それから、また月日は流れた。
秋が訪れ、冬がやってきて、春に差し掛かろうとしていた。
ルギアと出会って、ちょうど半年が過ぎる。
その日、町で偶然出会ったミカンちゃんと、他愛もない会話をしていた時のことだった。
「もしよろしければ、わたしとお祭りへ行きませんか?」
なぜかミカンちゃんは、試合の時のような緊張した面持ちでそう言った。
どきん、と僕の胸が高鳴る。
実をいうと、僕も彼女を誘おうとしていた。
恥ずかしさでミカンちゃんからそむけたくなる。
「うん……いこう、僕も君と行きたかったんだ……!」
それでも、僕は彼女の顔を正面から見つめた。
やっぱりミカンちゃんとどうしても行きたくて、だからはっきりと応えた。
すると彼女は表情をほころばせる。
僕はこれ以上、美しい光景はないと思った。
★
『祭りだと? なぜそんなことをする』
「君のためだよ」
『なんだと?』
家に帰ったあと、僕はルギアにあることを尋ねられた。
それは数日後におこなわれるアサギシティの祭りについてだ。
「アサギシティではね、毎年春になると、海の神ルギアを祀りたたえるための、祭りがおこなわれるんだ」
アサギシティは、古くから、海の神ルギアに対する土着信仰が根付いている。
それは現代でも引き継がれ、ルギアに対する神事は、祭りとして形を変えて生きているのだ。
祭りは2日間に渡って開催される。
それぞれ日が暮れてから午前0時の鐘が鳴るまで、アサギの町は祭りの光と喧騒で包まれるだろう。
『人間どもはいまだに私を崇拝しているのか? もう長い年月、人に姿を見せていないが』
「それだけ、君のことを後世まで伝えたいという人がいたんだよ」
『……』
ルギアはしばらく黙り込んだあと、いきなりこう言った。
『祭りか……ふむ、てっきり主とあのミカンという娘が番になる儀式だと思っていたのだが』
「なにアホなことを言ってんだ」
結婚式か何かをイメージしているのかね?
あと最近になって思ったのだが、ルギアはやたら、僕とミカンちゃんを番にさせたがる。
ルギアって、もしかしてカプ厨なのかい?
「あとお願いだけど、祭りの夜はお留守番してくれない? ルギア」
『なぜだ?』
「それは、その……」
僕はうつむいて、頬をぽりぽりとかく。
「……恥ずかしいから」
ミカンちゃんとの二人きり……実質デート。
ルギアがいると、ムードをぶち壊される可能性が高い。
それに、大事な局面なのだ。
男には一人で勝負しなければならぬ時がある。
『なぜ恥ずかしがる?』
「うー」
『なにを躊躇っている』
「だって……」
『教えてくれ。これも人間の文化への理解を深めるためだ』
こうなったら、最終カードを切るしかない。
「ポフィン、半分にするね」
『な! そんな理不尽な!』
★
祭りの当日。
町の中心にある公園。僕はベンチで座って、ぼんやりと景色をながめて時間を潰していた。
空想にふけっていたせいか、いつのまにか、日が暮れていた。
「お待たせしました」
背後から声がかかった。
振り返った僕は、ベンチから立ち上がり、思わず言葉を失った。
深い藍色の浴衣。
波を思わせる白い模様。
髪には見慣れた橙色の髪飾り。
浴衣姿のミカンちゃんは、どこか大人びて見える。
普段とは違う彼女の姿に、心臓の鼓動が高鳴った。
「浴衣を着るのは久しぶりですので、ヘンな格好かもしれませんが」
「いいや、すごく、すごく似合っているよ。素敵だ」
ミカンちゃんは顔を赤らめて、うつむいた。
僕たちはしばらく、お互いに黙りこむ。
「とりあえず……」
「はい」
「歩こっか」
「いきましょう……」
と、たどたどしいやり取りを終え、僕たちは歩き出した。
祭りは盛況だった。
人とポケモンの往来が激しい中、僕らは片っ端から、屋台をまわる。
コイキングすくいや、見世物であるホエルコの潮吹きを鑑賞した。
その後は、余興であるポケモンバトルがおこなわれ、そこで一般トレーナーとミカンちゃんが勝負したり、なぜか周りに流され、僕もポケモン勝負をすることになったり……。
時間は溶けるように過ぎた。
そうして隣で笑うミカンちゃんに見惚れていると、灯台の鐘の音が鳴りひびいた。
さきほどまで祭りでどんちゃん盛り上がっていた町の人たちは、しんと静まり返る。
「時間ですね」
ミカンちゃんは、おそるおそるといった様子で僕の袖を掴んだ。
それから顔をそむけて僕を引っ張って歩き出す。
「い、いきましょう」
その声は、震えていた。
それから僕らは町の南側の、40ばん水道に接する海岸線まで進んだ。
砂浜には、大勢の人たちが集まっていた。
今晩の、1日目の祭りの、最大の目玉となるイベント『灯籠流し』が始まる。
「偉大なる海の神、ルギアに願う! 海と隣合う、このアサギで生きる人とポケモンに祝福を!」
先頭に立った水夫が、張り上げるような声で宣言した。
そして、夜の砂浜の中でじゃらじゃらと鈴の音がする。
キキョウシティから招かれた舞子さんたちが、ルギアへの祈りをこめて踊る。
それから一般の人たちが、それぞれ手に持ったランタンを海に放流していくのだ。
ランタンはそれぞれ、枠に防水紙を張っただけの簡素なものもあれば、ポケモンの姿をかたどった凝ったものもある。
合図もないまま、誰かがそっと手を離した。
最初の一つが、海へと落ちるように滑り出す。
それに続いて、次々とランタンが海へ放たれていった。
海面に触れた瞬間、ランタンは沈むことなく、ゆらゆらと揺れながら、沖へ向かって流れ始める。
光の列ができる。
橙色、青白い光、淡い緑。ひとつひとつは小さいのに、集まると海そのものが光を帯びているようだった。
この光景を、ルギアが見たら、どう思うだろうか。
ルギアはずっとうずまき島の中にいたらしいので、毎年こんな風に人間たちが自分に祈りをささげていることを彼が知ったら……。
不愉快に思うだろうか?
