ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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12.〇〇〇の手記/約束

 〇月×日

 

 今日で9歳の誕生日になった。

 母さんから誕生日プレゼントとして日記帳をもらったので、有効活用しよう。

 なので本日から、今日あった出来事や自分の気持ちを日記に記録することにした。

 念のために、ポケモン世界の言語ではない、日本語で書き記す。

 この日記を読み、僕が転生者であることがバレる危険性をなくすためだ。

 

 

 □月〇日

 

 この世界に転生したばかりの頃を、今朝、夢で見た。

 

 自分が『ヒビキ』に憑依転生したことに気が付いたときは、大層驚いたものだ。

 最初に赤ん坊のころに、母親から「あなたはヒビキよ」と名前を付けられ、自分が住んでいる場所がワカバタウンであることに気づき、お隣にはコトネという同い年の女の子までいることを知った。

 

 自分はゲームの主人公になったのだ。

 ならば二度目の人生の目標は、ゲームの主人公同様に、ジョウトのバッジを制覇して、チャンピオンの座に就くことである。

 

 

 □月×日

 

 暇だ。

 ワカバタウンは、とにかくド田舎だ。

 代わり映えのしない町の景色にだんだん飽き飽きしてきた。

 なのでここ最近は、お隣さんのコトネちゃんと遊ぶことが多い。

 

 もうじき、日記をつけ始めて、1年が経つ。

 僕は10歳になる。

 

 運命の日が近づきつつある。

 

 

 

 ×月〇日

 

 ついに来た。

 原作スタート……というやつなのだろう。

 今日、ウツギ博士から町の研究所に呼ばれて、ポケモン図鑑をもらった。

 そして、チコリータ、ヒノアラシ、ワニノコの3匹のうち1匹を選ぶように言われた。

 僕はチコリータを選んだ。

 3匹の中でチコリータが一番好きだからである。

 

 

 ×月□日

 

 翌日、ウツギ博士からお使いを頼まれ、隣町のヨスガシティをさらに進んだ先にある、ポケモンじいさんの家を訪ねることとなった。

 

 その帰り道、彼と出会った。

 赤髪の、不機嫌そうな顔をした少年。

 シルバー君である。

 

「おい、そこのお前、ちょうどいいや、気晴らしに勝負しろよ」

 

 と、シルバー君はなんだか僕を見下すような口調で勝負をしかけてきた。

 僕もちょうどよかった。

 向こうから仕掛けてきたのだから、おこづかいを巻き上げられても文句は言うまい。

 

 実を言うと、冒険が始まる前から、僕はポケモンを捕まえて、育成をしたりしていた。

 その1匹である、ギャラドスを繰り出す。そしてギャラドスのなみのりで、シルバー君のヒノアラシは一撃で倒した。

 唖然としていたシルバー君がなんだかかわいそうだった。

 

 ワカバタウンの実家に戻ったあと、晴れて、僕は冒険に出た。

 

 

 ×月□日

 

 今日で冒険に出てから、1か月が過ぎる。

 ジム攻略は順調だ。

 

 コガネシティについた僕は、ジムリーダ―のアカネを撃破して、3つ目のバッジを手に入れた。

 

 道中で、チコリータは、ベイリーフに進化。

 他のポケモンも野生のポケモンやトレーナーと戦わせて、まんべんなく育成してる。

 これまで2つのジム戦もこちらが圧勝できた。

 

 ルンルン気分で次の街に向かおうとしたところで、町の片隅で、シルバー君の姿を見かけた。

 

「ふん、なんだよ」

 

 とシルバー君は不機嫌そうだった。いや、いつもこの子は不機嫌か。

 どうやらジムリーダーのアカネに負けたらしい。リベンジの特訓中なのだろう。

 

 僕はシルバー君に「練習に付き合うよ」と言った。

「は? お前がなんで?」とシルバー君は警戒心を向けてくる。しかしジムを突破した僕をちょうどいい練習相手だと思い直したのだろう。

 その日は半日ぐらい、シルバー君とポケモン勝負の鍛錬をおこなった。

 練習が終わるころには、シルバー君の警戒心は解けたのか、僕にこんなことを聞いてくる。

 

「オマエはなんで、チャンピオンを目指す?」

 

 その時の僕は「夢だから」と答えた。

 

 けれど、ふと冷静に思った。

 

 自分は本当に、チャンピオンになりたいのだろうか?

