絶体絶命。戦闘服の男たちはゆっくりと迫ってくる。
(どうする……?)
王馬は内心で舌打ちする。自身も、宮沢熹一も、とても戦える状況ではない。
万事休すなのか━━
「……情けない姿だな、テメエ?」
ゴキ、という骨の折れる音。
「……え?」
男たちのひとりが、呆然と呟く。先頭を行く男の首が、唐突に折れ曲がった。不自然な角度に。
同時に、風の鳴く音。
「ぎゃっ」
「ぐわああっ」
一瞬だった。呼吸をひとつふたつする間に、戦闘服の男たちは容赦なく「解体」されていた。あまりにも鮮やかで、疑問に思う暇すらない。
「な、なんや?」
呆然と、熹一は呟く。何が起きたのか?
黒い人影が、闇の中を音もなく動く。一切の容赦なく。
男たちが全員、命を奪われて地に伏すまで、ほんの10秒たらず。鮮やかな手際だった。
そして。
「無様すぎて笑っちまうぜ」
「王馬!生きてるー?」
人影が、王馬と熹一のそばに立つ。
王馬は、思わず笑みを漏らして、言った。
「雷庵、カルラ。なんだよ、お前らも来てやがったのかよ」
その場に現れたのは、呉雷庵とカルラ、さらにホリスや風水ら、呉一族の面々だった。
王馬は言った。
「つまり、呉一族も絡んでいる話なのか」
「ケッ、残念ながらな」
呉雷庵はそう吐き捨てた。
「ちょっと今、あの国とはモメててね」
カルラは苦笑して話を継いだ。
「こっちも色々と動かないといけなかったんだよね。だから、今回の件は、渡りに船というか、ちょうどいいタイミングだったんだよね」
「へえ……」
そう言う王馬の体から、力が抜けた。ゆっくりとその場に倒れ込む。
カルラが言う。
「わ、王馬、死にそう?」
「死なねえよ、まだな……」
王馬は苦笑した。
「なんにせよ、助かったぜ。またお前らに借りを作っちまったな……」
それを横目で見る宮沢熹一の顔は、不満そうだった。
「なんや、マブいお姉ちゃんやのお。なんでワシのところには、こういうのが来えへんのや?」
*
「デゴイチ、行けっ」
その言葉とともに。
「なにっ」
「なんだあっ」
まるで弾丸のように白い塊が飛んでくる。
「撃て、撃てえっ」
「ぐわああっ」
まるでつむじ風だ。拳眼を持つ成島をもってしても、追いきれないほどの、すさまじい速さ……
(犬!?)
いや違う。
それは確かに、白い大型犬に見えた。だが犬らしいのは見た目だけだ。こんなに速く、それでいて正確に、動ける犬などいない……
瞬く間に、戦闘服の男たちは無力化されていた。切り裂かれた手足を抱え、地に伏して呻いている。
「よくやった、デゴイチ」
龍星はそう言って、白い犬━━に見えるものを、優しく撫でた。
「あの、龍星くん?」
恐る恐る、成島は聞いた。
「えっと、それは……」
「ああ、こいつですか」
笑顔で、龍星は言う。
「デゴイチです。犬型の戦闘サイボーグ。ずっと前から、周囲を見張らせていたんですよ」
「へえ……」
なんと言っていいか分からず、ただ成島は呻くように言った。ここ数年、変なものを沢山見て世間を知った気になっていたが、まだまだ世の中には、理解不能なことが沢山あるようだ。
「さて、ここから逃げたほうがいいですね、成島さん」
こともなげに、龍星は言った。
「こいつら以外にも、刺客はまだいるはずです。俺はデゴイチと一緒に逃げます。あなたは狙われてないと思うけど、念の為、できれば拳願会に保護してもらうといい」
「お、おう」
「じゃ、そういうことで」
そのまま、犬を連れて去っていこうとする龍星に、
「なあ、龍星くん」
成島は声をかけた。
「なんですか?」
顔だけ振り向いて、龍星は言う。
成島は笑みを浮かべ、
「今度会うときは、続きをやろうぜ。邪魔の入らない状況で、な」
「……ええ」
龍星も笑みを返す。
「そうですね。いつか、続きをやることを、楽しみにしています……」
そう言い残すと、龍星とデゴイチは音も立てず静かに、闇の中へと去っていった。
*
「もしかして」
ムテバは言った。
「これもあんたの想定通りってわけかい、ミスター鬼龍」
「……」
問いかけられた鬼龍は、腕を組んで薄く笑った。
「予期はしていたがな」
「予期、だと?」
静虎は困惑したように呟く。いや、なにが起きたのか、まだ分からないというのが正確だ。
鬼龍は言葉を続けた。
「"あの男"は狡猾だ。どう転んでもいいよう、保険を打っている。デス・サバイバー・バトルロイヤルが成功するのはいい。だが同時にそれは、それを指揮するオリガルヒたちの伸長を意味する。自分の権力基盤を危うくするものは、誰であろうと許さない、そういう男だ……だから、うまくいかないとしても、それはそれで」
「将来の反乱分子の芽を潰せる。そういうことかい」
ムテバは首を振って笑った。
「こうなることを想定して、システムを作ったのか。なんとまあ、用意のいいことだ」
「それで、ムテバ」
鬼龍は言った。
「お前はどうする。まだ仕事を続けるか?」
「どうするもこうするもない」
ムテバは肩をすくめた。
「受け取った分の仕事はした。ミスター静虎、あとは兄弟間の問題だ。俺は邪魔をしない。それでいいな?」
「……」
ムテバは脇に退く。静虎は無言で、鬼龍に歩み寄った。
鬼龍は言った。
「良かったな静虎よ。熹一も、龍星も、たいした怪我もなく切り抜けた。これで……」
最後まで言わせず。
静虎の拳が、鬼龍の顔面にめり込んでいた。
「鬼龍ッ」
息を荒らげて怒声を上げた静虎は、しかし握りしめた拳を引き、
「今回だけだ。次に会ったときは……こうはいかない」
それだけ吐き捨てるように言うと、そのまま足音も高く、部屋から出ていった。
「……」
首を振りながら起き上がろうとしている鬼龍を見下ろして、思わずムテバはこう漏らしていた。
「なんともまあ、お優しいことで」
*
若槻武士はどうにか立ち上がった。
「う、う、う」
駄目だ。意識を取り戻したはいいが、幻魔は消えていない。壁に寄りかかりながら、なんとか前へ進む。だが、どこへ行けばいい? 病院か? だがそこで、この得体のしれないものを治療してもらえるのか……
「━━!!」
すぐ近くに、気配。
誰だ!? そちらを向く。大柄な人影……暗くて風貌は伺えない。また敵なのか? だがこの状況で戦うことなど……
「いま、楽にしてやるよ」
拳が飛んできた。
顔面に突き刺さる。いや! これは!? 当たっていない、寸止めだ……だが、頭の中に住みついていたモヤが、一瞬で晴れた。幻の苦痛は、まさしく幻のようにたちまち消失していた。
「これで幻魔は晴れたよ」
皮肉げに顔を歪め、男は言った。
若槻は呆然と、眼の前の男を見た。黒髪を短く刈った、精悍な顔つきの男だ。
「何者だ……?」
「俺の名は悪魔王子」
若槻の問いに、男はそう答えた。
「竜を継ぐ男だ」
━━完━━