彼女と出会ったのは中学を卒業してすぐのことだった。アクアは3月上旬から1人暮らしを始めていた。部屋の契約と荷物の搬入は2月末で終わらせていたので彼は身近なモノを持ち込むだけで、やはりと言うべきかアイは最後まで引き留めようとしたが息子の意志は超合金Zのように固く元アイドルの攻撃にびくともしなかった。
「アクア君このコーヒーメーカーはどこに置こうか?」
「とりあえず台所にお願い」
新居には黒川あかねが訪れ新居の片付けを手伝ってくれている。アクア1人でも大丈夫だったが”普段からお世話になっているから恩返しさせて”と言ってきたので甘えることにした。エプロン姿で頭にバンダナを巻いた出で立ちは年相応以上に彼女の魅力を引き立てている
「(あかねなら良い奥さんになりそうだな)」
その姿を見ていたアクアは彼女の将来を想像しながら軽く笑い、紐で段ボールを1つにまとめていた
「そういえば近隣の人たちに挨拶はしたの?」
「社長たちと一緒にしてきたんだけど左隣の住民が呼び鈴を押しても出なくて、無理にするより廊下とかですれ違った時にすればいいかなって」
片付けもひと段落した2人はコーヒーメーカーの試運転も兼ねて彼女が持ってきたお菓子を食べながら休憩していた。大半のことが終わり椅子の上で背中を伸ばしていると隣から大きな物音が聞こえてきた
「転んだのかな?」
2人は壁に耳を当てているが隣室から立ち上がるような音が全くしないことに不安を感じる。彼女が心配そうな顔をしてアクアのことを見つめているので、外に出た彼はチャイムを鳴らして反応を見ることにしたが返事がなかったので、試しにドアノブを回してみると開いてしまう
「アクア君」
「あかね」
互いに顔を見合わせて頷くと彼はドアを全開にして、背後にいる彼女は右手にスマホを持って緊急連絡を出来るように準備すると室内に入っていく
「ゴミだらけだな」
「これって汚部屋っていうのかな?」
足の踏み場は存在するがゴミ袋が散乱し可燃ごみと不燃ごみが同居している。アクアは生ごみが無いだけマシと思い歩を進めていくと目の前に小さい人影が倒れていることに気付くと、すぐに駆け寄って抱き上げると軽くて小学生のように感じた
「あかね119番‼」
「うん!」
彼女が救急車を呼ぼうとした瞬間に
「待ってください」
女の子がアクアの腕の中で小さく声を絞り出す
「どうした?気分が悪いのかすぐに病院へ」
「おなかが…」
「お腹?痛いのか?」
「空きました」
「へっ?」
「おなかが空きました。ごはんをごはんをく…、くださ…い」
その言葉を耳にした瞬間に2人は呆けた顔をして何とも言えない表情で見合うのであった
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
小さい女の子はアクアの部屋に運ばれるとあかねがお粥を作り、お礼を言いながら舌を火傷するのを厭わずに口に流し込んでいる。当人は揚げ物を希望していたが流石にNGとなり家主のアクアは近くのコンビニでゼリー飲料を購入しに出て行ってしまった
「ただいま~」
「おかえりなさい」
コンビニの他にホームセンターに出向いて掃除用具やゴミ箱を購入したアクアはあかねが淹れてくれたコーヒーを飲みながらようやくひと息を入れることが出来てホッとしている。彼の目の前ではハムスターが頬袋にヒマワリ種を詰め込むようにお粥を限界まで含ませた女の子がゼリー飲料のキャップに手を掛けて口内に押し込むように入れていく
「助かりました。本当に感謝してます」
全てを胃袋に収めた彼女は血色が良くなり2人対して頭を下げるが勢い余って額をテーブルに打ち付けてしまう。もうツッコミを入れることに疲れたアクアは無視をして彼女が何故倒れていたのかを問いただすと頭を痛めた
