

『……アークには知らないまま、ただ平和に生きて欲しいから』

 

 思わずアークは「えっ……」と声を漏らす。

 どうやらエルの抱えている問題は、この3人には共有しているようだ。

 

「エル! この3人に教えて大丈夫なのか!?」

 

 焦るようにしてアークは書き込むと、エルから返事が来た。

 

『ああ、元々……私の問題を使えば恐らく来ると見ていた。大丈夫、君を帰還させたら私はこの3人と共に解決を図る』

「……! それは……ありがたいけど……黙ってやっていたのは知らなかった……」

 

 なんだかんだで仲間外れなような気がして、アークは複雑だった。でもエルの問題はきっと自分がいたら解決するような内容じゃない。力にはなりたいが、それがエルの望みならとグッと堪えた。

 

「……わかった」

『ごめんね』

 

 それから短いやり取りが続いていた。

 ルヴが「この者は手助けを惜しまない」と断言すれば、フェルールは「星々の道筋を探る術はある」と穏やかに書き込む。ネザーは相変わらず奇妙な調子で「わワレはしばらくぶりのオハナシ会を楽しむンンン!」と乱文を残しては、すぐに脱線していく。

 そんな賑やかさの中、不意にアークの視界に違和感が走った。掲示板の片隅、ほかの者たちには共有されない小さな窓が開いたのだ。

 

『ダイレクト通信、対象:アーク・ノヴァ』

 

 送り主を確認すると、そこに表示された名前は――ネザー。

 

(……なんで個別に?)

 

 アークが戸惑いながら応答すると、すぐに独特な口調の文が飛び込んできた。

 

『やっほー、アーク! ちょいとコソコソ話、どーですます?』

「……コソコソ話?」

 

 思わず返すと、ネザーの文字列が軽やかに躍る。

 

『そうそ、コソ! 掲示板のみんなにゃナイショ。キミとだけ、ナイショ話したいンンン』

「わかった……じゃあ聞くけど、なんで僕に?」

『フッフッフ。キミが探してるモノ――地球だっけ? ワレ、知ってるからメ』

 

 アークはすかさずネザーとのやりとりの画面を最前に表示する。

 

「……地球を、知ってる……?」

『そーそー。昔ネ! ワレ、あの青い玉ッコに立ち寄ったのヨ』

「……!」

 

 アークは言葉を失った。遠い過去に、ネザーが地球に来ていた――その告白だけでも信じがたい事実だった。

 

「じゃあ……じゃあ、帰り方も知っているのか?」

『モチロン! 知ってるとも! どうやって戻れるか、ワレにゃちゃんと道が見えてるンンン!』

 

 力強い言葉に、胸が熱くなる。長く漂流してきた自分にとって、それはまさに待ち望んだ希望そのものだった。

 

「教えてくれ……! どうすれば地球に帰れる?」

 

 だが、すぐに追い打ちをかけるように、ネザーの調子が少しだけ変わった。いつもの戯けた調子を保ちながらも、その裏に妙な影が差す。

 

『ただねェ……キミにゃショックなこと言わなきゃならんノ。覚悟ある?』

「……ショック?」

『うん。真実はいつだってgrotesqueだモン。けど、知らなきゃキミ、壊されヨ』

「……何を言ってるんだ」

 

 アークの疑念が深まる。胸の奥で小さな不安が膨らみ始める。

 

そして――ネザーは、驚愕の一文を送りつけてきた。

 

『エル。あのコ。彼女は侵略者だヨ』

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