「———以上があの赤いモビルスーツ、“ガンダム”に関する情報だ」
静まり返ったミレニアムサイエンススクールの会議室に、バーニィの声が低く響いた。
バーニィは、今自分の知る限りの“赤いガンダム”に関する情報をすべて開示した。
目の前に並ぶのは“先生”と“調月リオ”、そして“明星ヒマリ”。
彼女たちは神妙な顔つきで黙りこみ、重く俯いている。
誰もが思考の迷路に囚われたまま、出口を探していた。
“赤いガンダム”がキヴォトスに現れてから、すでに三日が過ぎていた。
幸運だったのは、重傷者は出たものの死者が一人も出なかったことだ。
だがその代償として、ミレニアムの施設の一部は瓦礫と化し、今も復旧作業が続いている。
敵意があるわけではない。
だが、だからといって放置することもできない。
それが“赤いガンダム”という存在だった。
会議室に重たい沈黙が落ちる中、“明星ヒマリ”が閉じていた目を開き、バーニィに問いを投げかけた。
「ミレニアムの通信機器がジャミングを受けていたようですが・・・・・・原因は、貴方の言う“ミノフスキー粒子”で間違いないと分かりました。ただ、現状、私たちにはその粒子に対処できる手段がありません。もう少し詳しく教えていただけますか?」
バーニィは、苦々しげに眉をひそめ、肩をすくめた。
「申し訳ないが・・・・・・正直、俺にもミノフスキー粒子の正体は詳しく分かってない。軍の中でも、粒子の性質を完全に理解してるやつなんて一握りさ」
少しだけ間を置き、彼は言葉を続けた。
「だが安心してくれ。あの“ガンダム”に、ミノフスキー粒子を自ら散布する力は無い」
「どういうこと?」
「そもそもミノフスキー粒子ってのは、俺たちの世界に“当たり前に”存在してる空気みたいなもんだ。“ガンダム”の使っていたビームサーベルもそれを応用してるにすぎない。けど、キヴォトスにはミノフスキー粒子が存在しない。あの“ガンダム”がこっちの世界に来た時、一緒に粒子も転移してきたからミレニアムの機器が一時的にジャミングされたんだろう」
ヒマリは静かに頷いた。
「・・・・・・つまり、今はその粒子が失われて、ミレニアムの機械も正常に動作できる、 ということですね?」
「ああ、そういうことだ。おそらく、背中のあの赤い小型機も“ミノフスキー粒子”がない限りは機能しないはず。つまり、今の“ガンダム”に残された武装は、頭部のバルカン砲と巨大なハンマー。それだけだ」
「なるほど・・・・・・」
ヒマリは考え込むように視線を落とした。
だが次の瞬間、バーニィの口から、重々しい提案が放たれた。
「・・・・・・まず、あの“ガンダム”を“倒す”という考えはやめた方がいい」
リオが驚いたように眉をひそめる。
「それは、どうしてかしら?」
「確かに、ミレニアムの技術なら“ガンダム”と戦うことも不可能じゃないだろう。だが、君たちは子どもだ」
その言葉に、空気がピンと張りつめる。
「それに対して、相手はあの“赤い彗星”。ジオン軍の英雄だ。大佐が自ら子供を殺すとは思わないが、攻撃を仕掛ければ話は変わってくる」
「・・・・・・私たちが、負けるということ?」
バーニィはかぶりを振った。
「違う。“死ぬ”んだよ」
その言葉に、場の空気が一気に凍りついた。
“死”。
キヴォトスでは、最も遠い概念。
だが、バーニィの声にはそれがすぐそこにあるかのような、重さがあった。
会議室に再び沈黙が落ちた時、静かに、“先生”が口を開いた。
“・・・・・・それで、バーニィはどうしたらいいと思うんだい?”
バーニィはしばらく思案し、そして口を開いた。
「・・・・・・“ガンダム”を、元の世界に送り返す。それが最も安全で、合理的な方法だ」
「でも、その方法が分からないと、合理的とは言えないわよ」
リオの冷静な指摘に、バーニィは口をつぐんだ。
そして、しばしの沈黙のあと、彼は低くつぶやいた。
「ゼクノヴァだ。ゼクノヴァを発生させて、“ガンダム”を強制的に転移させる」
「ゼクノヴァ・・・・・・」
リオとヒマリが視線を交わす。
「以前から調査をお願いしてたよな?そしてこの前、再びゼクノヴァが発生した。その時に何か新しいデータが掴めたんじゃないか?」
ヒマリが頷き、冷静に分析を口にする。
「・・・ゼクノヴァが発生する際、発生地点。つまり、ミレニアムの上空に、強力な熱源反応が確認されます。そして同時に“強い意志の力”が観測されるのです」
「意志の力?」
「ええ。正確な名称はありませんが。私たちのわかりやすい言葉であえて言うのなら“奇跡”でしょうか」
“その、意志の力は私たちで再現できるのかい?”