 なんとなく「自分は主人公に憑依したからチャンピオンにならないと」みたいな薄っすらした目標で、僕はジム攻略をおこなっているわけで。

 まあ、行けるところまで行って、無理だったらやめようかな。

 

 

 

 役割を果たせ。

 

 

 

 〇月▲日

 

 旅に出てから、ちょうど2か月が経つ。

 

 僕はジムバッジを6つ集めた。

 

『ねえ、ヒビキ君、久しぶりに一緒に遊ばない?』

 

 コトネちゃんからそんな連絡が入った。コトネちゃんはキキョウシティにいるらしい。

 僕はピジョットに乗って、キキョウシティまで行った。

 ついで、シルバー君に電話して、遊びに誘う。

 以前、コガネシティで一緒に訓練した時に、電話番号を交換したのだ。

 

『は? おまえらと関わる時間がもったいねえよ』

「そんなこと言っていたら、君って友達いなくなっちゃうよ」

『……』

 

 そんなやりとりがありつつ、結局、シルバー君も合流する。

 

 僕とコトネちゃんとシルバー君の三人でキキョウシティを見てまわった。

 キキョウシティは、ジョウト屈指の観光の名所であるわけで、色々とレジャーが充実している。

 最初は、つまらなそうな顔をしていたシルバー君も、だんだん興が乗ってきたのか、最終的には楽しそうだった。

 

 ああ、楽しい時間だった。

 

 もしチャンピオンになったら、こんな風に気ままに遊ぶ時間も減るのだろうか。

 それだったら、チャンピオンを目指さないのもアリだ。

 

 世界を救う。

 特別な人間になる。

 主人公みたいな存在になる。

 

 たぶん、自分には向いていないだろうと思う。

 きっとそういった存在になれば、それに伴う、重圧だったり、努力や責任や苦労だったりを背負うことになる。

 僕は普通の穏やかな人生を過ごしたいのだ。

 

 

 

 

 

 役割(主人公)を果たせ。

 

 

 

 〇月×日

 

 旅に出てから、ちょうど3か月が過ぎた。

 

 僕は、ジムバッジを8つすべて集め終えた。

 ジムの攻略速度は、ジョウトのトレーナーの中では、異例の速さだという。

 

 気のせいだろうか、最近、今までより苦戦する場面が増えた気がする。

 フスベシティのジムリーダーのイブキとの試合で勝利したあと、イブキはこんなことを言った。

 

 ────「アナタはどうして勝負の時、そんな辛そうな顔をしているの?」

 

 辛い? まったくわけがわからないや。

 

 

 

 〇月▲日

 

 バッジを集め終えたことだし、ここ数日は、カントーリーグの門を叩くため、ポケモンたちの仕上げにかかっている。

 

 そんな最中に、つい気にかかるのだ。

 それはロケット団についてだ。

 たとえば、チョウジタウンにはロケット団の隠れ家がある。

 ゲームの進行であれば、原作主人公とチャンピオンのワタルが隠れ家を突き止め、内部を調査するのだ。

 しかし、僕はかなり早いペースで、ジム攻略を進めているせいか、ワタルと出会わなかった。

 なのですみやかに、ジョーイさんへ隠れ家があることを通報し、大人たちに任せた。

 

 ……そうさ、僕は何も間違ったことはしていない。僕は、カントーリーグのことだけを考えていればいい。

 

 

 お前は偽物だ。

 役割を果たせ。

 

 

 

 気持ち悪い。

 

 

 

 〇月□日

 

 負けた。

 

 僕はカントーリーグに挑戦した。

 その結果は、無残なものだった。

 四天王の1人目も突破できなかった。

 

「なんでそんなに苦しそうなんだい? ポケモン勝負は楽しんでやるものだよ」

 

 最初の関門である、四天王イツキにそう言われた。どこか心配そうな目つきだった。

 

 何を言っているんだ? 