「締め切りがギリギリって、漫画家?」
「はい週ジャンで『東京ブレイド』という作品を描いてます」
その言葉に2人は驚き隠せないでいた。目の前にいるのは1作品で5000万部近くを売り上げる人気作家であることに、そんな凄い人物がアクアの隣に住みお腹を空かせて倒れていたとは
「いや~週刊連載はいつも締め切りとの勝負で、どうしても食事が疎かになって」
「はぁ、そうなんですか」
「旦那さんが助けてくれなければ空腹で死んでいたと思います」
「旦那って、俺のこと?」
アクアは人差し指を自身に向ける
「えっお二人は夫婦じゃないんですか?てっきり新婚さんが越してきたんだと」
漫画家:鮫島アビ子の発言にエプロン姿のあかねは頬を赤く染めて照れているがアクアが普通に否定してしまったので天から地へ気持ちが落ちてしまうが、彼はお構いなし質問を続けようと口を開きかけた瞬間
「アビ子先生~」
外から女性の声が聞こえアビ子が椅子から立ち上がり玄関を開けた
「あれ?そっちでしたっけ?」
「いえ違います。命の恩人にご飯を食べさせてもらいました」
眼鏡を掛けた女性は彼女が何を言っているのか分からず変な声をあげてしまう
「本当にすいませんでした。この子ったら漫画以外のことが全然ダメで」
「先生が謝ることじゃないですって」
「アナタが原因なのを理解しなさい‼」
眼鏡の女性こと吉祥寺頼子も漫画家で、あかねが愛読している『今日は甘口で』の作者であり、隣に座るアビ子がアシスタント時代に師事を受けていた人物である。彼女はアビ子の頭を押さえつけながら2人に謝罪とお礼の言葉を述べていた
「星野アクアさんって確か小さい頃にテレビに出てませんでしたか?何だったかしら?肩車して後ろ向きに乗り2本のゴボウを持った歌舞伎顔の男の役をしてましたっけ?」
それはまだ小学2年生の頃に演じた作品でアクアにとって黒歴史とも言えるドラマだった。ララライでもこのことを茶化した団員に対して生涯心に残る傷を負わせている
「とりあえず最低限の部屋の片付けは済ませてありますので」
「本当にありがとうございます。至らない教え子で」
漫画家の2人は立ち上がり再びアクアたちにお礼の言葉を述べて去っていくのを見送り
「あかね多分だけど」
「アクア君、言いたいことは分かるけど止めようか」
「いや言わせてくれ、鮫島先生は”絶対に同じことをやらかす”」
アクアの予想は2日後に的中していた。ただ前回と違うのは部屋の外で倒れていて話を聞くと
「ずっと暗い部屋で執筆していたので太陽の明るさに負けました」
その日から彼女は困った時にはアクアに頼るダメ大人漫画家として活動していくのであった。
鍋を持ったアビ子を自宅に上がらせると彼は適当に切った野菜と豚肉を放り込んで調味料を目分量で注いで煮物を作り出した。彼女は自宅から持ってきた原稿をテーブルの上に広げて背景を書き込んでいる
「家事代行でもいいから雇ったらどうですか?」
「それも考えているんですが」
「アシスタントは?」
彼は質問を続けるがアビ子は原稿に集中してしまいスルーしている。この漫画家は自身に都合の悪いことがあると後回しにして逃げてしまう癖がある。だから汚部屋が誕生してしまうのだ
「そうだアクアさん、ちょっと待っててください」
完成した晩御飯を2人で食べながら談笑していると彼女が椅子から立ち上がり外に出て行ってしまうが、すぐに戻って来た
「これあげます!」
「これって新巻?」
「はい、再来週に発売する『東京ブレイド』の最新巻です。そして最初のページには私のサインも入れてあります」
