出版業界に吉報が舞い込んできた。アクアの隣に住む漫画家の鮫島アビ子が遂にアシスタントを雇ったのである。名前は『岸辺湖畔』という女性でアビ子と同じように吉祥寺の下で腕を磨いていた漫画家であった。当人同士は入れ違いなので互いに面識はなく名前だけは知っている関係にすぎなかった
「指定された背景ですが、こっちのパターンはどうですか?」
「おぉ!これなら場面展開にメリハリがあります」
元々は青年誌メインで活動していたが、出版社の業務縮小によって雑誌が廃刊になってしまい無職だったところを拾ってもらった形となった。彼女もアビ子と同様に個性・癖・我が強く、のめり込んでしまうと食事や風呂をキャンセルして、机に齧りついてしまい救急車のお世話になったことがある。無論家事スキルなんて持ち合わせていない…と言うことは
「「おかわり!」」
2つの茶碗がアクアの前に差し出され炊飯器を開ける。山盛りにご飯をよそうと炊飯器の中は空になってしまった。
「料理の出来る人が近くにいて助かりましたね!」
「湖畔さん、出来るだけじゃなくてアクアさんの作るご飯は美味しくて何杯でもおかわり出来るんです」
料理の出来ないとなれば頼るのは彼であり、額に怒りマークを作ることすら無意味と悟ったアクアは溜息を漏らすのであった。出版業界にとって吉報でもアクアにとっては凶報なのだ
「いつもありがとうございます」
「真面目に家事代行を雇ってください!」
超ヤバい漫画家とクソヤバい漫画家(アシスタント)がタッグを組んだことで『東京ブレイド』のクオリティは上昇し、某海賊漫画が巻末まで追いやられてしまった。また製作時間も1人の頃より短縮することができたので資料を取り寄せて検討を重ねたり、舞台用の脚本作りにも余裕があり担当者と顔を合わせて議論を交わしている
「お世話になりっぱなしなのでお返しをしたいのですが」
「なら態度で示してほしいですね」
アクアとしては自立してほしいという意味で口にしたのだが
「体で払えってことですね」
「湖畔さん?」
彼女は上着を脱ぐとブラジャーに包まれた果実を晒した。あかね以上ミヤコ以下の胸囲にアビ子の視線は釘付けだったが、アクアがお玉で頭部を叩き未遂で終わった
「せっかく夜のお店で学んだのに」
「犯罪者になる気ですか?」
別に湖畔は風俗で働いていた訳ではない。自身の手掛ける作品の取材で日本全国の店に出向きキャストたちにインタビューを行い、レンタルDVD店で18歳未満貸し出し厳禁の撮影現場に出向き男女のまぐわいを観察し執筆に活かしている。
「因みにこれ私の作品です!」
取り出した漫画の表紙には、大事なところを全く隠していないセクシーランジェリーに身を包んだ豊満な女性たちが痴態をさらけ出し右上にはR18と書かれている
「なんで生温かいの?」
「体温ですにゃ」
ツッコミを入れるのが疲れたアクアは、本棚に入れて特大のため息を吐いて麦茶を一気飲みした。吉祥寺頼子は後のインタビューで『私の所で育った漫画家って個性が強いのが難点でして』と答えているが、この2人は”個性的”の範疇を逸脱している
「そういえば先生から聞いたんですが妹さんのデビューが決まったんですね」
「それなんですが…」
どうもアクアの歯切れが悪いことに疑問を感じたアビ子が追って質問を続けると
「妹のルビーがナーバスというか」
「踏ん切りがつかないことですか?」
ブラジャー姿から戻った湖畔の言葉にアクアは彼女達に経緯を説明し始めた
「ところでユニット名は?」
それはツクヨミが加入し3人組アイドルとして活動方針を定めた頃だった。新参者の彼女が口にして有馬の方を見るが両手を広げ首を傾げている。そして2人はルビーの方に顔を向くと
「もちろん考えてありま~す!その名も『B小町』‼」
背景でカラフルな爆発物を撒き散らすように、堂々とユニット名を宣言するルビーに有馬は苦い顔になってしまう
「あんたその名前は」
「伝説のアイドルで、今もタレントとして活躍する苺プロの先輩がアイドル時代に所属していたグループ名です。もちろん社長たちの許可も取ってあります!」
2人向けてVサインをするルビーだが、ツクヨミも有馬と同じように怪訝な顔をしてしまう。彼女が危惧しているのは”名前負け”である。転生前の世界では星野アイが死亡したことで『B小町』の知名度はアイドルオタクなら知っている程度であり名乗っても問題無かったが、こちらの世界では『B小町』はトップアイドルグループとして君臨していた。解散こそしているが今も根強くファンが残り掲示板内で熱い議論が起きている
「あんたねぇ」
「大丈夫ですって先輩!私たちは今までの『B小町』の歴史を継ぐ新たな『B小町』として活動していくんです」
既にルビーの脳内はデビューに向けてプランが組み上がり、自分たちが東京ドームや武道館にてファンたちの声援を受けることを妄想している。しかしその翌日だった彼女はミヤコに