 だって僕は、チャンピオンになりたくて、ここに来たのだから。

 

 

 □月×日

 

 これで、四天王突破を失敗したのは何度目だろうか?

 今回で20回目か?

 6回目で、イツキを突破した。

 だがその次のキョウで躓いた。

 

「今の君は勝てば勝つほど辛くなる」

 

 キョウは諭すように、そう語りかけてきた。

 わけがわからない。

 ポケモン勝負で勝ちたいと思うのは当たり前だろう?

 

 そして13回目でキョウを突破した。

 しかし、次のシバとの勝負で僕はまたしても負けた。

 

「君はなぜここに来たんだ? 君のポケモンたちは、苦しんでいる君を見て、胸を痛めている」

 

 シバはそう言った。どこか憐れむような声音だった。

 17回目の挑戦で、シバを突破した。

 だが最後の四天王であるカリンに敗北した。

 

「アナタは一流のポケモントレーナーじゃないわ。だって苦しみながら戦うトレーナーなんてチャンピオンになるべきじゃないもの」

 

 カリンまでも同じようなことを言う。

 僕は結局、チャンピオンまで突破することができなかった。

 

 

 

 

 役割を果たせ。

 

 

 

 

 疲れた。

 

 

 □月×日

 

 僕はいったん、カントーリーグ攻略を中断することにした。

 そして、視野を広げた。

 ジョウトやカントー各地では、あちこちでポケモン勝負の大会が開催されている。

 僕はそこに参加することにした。

 ポケモンリーグ突破の取っ掛かりを掴むためだ。

 

 

 ▲月×日

 

 あれから3か月が経った。

 冒険に出てから、ちょうど半年が過ぎる。

 

 僕は次々と大会に参加していき、そこで戦績を残していった。

 強豪トレーナーたちとトロフィーをかけて争い、優勝のカップを何度も手にした。

 

 最近、巷で僕は『最優のトレーナー』と呼ばれているらしい。

 

 数年前に、カントーリーグを当時10歳の少年だったグリーンが制覇し、チャンピオンとなった。

 しかしすぐにその座は、幼馴染であるレッドが勝負で打ち勝ち、すげかわった。

 レッドとグリーンは、カントーとジョウトでは伝説的な存在だ。

 

 同じ10歳の少年として僕はデビューし、バッジを8つ集め、四天王を3人突破し、さらにはいくつもの大会で戦績をおさめた。

 だから世間はこう評している。

 

『最優のトレーナー』。

 

 レッドやグリーンのような、伝説や天才性はないが、卓越した技術と才気を持つ、若きトレーナー。

 

 それは立派な評価なのだろう。

 伝説的な二人と比較されるなんて、ポケモントレーナーからすれば、光栄どころの話ではない。

 

 僕にしては、十分どころか、かなりやったじゃないか。

 もうチャンピオンを目指さなくたっていいじゃないか。

 

 

 

 

 役割を果たせ。

 お前は主人公だ。

 

 

 もうやめたい。

 

 

 

 ▲月□日

 

 今朝、テレビの報道で確認した。

 

 コガネシティのラジオ塔をロケット団の残党が占拠した。

 それはいい。

 彼らの目的は、ボスであるサカキの復活。

 けれどどうせサカキは来ないのだから、彼らは目的をどうあっても果たせない。

 それに警察組織も動き出しているようだし、事態は沈静化するだろう。

 

 

 ▲月〇日

 

 ありえないありえないありえないありえない。

 なんで、なんで、なんで、なんで?

 

 どうして、サカキが復活しているんだ!?

