「私の知らないところでそんなことがあったんだ」
後部座席でアクアの隣に隙間なく座る黒川あかねは彼等から不知火フリルとの馴れ初めを聞いて腕を組みながら左手で彼の二の腕を軽くつねっていた。痛くはないが微妙に強弱をつけて反応を楽しんでいるようにも見える
「あかねちゃん!」
赤信号で停車中にハンドルを握る壱護が後部座席にペンとメモ帳を投げ入れ彼女が拾うと青信号になりアクセルをゆっくり踏み込んでいく
「当時のことを箇条書きで3つ書いてみてくれ」
グラサンから言われた通りにメモ帳にペンを走らせていく、音で書き終えたことを予想した彼は再び口を開いて
「なんて書いたか言ってくれないか?」
・アクアは北海道からの日帰りで疲れていた
・近くにいたフリルの顔色が悪いことに気付いた
・楽屋で応急処置を施して症状を和らげようとした
「確かに不知火フリルを助ければ生放送から早く抜け出して帰れるという打算的な目的はあったが、目の前で苦しんでいる女の子を無視するような奴じゃないって分かるだろ!応急処置の手際についてはビックリしたけどアクアの善が動いた結果にすぎない」
「普段の…これっていつものアクア君だ」
彼女のつぶやきに壱護はまくし立てるように
「いつもの優しいアクアだ‼それが君の隣にいる」
うまく彼女を言いくるめて被害を最小限に抑えようとグラサン野郎は必死に脳内から適している言葉を選びパズルのように答えを枠にはめていく、残りのピースを埋めようと次の言葉を思案しているとき
「でもキスされたんですよね?」
凍えるような声は作り上げてきたパズルを持ち上げて裏返しされてしまう。メモ帳には箇条書きの下に大きく『キス』と書かれて何重にも〇が書かれている
「しかも教室内という衆人環視の中で堂々とアクアの唇を奪った泥棒猫、そしてそのキスを避けずに受けたアクア」
「ちょっと待て!確かにアクアのキスは不知火フリルに奪われたが、それは『された』であって『した』ではない」
それは不用意な言葉だった。黒川あかねは段々と表情を変えて不敵な笑みでアクアの太ももに手を乗せて、細い指で撫でるように
「私のアクア君が奪われたんだから」
「あかね?」
「ねぇアクア君!魔王に攫われた王子を助けるのは勇者の役目だよね?」
この世界のゲームや絵本では王子を助けに行く女勇者作品が多く作られヒットしているが、何故か赤ずきんだけはムキムキの女の子と筋骨隆々のお婆さんが森で悪さする狼を退治しする物語へと改変されアクアは
「(赤ずきんの『きん』って筋肉ってことなのか?)」
とツッコんでいた。なお女の子の頭巾が赤いのは狼の返り血という設定らしい
「プリンスのアクア君の手を取って助け出して2人の愛の城へ凱旋中」
「あかねさん、ちょっと」
彼女の瞳に星が宿るが夜空に輝く煌びやか色ではなく漆黒の意思を宿し揺らめいているように見える。どんな事があっても目的を完遂しようとする覚悟を決めてアクアを自分の手中に収めようとしたが壱護が急ブレーキを掛けて阻止をした。今度は殺意に満ちたオーラを纏い邪魔をした壱護を問い詰めようとするが
「あいにく愛車の中での行為は勘弁被りたいね。ミヤコとデートする時に湿った臭いをさせたまま走らせたくないからな」
「ですが…」
「俺としては近い将来に君とアクアが結ばれて家庭を築くことを望んでいる。子供の頃から隣にいて未来の可能性へ導いてくれた。だからこそ力ずくで手籠めにするのはどうかと思う」
彼は彼女を諭すように心の底に秘めていた本音を吐露する
「嘘じゃないですよね?」
「ミヤコにすら嘘がつけない小心者なんでね、今までついた大きな嘘は小さい頃のルビーに”あそこにアクアが寝ているから”と言ってアイのお腹の上にダイブさせたぐらいだ」
壱護は本体であるサングラス外し、真面目な表情となりルームミラーで後部座席を一瞥すると再びアクセルを踏み込んでいく
「俺とミヤコは純愛に近い形で結ばれた!だから今も関係は良好で熱い日々を過ごしている。だからこそ君には不作法な道を歩ませたくない」
「そういえばどんな出会いだったんですか?」
口を閉じていたアクアの質問に彼は答えることはなかった
「だから鉾を収めてほしい」
「でもアクアの唇が奪われた事実は…」