ご飯を作ってくれるお礼に彼女はまだ未発売のコミックを渡してきた。実のところ1巻から最新巻まで彼女からサイン入りでプレゼントされている
「(流石にフリマアプリで出すのは駄目だな)」
邪な考えを持つアクアだが何とか良心が踏みとどまってくれた。彼女は巻末のオマケ漫画について熱く語っているが右から左に聞き流すのであった。
「珍しいなお前がそんな漫画を読むなんて」
翌日の休み時間に暇つぶしとして渡された漫画を読んでいたアクアはクラスメイトから声を掛けられる
「ちょっと待てこれの発売ってまだ先じゃなかった?」
「俺ん家の隣が作者だから、ご近所付き合いでもらった」
「お前ん家に行ってもいい?」
そのことをやんわりと拒否したがクラスメイトは
「しかし悲しいよな」
「何がだ?」
「知らないのか?この作者の師匠なんだけど昔描いた作品がネットドラマで放送されているんだけど、まぁ~~これが酷い有様で」
「そんなに酷いのか?」
アクアの質問にクラスメイトは演説する政治家のように大きな身振り手振りで
「酷いってレベルじゃないよ、大爆死レベルでペンペン草も生えない程に最悪」
「なんてタイトル?」
「ん?『今日は甘口で』って作品、確か吉祥寺先生だったかな?」
彼の言葉にアクアはコミックを閉じて、あの日に現れた眼鏡の女性の姿を思い浮かべクラスメイトは”これ読んでもいい?”と尋ねてきたので、”汚すなよ”と言って差し出した
「なぁ『今日あま』のネットドラマって知ってる?」
「アクア君あれを見てるの?」
学校が終わり劇団に向かったアクアは、あかね達がいるグループに足を運んで『今日あま』のドラマについて尋ねてみたが全員苦虫を嚙み潰したような酷い顔をしていた
「原作漫画は好きなんだけど」
「そうねあっちは最高なんだけど」
歯切れの悪いコメントに彼は更に追及しようとするが
「まだ金田一さんも来ていないし、まぁ見てみれば分かる」
タブレット端末を持っている男性団員が近づき、その場にいる面々で最終回の視聴会が始まった
「酷いなこれ」
「うん、何だろうものすごく悲しい気持ちになるね」
「この鳴嶋メルトって奴の演技は演技と呼べないな、お遊戯ってところか?まだ児童劇団の子供の方がまともだな」
「ストーカー役も酷い棒読みこれって人間か?生成AIで喋ってんじゃないの?」
「ネット評価も最悪だね。これ見てよ『24分間を計測するのに助かりました!』って作品の感想じゃないよ」
「これって有馬かなだよな?ここまで落ちぶれるとは」
団員の1人がタブレットに映る赤髪の少女に指を向けるとアクアは共演したことを思い出そうとするが
「何をしてるお前等?」
ララライの代表である金田一が入室してくると一斉に向き直り姿勢を正した。彼と目が合ってしまったアクアは詰め寄られて質問されたので答えると
「あんなのは人に魅せるモノじゃない、最低なシロモノだ!」
「金田一さんも見たんですか」
「あぁ、有馬かなが出ているから試しに見たが3分で閉じた」
ふと金田一は顎に手を当ててブツブツと独り言を始めてしまった。団員たちは顔を見合わせていると彼はいきなり
「よしッ!やってみるか俺達の『今日あま』を」
「あの~いったい何を」
「言葉のままだ!お前等で好きなグループを作れ、そして『今日あま』のワンシーンをグループで再現してもらう」
その言葉に最初は驚いていた団員たちは心に火が点いたのか、やる気に満ち溢れた顔をしている。アクアはふと考えた発表をするなら観客がほしいが一般人を会場に入れる訳にはいかない。でも作者なら?隣に住む鮫島先生に頼んでみる価値はあると思う
「金田一さん、俺ん家の隣に『東京ブレイド』の作者が住んでいます」
「確か鮫島アビ子という漫画家だったな?そうだその人の師匠って」
