「な……」
成島光我は絶句していた。
「なんじゃこりゃあっ……」
周囲から閃光で照らされている。
いつのまにか、黒尽くめの男たちに囲まれていた。全員がタクティカルアーマーとベスト、メットにバラクラバという格好で、手にはサブ・マシンガンを持ち、銃身に取り付けられたフラッシュ・ライトでこちらを照らしている。
意味不明な光景だった。こいつらはどこから来たのか? 何者なのか? 龍星との戦いに集中していたとはいえ、全く気が付かなかったとは……
「おやおや、お出ましですか」
龍星が、苦笑交じりに言った。
「思ったより早かったですね? もう我々の狙いに気づいたんですか」
「ふざけるな」
男たちのひとりが、押し殺した声で言った。
「調べはついてるんだ。お前達と鬼龍、そして米帝のあいつが組んでいることを……」
「お、おい龍星くん」
小声で成島は聞く。
「どういう状況? これ? もしかしてまずくない?」
「R国のやつらですよ」
平然と、龍星は言った。
「俺達を殺しに来たんでしょうね。今頃、デス・サバイバー・バトルロイヤルの掛け金は大変なことになっているだろうから……」
*
「幻魔拳っ……!」
静虎の拳が、ムテバの顔面に打ち込まれる。
だが実際には当たっていない。寸止めだ。打ち込んだのは拳ではなく幻魔。相手の脳に作用し、苦痛と恐怖を与えるための……
だが、ムテバは笑みを浮かべたままだ。
素早く、ナイフで切り返す。頑丈で肉厚なシース・ナイフだ。静虎は後退した。スーツの端が切れ、血が滴り落ちる。
「無駄だぞ、静虎よ」
嘲りを顔に浮かべ、鬼龍が言った。
「幻魔は視覚から打ち込むものだ。分かっているだろう。つまり、盲目の相手には通用しない……」
「……」
険しい表情のまま、静虎はさらに後ずさる。
着ているスーツのあちこちが、ムテバのナイフによって切り裂かれていた。どれもかすり傷だ。だが、出血は体力の消耗を伴う。少しずつだが不利な状況に追い込まれていることを自覚していた。しかしムテバの巧みなナイフさばきは、静虎の攻撃を寄せ付けない。苦し紛れの幻魔拳だが、やはり効果はなかった。
どうする……
逡巡が顔に出たか。それをムテバは見逃さなかった。
ナイフによる連撃。
「くうっ」
後ずさる。辛うじて捌いてはいるが、このまま追い詰められていけば、いずれは……
「本気を出しなよ、ミスター静虎」
薄笑いを浮かべて、ムテバは言う。
「こんなもんじゃないって、分かってるんだぜ」
「ムテバよ、俺の弟は平和主義でな」
鬼龍は鼻を鳴らし、
「必要でない戦いは避ける、そして戦うときも可能な限り相手を傷つけない……そう思ってるんだそうだ。馬鹿げているだろう。本気になるのは、追い詰められているときだけ……」
「……」
鬼龍の戯言に耳を貸す余裕はない。深く息を吸った。丹田に力を溜める。
そのとき。
「……なんだ?」
鬼龍が眉をひそめる。同時に、モニターに赤が灯った。
警告音がなる。はじめは心細げに、そして次第にやかましくなり……
数秒後には、部屋を揺るがすほどの轟音となっていた。
「な、なんだ?」
状況が掴めず、静虎は眼鏡をかけ直す。
鬼龍は、口元を歪めて笑った。
「なるほど、そういうことか」
*
「ど、どういうことです?」
山下一夫は、理解できずに言う。
「全ての取引が停止されています。エラーが出て……システム全体がおかしくなっているような……」
乃木の執務室。山下と乃木、そして豊田はタブレットを前に顔を突き合わせている。
さきほどまでは何の以上も起きてはいなかった。3人は成島、若槻、黒木、十鬼蛇らの中継映像を見ながら、同時に刻一刻と変化する賭け率も観察していた。それがおかしくなったのは、若槻とリカルドの戦いが終わったあたりからだ。
リカルドと若槻は、同時に戦闘不能と判定された。ほぼ間を置かずして、黒木と尊鷹にも同様の判定が出た。すると画面がフリーズした。エラーが出て、画面上の数字があきらかにおかしくなっている。