「1晩だけだ君の家にアクアを預ける」
「えっ?」
「来年の今頃に産婦人科へお世話になることはNGだが、将来の予行演習だと思ってくれても良いしアクアを玩具にしても構わない。アイやミヤコたちには俺が上手く理由を説明しておく、別に嘘をつく訳じゃないから何でも言える」
突然のことに2人は驚いているが内容は全然違う。特にアクアはいきなりのことで理解が追いつかない
「ちょっと俺の意見は?」
「確かに今回のことにお前の落ち度は1つも無いが、結果をみれば隣にいる彼女を不安にさせてしまったことは事実だ!なら慰めるのが男の務めだ」
「それはだけど…」
「ねぇアクア君」
あかねが彼の制服の袖を引っ張るので顔を向けると
目に映る漆黒の瞳は死兆星を顕現させアクアのことを真っ直ぐ見つめていた。額や背中から冷たいモノを感じ取った彼は選択肢を誤れば車内が血の惨劇となることを理解し、あかねのことを受け入れると普段の状態に戻ってくれた。
「さっきも言ったが過激なことは駄目だ!俺やミヤコは君のことを信用し信頼している。長年掛けて積み重ねてきたモノを1つの過ちで崩してしまったらどうなるか理解しているよね?」
壱護の言葉に彼女は頷いて肯定の意思を見せる
「じゃあアクアの荷物だが」
「大丈夫です。いつでも来てもらえるようにパジャマや着替えなどは我が家に準備してあるので問題ありません。母にも連絡したら喜んでました」
「こいつはご丁寧なことで」
車を黒川あかねの家の方向へ向けるとエンジンを吹かすが
「あっエンストした」
「クラッチを切るのが早かったね」
大切なところでヘマをする壱護であった
「じゃあ適当な時間に迎えに来るから」
アクアを彼女の家に送り届けた壱護はあかねの母親に対して突然の申し出について謝罪し迷惑料を手渡そうとしたが受け取らず
「アクア君と長年交流してきて私から見れば息子ような存在です。息子が泊まりに来るのにお金を貰う母親なんていません!」
と壱護からの申し出を断った。
「晩御飯の買い物に行ってくるから」
「分かった」
「あかねFIGHTよ!」
娘を鼓舞した母を見送ると飲み物とお菓子を持って彼のいる自室に向かっていくと、アクアは借りてきた猫のように床に座り、部屋に置かれていた雑誌を読んでいた
「おばさんは?」
「買い物に行ったよ」
飲み物を目の前に置いて隣に座ると一緒に同じページへ目を落とす。中身は10代で婚姻を結び1人娘のいる鳴嶋メルト夫妻に書かれていた記事で馴れ初めや子育ての苦労について語っている
「あかねもこういった付き合いから結婚に発展するのって」
「女の子の夢だからね、幼馴染がそのまま夫婦になるのって漫画やアニメでも王道だから」
「ごめん」
突然の謝罪に彼女の目は点になるがアクアにもたれかかるように胸を押し付けながら口を耳元に近づけると
「アクア君は何も悪くないの、悪いのは優しさに付け込んだ不知火フリルという泥棒猫!」
「でも俺は」
「もしアクア君が生放送中に彼女のことを放置していたら幻滅してたと思う。優しくて誰かの為に即断即決した結果にすぎない」
あかねはアクアの背中に回り込み背もたれにしていたベッド上に座ると彼の両肩に太ももを乗せた
「だからその優しさを私に1番多く頂戴!」
「かなりヤバい体勢なんだけど」
「こんなことされるのは初めて?」
乗せられた太ももは生温かくモチモチとした感触で心地良く彼女は強弱をつけて挟んだり締め付けたりしている
「別にアイさんやルビーちゃんを優先してもいいよ家族なんだし、その時は3人を同等に扱ってほしいな!」
「頑張って善処します」
アクアの答えを聞いたあかねは満足したのか乗せていた太ももをどけたが
「でもね私を不安にさせた報いは受けてね!」
「えっ?」
その瞬間、自身の下半身全体を使い彼を近くに引き寄せると足を組む姿勢を取り中心に出来た穴の部分にアクアの首を入れて締め上げた。さっきの遊びとは全然違う力の籠った攻撃(女の子の太ももに挟まれて逝けるなんて羨ましいby作者談)に段々と意識が朦朧となる
「ねぇ苦しい?私ねキスをされたことを知ったとき胸がとても苦しかったの、アクア君の初めては私が貰う予定だったのに!ポッと出の女の子に盗られちゃうなんて」