「俺とあかねは吉祥寺先生とは1度お会いしたことがあります。確約することは出来ませんが彼女をここに呼んで再現を見せるのはどうでしょうか?」
アクアの提案に金田一は笑いながら彼の肩を掴んで揺らしながら了承した。そして奇跡的に運転免許試験に合格した姫川が到着しグループ決めが行われアクアはいつもの2人ではなく、みたのりお・化野めいである。
「先生を呼ぶんですか?」
ララライから帰宅後アクアは隣に住むアビ子に相談し、吉祥寺先生とのパイプ役になってもらえないか交渉した。もし応じなければご飯を作らないと脅すつもりだったが杞憂に終わり、その場で電話を掛けて約束を取り付けてくれた。なおアビ子も参戦予定である
陽東高校2年有馬かなは放課後の教室でたった1人で頬杖をついていた。既に他のクラスメイトは下校しているが彼女は立ち上がることが出来なかった。かつては世間から天才子役と呼ばれたがそれは短い天下だった
「(アイツはどこにいるの?)」
アイツとは小さい頃に五反田監督の映画で共演した星野アクアのことである。出会った当初はいけ好かない年下だと思っていた。子役の先輩として鼻をへし折ってやろうと考えていたが折られたのは自分の方だった。キャリアの浅い彼の演技は異質で今まで積み上げてきたモノが簡単に崩れてしまった。それ以降アイツに負けてなるものかという気持ちで仕事に取り組んでいたが、近づくどころか背中に手を触れることすら出来ない。また彼女の高飛車な性格も災いして周囲からドンドン人が消えていった
「(絶対に見つけ出してやる。アイツから盗めるモノは沢山あるはずだ!)」
それは昨年のことだったアクアと共演した時に監督を務めていた五反田の新作に彼が出演していて映画館で観たとき有馬は言葉を失った。数年前まで”カラスが鳴かない日はあっても星野アクアの見ない日は無い”と言われた彼も大幅に露出が減った。自分と同様に子役としての賞味期限が切れて業界から干されていたと思っていたが妄想の産物にすぎなかった。
「(なんでこんなことが出来るの?感情の表現や間のとり方が完璧じゃない!しかも目線で観客たちを誘導して次の場面に繋げるなんて)」
彼は干されたのではなく自身を磨き上げて最高の星野アクアを表現していた。そして同時に自分が矮小な存在と思い知らされてしまい途中で映画館を抜けてしまう、自分だって切磋琢磨して演技の幅を広げようと努力してきた。高いカメラを購入して演じている自身を撮影して目線や細かい動きを確認したり、プロポーション維持の為に支払ったエステ代も安いものでは無い、同じ時間を生きてきたのに全く違う場所にいる。彼が富士山の頂上にいるのなら自分は静岡県にすら入っていない。だから彼がどうやってレベルアップしたのか?取り入れることが出来れば自分も高みに行けるのでは?と思い、入学を待ったが星野アクアはここに来ることは無かった
「(学校や住所に電話番号もダメって徹底しているわね)」
別にアクアはボッチではない業界内で連絡先を交換している人もいるし、ララライの面々には住んでいる場所も伝えている。単純に彼と彼女に共通する人が居ないだけなのだ!有馬はもう1度ルビーを問い詰めて聞き出そうと立ち上がると廊下から女子生徒の声が聞こえた
「『今日あま』の最終回見たの?どうしてあんな駄作を」
「世間からクソドラマって揶揄されているから愛好家としては見逃せなくて」
その言葉を耳にして有馬は音を立てずにドアに近づき耳を当てた
「それでどうだったの?」
「率直に言うと評価に値しないだね。死刑の執行方法に『今日あま』を延々と視聴させ続けるを新たに入れるレベルで最悪だった」
