拳願会 VS 灘一族   作:青井するめ

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第三話 R国の影

 

 若槻武士は、夜の街を歩いていた。

 住宅街を通り抜け、海沿いの工業地帯に入る。時刻は深夜に近い。道行く人の姿はなく、車通りもめったにない。どこか遠くの方から、時代遅れの暴走族が立てる騒音が聞こえてくる。

 若槻の歩く道の片側には、大きな工場があった。と言っても数年前に操業を停止した廃工場だ。薄汚れた壁には雑多な落書きが張り付き、敷地内には空き缶などのゴミが散乱していた。

 その敷地を囲っているフェンスに、破れたところがあった。

 若槻は大きな身体を屈め、フェンスの隙間から、その工場内に

足を踏み入れる。

 工場建屋の内部は、がらんどうだった。もとはなにか工作機械が置かれていたのだろうが、その痕跡は床にある凹凸にしかない。天井には大穴が空いていた。そこから月明かりが差し込んでいる。

「時間ぴったりですね」

 男の声。

 暗がりの中から、男が姿を表した。

 大男だ。身長は190ほど。がっちりとした体躯。無造作なトレーニングウェア姿。長く伸びた前髪が額に垂れている。

 その男は言った。

「若槻武士さんですね。生真面目な人のようだ。差出人もわからない呼び出しにも、時間通りに応じるような」

「お前か。俺を呼んだのは」

 若槻は問うた。長髪の男は首を振った。

「正確には違います。僕も呼び出されたクチです。まあ、目的に関しては、あなたの想像する通りなんですが」

 男は不敵に笑って、言った。

「改めましてこんにちは。僕は拳獣リカルド。あなたをブッ倒すためにここに来ました」

 

 *

 

「半年前、ですか」

 山下一夫は言った。

 ユリウス・ラインホルトが襲撃を受けていたという情報。しかしその情報がこちらに伝わるまで、半年を要した。ユリウスがすでに拳願会の所属ではないということが影響したか。いや、それこそが「襲撃者」の目的だったのかもしれない。

 乃木は腕を組み、言った。

「襲撃の状況。今起きているなにかと、あまりに似すぎている。関連を感じずにはいられない」

「テストってやつじゃないの?」

 豊田がそう口を挟む。

「計画を完全に動かす前の、一種のテストケース。そういう意味での襲撃。拳願会の闘技者の、実力を図る意味もあったんだろうね」

「な、なるほど。それなら筋が通りますね」

「十分に納得できる仮説だ」

 乃木が言った。

「だが断定は避けよう。まだ情報が少ない。予断を避けて取り組む必要がある」

「乃木くんは慎重だねえ」

 豊田が言った。

「ほんとのところは、もっと掴んでるんでしょ? その、情報ってやつを」

「えっ?」

「……」

 乃木は表情を崩さず、ゆっくりと頷く。

「現時点では、まだ裏が取れていない。だが調査は進んでいる」

 乃木は山下に視線を移し、

「君の息子に依頼したんだ。この状況を」

「えッ、建造に……?」

 いきなり息子の話題が出てきて、山下は仰天する。

 山下の長子である建造は、アンダーマウント社の創業者であり、実質的な経営者だった。昔からIT技術、なかんずくハッキングには特別に秀でたものがあったが……

「拳願会や山下商会のサーバに、侵入の形跡があったそうだ。おそらく、闘技者の個人情報を抜き取られた。それをベースに、やつらは襲撃の計画を立てている」

「ウチも同じことをされてるんだろうね。実のところ、こっちも部下に探らせてるけど、まだ証拠が見つかってない」

「君の息子によると」

 乃木は話を続けた。

「今回の事態は、R国のハッカー集団が絡んでいるらしい」

「R国……!?」

「予想できたことではあるね」

 豊田は腕を組んで、

「R国の大富豪が動いている、という噂は、こっちにも届いていたんだよ。裏格闘技には大きな市場がある。そこに食い込めば大きな上がりが得られる。あっちの国にも裏格闘技の団体はあるけど、マイナーだ。もし拳願会ほどの団体に匹敵する、あるいは裏回る団体を設立できれば、そこに流れ込む金は膨大なものとなる。なにしろ、あの国は戦争からこっち、外貨の獲得に喘いでいるからね。なにかするんじゃないか、とは言われていたんだ」

