拳願会 VS 灘一族   作:青井するめ

1 / 19
第一話 狙われた拳願会

 

 拳願会。

 それは日本最大の、そして世界でも有数の、裏格闘技団体である。古くは江戸時代にその端を発する拳願会は、企業同士の抗争に代理として闘技者を派遣することで、その行き過ぎた抗争を防ぎ、また管理してきた。近年は大手の裏格闘技団体「煉獄」と提携を結び、日本最大の裏格闘技団体としての名を確かなものとした。

 その拳願会に、危機が訪れていた。

 

 

「闘技者が、襲われている……?」

 山下一夫は、思わずそう聞き返した。

 乃木グループ本社、最上階の会長室。壁一面に取られた窓から、陽の光が燦々と差し込んでいる。雲一つない空。だがその窓を背にデスクに腰を下ろした細面の男は、不機嫌そうに顔を歪めていた。

 拳願会会長、乃木秀樹。窓からの日差しが逆光となり、その表情の細部までは見えない。しかしいつもの鉄面皮は、今日の会長にはない。そのことは見て取れた。

「その通りだ、山下くん」

 乃木はそう言った。

「私も昨日、報告を受けたばかりだ。確認できているだけで、3名。何者かの襲撃によって重傷を負わされた。いずれも単独、しかも素手の相手に、だ」

「……」

 山下は言葉を失う。同時に、その脳裏に浮かんだのは、かつての忌まわしい記憶。

「まさか、また蟲が……」

「それは私も考えた」

 乃木は頷き、

「だが、現状ではその線は薄いようだ。こちらの情報網にやつらの動きが引っかかってこない。おそらくこれは、別口のものであると判断している」

「そ、そうですか」

 山下はほっと息をつく。正直なところ、また蟲のような連中の相手をする経験は御免だと考えていた。相手の正体が何者かはともかく、蟲よりはマシだ。

「とにかく、これは由々しき事態だ」

 乃木は話を続けた。

「見過ごすわけにはいかない。何者であれ、この3人を襲った者は……単独かどうかもわからないが……相当な実力者であることが予想できるからだ」

 乃木は机の上から1枚の書類を取り出し、山下の前に置いた。顔写真がみっつ、縦に並び、名前と簡単なプロフィールが併記されている。3人のうちふたりは、山下が辛うじて名前だけは覚えているような、マイナーな闘技者だ。

 だが、残り1名の名前を見て、山下は絶句した。

 

 *

 

「まあ、ご覧の通りや」

 大久保直也は、ギプスで覆われた右腕を上げてみせた。

「情けない話やけど、やられてしもうたわ」

 成島光我はギプスをまじまじと見て、言った。

「大久保くん、これしばらく治らない感じ?」

「粉砕骨折、全治二ヶ月や」

 大久保は自嘲気味に唇を歪めた。

「まあ、この程度ですんで良かったかもしれへん。もっとひどいことになるよりはな」

 殺風景な病室。その一角にあるベッドを大久保の巨体が占領していた。ベッドの上にあぐらをかき、眠そうにあくびを噛み殺している。見たところ、右腕以外に大きな怪我はなさそうだ。

「ほんで? 話を聞きに来たんやろ?」

「ああ、そうそう」

 光我はうなずいた。

「社長が詳しく聞いてこいってさ。襲われた状況とか、相手がどんなやつだったか、とか」

「まあ、だいたいは乃木はんに話した通りなんやけどな」

 大久保の弁によると……

 

 昨日の夜半。

 ジムでの練習が終わり、帰宅する途中。薄暗い住宅街。すでに寝静まった通りには人影もない。

 大久保はそこを歩いている。練習によって微かに体には疲労が残っているが、翌日に引きずるほどではない。帰ってのんびりとテレビでも見よう、ビールの一本も開けていいかもしれない。そんなことを考えながら。

 そのとき。

 不意に、風が冷たくなった。大久保は立ち止まった。

 道の真ん中に、大男が立っていた。さながら大久保の行く手を阻むかのように。

 体格は大久保と同じくらいか。がっちりした筋肉質の体を、XLサイズのパーカーに包んでいる。フードを目深に被り、その顔は見えない。

「誰や、あんた?」

「大久保さんですね」

 問いかけられる。同時に足が踏み出される。間合いが狭まる。5メートル、4メートル……

「なんやなんや、俺のファンか? すまんけどな、サインとかは受け付けてないんやけど」

「いえ」

 男はわずかに笑ったように見えた。

「あなたにお届けものです」

 それは右の拳だった。

(なにっ)