どうせ自分の利益のためにすぎないと思うだろうか?
僕はある提案をミカンちゃんにする。
「明日も、二日目の祭りを一緒に行こう」
「もちろん! よろこんで!」
「僕と君だけじゃない。ルギアも連れて行こう」
せっかくミカンちゃんと二人きりのデートを楽しむ機会なのだが、まあ、また来年でいいだろう。
それにね、と僕はつづける。
「僕がルギアを持っていることを、周りに隠すのを辞めるつもりなんだ」
今まで、周りの人間にはルギアを隠すスタンスを貫いてきた。
それはルギアが人間嫌いで、人間不信だったから。
けど、今のルギアなら大丈夫だと、不思議なことに思えるのだ。
「変わられましたね」
「僕が?」
「なんだかずっと昔の君より、今の君の方がいいように思えるのです」
「そうかなぁ。むしろ、昔の僕を知っている人たちが僕を見れば、失望しそうだけど」
ミカンちゃんは、ものすごい勢いで首を横に振った。
「そんなことはないです! わたしには今の方がとっても魅力的ですよ! あ、昔の君が嫌だとかそう言っているわけじゃないんですよ!」
そうなのだろうか。
分からない。
ただ、ルギアと出会ってから、退屈な毎日がちょっぴり面白いと思えるようになったのだ。
だから、昔と違うのだろうか?
『灯籠流し』のあと、僕らは解散した。
ミカンちゃんは明日の朝、ジムリーダーの業務があるようで、深夜まで起きておくのは良くないと判断したためだ。
★
小腹が空いたので、近くの屋台に寄り、焼きそばを買う。
それから人気のないところに設置されていた、野外テーブルに座る。割り箸を動かして焼きそばを食べようとして────。
「失礼、隣をいいかな」
渋い男の声だった。
黒帽子を深くかぶった、スーツ姿の男がいつのまにか僕の隣に座っていた。
なんでわざわざ僕の近くに座るんだ、このおっちゃん? ひょっとして僕の焼きそばの匂いに釣られたのか?
僕が首をかしげていると、男はこう言った。
「祭りはいい。人が集まる。ポケモンも集まる。つまりそれは金が発生し大きな利益が動くということだ」
気のせいだろうか、その声に聞き覚えがある。
「────それに特に人混みがある夜闇の中では、悪事を働きやすい」
男が帽子を外し、こちらに顔を向ける。
その顔を見た僕は、衝撃のあまり手に持っていた箸を落とした。
「久しぶりだね、少年」
ありえない。
なんで? どうして、こいつがここに?
「サカキ……」
「今日、私が君の元に訪れたのは、君が手に入れたルギアのことについてうかがいたくてね」
血の気が引いた。
なんでロケット団が、ルギアのことを知っている?
そうか……あの森の戦いで、その場にいた連中のひとりが逃げおおせたのか、あるいは他の仲間が別の地点でルギアを観測したのか。
「ミュウツーの調整は済んだから、もう一度、ルギアを捕獲しようとしたがね……まさか君に先を越されるとは」
「……あなたがルギアを傷つけたのですか?」
僕は思い出す。
うずまき島の奥で、ルギアはひんし状態となっていた。
なぜルギアはひんし状態だったのか?
答えは単純だ。
何者かと戦闘し、追い詰められたからにほかならない。
サカキはくつくつと笑った。
「ああ、あの時は惜しかった。ミュウツーならば伝説のポケモンでさえ打ち勝てると思っていたが、想定外だった」
「僕からルギアを奪うつもりなのか?」
「いいや違う」
サカキは、まるで品定めするような鋭い視線を飛ばす。
「────『最優のポケモントレーナー』。ジョウト地方出身だったその少年は、わずか10歳にして、ジョウトの8バッジを集め、リーグへの挑戦権を得た」
「……」
「そしてカントーやジョウトの大会にいくつも出場し、そこでも輝かしい成果を打ち立てた。何度もカントーリーグに挑戦し、四天王突破を複数回達成。一度チャンピオンまで到達したが、そこで敗北……」
まるで読み上げるように、サカキは僕の過去を語る。
「『秀才を突き詰めた俊英』、『次期四天王候補』、かつて君は周囲からそう期待されていた。だが突然、行方をくらませた。いったいどうしてだろう?」
僕は嫌悪の表情を隠さず、にらみつけた。
「失せろ。僕と僕の周りの人に関わるな」
「それは無理な話だ。私は君を勧誘しにきたのだから」
ああ、きっとこれも僕の自業自得なのだろう。
「今から君にチャンスを与える。最優のポケモントレーナー……」
サカキは、あくどい笑みを浮かべて、こう言い放った。
「────いいや、
ヒビキ。
それは2度目の人生の、僕の名前。
恐怖を押し殺すように、自分の帽子に右手をあてる。
自分のトレードマークである、
「改めて尋ねよう。ポケモントレーナー、ヒビキ。我々ロケット団の一員とならないか。君にふさわしい席をすでに用意している」
思い返せば、つまらない前世だった。
短い一度目の人生を全うしたあと、僕はポケモンの世界に転生したのだ。
生まれた場所は、ジョウト地方。
はじまりの町、ワカバタウン。
僕は、ポケモンHGSSの主人公であるヒビキに転生した。
書き貯めを作るので休憩します。ここから終盤突入です。