「『B小町』にするのを待ってほしい」
と伝え事務所から出て行ってしまった。
「何か理由があったんですか?」
「妹の通っている高校には芸能科がありましてクラスメイトに歌舞伎役者の息子がいて」
アビ子の問いかけにアクアが答えると
「襲名ですか?」
湖畔が答えを導き出した。ルビーの在籍する1年には歌舞伎役者の息子がクラスメイトにいる。昭和の大名人と呼ばれた彼の祖父が3年前に大往生し、名跡が空位となっていたので父親が襲名する運びとなり、それに伴って父親の名跡を息子である彼が継ぐことになったが嫌がっているのである。当人曰く
「結果の出してない自分が、父の名前を継ぐのは荷が重すぎる」
と口にしている。息子というだけで名前を継ぐことに嫌悪感を示し拒絶しているが、既に関係各位に話しが通されてしまい襲名披露公演の日程まで決まっている。
「(私ってもしかして、とんでもないことをやろうとしてる?)」
自分はアイの娘でアイドルを目指すからユニット名も必然的に『B小町』を名乗っていいものだと思っていたが、母親世代のファンからすれば自分のやっていることは夢や思い出を穢してしまう最悪なことではないかと感じてしまった
「そんなことがあったんですね」
「漫画家の業界でも似たようなことはありますね。不慮の事故で亡くなった作者の代わりにアシスタントたちが集まって続編を執筆することも見受けられますし」
コップに注がれた麦茶を飲んだ湖畔は彼のことを見つめる
「既にライブ会場は押さえてありますし、メンバー全員でMEMちょのYouTubeに出演して告知する番組収録も控えているんで、この問題が片付かないと前に進むことは…」
頭を抱えるアクアに彼女は妖艶な笑みを浮かべると
「なら適任者がいるじゃないですか、それも近くに」
事務所から逃げてきたルビーは自室の隅で体育座りをしていた。教室内で歌舞伎役者のクラスメイトが口にしたことが頭に残り続け、言葉が脳内で反響している
「やっぱり駄目だよね、ママの名前を」
「なにがダメなの?」
顔を上げるとそこには母親のアイが立っていた。気分が落ち込んでいたせいか彼女が部屋に入ってきたことに気付くことも出来なかった。ルビーの隣に密着するように腰を下ろすと開口一番
「嬉しかった」
「えっ?」
「ルビーたちが『B小町』の名前を継いでくれることに」
「でも、ママたちの思い出を大切にしている人が…」
きっと落ち込んでいる自分を励ますために、心に無いことを言っているのだと思ったルビーは掠れた声でアイに反論しようとするが
「ならルビーたちで思い出を塗替えてしまいなさい‼」
「出来るの?そんなこと?」
「出来る出来ないじゃなくて、やるの!」
アイの瞳に写る星は煌めくように輝き、それに呼応する形でルビーの星も次第に輝きだす
「思い出は浸るものだけど前にすすむことが出来ないの、だからルビーたちはファンに前を向かせて夢や希望を与える存在を目指してほしい」
「夢や希望?」
「停滞ではなく進行すること!歩き続ければゴールはいずれ見えてくるの」
「ママは応援してくれる?」
アイは娘の顔を見てニッコリと笑いながら
「もちろん‼ルビーのファン1号になってあげる」
その言葉が放たれた瞬間、ルビーの覚悟が決まり『新生B小町』が正式に誕生した。その後は怒涛のように物事が進み、MEMちょの番組で初ライブの告知を行い、クラスメイトの不知火フリルのSNSや劇団ララライの面々にも宣伝を頼み、都内のライブ会場は『新生B小町』のデビューを目に焼き付ける為に参戦した。
「けっこう売れたわね」
「それだけ期待されているんだろ」
グッズ売り場では彼女たちをあしらった商品が売られていた。ファンの心を捉えていたのはツクヨミで彼女のサイン入りブロマイドカードは販売開始10分で売り切れてしまった
「2人共緊張してる?」
ライブ衣装に身を包んだルビーが有馬とツクヨミに顔を向けるが2人の表情は毅然としていて、これから起きることに対してワクワクしているように見えた
「これぐらいのことで緊張することなんて」
「さっきまで『アクアは来るの?』って騒いでいたのは誰でしたっけ?録画もしてあるので見ますか?」
ツクヨミは録画アプリの再生ボタンを押そうとするが顔を真っ赤にさせた有馬に止められてしまう
「これから私たちの歴史が始まるんだね」
「歴史ですか…天下統一でもしますか?」
「じゃあ先輩は信長で」
「ライブが終わったら覚悟してなさい!」
本番まで1分を切った彼女たちに緊張など無用だった。これから芸能界の荒波に立ち向かう3人の行く末はどうなるのか?そしてアクアの夢は叶うのか?
第3部へ続く
まえがきにも書きましたが、ツクヨミ爆誕編はこれで終わります。ちょっと間をおいて第3部の方へ行きます
感想を書いていただき誠にありがとうございます