ついに5箇所目ですね。
次話との関係上ちょっと短いかも?
宿を出た時には石畳はまだ夜の冷えを残していて、空気もひんやりとしていた。
「……それにしても、ガイアさんどこ行ったんだろ。」
空が首を傾げながら答える。
「朝が早い人ではあるけど……」
「流石に早すぎるぞ。」
パイモンが腕を組んでうんうんと頷く。
「そもそも、そう言う人じゃないの?」
「でも、何も言わずにいなくなるのは珍しい気がする。」
「そうかなー…」
私がそう言うと、蛍は少しだけ考える顔をする。
「とりあえず、ジムに向かう?」
「そうだね…。あの人に限って言えば消えたらまず見つからないと思うし。」
確かに一理ある…
空はそう言って歩き出した。
私は、足を止めて、もう一度だけ街を見渡した。
蛍も何も言わず、遠くをじっと見ている。
その視線の先にあるのは、丘の上に建つ赤い屋敷。
あれがアカツキワイナリー。
こっちにはあまり来ないから、その佇まいに少し感嘆してしまう。
…そんな建物に、私達はどんどん近づいていっている気がした。
……まさか、ね。
「この先がジム、らしい…」
数分後、空が立ち止まった場所はワイナリーの正門前だった。
「ジムって、ほんとにここ…!?」
「うん…」
正門をくぐると、思った以上に静かだった。
観光客向けの装飾類は一切無く、テイワット最大のワイナリーとしての威厳を見せるかのように、整えられた敷地と、手入れの行き届いたブドウ畑が広がっている。
「……ほんとに、ここ?」
「地図によると間違いない。」
「地図…読めない…」
その時だった。
ワイナリーの建物の扉が開く音が聞こえた。
石畳を踏む、落ち着いた足音。
一人の男が歩いてくる。
赤い髪で、黒を基調とした服装。
知ってる…モンドでもかなり有名な人物。
「あの人が、ここのオーナーのディルックさんだよ。」
「蛍。」
「…私もその位わきまえてるよ。」
彼は私たちの前で足を止め、淡々と口を開いた。
「用件は何だ?」
蛍が一歩前に出る。
「ジムに挑戦しに来た。」
「……そうか。」
一瞬だけ、視線が私たちを順に走る。
「このジムに挑戦者が来たのは、君達で3度目だ。」
「え……?」
私は思わず声を上げてしまった。
「そんなに少ないなんて…」
彼は、誇る様子もなく続ける。
「更に言えば、ここを突破できた挑戦者はいない。」
「……。」
空が息を呑むのが分かった。
「…貴方がジムリーダーなんですね。」
「ああ。」
ディルックはこちらを手招きした。
付いていくと、そこはワイナリーの中庭だった。
「準備が出来たら来い。」
それだけ言って、ディルックは定位置についた。
早速聞いてくる蛍。
「ねえ、今回は誰から行く?」
見るからにもう行きたいみたいだ。
…でも。
「今回は、私から行って良い?」
「アンバー…!」
ディルックは、凄くかっこいい人って色んな人から聞いたことがある。
そんな彼の使うポケモンは、私と同じほのおタイプだ。
別に憧れ等と言うわけじゃないけど、ここは蛍ちゃんにも譲れない。
ボールからフシギソウを出す。
「…今回は休んでてね。」
皆はもう私がどうしたいか分かったらしい。
これはほのおタイプ使いとしての勝負。
「…ディルックさん。ポケモンバトル、良いですか?」
「…来い。さっさと終わらせる。」
私とディルックは、向かい合ってモンスターボールを手に取った。
「偵察騎士見習い、アンバー。」
「ディルック。ジムリーダーだ。」
ジムリーダーの ディルックが しょうぶをしかけてきた!
