拳願会 VS 灘一族   作:青井するめ

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第四話 反撃の幕開け

 

「ハロー、キー坊。元気してる?」

 スタンプ・ハウアーは片手を上げて挨拶してきた。

 キー坊こと宮沢熹一は仏頂面で返答した。

「なあスタンプ、この状況を見て、他に言う事ないんか?」

 熹一の周囲には、昏倒した男たちが転がっていた。どれも悪人面の、まっとうとは言い難い野蛮人の面をしていた。ごく平和な住宅街の道路が、この一角だけ戦場のような有り様である。

 熹一は言った。

「なあスタンプ、こいつら何者や? 問答無用で襲いかかってきたぞ」

「へー。誰かに恨みでも買ったんじゃないの?」

「ふざけんな。ワシは清廉潔白や、お地蔵さんみたいに手を合わせてもらってもいいくらい平和な人生を歩んできたんやで」

「スタンプさん、説明してください」

 龍星が言った。顔や服には、返り血による汚れがある。

「また、俺らを妙なことに巻き込むつもりじゃないでしょうね」

 龍星の言葉を聞いて、スタンプは肩を竦める。

「ちょっと場所を変えようか。説明すると長くなりそうだからね」

 

 数分後。

 スタンプとキー坊、そして龍星が顔を突き合わせているのは、住宅街から離れた広い公園である。すでに夜とあってあたりに人はいない。

「それで、どういうことなんです」

 龍星は言った。

「いきなり、襲いかかられましたよ。ドラゴン・ラッシュはもう終わったものと思っていたんですがね」

「うーん、それなんだけどね」

 スタンプは懐からタブレットを取り出し、なにやらいじっている。

「なにやら君たちは、面白いことに巻き込まれてるみたいだよ」

 差し出されたタブレットの画面。そこには熹一と龍星の顔と、説明書きらしき文章。

「……なんやこれは? 読めへんぞ」

「キリル文字、だからロシア語ですかね?」

「御名答、これはさ、君らにかけられた賞金だよ」

「……いまなんて言った?」

 龍星が画面に顔を近づけてまじまじと見る。

「熹一さんのところに100万ドルって書いてありますよ。これが賞金ですか?」

「そう。けっこういい値段じゃない?」

「ふざけんなっ」

 熹一がタブレットを叩き落とそうとする。スタンプはひょいと避けた。

「どういうことや。説明せえっ」

「本当にドラゴン・ラッシュそっくりですね」

 うんざりしたように、龍星が言った。

「あのときもこんな感じでしたよ」

「こちらの情報だとね、マフマドベコフが死んだあと、誰かが組織を受け継いで立て直したって言われてるんだ」

 スタンプが腕を組んで言った。

「で、R国のお偉方と組んで、初めたのがこれ。その名もデス・サバイバー・バトルロイヤル」

「長くて言いづらいわっ」

「こいつらの目的はなんです?」

 龍星が聞いた。

「ドラゴン・ラッシュは俺の心臓だったでしょう。こんなネット・フリックスでやる二流のサバイバル・ゲームもどきみたいなの、誰が喜ぶんです?」

「それが意外にいるんだよ」

 スタンプは再びタブレットを取り上げて、なにやら操作する。

「ほら、これ。見れる?」

 映っているのは、動画だ。画素が荒く、動きがカクついている。望遠で撮影された監視カメラのものだろうか。

 ふたりの男が戦っている。

 強烈な殴り合いだ。血がしぶき、双方の顔が赤く染まっている。

 そして動画には、多くのコメントがついていた。英語やロシア語、様々な国の言葉で。

「ダーク・ウェブで流れてる。この手の動画がね。大人気だよ」

 薄笑いを浮かべて、スタンプは言った。

「こういう、闇格闘技の試合はあちこちに需要があるんだ」

「闇格闘技……」

「刺激に飢えた多くの金持ちが、こういうものに大金を払う。勝てば勝つほど、賞金が上がる。動画の注目度も上がる。そして賭けられる金額もね」

 熹一が顔をしかめる。

「闇格闘技な、ワシも昔やったことあるから無関係とは言えんけど、こんな大々的に金を取るやつがおるんやな」

「今じゃなんでも金になる時代だよ」

 スタンプは訳知り顔で頷いた。

「ちょっと待ってください」

 龍星が話を遮った。

「ひとつ疑問なんですが、どこの誰が俺らに賞金をかけたんです? 熹一さんはともかく、俺は格闘技の分野では実績もない無名ですよ」

「さあね。ただ、想像でいいなら、心当たりがないでもない」

「……」

 龍星と熹一は顔を見合わせた。

「なあ龍星、もしかしてワシと同じことを考えてるんか?」

「ええ」

 苦虫を噛み潰したような顔で、龍星は吐き捨てた。

「鬼龍ですよ、きっと。あの人の好きそうなことだ。灘に試練を、とかまた都合のいいことを言って、実際は俺たちの苦労を見て笑っている。どうしようもないサディストですから」

