拳願会 VS 灘一族   作:青井するめ

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第十一話 鬼龍と静虎

 

 歓楽街から路地に入る。小便と吐瀉物のこびりついた道。さらに進むと、古びた雑居ビルに突き当たる。人気はない……酔漢や浮浪者も足を踏み入れないような場所。廃墟と見紛うようなそのビルの一室。そこが目指す場所であった。

 

 *

 

 さほど広くもない部屋は、大量のモニターに埋め尽くされている。そこに映し出されているのは、世界各国でまさに行われている、デス・サバイバー・バトルロイヤルのつぶしあいだった。

 それを前に、椅子に深く腰を下ろし、無言で眺めているひとりの男。

 

 かつて、怪物を超えた怪物と呼ばれた男……宮沢鬼龍!

 

 戦いは続く。ドローンや監視カメラによって実況中継され、同時に画面上には勝敗オッズがリアル・タイムで計測されていた。ひとつの戦いにつき、数十億という大金が賭けられている。

 かすかに、風が動いた。

 鬼龍の眉がぴくりと動く。振り向きもせずに言った。

「何の用だ」

 いつのまにか、部屋にはもう一人の男がいた。全身にタトゥーを刻んだ、筋肉質の黒人。薄暗い室内だというのに、大きなバイザーグラスを外しもしない。

「ムテバか」

 鬼龍は言った。

「久しぶりだな。俺を殺しにでも来たのか?」

 ムテバと呼ばれた男は、歯をむき出して笑った。

「冗談きついぜ。あんた、今自分にかけられている賞金がいくらか知らないのか? とんでもなく安いぜ……とてもじゃないが、割にあわないくらいの値段さ」

「……」

 鬼龍は無表情のまま鼻を鳴らす。

 ムテバが続けて言った。

「R国のお偉方は、あんたのことを信用していないらしい。なんといっても、米国の上層部にいるスペンサー元長官があんたと昵懇であることは有名だからな。そこで、お目付け役として俺が派遣されたわけだ」

「ふん」

 鬼龍は、唇を歪めて笑った。

「どこぞの小物の入れ知恵か。くだらんな。しかも自前ではなく、フリー・ランスのお前を使うとは」

「R国も人材不足らしい。どういうわけか、有能なやつはみな前線送りか、さもなくば行方不明になるからな」

 ムテバも皮肉げに笑う。

「まあ、楽な仕事さ。あんたほど聞き分けのいい人間は滅多にいないからな」

「……」

 ムテバの皮肉には何も言わず、鬼龍は再びモニターの群れに視線を移す。

 

 モニターのひとつに、龍星の顔が映っている。

 戦っている相手は成島光我。戦鬼杯準優勝、超新星(スーパーノヴァ)と呼ばれる若手の中でも随一の実力者だ。

 ムテバは言った。

「あれが、あんたの息子かい?」

「……」

 鬼龍は答えない。無言のままモニターを見つめている。

 ムテバは続けた。

「なかなかいい腕じゃないか。特に目がいい。片目であれだけ戦えるってのは貴重だぜ」

 その言葉に、鬼龍はわずかに口を歪ませ、笑う。

「お前に目を褒められるのは、光栄なことと言っていいだろうな」

「そのとおりさ、もっとも……」

 言いかけたムテバは、しかし言葉を止め、

「どうやら、ネズミが入ってきたらしいぜ」

「……」

「しかもただのネズミじゃない。虎くらいの大きさがありそうだ」

 ムテバがそう言い終えて、およそ10秒後。

 天井の向こうで、何かがこすれる音がした。ついで排気口のフィルターがいきなり外れ、落ちてくる。

 ひとりの人間とともに。

 

「鬼龍ゥッ」

 怒声とともに、その男は床に降り立った。

 がっしりとした大男だ。着ている黒いスーツは、すっかり砂と埃で汚れている。

「静虎か」

 振り返った鬼龍は、薄く笑って言った。

「よくここが分かったな。探し当てるには、もう少しかかるものと思っていたが」

「そんなことはどうでもいい」

 男は……鬼龍の双子の弟、宮沢静虎は、眼鏡をかけなおし、険しい声でいう。

「いますぐこんな下らない催しをやめろ。熹一と龍星がどうなってもいいと言うのかっ」

「どうなっても、だと?」

 鬼龍は肩をすくめた。

「あいつらがこの程度でどうにかなるわけがないだろう。お前は、俺よりもあいつらを信用していないのか? あいつらも灘の一族だぞ」

「ふざけるなっ」

「それに俺は、今回の件ではただのオブザーバーにすぎん。見ているだけの気楽な仕事さ。俺のところにきたのは間違いだったな」

「いいや、お前がそんな立場に甘んじるはずがない……」

 肩をいからせ、鬼龍のもとに詰め寄ろうとする……しかしその前に、ムテバが立ちはだかった。

「まあまあ、待ってくれ。こんなところで兄弟喧嘩することもないだろう」

「そこをどいてください」

 静虎は言った。

「私は気が立っている。いつもならこんなことはしないのだが……邪魔をすると、どんな目にあうか分かりませんよ」

「しかし、一応はこれが俺の仕事なんでね」

 ムテバはニヤリと笑う。

「静かなる虎、宮沢静虎か。あんたの名は裏社会でも有名なんだぜ。もっとも、俺の仕事と重なるとは思っていなかったが……」

「……」

「静虎よ、その男を侮らないほうがいい」

 鬼龍は、腕を組んで弟に忠告する。

「俺の知っている中では、五指に入る腕前の殺し屋だ。もっとも、得意なのは殺しだけではないが……」

「……」

 静虎とムテバ。ふたりの男は、さほど広いとは言えない部屋で、ゆっくりと間合いを伺う。

 

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