「マジで~!ってかヒロインって芸能科の有馬さんだよね?なんで出たんだろう?」
「タレントってテレビ出てないと忘れさられちゃうからね。なりふり構わずってところなんでしょ?まぁそれが『今日あま』じゃあ意味ないけど」
何気ない友達の会話だが近くにヒロインがいることに気付いていない。有馬は零れてくる涙を我慢しながら制服の裾を強く握り
「(私や吉祥寺先生の気持ちを知らない癖に)」
彼女の慟哭は声にならず口の端から血が出そうな勢いで嚙み込んでいる
「そういえば知ってる?劇団ララライのSNS」
「見たよ!あれこそ演技だね。YouTubeの全編動画もエグかった」
「あ~あ、実写ドラマもララライの人たちがやってくれたら良かったのに」
「それドラマじゃなくて舞台でしょ‼」
「言えてる」
段々と声が遠くなり有馬はようやく力を抜くことが出来た。ふと彼女たちが言っていたことが気になった
「(あそこに公式アカウントなんてあったかしら?)」
有馬は暗くなってきた教室内でアプリを立ち上げて検索するとピックアップされた短編動画をクリックし驚愕してしまう
ララライの稽古場には既に吉祥寺頼子と鮫島アビ子が到着し代表の金田一と談笑していた。
「アビ子先生から話は伺ってますが」
「団員たちもドラマを見て心に思うものがありまして、言ってしまえば本物の演技を見せようと意気込んでいます」
「本物の?」
「えぇ!決して先生を失望させるようなことはさせません」
大人たちが稽古場で談笑中、アクア達のいる控え室では各チームが最終チェックと衣装の確認をしていた。女性陣たちは有馬かなの演じたヒロインの衣装に身を包み、男共のは披露するシーンの役に合わせた格好をしていた
「似合うかな?」
化野めいがブレザー制服を着こんで、青野カナタ役のアクアとストーカーを演じる眼鏡を外したみたのりおに声を掛けた
「コスプレ風俗?」
「アクア君これはこれで良いじゃありませんか、学生の身分を越えた彼女が再び制服に袖を通すなんて、これこそギャップ萌えというものですよ。そうですね私なら35歳までならOKです」
「けっこう頑張りますね」
その瞬間背中に鬼の貌を宿し雷光の速度で放たれた2発のストレートは的確に2人の鳩尾にクリーンヒットし地面で悶え苦しむのだった
「失礼しちゃうわ」
現場を見ていた他の団員たちは決して彼女を怒らせてはいけないと心に決めた
ララライ本部にある練習用の劇場には金田一たち3人が座り、各チームがそれぞれ選んだ『今日あま』の1シーンを演じている。漫画通りに展開する組や独自に派手なアクションを盛り込んで吉祥寺を魅了する面々もいる。そしてアクア達はドラマ最終回をチョイスし
「この子は、俺の大事な友達だぁ‼」
アクアの台詞のあとにストーカーの彼が本物のように立ち振る舞い気持ち悪く陰湿に揺らめいていく、言葉を発していないのに空間を己のモノにしてしまう
「何をしたって、無駄だぁ!」
ヒロインを守ろうと立ちふさがるがメルトのように機械的ではなく、ストーカーと対峙しながら自然を装いながら2人の間に体を入れると、彼はナイフを取り出して獣のように動きながらヒロインに刃を突き立てようとするが寸前でアクアが割って入り吹き飛ばされる。ドラマのように下手なアクションではなく2人呼吸が合わさったユニゾンである
「お前の人生は真っ暗闇だ!」
「それでも―――それでも光はあるから」
有馬よりも上手く違和感なく涙を流す彼女に吉祥寺は拍手で3人を称えた。私が求めていた『今日あま』が目の前にある。本物の役者たちが魂を込めて自分の作品に命を吹き込んでくれている。
「ありがとう」
