紛争が続く某国……
政府軍による独裁と、それに反抗する少数民族のゲリラ。その戦いは数十年にわたって続き、国土は荒廃し、人民は戦いに膿疲れていた。それでもいまだ終わる気配の見えない戦い……
夜。
あばら家と、粗末なテント。それらが並ぶ惨めな集落。ここが反抗勢力の拠点のひとつとは、にわかには信じがたい。
日下部覚吾は、テントの合間を、ゆっくりと歩いていく。
「カクゴ」
背後から声。振り向くと、反政府軍の少尉が、こちらに駆けて来る。
「まずいぞ。いよいよ政府軍が動き始めた」
「……」
「近いうちにここも攻撃されるかもしれない。カクゴ、潮時だ。君はここを離れたほうがいい。異国人である君を、これ以上巻き込めない」
日下部覚吾は、ゆっくりと首を振った。
「いまさら逃げるわけにはいかない」
「しかし……」
「乗りかかった船だ」
目を伏せて言う覚吾に、少尉は不思議そうな顔で言う。
「カクゴ、君は一体なぜ、そこまで我々のためにつくしてくれるんだ。君にはなんの得もないじゃないか」
「……さあね」
覚吾はなぜか、自嘲気味に唇を歪めた。
「武術家として、ここで引くわけにはいかない、というところかな」
少尉は、まったく理解できない、という表情で、首を振った。そのとき。
「敵だあっ」
どこかから声。
「敵が攻めてきたぞおっ」
「なにっ」
顔をあげるふたりのすぐそばで、爆発が起きた。
「撃て、撃てえっ」
「ゲリラのやつらは皆殺しだあっ」
政府軍兵がぞろぞろと現れ、無差別に手に持つアサルト・ライフルやライト・マシンガンを乱射する。
バ バ バ
バ バ バ
「ぐわあっ」
「た、たすけてくれえっ」
「いやあああっ」
兵士たちも、民間人の女子供も、一切の区別なし。残虐無比……それは戦いではなく、一方的な殺戮に他ならなかった。
「ふん、薄汚いゲリラどもめ……」
兵士のひとりが、呟くように言う。
「もうお前達は一巻の終わりさ、へエッへッへッ……」
だが、そういい終えた直後。
その兵士は、一撃で顎を砕かれ、昏倒した。
「なにっ」
「な、なんだあっ」
それは嵐のようだった。
黒い影が動き、兵士たちを容赦なく叩きのめしていく。人の動きではない、まるで猛獣だ……
「ば、化け物めっ」
銃を向ける。だが黒い影の方が速い。一瞬で銃をもぎ取られる。そして兵士の腕は不自然な形に折り曲げられている。
ぎ ゃ あ あ あ あ
ほんの数十秒。それだけで終わった。小隊の兵士たちはみな無力化され、地面に倒れ伏している。
日下部覚吾は、息も切らしていなかった。
どこかでまだ銃声が聞こえる。自分が倒したのは、たかだかひとつの小隊である。政府軍がどれだけ送り込まれたかはわからないが、さすがに全部を相手にできるわけがない。逃げなければ……
「!」
背筋が総毛立った。
覚吾は顔を上げた。土煙と硝煙の向こうから、何者かがこちらに歩いてくる。
若い男だった。兵隊ではない。軍服ではなく、黒い道着のようなものを着ている。こわい黒髪、角張った顎、砂のように平坦な両目……
覚吾は悟った。この男は自分と同じ武術家だと。そして……強い。
ふたりの間には一言もなかった。挨拶すらない。
ただ拳の応酬が、挨拶の代わりだった。