室内は、激闘の余波でぐちゃぐちゃだった。
壁や天井や床には、傷や穴がそこらじゅうにできている。
「ペルシアン、かみくだくだ!」
「……ギャラドス、ハイドロポンプ」
ペルシアンがコートをジグザグに駆けずり、ギャラドスの喉元に迫る。
だが、その軌道を読み切ったギャラドスが、至近距離でペルシアンにハイドロポンプを直撃させる。
コートの床をえぐり取るような水圧に弾き飛ばされて、ペルシアンは倒れたまま動かなくなった。
「……お前は務めを果たした、さがれ、ペルシアン」
ペルシアンを倒して……奴の手持ちはあと1匹だけ。
こちらは、体力を半分残したギャラドスとメガニウムの二匹。
「ふふ、残り1匹、さあ、どう巻き返そうかな?」
「降参しろ。サカキ」
サカキとの勝負は、お互いの実力は拮抗しつつも、常にこちらが優位な状況で進んでいる。
奇妙だった。
前回、やつと戦ったとき、僕は負けたのだ。
今の僕は、ポケモン勝負のブランクがあるから、かつての僕より、試合の集中力も判断力もさび付いているはずなのに。
「以前戦った君より、今の君の方が強い」
「それがどうしたんだ?」
「かつての君を見た時……私は今の消えてしまいそうな灰のように思えた」
「……」
「だが、今の君はまるで修羅だ」
修羅……。
そうかもしれない。
昔、奴と戦った僕は磨耗していた。
心の中でもうやめたいという感情と、義務を果たさなければならないという強迫観念がせめぎあっていた。
けど、今の僕は覚悟を決めて、ここに来たのだ。
「サカキ……アンタはもうおしまいだ」
「おしまいか。たしかにこの勝負はいずれ終わるだろう」
妙だ……。
試合が始まる前から、奴の態度は変わらない。
こちらが試合を優位に運んでも、やつは常にどこか余裕がある。
……いや、待て。なにかおかしい。
奴は僕を待ち構えていた。それもわざわざ勝負の場まで設けてだ。
僕はルギアを所持している。
奴は僕が襲撃をしかけてくると予測していたのならば、こちらがルギアを使うと想定しないはずがない。
ルギアであれば、サカキのポケモンなど赤子の手をひねるように倒せるだろう。
……現在、使用不可能なミュウツーを除いて。
――――『ミュウツーの調整はまだ済んでいないから、ルギアの捕獲を延期したのだが……まさか君に先を越されるとは』
最悪だ。
「ミュウツーは使用できない……そういえば君にはそう言ったかね」
サカキは、くつくつと笑いながら、紫色のボールを取り出す。
呪った。
少しでも冷静になれば、やつの言葉の罠に引っかかることはなかったはずだ。
「あれは嘘だ」
サカキはマスターボールを投げる。
マスターボールから、まるで宇宙人のような、紫色の二足歩行の人型ポケモンが姿をあらわす。
「ヒビキ君、大人として一つ教えておこう。勝負とはすでにコートに入る前から始まっているのだよ」
僕は、初めから仕掛けられていた奴の勝負に負けたのだ。
「この勝負は、いずれ決する。ミュウツーが私に勝利をもたらすのだ」
ミュウツーがコートに降り立った途端、空気が一変した。
息がつまる。手足が硬直する。口がうまく開けない。
ギャラドスも、ミュウツーを前に、先ほどまでむき出しだった戦意が、恐怖へ塗り替えられていっているようだ。
目の前にいるのは、ルギアと同格の伝説のポケモン。この世界における天井の存在だ。
「ギャラドス! なみのり!」
「ミュウツー、はかいこうせん」
ミュウツーのはかいこうせんは、ギャラドスのなみのりを消し去り、そのままギャラドスをコート外まで吹っ飛ばす。