 サカキが直々に、全国放送で宣言した。

 ロケット団の完全復活を。

 警察組織がラジオ塔に突入したときには、すでに中はもぬけの殻だったのだ。

 

 なぜだ?

 僕が原作通り、ロケット団に干渉しなかったから?

 どうしてサカキは戻ってきたんだ?

 

 

 ▲月×日

 

 思い出した。

 僕はとんでもない見落としをしていた。

 

 HGSSの特殊イベント『セレビィのときわたり』。

 劇場で配布されたセレビィを連れて、ウバメの森の祠に向かうと、そのイベントが発生する。

 セレビィのときわたりの力で、主人公とコトネ(もしくはヒビキ)は過去の時間軸へ移動する。

 飛ばされた先はラジオ塔襲撃事件の最中。部下の呼びかけに応えるために馳せ参じようとしてたサカキの前に、主人公が転移して現れ、勝負をする。

 その勝負に打ち勝ち、サカキは自身の復活を諦める……といった流れだ。

 

 つまりサカキが戻ってきた理由は、ヒビキである僕が、サカキの行動を阻止しなかったせいなのだ。

 

 

 

 役割を果たせ。

 

 

 

 

 ▲月×日

 

 まず、セレビィのときわたりイベントを起こすには、そもそもセレビィを所持していなければいけない。

 つまりセレビィをゲットする必要がある。

 しかしゲームとは違い、セレビィが配布されるわけでもない。

 かといって、この世界でセレビィがどこにいるかなんて、僕にはわからない。

 セレビィは時間軸を自由に行き来するポケモンだ。

 そんな存在をどうやって捕まえろというのか。

 

 僕は各地の文献を調べて、わかったことがある。

 セレビィは自分がかつて訪れた場所に、再来することがあるのだそうだ。

 誰が記述したのかもわからない、信憑性は皆無な情報。

 だが、これにかけるしかない。

 ジョウト地方にあるウバメの森は、かつてセレビィの力で生み出されたとされる森である。

 僕は、ウバメの森にある、セレビィの祠の前で祈りを捧げ続けた。

 

 

 □月×日

 

 やった、やった、やった!

 ついにやったぞ!

 1か月ほど、毎日かかさずウバメの森に通い、祠の前で祈り続けた。

 土砂降りの雨が降った日も、雨に濡れながら何時間も祈る。

 ある朝、森を訪れると、まばゆい光を放ったなにかが祠の前にいた。

 

 セレビィだった。

 

「君の力を貸してほしいんだ」

 

 姿を表してくれたセレビィにそう頼んだ。

 僕の熱心な祈りのおかげか、気まぐれなのか、セレビィはうなずいた。

 

 明日、僕は準備を整えて、過去の時間軸に飛ぶ。

 転送先は、ラジオ塔襲撃事件の時間軸。サカキが潜伏しているチャンピオンロードの奥地。

 そこでやつを倒す。

 

 

 これは、僕のやるべきことなのだ。

 いやだ。

 サカキが戻ったのは僕のせいだ。

 こわい。

 僕が原作通りに役割を果たさなかったせいだ。

 つらい。

 だから僕がやらなくちゃならないんだ。

 やりたくない。

 

 

 

 □月□日

 

 失敗した失敗した失敗した僕は出来損ない出来損ない出来損ない

 

 僕はサカキに敗れた。

 なんで?

 相手の手持ちポケモンはこちらが把握していた。

 実力もこちらが一枚上手だった。

 勝てる勝負だった。

 いや、勝たなければならない勝負だった。

 

 なのに、負けた。

 

「もったいない、君はひどく消耗しているようだ。万全ならば、結果は違ったかもしれないな」

 

 サカキはそう言ったあと、僕にこう告げた。

 

「一目見てわかる。君は苦しんでいるようだ」

 

 またこの男も同じようなことを言うのか、と思った。

 

「君ほどのポケモントレーナーはそうそういまい。幹部の座を用意しよう。私と共に理想の悪の帝国を築こう」

 

