拳願会 VS 灘一族   作:青井するめ

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第十二話 長岡龍星VS成島光我(2)

 

 荒い息をついて、成島光我は龍星を見下ろす。

 龍星は完全に大の字に伸びていた。さすがにもう起き上がれまい。成島はそう思った。そのくらい、会心の手応えだったのだ。

 鉄砕で固まった右手を、どうにか開いた。膝に手をつく。

「ゼエッ、ゼエッ……」

 危なかった。あと数秒、攻撃をくらい続けていたら、こうして立ってはいられなかった。

 だが。

「はうっ」

(な、なにっ)

 龍星の身体が跳ねた。

 

 ドクン ドクン ドクン

 

 心臓の音が聞こえる。自分のではない。龍星のものだ。まるで銅鑼のように、その音は夜の静寂を貫いて響いてくる。

 龍星の上体が、ゆっくりと持ち上げられる。

 まるで見えない糸に釣られるかのように……

(な、なんだ……!)

 何が起きている!? 分からない。だが明らかに異常だ。何か、自分には理解できないことが起きている……

「い、いまのは……効きましたよ……」

 龍星が、かすれた声で言った。

「こんな一撃を食らったのは、久しぶりです。……ですが、この心臓は……俺を、寝させてくれない、ようですね……」

「まじかよ……」

 成島は息を呑む。龍星は笑っていた。明らかにダメージがある。それは間違いない。だが同時に、その表情には底しれないものを感じられた。龍星とは違う、別の誰かが喋っているような……

 月が雲に隠れた。龍星の顔に影が落ちる。その顔の、青い右の目だけが、不気味に光っている。

「こうなったら俺も、本気を出さざるを得ない、ようです」

 龍星はぐい、と上体を俯ける。獣のように四つん這いになった。なにを、仕掛けてくる!? 成島は身構える。

 飛んできた。

 石礫だ。

(目くらましかよっ!)

 両手を地面についたとき、その手の中に石を拾いこんだのだ。だが同じ手を二度食うつもりはない。

 拳眼、発動━━

 飛んでくるのは、大小10あまりの小石。その全てを叩き落とす。まるでスローモーションのようによく見えた。その向こうにいる龍星も。

(……どこを、向いている?)

 龍星はこちらを向いていない。そしてあらぬ方向に、何かを投げた。直後、何かが割れる音。

 周囲が闇に閉ざされる。

 

「━━━━ッッ!?!?」

 落ち着け! 成島は自分に言い聞かせた。龍星の狙いが、ようやくわかった。こちらへ投げた石礫は、本当に目くらましだったのだ。本当の狙いから意識を逸らすための。

「あなたの眼は、本当に厄介ですよ、成島さん」

 闇の中から、龍星の声。

「だから、奪うことにしました。何も見えないでしょう?」

 何も見えない、わけではなかった。

 龍星の狙ったものは、街灯だった。

 土手道沿いにあったいくつかの街灯。それを、投石で破壊したのだ。折しも雲が月を隠したことで、周囲は急激に暗くなった。それでも真の闇というわけじゃない。川向うには街の灯りがある。しかし、数メートル離れた場所に立つ龍星は、ぼんやりとした影にしか見えなかった。

「なかなか、こすい真似をしてくれるじゃん、龍星くん」

 動揺を押し殺して、軽口を叩く。

「そんなことしたら、そっちこそ、なにも見えないんじゃないの?」

「生憎ですね」

 龍星は笑いを含む声で言った。

「いいことを教えましょう、成島さん。龍の血は、闇の中でこそ、真に輝くんです……」

 影が動いた。

(なにっ)

 速い。そして不規則な動き。懐に飛び込んでくる。かろうじてガードする。

「ぐうっ」

 すぐさま、影が離れる。ヒットアンドアウェイ……そうやってこちらの体力を削るつもりか。

(落ち着け……)

 確かによく見えない。不利な状況にあるのは確かだ。でも絶望的というわけじゃない。眼に頼るな━━様々な人間から、その教えを受けた。成島の「眼」は、人に真似できぬ長所ではあるが、そこは弱点にもなりうる。

 腰を落とし、息を吐く。見るのではない。感じろ……相手の動きを、見極めるんだ。

 かすかな音。龍星は仕掛けてこない。こちらの様子を伺っているのだ。風が吹く。葉擦れの音。

「来いよ……」

 小さく呟く。

 それが聞こえたのか。闇の中で影が動いた。正面。いや違う。

 すっと気配が消える。フェイント。こっちじゃない……右だ!

「うおおっ」

 踏み込む。

 受けるのではなく、常に先に動くこと……「先の先」の境地には、まだ成島は辿り着いていない。だがその心は分かっている。龍星の動きは読めた。そのまま真っすぐ突っ込んでくる。

(ここ!)

 三日月蹴り━━

 闇の中にいる龍星の、その鳩尾に、爪先が吸い込まれる。

「ぐうっ」

 うめき声。だが。

(浅い!?)

 手応えがない。受け止められた。これも読んでいたのか……思う間もなく、足首をつかまれる。そのまま、軸足を蹴られた。

「な、なにっ」

 予想外だった。

 なすすべなくテイク・ダウンされる。すぐさま成島の足に、蛇のように龍星の身体が絡みつく。

(こいつ、寝技もできるのかよ!)

 対応が遅れた。足関節。複雑怪奇な形に、左足を極められている。

 灘神影流、摩陀羅固め━━

「ぐあああっ!」

 膝と、足首の関節が、同時に極まっていた。振りほどけない。━━破壊(こわ)される!

「がああああああっ!」

「タップしてください、光我さん」

 勝ち誇った声で、龍星が言う。

「それとも、足を壊されたいですか?」

「冗談……!」

 だが、この状態からの反撃はできない。強がりもむなしく響く。万事休す。ここで終わりなのか。

 いいや。

「な、なにっ」

 極められた足をほどこうと、成島の手が龍星の足を掴む。普通ならば、この体勢で力を入れることはできない。なのに。

 

 みし みし

 

「こ、これは……!」

 龍星の足に、成島の指が食い込んでいく。とても人間の力とは思えない。まるで万力に締められているような……

 二虎流金剛ノ型、鉄砕━━

 本来は、拳を硬く固め、破壊力を増す技。その応用である。強大な握力で、握撃を加える。そのまま、相手の骨を粉砕することも可能だ……

「ま、まだだ……!」

 成島が呻く。

「あ、あ、諦めが悪いですね、光我さん……」

「そっちこそ……」

 どちらもだ。諦めるつもりはない。みしみしと、骨が、関節がきしむ。限界が近い。このまま……

 そのとき。

 

「━━そこまでだ!」

 

 突然、眩しい光が差し込んだ。

 

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