「ヘルガー、来い。」
まず遠吠えとともに出てきたポケモンは、ヘルガー。
「じゃあ…ポニータ!」
中庭の石畳に、蹄の音が軽く響く。
互いに睨み合った後…
「行くよ、ポニータ。ニトロチャージ!」
合図と同時に、白馬は炎をまとって駆け出した。
わずかに直線からずらした軌道。
蛍ちゃん譲りだけど、相手の初動を見る為の安定した入り。
「……マッドショット。」
ヘルガーの足元から土塊が弾け、散弾のように飛んでくる。
速度を削るための牽制。
「左!」
地面を削る土が、身を捻るポニータをかすめた。
でも、加速した速度は落としていない。
「 けたぐり!」
一気に踏み込む。
体重を乗せた一撃が、ヘルガーにばっちり決まった。
「こらえる。」
でもヘルガーは倒れなかった。
衝撃を正面から受け止め、最低限の消耗で踏みとどまる。
「いかりのまえば。」
鋭い牙が、ポニータの体を捉える。
「っ……!」
息が詰まる。
何か、ただ攻撃を受けただけじゃない感覚…
「…このまま押す!」
退けば、流れを持っていかれる。
そう判断したのは、間違いじゃない筈。
「フレアドライブ!」
ポニータが炎を爆ぜさせ、最後の突進に入る。
「……オーバーヒート。」
ディルックは、被せるように言った。
ヘルガーに突撃した瞬間のポニータに、爆発的な熱波がぶつけられる。
熱が爆ぜ、視界が白く染まって…。
押し負けたのは、膝を折り、倒れ伏すポニータだった。
「……ありがとう。」
ボールに戻す手が少しだけ震える。
…確かに、あの人は強い。
「次。グレンアルマ!」
金の装甲をまとった戦士が、中庭に静かに着地する。
グレンアルマを見たことがなかったのか、ディルックは一瞬驚いたが、すぐに元の態度に戻った。
ヘルガーはそのまま出してくるらしい。
「距離を取って、はどうだん!」
グレンアルマの両腕が淡く光り、圧縮されたエネルギー弾が一直線に放たれる。
でも、勿論そんなに甘くない。
「避けろ。」
ヘルガーは地面を蹴り、石畳を滑るように横へ逸れた。
弾は背後の石壁を抉り、低い音を立てて弾ける。
……やっぱり、簡単には当たらない。
しかも距離を詰めてきてる。
「ここでもう一発…!」
グレンアルマはエネルギー弾を構える。
さっきよりも格段に避けづらいタイミング。
読まれていた。
「…いちゃもん。」
ヘルガーが吠えるのと一緒に、次のはどうだんを放とうとしたグレンアルマの動きがキャンセルされる。
「……っ!」
止められた。
「かみくだく。」
「切り替えて! ラスターカノン!」
ここで迷っていたら間に合わない。
銀色の光線が、今度は鋭く走る。
ヘルガーは前に出ていた。
距離を詰めて、流れを奪うつもりだったはず。
光線が、その進路を正確に貫いた。
「……!」
ヘルガーの体が弾かれ、石畳に崩れ落ちる。
「良くやった。…戻れ。」
ディルックの声は、静かだった。
ヘルガーが優しくボールに戻されると、次のボールが間髪入れずに放られた。
オレンジの毛並み、首元の白いモフモフ…。
でも、出てきた瞬間熱量が一段違うのが分かった。
「……ブースター。」
可愛らしい見た目とは裏腹に、絶対に強い。
しっかり距離を取って戦わないと。
ここまでの流れは、全て想定されているような気がする不安を他所に、指示を出す。
「グレンアルマ、下がって…」
「でんこうせっか。」
言い終わる前に、ブースターが踏み込んだ。
「っ、はどうだん…!」
グレンアルマが後退しながらエネルギー弾を放つ。
でも、ブースターはまるで読んでいたみたいに、細かく動いてそれをかわす。
「かえんぐるま。」
一瞬、視界から消えたかと思った次の瞬間。
「危ない!」
速度をそのままに、そのまま回転するように突っ込んでくる。
「サイコショックで…。」
技の発動が間に合わない。
グレンアルマは何とか後ろ飛びで衝撃を弱めたけど、攻撃を全然流しきれていなかった。
「えっと、もう一回距離を取って…確実に当たるタイミングで決めよう。」
小声で指示を出す。
頷いたグレンアルマに、間髪入れずにブースターは近づいてきた。
残像を出して走るあの動きは、またでんこうせっかだ。
「フレアドライブ。」
ブースターが爆炎を纏う。
「避けて…!」
咄嗟に無茶な指示を出してしまった。
直撃こそ避けたが、速度の乗った大技がすれ違いざまにグレンアルマの体力を削り取る。
……このままじゃ、削り負ける。
グレンアルマは消耗しているけど、ブースターはむしろ勢いを増している。
幸い、ほのおタイプ同士だから思った程のダメージは受けていない。
当てに行かなきゃ勝てない…次で、勝負に出る。
「メテオビーム!」
「でんこうせっか。」
勝負を決める一手を指示した私に対し、向こうはやっぱり加速する。
目を瞑り、手元に光を溜めている無防備なグレンアルマに、、軌道と残像が一直線に迫る。
「判決を下す!…とっておき。」
ブースターが吠える。
白い光を纏う、渾身の一撃。
…グレンアルマは、技のチャージを終え、ブースターを正面に見据えた。
「…前に出て!」
グレンアルマが、真正面から踏み込む。
「っ……!?」
ディルックの目が、僅かに見開かれた。
ブースターの動きに一瞬無駄が出来る。
きっと、ここで下がっていたら避けられていた…。
ブースターが、グレンアルマに正面からぶつかる瞬間、圧縮された光が一気に解放された。
砲身に見立てた金の御手から放たれた紫の光が、ブースターを包み込む。
「……!」
衝撃が収まった時、ブースターは、膝をついていた。
「……戻れ。」
グレンアルマも、その場に崩れ落ちる。
「よく頑張った…。」
何とか勝てたけど…。
視線の先で、ディルックが最後のボールを手に取る。
最後はエース対決になってしまった。
手に持ったボールを握る。
もう、相棒のファイアローを信じるしか無い。
「…なるほど。」
ディルックは私の顔を見てそう言った。
その一言は、恐らく純粋な評価だったに違いない。
私達は、立ち位置を整えて、胸の前にボールを構えた。
あの人のボールも、同じモンスターボールだ。
「「ファイアロー!」」
お互いの掛け声に、ちょっと驚いてしまう。
2つの赤い影が、空へと舞い上がった。
視界に映る相手の動きが、まるで鏡写しみたいで、一瞬だけ感覚が狂う。
「……速い。」
息を呑む間もない。
「アクロバット。」
向こうが先に仕掛けた。
「こっちもアクロバット!」
先を考える間もなく指示を出す。
二つの影が空中で交差する。
衝突音は無く、ただ風だけが弾けた。
相殺した…?