「可能性はあります。実は、“ガンダム”が現れた時、我々の観測機器が“女性の声”を感知していたのです。“ミノフスキー粒子”の影響で不鮮明でしたが、確かに何者かの強い想いが込められた声が存在していました。これを追えば、ゼクノヴァの再現は理論的には可能です」
“・・・・・・なるほど”
先生は深く頷き、すぐにリオとヒマリに自身の意見を出した。
話し合いが再開される中で、バーニィが一歩後ろへと下がった。
「そしたら、ゼクノヴァの調査は“先生”たちに任せていいか?」
“もちろんだけど・・・・・・バーニィはどうするつもりなんだい?”
バーニィはふっと笑った。
「・・・・・・消えた“ガンダム”を探る。まずは、“ガンダム”がどこにいるかを把握しなければならないからな」
“危険だよ!!”
「大丈夫さ、“先生”。こういう仕事は慣れてるから」
“・・・・・・分かった、バーニィがそう言うなら。でも、危なくなったらすぐ逃げて私に連絡を入れること。いいね?”
「ああ、分かった。約束するよ」
そう言って、バーニィは背中を向ける。
この場から逃げるように静かな足音を残し、彼は会議室を後にした。
「バーニィ!! 待ってください、バーニィ!! どこへ行くんですか!?」
会議室を飛び出し、まるで何かから逃げるように早足で歩くバーニィの背をアリスが慌てて追いかける。
その声に足を止めることもなく、バーニィはただ前を見て進み続ける。
「・・・・・・あ、アリス、分かりました。ザクのところへ行くんですね?」
「・・・・・・ああ、そうだよ」
短く返すその声は、どこか投げやりだった。
「なら、アリスもついていきます!アリスとバーニィはパーティですから!!」
一生懸命な声でそう言うアリスに、バーニィは一瞥をくれると、ため息交じりに呟いた。
「・・・・勝手にしろ」
ミレニアム地区の外れ、瓦礫と砂埃の奥にひっそりと横たわるザクのもとにたどり着いたバーニィは、黙々と荷物を運び始めていた。
「バーニィ、何をしているのですか?」
アリスが不思議そうに尋ねる。だがバーニィはすぐには答えなかった。
しばらくして、肩越しにぽつりと吐き出す。
「・・・・・・逃げるんだよ」
「逃げる? どうしてですか?」
その問いにバーニィは苛立ちを隠せず、振り返って叫んだ。
「お前も見ただろう!?“ガンダム”が暴れている光景を!!あんなもん誰にも対処できねえ!!」
「で、でも・・・バーニィなら・・・・・・!」
「俺がどうにかできる相手じゃないんだよ!!この前も言っただろ!?いい加減、現実を見ろよ!!これはゲームじゃないんだ!!」
「お、落ち着いてください、バーニィ。バーニィは“エース”なんですから、必ずあの赤いロボットを——」
「俺は“エース”なんかじゃないんだよ!!」
その瞬間、アリスの動きが止まった。
「・・・・・・え?」
「エースでもなけりゃ英雄でもない。俺はただの人殺しさ」
「な、何を・・・言って・・・・?」
「今までお前に言ってきたことは、全部“嘘”なんだよ」
「・・・・・・嘘?」
「そうだ!!お前の機嫌を取るために思いついた、ただの嘘さ!!」
「でも・・・『あと一機でエース』って言ったじゃないですか・・・・・・!!