砂煙が消えると、そこには壁に空いた大きな穴と、横たわるギャラドスの姿があった。
「ごめんよ、ギャラドス」
もはや勝負にすらならない。
ミュウツーの攻撃は、速度も破壊力もなにかもが規格外だった。
「降参するかね? ヒビキ君」
戦闘不能となったギャラドスを戻し、僕は最後のモンスターボールを手にする。
じわじわと、自分の心を絶望が覆っていく。
「頼んだよ、メガニウム」
メガニウムが守りに徹しても、ミュウツー相手に1分持つかどうかすら怪しい。
けど僕は勝負を放棄するつもりもない。
降参なんてもってのほかだ。
だから最後まで、みっともなく抗うだけなのだ。
僕は、目を閉じる。
今頃、ルギアはあれを読んでいる頃だろう。
何かあったときのために、あれを残しておいて良かった。
なら、これでいい。
★
むかし、あるところに一匹のポケモンがいた。
ポケモンは、物心がついたときから、自分は海の底にいることに気がついた。
(寂しい。ここから出なければ)
孤独が嫌でたまらなくて、ポケモンは海の底から抜け出し、天高く空へ飛びあがった。
ポケモンは強大な力を持っていた。
どんな荒れ狂う海だって、翼を羽ばたかせたら、あっという間に鎮められる。
いつしかそんなポケモンの元へ人間たちが集まってくる。
人間たちはその強大な力に崇拝し、『ルギア』と名付け、海の神様だと祭り上げた。
「お前は強い存在だ。だからお前を捕まえて使役すれば、どんな国と戦争しても勝てる」
ある時、外の人間がやってきてこう言った。
外の人間たちは、ルギアと仲良くしていた人間たちの村を滅ぼして、ルギアの元へやってきたのだ。
ルギアは襲ってきた外の人間たちを、返り討ちにした。
「……人間はたくさんいる。だから悪い者がいるのは仕方がないことだ」
自分は運が悪かった。ルギアはそう思った。
それからルギアは別の場所へ向かい、そこで移り住むことにする。
そこでも人々はルギアを信仰し、彼らの祈りを聞き、こたえつづけた。
「人間にも良い者がいる。あのような者たちはごく一部だけだ」
それから何度も人間に裏切られ、利用され、捕獲しようと襲われた。
そのたびに周囲は傷つき、ルギアの心に傷が刻まれていった。
「もう人間を信じられない」
疲れ果てたルギアは、人間が寄り付かない、絶海の孤島へ閉じこもる。
────寂しい。
その気持ちは、時間が経つにつれて、強まっていく。
それでもルギアは、そこから出ない。
自分はもう人間とは一切関わらないと決めたのだ。
そう思えば思うほど、ルギアは寂しさを堪えきれなくなって────。
ある嵐の夜。
我慢できなくなったルギアは住処を出た。
すると突然、ルギアは背後から奇襲を受ける。
敵は、紫色の人型ポケモンだった。
激闘の末に、どうにか相手を退けることはできたが、代償として、ルギアは重傷を負ってしまったのだ。
自分の巣に戻ったルギアは、その場で倒れこんだ。
───嫌だ。
自分は孤独なままで死ぬだろう。
胸の中が空っぽになり、海鳴りが遠のいていく。
かつかつ、と足音が聞こえた。
誰だろう、とルギアは思って、足音がした方向へ顔を向ける。
「大丈夫、僕は君を傷付けない。だから攻撃しないで」
そこでひとりの人間と出会った。
「痛むかもしれないけど、我慢して」
どうせ、この人間も自分を裏切り、利用しようとしてくるだろう。
「たぶん、何も食べていないよね? 食べなよ」
なぜだ?
「翼を触ってもいい?」
なぜ、この人間は自分を捕まえようとしない?
「一度でもこうしてみたかったんだ」
強大な力を持つ自分に、なんの見返りも求めない?