 サカキが勧誘の言葉を発したが、僕は拒否した。

 その直後戦いの疲労で、めのまえがまっくらになる。

 そして気が付くとウバメの森に戻っていた。

 セレビィは姿を消していた。

 もう過去をやり直す術はない。

 

 僕は失敗したのだ。

 

 ごめんよ、ヒビキ。

 

 

 □月▲日

 

 今日、あらためてカントーリーグに再挑戦した。

 そして四天王たちは苦戦しつつも、全員突破した。

 各地の大会に参加し、勝負の腕を磨いたおかげだろう。

 

 僕はようやく、チャンピオンワタルと試合をおこなった。

 しかし相手の手持ちを3匹戦闘不能まで追い詰めたが、最終的にはこちらが破れた。

 

 僕の中で何かが折れた音がした。

 ワカバタウンから旅に出て、今日でちょうど2年目を迎えた。

 

 

 □月×日

 

 今日、僕は夢を見た。

 前世の頃の記憶だ。

 

 前世の僕は、弱い人間だった。

 見た目もひ弱そうで、体力もなく、さらには不治の病を患っている。

 そんな僕を両親は見捨てた。助けてくれる人も周囲にいなかった。

 だから僕は手段を選ばなかった。

 

 だまして、誰かの大切なものを奪う。誰かに罪をなすりつける。多くの人を利用し、搾取して、心も体も傷つけた。

 

 環境が悪い。運が悪い。身を守るために仕方がなかった。

 いくら言い訳をならべても、自分の犯した罪は消えない。

 だから1度目の人生の最後、自分は地獄に落ちるのだろうと確信していた。

 

 しかし僕は地獄に落ちるどころか、ヒビキの体に憑依して、2度目の人生を得てしまった。

 きっとヒビキという肉体の持ち主は、心優しい、あるいは熱い心を持った、主人公のようなやつだったのだろう。

 

 自分のような罪を犯した人間が、彼が送るはずだった幸福な人生を代わりに享受しているのだ。

 

 文章に書きだすだけで、吐き気がする。

 だけど気持ちを整理するために、これが最善の方法なのだろう。

 

 この世界に生まれてから、ずっと心の奥に罪悪感がくすぶっている。

 

 

 役割を果たせ。

 

 

 心の声がずっとささやいてくる。

 主人公としての人生を生きろと。

 だけどもう嫌だ。

 普通の人生を送りたかっただけなのに。

 

 

 ■月●日

 

 僕はシロガネ山に引き籠った。

 シロガネ山はチャンピオンリーグを突破した者以外、立ち入ることを禁じられている。

 たまたまシロガネ山への抜け道を発見した僕は、そこから侵入し、山頂で野生のポケモンと戦い続けた。

 

 現実逃避だ。

 

 心の中に、自分が2人いて、それぞれ叫び声をあげる。

 

「普通の人生を送りたい」

 

「主人公として世界を救い、チャンピオンにならなければならない」

 

 僕は立ち止まることしかできない。

 

 1年ほどたった頃である。

 コトネちゃんがやってきた。

 またちょっとすると、シルバー君もやってきた。

 ときどきレッドさんと出くわすこともあった。

 

 みんな「山から下りた方がいい」と言っている。

 けど僕は、現実と向き合うのが怖くて、シロガネ山から降りられない。

 

 

 ■月×日

 

 気が付くと、僕は山の麓にあるロッジの中で目を覚ました。

 山頂付近で倒れていた僕を、ちょうど登頂してきたコトネちゃんとシルバー君の二人が見つけ、ここまで運んできたらしい。

 

 

 役割を果たせ。

 

 

 また声がささやいてきた。

 けど、体が動かなかった。心も無気力だった。

 何もする気がおきなかった。

 

 ワカバタウンの実家に戻ろうと思った。

 

 

 ■月×日

 