「さすがに言い過ぎやろ、と思うけど、正直、ワシもそう思う」

 スタンプはそれを聞いて苦笑し、言った。

「で、どうする?」

「なにがや」

「君たちとしては、やられっぱなしは性に合わないんじゃないか、と思ってね」

「……」

 熹一は渋面になった。

「おいスタンプ、何を企んでるんや? ワシらに何をさせる気や」

 スタンプはニヤリと笑って、熹一と龍星に説明し始めた。

 

 *

 

「これが、今のところの、襲撃者のデータです」

 山下一夫が、紙の束から一枚抜き出して、王馬に見せた。

 山下商事の応接室。さほど広くもないその部屋で、山下一夫と、十蛇田王馬、そして成島光我が顔を突き合わせていた。

「なあ、社長」

 首を傾げながら、成島が聞く。

「もっかい、説明してほしいんだが……要するに、俺らは狙われてるんだよな」

「はい、そうです」

「海外の、組織……"煉獄"みたいなもんかな? そいつらは俺らを倒して、名を上げたいんだろ? そうすりゃハクがつくからな」

「そうです。ちゃんとわかってるじゃないですか」

「そこまではいいんだよ」

 成島は首を振る。

「問題はそっからで……俺等は何をするっていうんだ? そいつらが来るのを待つだけ、ってんじゃないよな?」

「そう、それについてもう一度説明します」

 山下はうなずいて、別の紙を引っ張り出す。

「これを見てください。王馬さんの名前、光我君も、ほらここに若槻さんのもあるでしょう」

 その印刷された用紙に書かれているのは、人の名前と、住所、そして金額と思しき数字だ。それがずらりと並んでいる。

 そのうちのひとつを、山下が指差す。

「王馬さんは、これです。かけられた賞金は……3億円です」

「さっ、3億……!?」

 成島が絶句する。王馬はほとんど表情を動かさず聞いている。

「向こうは何らかの手段で……たぶん、拳願会を装った偽情報で、あなたを呼び出すつもりなんです。すると相手が待ち構えている。たぶん、撮影もされてます。ドローンか何かでしょうね。そうして撮影された動画はダークウェブに流れる」

「ダークウェブって聞いたことあるな……拳願会の動画も見たことあるぜ」

「そうですね、でも見ちゃダメですよ。流出させた人間は処罰されますから」

「うへっ」

 山下は続けて、

「動画はおそらく特定の人間だけが見られるようになっています。そしてこれは賭けの対象でもあるんです。どうやら何十億という掛け金が動いているようですよ」

「桁が大きすぎて全然ピンとこねえよ……」

 成島が嘆息する。

「問題は、これにどう対処するか、ということなんですが」

 山下は紙の束をデスクに置き、

「会長とも話し合った結果……迎え撃つ、という結論に至りました」

「迎え撃つ?」

「はい」

 成島のオウム返しに、山下が頷く。

「やってくる相手を、待ち受けて、叩きのめします。そうすれば相手の野望も、目的も、すべて立ち消えです。拳願会の闘技者の実力なら、それができる。不意打ちでなければ決して負けない……と、私と会長は信じています」

「いいねえ」

 それを聞いて、王馬が笑った。

「わかりやすいじゃねえか。つまり俺達は、誰だか知らねえが、やってくるやつをぶちのめすだけでいいんだな」

「そんな簡単に行くかな……」

 成島が小声でつぶやく。山下は聞こえないフリをした。

「それで、これからの計画ですが」

 山下は言った。

「光我くんはこれから大久保くんのお見舞いに行ってください。情報がもっとほしいのです。少なくとも大久保くんを倒すようなやつは看過できません。そのあとは戻ってきてください。……ひょっとしたら、その行き帰りに」

「誰かやってくるかも、ってんだろ?」

 成島は言った。

「いいぜ。適当なところに誘導して、ぶちとめしとくわ」

「くれぐれも、油断はしないでくださいよ。また、相手が複数、または武器を使ってくるようなら、即座に逃げてください」

「そういうインチキを使うような奴らを相手にする必要はないもんな。了解だぜ」

「ヤマシタカズオ」

 王馬が身を乗り出す。

「やってくる相手がどんなやつらなのか、そういうことはわからねえのか」

「それについては、少しのデータしかありません」

 山下は再びテーブルの上のプリントを探って、

「例えば、この男が王馬さんとのマッチングを評価されています。向こうの状況がどうなってるのか、わからないのが難しいところですが」

「見せてくれ」

 山下が王馬にそのプリントを渡す。

 髪を短く刈った精悍な男の顔写真。身長体重のデータ。そして名前。

「宮沢熹一、か」

「この男、見覚えのある名前なんです」

 山下が言った。

「私の記憶が確かならば、ハイパー・バトルというアメリカの大きな大会で優勝したことがあるはずです。もっとも、それ以降は格闘技の表舞台から退き、道場を経営していたはずですが」

「ふん……つええのか?」

「それはもちろん。かつての力を保っていれば、ですが」

 山下は頷き、

「それに、この男にはある伝説があると、聞いたことがあります。あくまで伝説、だと思うんですが」

「伝説?」

「ええ」

 少し困惑したような表情で、山下は言った。

「この男、目に見えないパンチを打つというんです」

 

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