再び、尊鷹と黒木は間合いを伺う。
(二度と受けるつもりはない)
その言葉は、尊鷹の疑念を裏付けていた。
この男は、幽玄の技を知っている……
(ならば)
尊鷹は前に出た。
無造作とも言えるほどに。構えもせず、両腕をだらりと横に垂らしている。
黒木は構えを解かない。岩のように不動のまま、尊鷹を待ち受ける。
尊鷹の体がぶれた。
ふたつに。そして四つに。
一瞬のうちに、尊鷹は四人に分かれていた。滑るように動き、黒木を取り囲む。
幽玄新影流、四人霞━━
黒木の表情はぴくりとも動かない。ただ小さく呟くのみ。
「まやかしなり」
四人の尊鷹は、同時に、黒木に打ち掛かる。
拳、蹴り、いずれも一撃必殺……並の武道家であれば、受けることも叶わず命を刈り取られる、それが尊鷹の打撃である。それを、四方向から、同時に。
黒木は動かない。視線は正面を向き、そしてどこにも向いていない。
そして……
尊鷹の打撃は……当たらない。
(な、なにっ)
避けたのではない。当たらなかった。いるはずの場所に、黒木はいなかった。
矢継ぎ早に繰り出される。打撃。黒木が受ける。絶対に避けれれないタイミングの、同時攻撃。しかし当たらない。尊鷹の攻撃が来るより早く、静かに、ゆっくりと、しかし確実にその必殺の打撃を外していく。
まるで、攻撃がどこからくるか、分かっているかのように。
(これは……!)
驚愕が尊鷹の全身を貫く。
(灘神影流、空眼の目付け……!)
究極の集中、ゾーンを超えた先の先、そこに辿り着けるものだけが見る、俯瞰の世界……
(この男は、その領域にまで!)
「ぬんっ」
黒木の振り打ち。
無造作に放たれた裏拳によって、たちまち、四人のうち三人の尊鷹が打ち払われ、霞と消える。残りはひとつ。
さすがの尊鷹も、その表情に驚愕を貼り付けたまま、動かない。いや、動けないのだ。なぜなら。
身を切って黒木は振り向く。
尊鷹はそこにいた。大空を舞う鷹のように両腕を広げ、中空から、銀色に輝く脚による、乾坤一擲の蹴り。
四人ではなかった。五人霞━━尊鷹のそれを、しかし黒木は見抜いていた。
魔槍!
空を裂いて打ち込まれた貫き手は、銀色の蹴りを迎え撃ち……そして打ち砕いた!
強化チタンとセラミック複合材によって作られた強化義足。しかし二度、同じ箇所に正確に打ち込まれた貫き手によって……その外殻はついに破られた。火花が散る。
「ぬうっ」
尊鷹のうめき声。
着地する。しかしその機能を停止した義足は、うまく体を支えることができない。がくがくと揺れる体を、倒さないでいるだけでも必死だ。
宙を舞う鷹の翼はもがれた━━
もはや幽玄によるかわしもない。黒木は前に出た。この戦いの中で初めての、全力、そして渾身の。
魔槍。
それが、尊鷹の体に打ち込まれた。
「……灘神影流、弾丸すべりっ!」
完全に捕らえた、はずだった。
しかし黒木の魔槍は、尊鷹の体の表面を滑った。まるで氷像のように。そして体勢を崩した黒木に、カウンターが打ち込まれる。
掌底。
塊蒐拳━━
灘神影流奥義にして、尊鷹の最も得意とする必殺の技。相手の体内に鬼を打ち込み、気の流れを狂わせ、やがては絶命に追い込む。別名、鬼の五年殺し。打ち込まれたが最後、生き延びることはできない━━
それ故に。
食らうことは許されず。
逆転必勝の一撃を、それでも。
黒木は迎え撃った。
「……なんと」
胸元に鬼を打ち込まれる寸前。
黒木の太い指が掌底を掴み、その方向を捻じ曲げる。尊鷹の右手首は、無惨にも折り砕かれた。
小手返し━━
紙一重で、塊蒐拳は防がれていた。
尊鷹は絶句し、やがて小さく呟いた。
「……見事」
黒木が咆哮する。
正中線。人体の急所。そこをことごとく撃ち抜く連撃━━
正拳六連撃!!
勝負あった。尊鷹は血を吐いた。ゆっくりと、うしろざまに倒れてゆく。
残心の姿勢で、黒木はそれを見下ろす。
「……灘神影流、宮沢尊鷹」
小さく、独白する。
「忘れるまい。その技。強さ。冴え」
その言葉の語尾が、かすかに震える。
黒木の額に、汗が流れた。
顔色が白くなる。咳き込み、身を折った。膝をつく。そのまま……前のめりに倒れる。
灘神影流、塊蒐拳。
完全に防いだはずの鬼は、それでも、黒木の体内に入り込んでいた。内臓を食い荒らし、気の流れを乱し、じわじわと死に至らしめる……
倒れたふたりの男を、白い月が冷たく見下ろしている。