 素早い踏み込みからの、右ストレート。ほとんど予備動作がなく、咄嗟に反応しそこねた。ボクシングの心得ある大久保でなければもらっていただろう。それでも。

 ガードしたのは、判断ミスだった、と大久保は述懐する。

 

「一発や」

 大久保は言った。

「結果はこの通り。腕の骨がコナゴナや」

 左手の指で、ギプスをこつこつと叩く。

 光我はうめいた。

「一発のパンチで? 普通こんなんなる?」

「なるわけないわ、アホ。といっても、なってしもたからしゃあないねんけど……」

 大久保は頭をかいて、

「次はもう、本能的な判断や。ケツまくって逃げるしかなかったわ。相手が何者かしらんけど、右腕壊れた状態で勝てる相手やない」

「相手は? 追ってこなかったんだ」

「そうや。目的は果たした、ってことやろな……」

 大久保は声を低くして、

「動画、もう出回ってるんやろ」

「らしいよ。俺はまだ見てないけど」

 大久保は皮肉げに顔を歪めた。

「拳願会の闘技者が、一発でやられて、尻尾を巻いて逃げたんや。誰やしらんけど、宣伝としては十分すぎるわな。癪やけど……」

「……」

「光我、お前も気いつけえや」

 大久保は言った。

「会長の言うことがホンマなら、もう戦争は始まっとるんや」

「わかってるよ。社長からも同じこと言われてるし」

 成島は腰を上げる。

「じゃ、俺は帰るから。あとなにか、社長に伝えておきたいことない?」

「そうやな……」

 大久保は少し考えて、

「昨日一晩考えたんや。パンチ一発で人の体ぶっ壊すような、そんないかれたやつがそうそういるわけない。ただ、ひとりだけ、拳願会にも同じことができるやつがおるやろ」

「ああ」

 成島は言った。

「ちょっとだけ、俺も同じことを考えたよ」

 大久保は頷いた。

「そう、若槻はんや」

 

 *

 

 山下と乃木は、しばし、黙ったまま顔を見合わせていた。

 大久保ほどの闘技者を一撃で戦闘不能に至らしめる。そんな真似ができるのは、おそらく……

「闘技者のうちでもせいぜい数名、と言ったところだろう」

 乃木はそう言った。

「わかるかね山下くん。これは拳願会に対する、紛れもない攻撃なのだ」

「はい、しかし……」

 山下は口ごもった。

「いったい、何が目的なのでしょう? 蟲でないとすれば、また、以前のように」

 山下は思い返していた。数年前、乃木による拳願会の支配をよく思わないグループによる造反が計画されていた。拳願会は必ずしも一枚岩の団体というわけではない。大世帯であればこその、仲間割れも茶飯事である。またぞろ、反抗勢力が動き始めてもおかしくはない。

「私もそれを考えた。その方向で調査を進める予定だったのだ。……だが、思わぬところから、情報がもたらされてね」

「情報? ですか」

「そう、僕からね」

 いきなり背後で声がして、山下は飛び上がりそうになった。

 振り向けば、いつのまにか褐色に日焼けした大男が、そこに立っている。

「と、豊田様!? いつのまに……」

「かずっち、久しぶり。いやね、こっちもこっちで、同様の問題をかかえてるんだよね」

 そこに立っているのは、豊田出光……日本有数の資産家にして、裏格闘技団体「煉獄」の主催者その人だった。かつて拳願会と煉獄は対立していたが、現在は友好関係にある。……より正確に言えば、煉獄は拳願会の傘下に近い位置にいる。数年前の、対抗戦の結果であった。

 豊田は、部屋の隅にあった椅子を引っ張りだすと、その巨体をおろした。小さな椅子がぎしぎしと鳴る。

「まあそのね、こちらも先月の終わりくらいから確認してるんだ。煉獄闘士が、何者かに襲撃されてるってことをね」

「な、なんですって?」

 山下は仰天した、

 つまり、事は拳願会だけの問題ではない、ということだ。

 豊田は皮肉げに口を歪める。

「いずれもC級で、言っちゃあれだけど木端選手だったから、大事だとは思わなかったんだよね。でも何か急にいやな予感がしてきて、拳願会さんと連絡を取ってみた。そしたら」

「双方で同様の状況が起きていた、と、いうわけだ」

 乃木がそう言った。

「それでようやく、ひとつ合点がいったと言っていい。これは拳願会だけではなく、日本の裏格闘技団体そのものに対する、攻撃なのだと」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。