拳願会 VS 灘一族   作:青井するめ

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第五話 戦いの始まり

 

 日が沈んだ。

 河川敷には明かりもない。しかし、遊歩道沿いにある街灯と、月明かりだけで、不自由ない程度の明るさはあった。

 成島と龍星は、ゆっくりと間合いを詰める。

 成島の見たところ、龍星の身長は170センチほど。体格的には、今井コスモと同じくらいか……

(つまり、油断できないってことだ)

 体格的には自分がだいぶ有利だ。しかしフィジカル差など、技術でいくらでも覆せる。ましてや……

 先程の、龍星の動きを思い出す。刺客を一撃で昏倒させた。尋常でない速さだった。速さでいえば、自分が今まで見た相手の中でも、間違いなく上位に入る。

「どうしました、成島さん」

 龍星が言った。口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

「随分とおとなしいじゃないですか。怖気付いたんですか」

「いやいや、龍星くんに先手を譲ろうかとね……」

 成島も軽口を返す。そう口を動かしながらも、じわりと間合いを詰めた。まだだ。距離が遠い。しかしあと一歩踏み込めば……。

 

 *

 

 十鬼蛇王馬は、人気のない公園を歩いている。

 すでに深夜に近い。薄靄が出ていた。街中から離れた場所にある庭園。閉園時間はとうに過ぎており、当然ながら人気はない。

 つまり、お誂え向きの場所というわけだ。

「時間ぴったりやな」

 声がした。

 顔を上げる。正面の噴水の近くに、ひとりの男が立っていた。

 中背で筋肉質。染めた髪を短く刈っている。年齢的には、中年にさしかかったあたりか。

 男は言った。

「待ちぼうけにでもなったら、どうしようかと思っとったわ」

「あんたが、俺の相手か」

 王馬は言った。

「あんたのことは知ってるぜ。アメリカの大会で優勝したそうだな」

「へえ、ハイパー・バトルのことを知ってるんか」

 男は笑った。

「なかなか見どころがあるやないけ」

「でもそれは大昔の話だろ」

「……」

「それ以降、表の試合には出ていない……実際、気になって仕方がないんだ」

 王馬は不敵に笑った。

「いまのアンタは、どれだけできるんだ?」

「はん、いらん心配や」

 男は、顔の前で拳と手のひらを叩きつける。

「いまから見せたるわ。お前が相手にするんは、ロートルと違うで。現役バリバリ、全盛期の、宮沢熹一や」

 

 *

 

「俺の首に賞金がかけられていると聞いた」

 若槻武士は言った。

「いくらだ? それは」

「いくらでもいいじゃありませんか」

 拳獣リカルドと名乗った男は、肩をすくめた。

「どのみち、あなたはもらえないんですから。もらうのはボクです。あなたを叩きのめすという、簡単な仕事のあとにね」

「本当にもらえるのか?」

 若槻はそう言いつつ、じりと間合いを詰めた。まだリカルドという男の力量が読めない。もう少し探っておきたかった。

「スポンサーはR国の重鎮だそうだな。あの国が、あんたや、その仲間にぽんと大金を渡すほど、太っ腹とは思えない」

「どうでもいいんですよ、そんなことは」

 リカルドは笑った。子どものような無邪気な笑みだ。

「支払いを渋れば、あいつらを叩きのめします。搾り取ってでも払ってもらえます。当然でしょう?」

「……なるほど」

 若槻は言った。

「翻意させるのは無理なようだ」

「あなたも、気にすることはないですよ」

 リカルドは両手を広げ、

「闘技者でしたっけ? 人を殴るのが仕事じゃないですか。そうやってお金をもらうんでしょう? あなたのことはよく知りません。強いと聞いていますがね。難しいことはないですよ。我々のような人種は、所詮、戦うことしかできないんですから」

「それは、そうかもしれん」

 若槻は苦笑し、首を振った。

「だが、俺はそこまでシンプルに考えられん。とはいえ……言葉を使うのは俺の仕事ではない、というのは確かだ。

 さっさと始めるか」

 そして……さっさと終わらせよう。

 言葉にこそしなかったが、ふたりともそう思っていることは明らかだった。

 ふたりは同時に踏み込み、拳を繰り出した。

 

 *

 

 廃墟となったビル。

 解体されることもなく、長い年月が経過していた。ひび割れたむき出しのコンクリート。積もった土埃に、あちこちから生えた雑草。

 一階の広間に、黒木玄斎は座していた。

 無言である。目を閉じている。壁の割れ目から、月明かりが差し込んでいた。外は満月である。夜ではあるが、存外に明るい。

 足音。

 不揃いな足音だ。片方の足だけ、固く、重い。そんな人物の立てる足音である。それが、ゆっくりと近づいてくる。

 黒木は目を開けた。

 正面に、男が立っている。鬢まで白い蓬髪を、頭の後ろでまとめている、初老の男である。だがその立ち姿に、老いは一切感じられない。

 男は言った。

「待たせてしまったか」

「いいや」

 黒木は答え、立ち上がった。

 目が合う。年齢は男のほうが上、身長もわずかながら男のほうが上。だが、その眼差しはよく似ていた。静かで、水の流れのように穏やかだ。それでいて、いざとなればいつでも激流に変わりうる。

 初老の男は言った。

「黒木玄斎だな」

「いかにも」

 黒木は答えた。

「貴君は、宮沢尊鷹に相違ないか」

「私を知っているのか」

 男はかすかに眉を上げた。黒木は頷いた。

「かつて、バトル・キングと呼ばれた男。米国の格闘技界で無敵を誇り、その後、姿を消した。日本にいるとは思わなかったが」

「懐かしい名だ」

 初老の男……宮沢尊鷹の口元が緩んだ。

「だがその名は捨てた。今の私は、灘の宮沢尊鷹だ」

 す、と片足を引く。

「茶番に突き合わせてすまんな。だがこちらも、"魔槍"黒木玄斎と戦えると聞けば、断る理由は無かった」

「……」

 黒木も、ゆっくりと構えた。後屈立ち。両手を体の前にかざす。魔槍とまで呼ばれた、鍛え抜かれた両の手を。

 沈黙。

 そして小さな声。果たしてそれを発したのはどちらであったか。

「参る」

 

 

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