速い。
重い。
そして硬い。
(こいつは……!)
若槻武士は瞠目した。今まで味わったことのない打撃。
リカルドの動きはシンプルだった。前に出て殴る。そしてシンプルゆえに隙も少ない。
若槻はその丸太のように太い腕で、繰り出される打撃をすべてガードしていた。だがそのガード越しに、拳の衝撃が響いてくる。大砲で打ち出された鉄の砲弾……頭をよぎったのはそれだった。人間の拳のそれとは思えない。
「さすがですね」
リカルドは息も切らさず言う。
「ボクの打撃を受けてビクともしない。こんなことは初めてです」
(抜かせ……)
内心で毒づいた。見れば、両腕の各所が青紫色に変色していた。たとえ俺でも、こんなものを受け続けては、体が持たない。
「あなたほどじゃありませんが、ボクも150キロあるんですよ」
こちらの胸中を読んだかのように、リカルドが言う。
「いつまでも耐えられるとは、思わないほうがいいですよ」
そのとおりだった。守勢に回るべきではない。攻めなくては……
じり、と前に出る。だがリカルドは付き合わない。するすると後ろに下がる。体格からは信じられない身軽さだ。
(殴り合う気はない、というわけだな)
単純なスピードで言えば、こちらより上だ。まず動きを止める必要がある……狙うのは、足か、腹だ。
向こうもそれは承知のうえだ。それゆえに距離を取る。だが、場所の利は若槻のほうにあった。
ゆっくりと間合いを詰める。リカルドの顔から余裕が消えた。横目で背後を確認している。
さほど広くもない工場の中だ。追い続ければ、いつかは壁際に追い詰められる。ましてや、若槻のプレッシャーの前では……
進む。
リカルドの足が止まる。
(ここ!)
踏み込む。そして向かい打たれた。
強烈なカウンターが、顔面に飛んできた。目の前が真っ暗になる。血がしぶく。
「なにっ」
それでも若槻は、前に出た。
一発もらうことは想定内だった。一発ならなんとでもなる、という自信もあった。若槻武士の超人体質……それは全身の筋力のみならず、耐久力にこそ発揮される。それはリカルドの想定を超えていた。
「ぬんっ」
顔面への突き。だがそれはフェイント。リカルドが上体をそらしたところに、下段蹴りを打ち込む。動きが止まる。更に踏み込む。肝臓への鈎突き。
「ぐうっ」
リカルドはうめく。だが若槻は瞠目していた。
(硬い!)
脚は鉄の柱のよう、胴は岩の塊のようだ。体だけでなく、骨も異常に硬いのだ。人間ではなく、サイボーグと戦っているのか。一瞬そう疑った。それでも。
(鉄だろうがなんだろうが……蹴り砕く!)
連続で下段を打ち込んだ。衝撃、反動で足先から脳にまでしびれがくる。それでも止めない、止まらない。4発、5発、6発……
「はうっ」
リカルドの顔色が白くなった。確実に効いている。それでも、まだ目は死んでいない。
「調子に……乗らないでくださいよっ」
反撃が来た。弾丸のように早い打撃……避けきれない。また顔に貰った。血の花が咲く。鼻骨が折れたかもしれない……栓が壊れたかのように、鼻から大量の血が出た。口を塞いでうまく息ができない。だが、若槻は止まらない。
上段順突きが、リカルドの顔に突き刺さる。吹き飛んだ。たたらを踏んで壁に身を寄りかからせる。さらに追撃する。かろうじてリカルドは避ける。拳が壁にめり込み、コンクリートの壁が爆ぜた。陥没する。リカルドが身をかがめる。ボディ。みぞおちに食らった。息が詰まる。
だが、若槻は止まらない。
リカルドが呆然とした表情になる。
(馬鹿な、ボクの打撃が通用しないのか……)
通用しないわけじゃないぞ、畜生。こんな打撃を貰ったのは本当に久しぶりだ。
それでも。
150キロと言ったか……俺より40キロも軽いやつに、負けるわけには、いかないだろうがっ。
「しゃあっ」
正拳突き……空手の基本、オーソドックスな、なんの変哲もない突き。
それでも、若槻の超人的な膂力があれば。
それは必殺技だった。
「はうっ」
胸元に、完璧にヒットした。リカルドは文字通り吹っ飛ばされ……数メートルは宙を飛んだのち、壁に叩きつけられた。