 実家に戻ったら、玄関でかあさんが待っていた。

 かあさんは何も言わず、僕を抱きしめる。

 僕はその場でこらえきれなくなって、崩れ落ちて、子供のように泣いた。

 

 3年ぶりの帰郷だった。

 

 

 ◇月〇日

 

 心の療養のために、かあさんと一緒にワカバタウンから引っ越すことになった。

 引っ越し先はアサギシティだ。

 そこは穏やかな海辺の町である。

 ジョウト地方をめぐったときに、一番好きになった町だ。

 

 きっとあそこなら、僕は穏やかに過ごせるはずだ。

 

 

 

 ×月×日

 

 

 アサギシティに引っ越してきてから、かつてとは打って変わって、静かな毎日を過ごしている。

 静か……というより怠惰だ。

 今日も一日、だらだらとテレビを見ていた。

 取り貯めしていたカロス地方のテレビの特集番組を見た。

 

『キズナ現象!? その謎に迫る!?』

 

 そういえば……この世界ってゲッコウガ以外のポケモンでキズナ変化を起こせるのだろうか?

 まあいいや。

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 僕はため息をつきながら、自分の綴った日記を閉じた。

 それから机の引き出しの奥へしまう。

 手持ちポケモンが入ったモンスターボールを腰のホルスターに装着する。

 カバンを背負い、窓から外の様子をうかがう。

 

 まだ夜明けから、1時間も過ぎていない。

 今から出発すれば、半日で終わりそうかな?

 今日の夕方までに戻ってきたいしね。

 

 自室の外へ出ていこうとした。

 

『どこに行くつもりだ、主よ。この時間帯はいつも就寝中のはずだ』

 

 机の上に、ルギアの入ったモンスターボールがひとつ置いてある。

 ころんと揺れたあとに、テレパシーが届いた。

 

「これからお出かけするんだ」

『私も連れていけ、何かあったときにお前の身を守れない』

「だめだよ。昨晩のお祭りと同じ。君がいたら、色々面倒なことになるんだ」

『……承諾した』

「じゃあ、行ってくるね」

 

 部屋から出る直前、僕はルギアの方へ振り返った。

 

「ねえ、ルギア」

『なんだ?』

「今日の夜には、君を祭りに連れていきたいんだ」

 

 昨日の夜、祭りの終わりにミカンちゃんに言ったのだ。

 祭りの2日目に、ルギアを連れてくると。

 そしてルギアに祭りの光景を見せようと。

 

「だから今日の夕方までには戻ってくるね。約束だよ」

 

 ああ、約束だ。

 だから、今晩の祭りまでに全部終わらせてくる。

 過去を清算するために、そしてこれまでとこれからの日常を守るために。

 

 

 ★

 

 

 僕は、昨日の夜のことを思い返した。

 

『改めて尋ねよう。ポケモントレーナー、ヒビキ。我々ロケット団の一員とならないか。君にふさわしい席をすでに用意している』

 

 突然、こちらに接触してきたサカキが僕を勧誘してきた。

 それに対して、僕はこう返した。

 

『こちらこそ、ぜひよろしくお願いします』

 

 と、堂々と頭を下げて。

 サカキは予想外だったのか、少し驚いたような表情を作ったあと、満足そうに去っていった。

 帰り際、サカキは僕にアジトの場所を教えてくれたのだ。

 そんなわけで、一晩明けたあと、僕はロケット団のアジトへ向かった。

 

 ん? 今日からロケット団員して生きていくのかだって?

