「(この場合って医者の不養生って言うのか?)」
撮影用の入院着で控え室で待機するアクアは台本を読みながら心の中でツッコミを入れていた。産婦人科医だった彼が入院患者役でドラマに出演するとは喜劇としか言えない状況である
「(このドラマってあれだよな)」
アクアが出演するドラマは雨宮吾郎が中学生の頃に放送された作品と同じであり主人公が失敗をする度に先輩看護師が
「あ〜さ〜く〜ら〜」
と怒鳴るやつである。別に彼はそのドラマを見て医療従事者になろうと決意した訳ではない。外科医を目指していた前世だが周りに流されてしまい産婦人科医の道へ歩を進めてしまった。生命の誕生に必要な存在だが生前のアクアはブラックジャックや財前五郎のように自身のメスで人の命を繋ぎたいと思っていた
「どうしたのアクア?初めてのドラマで緊張してるの?」
肩に手を乗せてきたミヤコが心配そうに尋ねてくる。この場に母と姉は居ない、前日にルビーが風邪をひいてしまいアイと壱護が看病をしているのだ!それでも「行くんだ~」と叫ぶ元気はあるので大事には至っていない
「問題無いよ台詞も少ないし」
「そう?もし他の演者に言い寄られたら私に伝えてね!」
アクアが登場するシーンは大部屋で5台のベッドが置かれている。しかも男は彼だけで残りの4人は同年代が2人と18歳と23歳の女性でミヤコの目が届かない所で狙われる可能性がある。まだ狙われるだけなら問題無いが同年代の1人が
「ねぇ有馬かなって、あの有馬かなだよね?同姓同名の他人の可能性は…」
「私もさっき見てきたけど本人だったわ、しかも母親から「アクア君のお母さん」って言われちゃって訂正するのが大変で」
はにかみながら彼女は当時のことを思い出しアクアは深い溜息を吐いてトラブルが起きないことを神に祈っていると、ドアをノックする音が聞こえミヤコが返事をしながら開けると見知らぬ親子が立っていた
「どちら…いや貴女は確か女優の姫川愛梨さん?」
「えぇ、連絡無しの突然の訪問に失礼します」
若かりし頃は飛ぶ鳥を落とす勢いで視聴率女王と呼ばれた彼女は絶頂期に身籠って、表舞台から退いたが育児をしながら女優に復帰した。今では母親役が板についてきたのか着物姿や割烹着・エプロンが似合う女優として世間に認知されている
「隣の男の子は?ご子息の」
「えぇ息子の大輝です」
彼女の隣には10代半ばの男の子が立ち母親と共に頭を下げた。黒髪のショートヘアで四角いフレームの眼鏡を掛けている彼はアクアに近づくと
「姫川大輝だ!お前が星野アクアか?」
「大輝‼すいませんデビュー間もなくて礼儀が」
平謝りする母親をよそに彼は続けざまに
「なぁず~っと気になっていたことがあるんだが、どうしてバシャーモやエースバーンじゃなくてゴウカザルを使っているんだ?」
「この前の生配信のこと?」
アクアが尋ねると彼は深く頷く、どうやら生配信のポケモンバトルを見ていたようだ
「あきらかに戦力不足だろ?なんで」
「だから使う!不利な形勢を覆してこそのポケモンバトルじゃん」
その瞬間に大輝の脳内に存在しない記憶が溢れだしてくる。授業が終るとゲーム機を取り出して一緒に狩りへ出掛けたり、屋上にて購買で焼きそばパンを買って2人でマンガ雑誌を読みながら新連載の作品を語り合う。年齢や学年も違うのに彼の中では長年連れ添った幼馴染みのように感じてしまう
「どうやら俺達は親友ではなく心で通じ合う心の友ようだ!」
「ふぇっ?」
目の前の彼が何を言っているのか理解できない。心の友?ジャイアンの台詞だっけ?じゃあ俺はのび太君になるの?アクアの頭の中でクエスチョンマークが輪を描いて飛んでいると
「あんたは何を言ってるの‼」
鋭い手刀が彼の首に放たれると大輝は膝から崩れるように倒れ意識を失った。
