二虎流究極奥義、鬼鏖━━
相手の攻撃を倍加させて打ち返す、無形のカウンター技。王馬の選択は、それだった。いや他に手はなかったという他はない。
ふたりとも、受けたダメージは甚大だ。それでも王馬は、自身がわずかに不利と判断していた。
(これに相手が乗らなければ、俺の負けだ)
そして、宮沢熹一は……
ゆっくりと足を踏み出す。無造作に、何も恐れるものなどないかのように。
正面から来る。
鬼鏖のからくりに気づいていないのか。いや、気づいていようが来るだろう。この男なら。
正面から、ためらいなく。
熹一が腕を振る。遠い。本来なら絶対に当たらない間合いだ。
だが……
「幻突!!」
見えない打撃。
氣とも違う、不可視のエネルギー、それが宮沢熹一の拳から放たれる。当てずに倒す、究極の打撃、それこそが幻突……
それを迎え撃つ。
「おおおおおおおっ」
操。水。火。金。
攻撃を逸らし、操り、早め、強化して返す。二虎流の四元素全てを使った、無形にして究極のカウンター技━━
それが、宮沢熹一の顔面に吸い込まれる。
「灘神影流、弾丸すべりっ!」
信じられねえ。
驚きよりも、感嘆が勝った。
完璧な、絶対にかわせないはずのカウンター。それが。
こんなふうに、打てるのか。
こんなふうに、返せるのか。
鬼鏖よりシンプルで、しかも洗練された、完璧な技。それを王馬は目にしていた。
宮沢熹一は、眼前で両手を合わせる。合掌。その手が変化し、拳をふたつ合わせた形となる。両拳の打撃。それをまっすぐ、王馬の体の中心━━心臓に向けて突き出す。
「菩薩拳!!」
カウンターのカウンターのカウンター……
己が死して悔い無し。
敵が死して已む無し。
捨て身の拳は死地に陥れて然る後生く。
これ菩薩の境地なり……
それが王馬の体に突き刺さる。
どこでずれたのか?
ふたりは同時に思った。これで終わりのはずだった。勝負を決める完璧な一撃。これで終着となる……熹一も、王馬も、それをほぼ確信していた。
だが、なぜ━━
打ち込まれた両拳は、王馬の胸の表面を滑った。
独楽のように王馬の体が回転する。菩薩拳の一撃は、そらされていた。驚愕に熹一の目は見開かれる。
(こ、これは)
呉家伝、写し━━
一目見ただけで、王馬は弾丸すべりの術理を理解していた。それをすぐさま模倣するに至ったのは、これまでの戦い、そして呉一族との数限りない鍛錬による……
あくまで不完全、しかしこの場においては、それで十分だった。
回転する王馬の体から、必中の肘が撃ち出される。
呉家伝、回天絶牙━━!
こんどこそ、勝負ありであった。宮沢熹一の体は、なぎ倒されるように吹き飛んだ。そして地に伏したまま、ぴくりとも動かない。
それを見届ける余裕は、王馬にはなかった。
王馬もまた、全ての力を使い果たし……その場に倒れ、そのまま、起き上がることはなかったのである。
*
スタンプ・ハウアーは手を叩いて笑った。
「こんなにうまくいくことある?」
眼の前のモニターには、早くも兆しが現れていた。困惑と混乱。やがてそれは、燎原の火のように広がっていくだろう。これが、デス・サバイバー・バトルロイヤルの終着となる。
スタンプは満足そうに呟いた。
「そろそろ、仕上げの時間だね」
*
「なああんた」
十鬼蛇王馬は言った。
「なんでためらった?」
「……」
答えは返ってこない。
王馬と熹一は、大の字に倒れたままである。王馬は、星も見えない黒々とした夜空を見上げたまま、呟くように問い続ける。
「攻撃を俺の心臓に打ち込む瞬間、わずかにためらったろ。ほんの一瞬だが……その隙がなければ、俺は技を返せなかった。そのままやられていただろう」
「……」
「なんでだ?」
体に力を入れて、王馬は上体を起こす。生暖かい血が、顔を流れ伝った。全身が痛い。もはやどこをどれだけ痛めているか、さっぱり分からない。だが、どうにか動くことはできた。
「……ワシが、弱いだけや」
独白のような声。
宮沢喜一は、目をつぶったまま、ただ囁くように、言葉を続けた。
「あんたの胸の傷を見て、ほんの少しだけ……昔のことを思い出したんや。この技で、また誰かの心臓を止めることになったら、と……ほんの少しだけ、そう思った。そのためらいが、技を鈍らせた。戦いの最中に余計なことを考えるのは、ワシが弱いからや」
喜一は目を開く。目だけで王馬を見て、言った。
「ワシはお前に負けたんやない。ワシの弱さに、負けたんや。それを覚えとき」
「……」
王馬は笑った。喜一の言うことが全て理解できたわけではない。それでも、分かったことがあった。王馬は言った。
「強かったぜ、あんた」
*
戦いは終わった。だが、すべてが終わったわけではない。
それを終わらせるべく、少なからぬ数の人間が、動き始める。