「なるほどね」
豊田が言った。
「こういうことか。これは盲点だったな」
「え? な、なにがですか??」
山下には全く分からない。しかし豊田と乃木は状況を理解しているらしく、顔を合わせて頷いている。
「しかしこれは」
乃木は言った。
「偶然なのか? それともまさか、意図的にこれを起こしたとでも」
「さてね。理論上は可能かもしれないけど、実際にやるとなると……」
「あ、あの、説明を……していただけると……」
おずおずとそう言う山下に、豊田が向き直り、おもむろに説明をし始めた。
「これはね、かずっち、どうやらこういうことなんだ……」
*
「引き分け、ドローを狙うといい」
スタンプ・ハウアーはそのとき、そう言ったのだった。
「そうすればたぶん、システムがダウンする」
「……どういうことや? スタンプ」
熹一が問い返す。
スタンプは薄く笑って、説明した。
「このシステム、いろいろ調べたけど、勝ちと判定したほうに全ての賭け金が行くようになっている。でも、ドロー、引き分けに対しての裁定がない」
「……だから、それがどうなるんや?」
「もし、ドローがあった場合」
龍星が言葉を繋いだ。
「賭け金がどこへ行くか分からない。そのままエラーを起こして、システム全体が破綻する。そういうことが言いたいんですか?」
「まあ、そういうことだね」
スタンプは頷いた。
「前も言ったけど、このデス・サバイバー・バトルロイヤルには世界中の金持ちが大金を賭けてる。R国やC国はもちろん、うちの国のお偉いさんまでね。もし、その大金が、いきなりどこかへ吹っ飛ぶ、なんてことになったら……」
「大問題ですね」
龍星は鼻を鳴らした。
「と、言っても、こんなふざけた仕組みやシステムを作った人間が、頭を下げて謝罪するわけありませんけど」
「別にそうしてもらいたいわけじゃない」
スタンプは肩をすくめた。
「こっちとしては、これの主催に一枚噛んでいる国のお偉方が、大恥をかいて、しばらく表に顔を出せなくなればいい、と思ってるだけだからね」
「口で言うだけのお前は気楽やのお」
熹一が愚痴るように言った。
「実際に戦わされるのはワシらやぞ? しかもドロー狙い? そんなうまいこといくかいな。手加減して戦えって言うんか?」
「君たちならできるでしょ?」
平然とそういうスタンプに、熹一と龍星は渋面で顔を見合わせた。
「熹一さん、やりましょう」
険しい顔のままで、しかし、龍星は言った。
「どうせだったら、あいつらに一泡吹かせてやりたいじゃないですか」
「そりゃ、ワシもそう思うが」
熹一はスタンプを睨みつけて、言った。
「スタンプ、この貸しは、いつか返してもらうで」
*
「まあ、そういうわけなんや」
宮沢熹一は倒れたまま、王馬に経緯を説明する。
「ドロー狙い、言うても、手を抜いたわけと違うで。そんな余裕なかったわ。余裕こいて戦えたのは最初のほうだけ、途中から死に物狂いで……」
「話は分かった」
王馬は言った。
「それで、どうするんだ?」
「……」
問われた熹一は、しばしの沈黙ののち、
「……どうしたもんかのう」
呟くようにそう言った。
いつのまにかふたりは、完全武装した男たちに囲まれていた。タクティカル・アーマーで武装し、サブ・マシンガンやアサルト・ライフルを構えた男たち。気配も、感情も、完全に殺している。
王馬が言った。
「こいつらが、あんたが言った、デス・なんとか・かんとかの奴らか?」
「まあそうやろうな」
熹一は答えた。
「用意周到な奴らや。最初からワシらを疑って監視しよったな……」
(……こいつはまずいぜ)
王馬は内心で吐き捨てた。ふたりともダメージが大きすぎる。宮沢熹一は未だに起き上がることもできていない。抵抗どころではない、万事休すか。
男たちが、ゆっくりと迫ってくる。