「そのR国の大富豪の裏には、大統領その人がいるという話もあるんだ」

 乃木が話を継いだ。

「つまり、国ぐるみで、我が国の裏格闘技界を乗っ取る……そんな謀略があると、我々は推測しているのだ」

「く、国ぐるみ……」

 山下はさっきから絶句し通しである。話のスケールが大きすぎる。それが本当なら、日本だけの話ではない。まさに国際的な謀略ではないか。

「ま、もしそれが本当でも、恐れることはないよ」

 豊田が肩をすくめて、言った。

「相手がわかればいくらでも対処は可能だしね。向こうだって、力付くで何かを仕掛けるわけにはいかない。日本政府はともかく、他の国が黙っていないだろう」

「そ、そうなんですか」

「だが、可能な限りは我々だけで対処したいと思っている。政府筋に借りを作るのは得策ではない」

 ただでさえ蟲の関係で……と、乃木は小声で付け加える。

「でも、だとしても」

 山下は言った。

「我々は、どうすればよいのです? 対処と言われましても」

「簡単な話だ」

 乃木は言った。

「同じことをやり返す。情報を操作して、向こうの刺客を迎え撃ち、返り討ちにする。そこからより上層の情報を手に入れることができれば……」

 組んだ両手の上に、顎を乗せる。

「我々の反撃のフェイズとなる」

 

 *

 

「じゃあ、その、龍星くんの父親が全ての元凶ってワケ?」

 成島はそう言った。

 夕暮れ時。成島と龍星は川沿いの土手道を歩いている。夕日がゆっくりと、街並みの向こうに沈んでいく。

 龍星は苦笑いを浮かべて、言った。

「残念ながらそういうことです。灘のための試練、とかまた適当なことを言ってますが、おためごかしです。あの人は底なしのクズで、真正のサディストなんです。単に僕らが苦しんでいるのを見て、楽しんでいるだけですよ」

 龍星の口調は辛辣だった。とても父親に対する言葉とは思えない。とはいえ、光我にも理解できない感情ではなかった。自分も含め、身内との不和を抱える人間は光我の周囲にも珍しくない。

 龍星は話を続ける。

「バカバカしいのは、それだけじゃありません。僕らに賭けられてるのは賞金だけじゃない。命もです。僕らが負けた場合、多くの金持ちが損をする……何十億という金です。そのため殺し屋が送られてきてもおかしくない。そういうことになっています」

「うへっ」

 光我はうめいた。とても親の所業ではない。恨まれて当然だった。

「まあいいんですよ。なにしろ、命を狙われるのには慣れてます。一回死んだこともありますしね。だから……この状況を楽しむことに決めたんです」

 不敵な笑顔を浮かべ、龍星は光我を見る。

「成島さん、あなたはどうですか?」

「……」

 光我は無言で、河川敷に続く階段を降りる。

 このあたりに来るのは久々だった。数年前、近場に住んでいた黒狼こと とよく仕合ったものだ。……もっとも、あまりにやりすぎて警察に通報されてしまったので、それ以降近づけなくなっていたのだが。

「でもまあ、滅多に人は来ないし」

 光我は言った。

「ちょうどいいんじゃないの、このあたりで」

「話が早いですね、成島さん。助かります」

「俺はどうも、龍星くんみたく頭が良くないから、考えるのは苦手なんだよ」

 光我は言った。

「でも社長から言われてるからね。刺客が来たら、全力でぶちのめせって。それでいいんだろ?」

「もちろんです、成島さん」

 龍星はそう言って、構えた。

「手加減はできません。全力で来てくださいよ。さもないと……殺しちゃうかもしれませんからね」

 

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