感謝の言葉が自然と零れ涙が溢れてくる。自分のアシスタントを務めていた彼女が繋いでくれた縁は吉祥寺の心に最高の時間を与えてくれた。大トリは姫川大輝が月9俳優の本領を発揮し舞台袖にいた団員たちも見惚れるモノで全員が拍手をしていた
後日ララライの公式SNSにて今回の演目が各チームごとに分けられて投稿された。やはり姫川大輝や黒川あかねのチームが高い数字を記録しているが、アクアたちの演技にも好意的な意見が押し寄せている。そして吉祥寺頼子のメッセージが最後に記載され
『私のアシスタントを務めていた子が縁を繋いでくれたおかげで自分が追い求めていたリアルに出会うことが出来ました。代表の金田一さんや劇団ララライの団員の皆様には感謝しかありません。最高の演技を魅せていただき本当にありがとうございます』
「アクアがララライに…いる?『今日あま』をヤッテ…いるの?なんで、ねぇ…なんでよ、誰か教えてよ、せんせいが喜んでいるって何なのよ!」
暗くなった教室でかつて天才子役と呼ばれた彼女の問い掛けに答える者は誰もいない
それからしばらくの日が過ぎた夜、劇団近くの居酒屋ではお祝いの会が行われていた
「黒川あかね大河ドラマ出演おめでとうございます‼」
ララライの看板女優である彼女が日曜夜8時に放送される大河ドラマに出演することが決まったのである。実は本来は違う女優がキャスティングされていたのだがSNSの裏垢で愚痴っていた役者やスタッフに対しての暴言が表垢に流出してしまい、撮影3日前に降板となり代役を探していたところにララライ版の『今日あま』を見て白羽の矢が立ったのである。27話から39話まで登場する役なので重要だが彼女は鼻息荒く意気込んでいる
「そういえばみたさんも去年出てましたよね?」
「えぇ主に仕える忍びの役でしたが、大御所から”佐助!”って何度も言われて他の現場でも同じように言われてしまって」
アクアの隣でアルコールを飲み干す彼は当時のことをしみじみ思い出すと別の話題を切り出した
「アクア君は投資に興味あるかな?」
「株とか信託ってことですか?一応ありますけど何で?」
みたはアクアの方を向いて真っ直ぐに見つめ
「実はとある芸能人が同業者からお金を集めてまして、どうやら利回りの良い投資があると口にしているんですよ」
「それってポンジスキームじゃ?」
「ご存じで?」
「昔から存在する古典的な詐欺じゃないですか」
アクアの言葉を聞いてみたは満足したのか
「理解しているのなら大丈夫そうですね。悪い人間はお金を持った我々を食い物にしますから気をつけてください」
「その口振りだと騙されました?」
アクアの問いかけに彼は口笛を吹いてどこかに行ってしまった。そして彼等がどんちゃん騒ぎしている頃
「もう終わり、終わりなんだ!」
赤髪の少女は裸足であてもなく歩き続けていた。右手にはスマホを持っていて着信をしているが相手は出ない
「あそこでいいや」
彼女は目と鼻の先にある歩道橋に向けてゆっくりと歩きだすと今までの思い出が走馬灯のように駆け巡ってきた。演技をするのが楽しくて母親に褒めてもらった日々、大御所たちと共演し皆から称賛の歓声を浴びる。そして
「アクアに会いたかったなぁ」
自分のプライドをへし折った実力の持ち主にもう1度会って話してみたかった。歩道橋の欄干に立ち上がり最後の1歩を踏み出そうとした瞬間
「大馬鹿野郎!」
突如現世に引き戻され後ろを振り向くと息を切らした金髪の男が自分に抱きついている
「アク…アだ」
そう言って有馬かなは目を閉じた
書きすぎました。やりすぎました。でも満足しています
また次からは本編に戻りますが、しばらくペースは落ちます。だって競馬のシーズンだもんスプリンターズだもん
感想を書いていただき本当にありがとうございます。励みになります。