「すいません!また改めてお礼を申し上げに伺います。アクア君のおかげで大輝も役者の道に進む踏ん切りがつきました。そのことを言いたくて」
母親は彼を引きずりながら控え室を去り台風一過のように静けさを取り戻すのであった。
「なんだったんだろう?」
「さぁ?」
とりあえず彼の名誉ために記すが、大輝はアクアと違うドラマに出演することが決まり製作発表が行われていた。彼の役柄は女装して女子校に通う野球部員で正体を隠しながら全国にいるライバルたちと鎬を削る戦いに身を置く、なお捕手を務める幼馴染みと恋仲となるがライバル校のエース投手が彼の童貞を奪うシーンはネット配信のみで放送される
「(しかしミニスカートのナース服ってアダルト作品じゃあるまいし、しかも下着の線が浮いてるから目のやり場に困るな、黒か)」
収録現場に呼ばれたアクアはベッドの上で他の4人や主役を演じる女優に目線を向ける。テレビ映えすることもあって綺麗な方々が揃っているが医療の現場を知っている彼から見れば違和感しかない
「(入院患者が血色に優れているって変だろ、普通はもっと声を出すことすらままならない患者の方が多いのに脚本家出て来い‼)」
これがリアルとリアリティの違いである。リアルを生きて体験してきたアクアだからリアリティの箱庭には怒りを覚えてしまう。もしこのドラマが妥協を拒む昭和中期の本格志向だったら彼の意見は最もだが時代が違う。視聴者が求めているものが違うのである。人々は辛い現実を忘れたいからリアルではなくリアリティを好む
「ねぇアクアどうしたの?そんなに怖い顔して、カッコいい顔が台無しよ」
赤髪の少女は彼が鎮座しているベッドに乗り込んで肩を寄せて隣に陣取っている。まだ出番まで時間があるので室内は和気あいあいとした雰囲気で緊張感の欠片も無かった
「普通に話しかけてるけど俺達ってそんな仲だったか?」
「2人で抱き合った仲じゃない!忘れたの?じゃあ思い出させてあげようか」
彼女が両手を広げてハグを強要してくるがアクアは手元にあった小道具の文庫本『νガンダム反対方向からアクシズを押し込めば簡単に地球衝突は避けられた』の角で有馬の頭部にチョップを与えようとするが簡単に止められてしまった
「夫婦のスキンシップにしては淡泊すぎない?」
「いつから夫婦になった!」
もうツッコミを入れるのも嫌になるが彼女はお構いなしに引っ付いて小さい手を太ももの上に乗せてスリスリと摩ってくる
「まだ黒川あかねと付き合いがあるの?」
「まぁな、頻度は減ったけど家にも来るし視聴者目線で投稿する動画にアドバイスしてくれるからな、ルビーは少し毛嫌いしてるが心の底まで拒絶している訳じゃないし」
「ふ~~ん、そうなんだ」
「なんだよ?」
アクアの問い掛けに彼女は答えることは無かった。しかし
「ねぇ今後はどうするの?」
「YouTubeはどこかで区切りはつける」
「どうして人気チャンネルなのに?」
「企業側があれこれ注文や口出しをするようになって、始めた頃より自由な活動が出来なくなってきているから潮時だと思ってる」
京プロの面々はまだまだYouTubeでの活動を継続することを考えているが当人は辞め時を模索している。『楽しく面白く』を追求している彼にとって自身のチャンネルに上から目線で唾を飛ばしてくるのはストレスが溜まる。しかもこういった企業は後から契約外のことを頼んでくるから嫌になる
「でも演じる面白さを感じるようになった気がする。舞台には立ってないけど今回のドラマに出るって伝えたら劇団のみんなも喜んでくれたし」
「じゃあ役者を続けるの?」
「前向きに検討中」
太陽のような笑顔でキラキラと輝く有馬の表情は百面相のように面白く見ていて飽きない、しばらくすると本番が始まることが伝えられ役者たちが持ち場につくとカチンコが鳴らされた