 そんなわけないじゃん。

 だって一言も、『ロケット団に入る』とは言っていない。

 ただ、『よろしくお願いします』と発言しただけ。

 

 つまりこれから本部にカチコミさせてもらうから、宣戦布告したのである。

 まぁ、向こうは自分たちの元へ下ったのだと誤解しているようだけど。

 

 

 

 

 僕が向かった場所。

 そこは以前、アカリちゃんを捜索した、アサギシティの付近にある森の中だった。

 アジトの場所に到着する。

 そこは、ロケット団員たちが立てこもっていた、あの掘っ立て小屋だった。

 

 僕は小屋の中に入る。

 それから屋内の端っこに移動し、僕はしゃがみこむ。

 ほこりだらけの床に目をこらすと、木目同士に隙間がある。

 

 僕は隙間に手を差し込み、内部に隠されたスイッチを作動させた。

 するとガラガラとからくり音がして、部屋の中央の床がスライドして、隠し階段が露わになる。

 

「灯台下暗しってのは、まさにこのことだね」

 

 そもそも、なぜ連中があの掘っ立て小屋に立てこもっていたのか。

 そしてどうして森の中に大勢のロケット団員がいたのか。

 考えれば、すぐに分かることだ。

 

 まさかこのぼろ小屋の地下に、ロケット団の本拠地が隠されていたとは。

 警察は、アジトの存在に気づいていない。

 だが、それはこちらにも都合がいい。

 

 僕ひとりで終わらせたかったから。

 

 隠し階段は、地下深くまで続いていた。

 何分も歩きつづけて、ようやく隠されたアジトに踏み入る。

 

「お待たせしておりました。サカキ様がお待ちです」

 

 アジトの入り口である大広間には、数人の団員が出迎えていた。

 

「うん、そうだね。待たせちゃうかも」

 

 僕は淡々と告げたあと、モンスターボールを取り出し、隠していた敵意を解放した。

 

「────その前に、君たち全員を倒さないといけないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩く。

 奴がいるであろう部屋へ向かうため、ひたすらに長い廊下を歩く。

 

 廊下には、倒れこんだ団員たちと、戦闘不能になったポケモンがそこらじゅうに転がっている。

 ああ、久しぶりに苦戦した。

 けど、これからの勝負に備えて、ちょうどいいウォーミングアップになったかな?

 

 そして僕は、廊下の行き止まりにあるドアを開いた。

 部屋の中は、黒一色で統一された場所だった。

 中央には、対戦用のバトルコートが設置されている。

 

 ……なるほど、やつは僕が仕掛けてくることを想定していたわけか。

 

 ぱちぱち、と拍手の音が聞こえた。

 

「まさかここまでのトレーナーだったと予想してはいなかった。団員たちと、幹部全員を撃破したとはね……」

「いやいや、アンタのところの幹部さん、律儀に一人ずつ勝負をしかけてくるから、楽に処理できたよ」

 

 部屋の中央にある椅子に、サカキが座っていた。

 僕は殺意をこめて、サカキをにらみつける。

 

「ルギアは連れてきていないのかね?」

「ああ、僕ひとりで片をつけることだから」

「くっくっ、そうか、それはこちらとしても都合がいい」

「終わりだ。お前の野望もお前の組織も、跡形もなく、僕が破壊してやる」

「以前会った時とは大違いだな」

「……そうだね、ようやく過去が清算できそうだから。それに約束もしちゃったし」

 

 サカキは椅子から立ち上がり、バトルコートへ移動する。

 僕も部屋の中心にある、コートへ進む。

 おたがいに、これから何をするのか理解していた。

 

「サカキ、あんたは昨晩、こう言っていた。『ミュウツーは現在調整中で、しばらくは使用できない』と」

 

 サカキがミュウツーを所持していたら、確実に僕の手持ちでは勝利できない。

 もちろんルギアを使用すれば、話は別だ。

 だが、ルギアを戦わせるのは、論外。

 

 これは、僕が終わらせるべき戦いなんだ。

 

「……そうだ。けれどミュウツーなしでも十分だ」

 

 サカキは不敵な笑みを浮かべる。

 

「なにせ、君は私に一度負けているからね」

「勝負しろ、サカキ。僕が勝てば、あんたはロケット団を解散。あんたが勝てば、僕があんたの元につく」

「いいだろう、もう一度、君を打ち負かしてやる」

 

 これは過去を清算するための戦いだ。

 そして、これからの未来を守るための戦いだ。

 

 

 

 

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