速すぎて、どっちがどう動いたのか分からない。
でも、確かに分かる事がある。
動きが完全に同じだった。
「今だよ! おいかぜ!」
空気が一気に流れ始める。
速度を、こちらに引き寄せる。
「更にちょうはつ!」
「っ……!」
させない…。
相手のおいかぜが、途中で霧散した。
…風の流れを読むのは慣れている。
これで、こっちの方が速い。
「行くよ。ぼうふう!」
渦を巻く風が、中庭全体を包み込む。
「エアスラッシュ。」
それでも、向こうは平気で技を撃ってきた。
竜巻を影にしても迷いなく飛んで来る、刃の風。
それを避けても、案の定さらに影が突っ切って来る。
「つばめがえし!」
正面からぶつかった。
衝突。
音が重なり、弾かれるように距離が開く。
ここまで全部互角。
戦えている。
目では追えないけど、風から一瞬だけ向こうの次の行動が読めた。
この勝負で、勝ちを決められる。
「……来るよ。」
息を吸い、指示を出す。
「ブレイブバード!」
ファイアローが、一直線に加速する。
…同時。
向こうも、全く同じ角度、同じ速度。
二つの赤い影が、風を切り裂いて交錯する。
「…つばめがえし。」
ディルックのその声で、あとの全部が分かった。
真っ向からぶつかるだけじゃなく、衝撃を逃がす気だ…
後一手、足りない…!
衝撃。
視界が白く弾け、聞いたことのない衝突音が…。
「……っ。」
気付けば、さっきまで激しい戦場だった空を見上げても、竜巻どころか雲一つ無い青空が広がっている。
そして、私のファイアローは地面に伏していた。
「…。」
「…残念だが、君の負けだ。」
ファイアローを戻したあと、私は一度だけ深く息を吐いた。
胸の奥が、じんわりと熱い。
悔しさというより、使い切ったあとの余熱みたいな感覚だった。
蛍と空が話しかけて来る。
「…ついに負けちゃったか。でも!すっこくかっこよかった!」
「良い動きだったと思う。…最後は、相手が一枚上手だったけど、あの速度は僕にはアンバー以上について行けないと思う。」
声をかけると、空と蛍が同時にこっちを見る。
「ちょっとだけ、休ませて。」
「え?」
蛍が目を丸くする。
空は心配そうな表情で、何も聞いてこなかった。
先に出たのは、空。
空は、終始落ち着いていて技の選択が早かった。
相手の動きに対して、反応じゃなく全部準備で動いている。
危ない場面が無かったわけじゃない。
でも、私よりずっと安定していた。
次は、蛍。
安定なんて言葉はむしろ全く似合わない戦い方。
でも…、蛍はあのディルックを押し続けていた。
ファイアロー相手にも、遅れを取ることが最後まで無かった。
最後の一手が決まった瞬間、私は思わず息を詰める。
二人が戻ってくる。
「どうだった?」
「……凄かった。」
勿論本心だ。
「空は最初から落ち着いてて、蛍は……最後まで、ちゃんと前を見てた。」
二人は顔を見合わせて、少し照れたように笑う。
「アンバーも、すごかったよ。」
「ほんと! あと一歩だったじゃん!」
バッジを受け取る二人を、少し離れたところから眺めていた。
ディルックには、このモンドの街を守る信念がある。
私なんて、二人みたいに凄い経験もないし、ただの偵察騎士見習いだ。このまま旅を続けるより、私にしかできない事があるんじゃないかな……?
「おめでとう…。」
私がそう言うと、蛍は満面の笑みで振り向く。
「ありがとう! アンバーは…?」
「…うん?」
空も、何か言いたそうにこちらを見る。
私は一瞬だけ考えてから答えた。
「ちょっとだけ、外に出てくる。」
「今から?」
「夜には宿に戻るよ。」
蛍は不思議そうな顔をしたけど、すぐに笑った。
「そっか。じゃあ、待ってる。」
「どこ行くんだよ?気を付けるんだぞ!」
「何か…無理はしないで。」
「うん。」
パイモンと空の忠告に軽く手を振って背を向ける。
そして、私はワイナリーを後にした。