ドラマシーンを省くが主人公のナースが台本以上にハプニングを引き起こし最後はバケツをひっくり返して宙を舞うと中の水は彼女に降りかかりバケツは有馬の頭にすっぽりとハマった。もちろんナース服は透けてしまい上が赤で下が黒のランジェリーを露わにして、恥ずかしそうに部屋から退出しようとするが廊下に落ちていたバナナの皮で滑ってしまい転がりながら壁に激突し配膳用の台車にぶつかり状況を更に悪化させた
「(俺が勤めていた病院にあんな看護師は流石に…いやいたか!1回ノーブラで出勤してきたことがあったな)」
彼の脳内には彼女のミスでロッカールームに閉じ込められて大きな胸を押し付けられたことを思い出していた。アクアとしては初めてのドラマ撮影だったが『あじさい』で学んだことを引き出しメガホンを持つ監督も満足な表情を浮かべた
「アクアッ!」
1日を通した撮影が終わり背骨を鳴らしながら腰を捻っていると誰よりも早く有馬が飛びつくように抱き着いてきた。彼は避けようと体を半身にしたが彼女が足を踏み切る前に軸足を入れ替え、避けた先にダイブした。鍛えてなかったら確実に押し倒れていたが踏ん張ることが出来た
「良い演技だったよ、続けなさいよ役者を」
「褒めてくれてありがとう」
有馬に対して良い感情を持っている訳ではないが褒めてくれるのであれば素直に礼を言うぐらいの口は持ち合わせている。彼女は首に腕を回してアクアを強く抱きしめると
「続けるのなら陽東高校に芸能科があるから、そこに行きなさい」
「勝手に俺の進路を決めるな、そして離れろ!」
「いや~だ!アクアの温もりを堪能したいんだもん」
引き剥がそうとするがパワー負けをしているのでびくともしない。有馬は顔を首筋に近づけマーキングするように体を揺らすと
「いい匂い、ちゃんと肌のお手入れもしているんだね」
「いい加減に…」
「ねぇ黒川あかねとキスしたの?」
「何でお前に言わないといけないんだ」
「言いなさいっ!さもないとこのまま唇を奪うわ」
ハイライトの消えた目で今にも唇を押し付けきそうな彼女に根負けしたのか、アクアは頬にされたことを白状した。
「そうなんだ!じゃあ私はここを貰うね」
有馬は自身の唇を彼のモノと重ね合わせようとするが
「うちのアクアをそろそろ解放してくれないかな?有馬かなさん」
怒髪冠を衝く勢いで界王拳のような真っ赤なオーラをゆらめき出して社長のミヤコが有馬の頭頂部を掴みアクアから引き剥がした。頭を掴んだまま彼女と同じ目線になったミヤコは
「アクアと仲良くしてくれるなら五体満足で帰してあげるし、これからも良い付き合いをしてもいいわ!でも守れないなら分かるわね?」
「誓います誓います。出しゃばった真似はしません!」
「聞き分けの良い女の子は好きよ、よろしくね有馬かなさん」
社長は手を離して彼女を解放すると有馬は「絶対に陽東に来なさいよ!」と言い残して現場から走り去っていった。そしてアクアは思った決してミヤコを敵に回してはいけない存在だと心に誓うのであった
いつも感想を書いてくださるマクロススキーさんが呪術廻戦のワードを出してくれたので、大輝お兄ちゃんを東堂のような存在にしてアクアの理解者として今後も登場させるつもりです。
他の原作キャラですがメルト君の立場を少し変更します。原作とは違い男らしい部分を見せようかと思います。
あべこべ世界の雨宮先生が原作側へ転生した番外編を書こうか迷ってます。1話か前後編だけで終わる短編で考えてます(リョースケとカミキの最期だけは既に作ってあります)アンケートにします。(1日500文字程度作って筆者も完成まで気長にやります)
感想を書いていただき誠にありがとうございます。