全部建前だったのかもしれない。
『今ここで、誓おう。お前がその生涯を終えるまで、私はお前に付き従う』
きっとそれは、一匹になるのが嫌で、だから恩返しなんていう体裁でそう言い放っただけなのだ。
★
ヒビキの自室。
その机の上に置かれているモンスターボール。それがころんと揺れた。
『嫌な胸騒ぎがする』
ボールに格納されているルギアは、そうつぶやいた。
違和感が拭えなかった。
夜明けになって、主であるヒビキが突然、自分を置いて外出したのだ。
『ううむ……』
その日、ルギアはうなり声をあげつつ、主のいない時間を過ごした。
そうして半日が経った。
『まだ戻ってこない……だと』
もうじき日が暮れる頃だ。
主はルギアに約束した。『夕方には戻ってくる。祭りに一緒に行こう』と。
『少々腹が減ったな……』
気を紛らわせるため、あとお腹を満たそうと、ルギアは食事をとることにした。
ルギアは念力の力を器用に操り、自分が入ったボールを空中に持ち上げる。
さらに部屋の隅に置かれてある『ルギアのごはん』と張り紙がはられたポフィンの箱も、浮遊させる。
それから念力で部屋の窓を開ける。
そうしてルギアが入ったモンスターボールと、ポフィンが入った箱は、ぷかぷかと宙を舞い、窓を外へ出ていった。
ルギアが向かったのは、人目がつかない雑木林の中。
主であるヒビキが、ルギアに餌をやるときは、いつもここでルギアを外に出す。
自分の存在が他者に露見しないように、とヒビキによく言われているからだ。
『……なんだこれは?』
モンスターボールから外に出たルギアが、よだれを垂らしながら、好物であるポフィンが入った箱に視線を移す。
そこで、箱の中に封筒が一通入っていることに気づく。
<ルギアへ、夕飯を食べ終えたら、この封筒を開けて読んでくれ>
封筒にはそう記されていた。
ルギアは、最近、人間の文字を学び始めていたので、ある程度読むことができる。
ポフィンを食べて腹がいっぱいになったあと、ルギアは念力を使い封筒を開ける。
封筒の中には、一枚の紙が入っていた。
────────────────────────────────────
『この手紙を読んだということは、日が暮れて、もうじき夜が訪れる頃だろう。
今の君はきっと食事を終えて、満腹って感じだと予想している。
予想は的中しているかな?
今回は奮発して、結構、値段のはるものを取り寄せてみたんだ。しかもいつもより2倍の量だ。
だって、これが最後になるかもしれないからね。
僕は、全てに片をつけにいくことにした。
だから君を置いて、1人で戦いにいった。
相手は危険なやつらだ。
以前、森で僕らを襲ってきたロケット団という連中だ。
君を襲い、ひんしのケガを負わせたのも、連中のボスだ。
本来なら、奴らはこの世界からすでに消滅している存在なんだ。
僕が過去に失敗したから……いいや、責任から逃げたから。
その失敗が、奴らをのさばらせて、結果として奴らは君を傷つけた。
間接的に君が死にかけたのは、僕のせいでもあるんだ。
だから君は僕に恩を感じる必要はない。
自分の命を差し出すとかもう思わないでくれ。
君に聞きたかったことがあったんだ。
君は、僕と一緒に過ごして、人間を信じられただろうか?
たしかに、人間は醜くて、救いようもない存在なのかもしれない。
昔の僕はそうだった。
まさに君が嫌うような、他人を利用して、傷つけて、陥れて、そんなことばかりしていたクズ。
あのロケット団のやつらと同じような人間さ。
だから、ひんしだった君を助けたのは、救いようのない昔の自分に対する贖罪だったのかもしれない。
けど、いつか君が人間を信じられるようになってほしい。
そう思うのは、傲慢なのかな?