「言わねえよ!!」
「言いましたっ!!」
「俺は上官の指示を聞くことしかできねえ“駒”だ!!みんなのお荷物なんだ!!ただ、偶然この場所に飛ばされてきただけなんだよ!!」
大声を上げるバーニィに、アリスは身を縮こませた。
だが、アリスは震えながら、なおも微笑んだ。
「えへへ・・・バーニィったら、混乱しているのですか?待っていてくださいね、すぐに状態異常を治す薬を持ってきますから。アリスに任せてください」
彼女の笑顔は、どこか壊れかけていた。
だがバーニィは、その幻想を打ち砕くように冷たく告げる。
「・・・・・・こっちに来い、アリス」
そして、強引にアリスの手を引き、ザクのコックピットへと連れていく。
「アリス、このザクのデータ回路にアクセスしてみろ」
バーニィはアリスの手を、冷たい金属の基板に押しつけた。
「“先生”やリオから聞いた。お前がアンドロイドだってことを。だからって、お前を軽蔑したり、お前との縁を切るようなガキの真似はしないさ・・・・・・だが、お前ならわかるはずだ。ここにあるのが、俺の本当の過去だってことを」
アリスは、少し躊躇しながらも目を閉じ、意識をデータ回路へと流し込んだ。
電子信号の奔流の中、アリスは“それ”を見た。
“ルナツー侵攻作戦”。
宇宙空間で次々に爆死していく兵士たちの姿。
恐怖を払うかのように、無我夢中でザクを操るバーニィの姿。
そして背後から現れた。連邦のモビルスーツを蹂躙する“ビグザム”の艦隊。
映像が切り替わった。
それは、ザクを操るバーニィが逃げる反乱軍を撃ち殺す瞬間であった。
逃げる反乱兵白旗を掲げていた者すらも、上官の指示だからだと、バーニィのザクは撃ち抜いていく。
無抵抗な人々が、何の感情もない命令のもとに消えていく。
繰り返される殺戮の記録。
撃って殺し、また撃っては殺す。
ただそれだけの地獄のような映像。
アリスは悲鳴を上げるようにして意識を回路から切り離した。
「う・・・そ・・・・・・ですよね・・・・・・?」
かすれた声。震える瞳。
アリスはその場に立ち尽くし、バーニィを見上げた。
だが彼は冷たく、短く答えた。
「本当だよ」
「バーニィは・・・・・・“エース”だって・・・・・・!!」
「俺が落としたのは2機だけだ。それも偶然な。あとは、無防備な人間を殺しただけさ」
「・・・・人を殺したことがないって・・・・・・!!」
「見ただろう?俺が人を殺した瞬間を」
「人殺しは・・・・・・最低な人がやるって・・・・・・!!」
「そうさ。俺は最低な人間なんだよ」
アリスの中で、世界が音を立てて崩れていく。
「これで分かっただろ?俺は“エース”でもなけりゃ“英雄”でもない。ただの人殺しのクズなんだよ」
「・・・・・・」
「人殺しがお前らを守れるわけがない。だから俺は逃げる。安心しろ。“先生”たちがそのうち“ガンダム”をなんとかしてくれるさ」
「・・・・・・」
「いいか、アリス。お前はモモイたちを連れてミレニアムから離れろ。安全な場所に行くんだ。“ガンダム”が消えるまで、どこか遠くで——」
「・・・・・・嘘です」
「・・・アリス?」
「嘘です!!!!」
アリスは叫んだ。泣きながら、必死に訴えた。
「バーニィは、あの“ガンダム”が怖くなって嘘をついてるんです!!!!」
「・・・・・・ああ、怖いね。怖くない奴の方がどうかしてる。臆病者だと何度でも言えよ」
「待ってください!!」
「うるせぇぞ!! いい加減に――」
「バーニィは本当は強いんですよね!?あいつをやっつけられるんですよね!?」
バーニィは沈黙した。
その目には、かすかな揺らぎがあった。だが、すぐに目を閉じアリスを振り払う。
「・・・・・・生きたかったら逃げるんだ、アリス。ミレニアムから離れろ」
「・・・・・・他のみんなはどうなるんですか?」
「“ガンダム”をアリスと二人で・・・・・・いいえ、モモイたちも呼んで、みんなでやっつけましょうよ。そうすれば———」
「俺は・・・・・・逃げると決めたんだ」
その一言に、アリスはまるで心を殴られたように後退りした。
そして、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「バーニィの馬鹿ーーーーーーー!!!!」
アリスは泣きじゃくりながら、その場から駆け出していった。
バーニィは、その後ろ姿をただ黙って見送っることしかできなかった。
自分の言葉が、彼女の心をどれほど傷つけたか分かっている。
だが、自分ではどうしようもできない。
悔しさ、怒り、自己嫌悪・・・・・・。
そして、どうしようもない無力感がバーニィを襲う。
「・・・・・・クソッ!!」
バーニィは叫ぶようにして拳を握りしめ、
そのまま近くの壁へ、力任せに拳を叩きつけるのだった。
純粋無垢なアリスちゃんに残酷なシーンを見せつけるなんて......
このひとでなしっ!!!!
8/16追記
ガンダム知らない先生向けに超適当な用語解説コーナー1と2を投稿していましたが、私のにわかを晒しただけなので削除させていただきました。
申し訳ございません。
また、私のにわか知識のせいで、ある程度決まっていた残り2話の展開に矛盾が発生していることが分かりました。
本小説の独自設定として決まっていた展開を書くか、はたまた展開を変えるかを考え中になりますので、次の投稿まで時間がかかるかもしれません。
本小説を楽しみにしていただいてる読者の方々には申し訳ございませんが、しばしお待ちいただければと思います。
※次の話が投稿でき次第、こちらの後書きは削除させていただきます。