荒い息をついて、成島光我は龍星を見下ろす。
龍星は完全に大の字に伸びていた。さすがにもう起き上がれまい。成島はそう思った。そのくらい、会心の手応えだったのだ。
鉄砕で固まった右手を、どうにか開いた。膝に手をつく。
「ゼエッ、ゼエッ……」
危なかった。あと数秒、攻撃をくらい続けていたら、こうして立ってはいられなかった。
だが。
「はうっ」
(な、なにっ)
龍星の身体が跳ねた。
ドクン ドクン ドクン
心臓の音が聞こえる。自分のではない。龍星のものだ。まるで銅鑼のように、その音は夜の静寂を貫いて響いてくる。
龍星の上体が、ゆっくりと持ち上げられる。
まるで見えない糸に釣られるかのように……
(な、なんだ……!)
何が起きている!? 分からない。だが明らかに異常だ。何か、自分には理解できないことが起きている……
「い、いまのは……効きましたよ……」
龍星が、かすれた声で言った。
「こんな一撃を食らったのは、久しぶりです。……ですが、この心臓は……俺を、寝させてくれない、ようですね……」
「まじかよ……」
成島は息を呑む。龍星は笑っていた。明らかにダメージがある。それは間違いない。だが同時に、その表情には底しれないものを感じられた。龍星とは違う、別の誰かが喋っているような……
月が雲に隠れた。龍星の顔に影が落ちる。その顔の、青い右の目だけが、不気味に光っている。
「こうなったら俺も、本気を出さざるを得ない、ようです」
龍星はぐい、と上体を俯ける。獣のように四つん這いになった。なにを、仕掛けてくる!? 成島は身構える。
飛んできた。
石礫だ。
(目くらましかよっ!)
両手を地面についたとき、その手の中に石を拾いこんだのだ。だが同じ手を二度食うつもりはない。
拳眼、発動━━
飛んでくるのは、大小10あまりの小石。その全てを叩き落とす。まるでスローモーションのようによく見えた。その向こうにいる龍星も。
(……どこを、向いている?)
龍星はこちらを向いていない。そしてあらぬ方向に、何かを投げた。直後、何かが割れる音。
周囲が闇に閉ざされる。
「━━━━ッッ!?!?」
落ち着け! 成島は自分に言い聞かせた。龍星の狙いが、ようやくわかった。こちらへ投げた石礫は、本当に目くらましだったのだ。本当の狙いから意識を逸らすための。
「あなたの眼は、本当に厄介ですよ、成島さん」
闇の中から、龍星の声。
「だから、奪うことにしました。何も見えないでしょう?」
何も見えない、わけではなかった。
龍星の狙ったものは、街灯だった。
土手道沿いにあったいくつかの街灯。それを、投石で破壊したのだ。折しも雲が月を隠したことで、周囲は急激に暗くなった。それでも真の闇というわけじゃない。川向うには街の灯りがある。しかし、数メートル離れた場所に立つ龍星は、ぼんやりとした影にしか見えなかった。
「なかなか、こすい真似をしてくれるじゃん、龍星くん」
動揺を押し殺して、軽口を叩く。
「そんなことしたら、そっちこそ、なにも見えないんじゃないの?」
「生憎ですね」
龍星は笑いを含む声で言った。
「いいことを教えましょう、成島さん。龍の血は、闇の中でこそ、真に輝くんです……」
影が動いた。
(なにっ)
速い。そして不規則な動き。懐に飛び込んでくる。かろうじてガードする。
「ぐうっ」
すぐさま、影が離れる。ヒットアンドアウェイ……そうやってこちらの体力を削るつもりか。
(落ち着け……)
確かによく見えない。不利な状況にあるのは確かだ。でも絶望的というわけじゃない。眼に頼るな━━様々な人間から、その教えを受けた。成島の「眼」は、人に真似できぬ長所ではあるが、そこは弱点にもなりうる。
腰を落とし、息を吐く。見るのではない。感じろ……相手の動きを、見極めるんだ。
かすかな音。龍星は仕掛けてこない。こちらの様子を伺っているのだ。風が吹く。葉擦れの音。
「来いよ……」
小さく呟く。
それが聞こえたのか。闇の中で影が動いた。正面。いや違う。
すっと気配が消える。フェイント。こっちじゃない……右だ!
「うおおっ」
踏み込む。
受けるのではなく、常に先に動くこと……「先の先」の境地には、まだ成島は辿り着いていない。だがその心は分かっている。龍星の動きは読めた。そのまま真っすぐ突っ込んでくる。
(ここ!)
三日月蹴り━━
闇の中にいる龍星の、その鳩尾に、爪先が吸い込まれる。
「ぐうっ」
うめき声。だが。
(浅い!?)
手応えがない。受け止められた。これも読んでいたのか……思う間もなく、足首をつかまれる。そのまま、軸足を蹴られた。
「な、なにっ」
予想外だった。
なすすべなくテイク・ダウンされる。すぐさま成島の足に、蛇のように龍星の身体が絡みつく。
(こいつ、寝技もできるのかよ!)
対応が遅れた。足関節。複雑怪奇な形に、左足を極められている。
灘神影流、摩陀羅固め━━
「ぐあああっ!」
膝と、足首の関節が、同時に極まっていた。振りほどけない。━━破壊(こわ)される!
「がああああああっ!」
「タップしてください、光我さん」
勝ち誇った声で、龍星が言う。
「それとも、足を壊されたいですか?」
「冗談……!」
だが、この状態からの反撃はできない。強がりもむなしく響く。万事休す。ここで終わりなのか。
いいや。
「な、なにっ」
極められた足をほどこうと、成島の手が龍星の足を掴む。普通ならば、この体勢で力を入れることはできない。なのに。
みし みし
「こ、これは……!」
龍星の足に、成島の指が食い込んでいく。とても人間の力とは思えない。まるで万力に締められているような……
二虎流金剛ノ型、鉄砕━━
本来は、拳を硬く固め、破壊力を増す技。その応用である。強大な握力で、握撃を加える。そのまま、相手の骨を粉砕することも可能だ……
「ま、まだだ……!」
成島が呻く。
「あ、あ、諦めが悪いですね、光我さん……」
「そっちこそ……」
どちらもだ。諦めるつもりはない。みしみしと、骨が、関節がきしむ。限界が近い。このまま……
そのとき。
「━━そこまでだ!」
突然、眩しい光が差し込んだ。