彼は脛の部分をタップするが締め付けが緩むことはなかった
「昔言ってくれたよね?”悪夢は楽しい思い出で上書きをしていけば良い”って、だからこれからは私と楽しい思い出を作って今日のことを忘れましょう!でも私からは襲わない約束だもの」
薄れゆく意識のなかアクアは締め付けから逃げるのではなく、敢えて自ら深く押し込むことを選択した。最後の力を振りしぼり自身の足と手で大きく反動を作り、2人で後ろのベッドに倒れ込んだ
”キャッ‼という悲鳴のあと新鮮な空気を体内に取り入れることが出来たアクアに力はなく、仰向けの彼女の上に身を重ねる形となってしまい、荒い呼吸をしながら胸の上に顔を埋めてしまうと、あかねの腕が彼の背中に回される
「大胆なアクア君」
あかねはアクアに抱き着いたまま離れることはなく、彼の額に軽くキスをして時間の経過を楽しんでいった
「どうしたのあかね?そのコブは?」
彼女の母親が作ってくれた晩御飯を食べながら3人は食卓を囲んでいるが、あかねの頭部には赤く腫れあがったコブが3つ出来ている。
「ちょっと過剰なスキンシップの代償かな」
「?」
あのあと完全に意識を取り戻したアクアは特大のゲンコツをお見舞いし
「今回だけは多目にみるけど次は無いから」
「でも気持ち良かったでしょ?」
その発言に誰にも見せていない幻の左を披露し彼女をKOした。非公式記録だが15歳の青年が年上の女性に打ち勝った歴史的な日である。食事後に湯船に浸かっていると母親がやってきて着替えを洗濯機の上に置いてくれた
「ごめんなさいアクア君、あかねが暴走したんでしょ?」
「まぁそうですね」
「嫌いにならないでちょうだい!私も若い頃に男性との距離感に戸惑ってしまって、結局遺伝子提供であの子を産んだの、変なところが遺伝しちゃって」
少し声のトーンが落ちてしまうが続けて
「でもね悪い子じゃないの」
「知ってます。ただ愛情表現が歪なだけで」
「昔ね、あの子が鏡の前に立って”アクア君はどんな女の子が好みかな”って不安そうな顔で聞いてきて、”作らないでありのままのアナタを見せなさい。偽りの姿を見せるより全然良いことよ”って」
母親は昨日の出来事のように娘の過去を語りアクアは湯船から上がりタオルで体を拭いて、湯が汚れていないかを確認する
「ごめんなさいね長話しちゃって、冷たい飲み物を部屋に置いておくから」
風呂場から出る頃には翌日まで3時間を切っていた。普段なら寝るような時間ではないが1日を通して疲れた彼は、布団の敷かれた洋間のドアを開いてダイブするように倒れ込んだ!外に干していたのか微かに陽光の香りがする。しかし変な違和感がある
「何をしているあかね?」
「やっぱり駄目かな」
先に潜り込んでいたパジャマ姿の彼女が残念そうな顔をしている。しかし疲れているアクアは宇宙空間に飛び出したカーズのように考えるのは止めて
「えっ!ちょっとアクア君」
あかねを自身の腕の中で包み込むように抱きしめる
「今はこれ以上のことはしない!まだ父親になる勇気が無いから」
「私の好きな言葉なんだけど愛情は育むモノ・勇気は与えるモノなの、だから決心がついたら私の勇気をあげる」
「そうか、あか…ねのゆう……きなら」
段々と睡魔がアクアに押し寄せ瞼を閉じさせる
「(子宮が降りてくるってこんな感じなのかな?とてもお腹が熱い)」
自身の下腹部を触りゆっくりと撫でる。既にアクアは夢の中に旅立っているが抱き着いた腕が離してくれる兆しは無い
「(最初じゃないけどお互い2回目なら良いよね?)」
彼女は今まで出来なかったことを決行した
「(今度はアクア君の方からしてね)」
それは時間にして数秒程度のことだったが、あかねにとって偉大なる数秒であった。そして目を閉じて眠りについてから数分後
「(今度は起きている時に俺の方からするよ)」
R18の展開になるにはまだ遠いが2人の距離が縮まる夜であった
やっぱフリルのキスシーンをハグにしていればと嘆く夜、パソコンの前に座って今の欲望のまま打ち込んでいます。
次話にメルト君を出したいと思いますが、本編を書くか番外編に浮気するか迷ってます
スプリングステークスはどうしよう?サトノレーヴは中山は合わないと思うんだよな
感想を書いていただき誠にありがとうございます。