最後に、これからトレーナーとして、君に命令する。
もし夜になっても、僕が戻ってこなければ逃げてくれ。
この町から、ジョウト地方から離れて、海を越えて、どこか遠くに。
パルデア地方とか、カロス地方とかもいいかもね。
──────────────────────────────────
手紙を読み終えたルギアは、翼を広げて、空を飛んだ。
そして目的の人物を探し、アサギシティの上空を駆け抜ける。
町の住民たちが、空を飛ぶルギアを目撃したせいか、なにやら大騒ぎになっているようだ。
ルギアが向かった先は、アサギシティのジム施設。
ちょうど目的の人物がジムの出口から現れる。ルギアは地面に急降下して、その人物に詰め寄る。
「ふえっ、ルギア?」
『応えよ、我が主の友よ』
「どうしたのですか? ヒビキ君は一緒じゃないの?」
『ミカンよ、お前が主と友であるというのならば、力を貸せ』
人間は信用できない。今でもそう思っている。
だが、この世界にいる無数の人間たち全員が、悪人というわけではない。
たとえば、自分の命の恩人であり、主であるヒビキはそうなのか?
断じて違う。
このミカンというヒビキの友人も悪人なのか?
おそらく……違う。
『主の元へ行く。背中に乗れ』
自分でも本当は薄々わかっていた。
人間はすべて愚かで救いようがないと決めつけることで、ただ自分の心を守っていただけなのだ。
★
「ごめんよ、メガニウム……」
僕の目の前には、戦闘不能になったメガニウムが倒れていた。
正面を向けば、ミュウツーがプレッシャーを放ちながら、堂々と佇んでいる。
本当によく持ちこたえた。
まさかミュウツー相手に10分戦えたなんて。
役割を果たせ
ああ、うるさいな。
役割を果たせ
もう、こんなときに。久しぶりに聞いたよ。
役割を果たせ
わかった、わかった。ちょっと引っ込んでいてくれよ。
「私の勝ちだ。ヒビキ君」
サカキは、静かに宣告した。
「君が勝てば、ロケット団を解散。私が勝てば、君とルギアは我々の傘下にくだる。そういう約束だったかな?」
「そうだね、今日からあんたのお仲間だよ。ボス。……とりあえずロケット団って福利厚生はちゃんとしているよね? 有給は年間いくら取得できる? ボーナスは何か月分?」
今頃、ルギアは僕の手紙を読んでいるはずだ。
僕が敗北した以上、できることはひとつだけ。ルギアが無事逃げおおせるのを祈るのみ。
だからこうやって、ぺらぺら中身のない会話をして1秒でもルギアが逃げる時間を稼ぐ。
その瞬間だった。何か上の方でひしゃげる音がした。
何かがものすごい勢いで地下を突き破って、こちらに迫ってきているのだ。
「ほぉ……」
サカキは心底楽しそうに、口元を歪めて笑う。
おいおい、嘘だろ。
やめてくれよ。手紙を読んだはずだろ?
逃げろって伝えたはずだろ。
なのに……なんで。
やがて天井を、白い巨体が突き破る。
「どうしてだよ……ルギア」
僕の声は震えていた。
それは絶望のせいか、それとも嬉しさだったのか、自分でもよくわからなかった。
『会うのは二度目だな。紫色の戦士よ。貴様には一度深手をくらったが、次はない』
バトルコートの中央に、ルギアが降り立った。
ミュウツーは警戒心と戦意が混じった目で、ルギアを見ているようだった。
ルギアの背中には、ミカンちゃんが乗っていた。
ミカンちゃんは「よっこいしょ」とルギアから降りて、僕の元に近寄る。
それから、いきなり両手で、僕の頬をむぎゅっとおさえた。
「もうバカバカ! 本当に! どうしていつもみたいに私に相談してくれなかったんですか?」
ミカンちゃんのすべすべの両手が、ぎゅーと僕の頬を圧迫してくる。
ちょ、やめて。痛くはないけど。
「これはお仕置きです!! 勝手に一人で戦って! ルギアや私も心配させて! というかまずジョーイさんに通報してください!」
お仕置き、なのか?
むしろもっとしてほしい……。
いや、だんだん恥ずかしくなってきたし、これも一種のお仕置きか。
『主よ、お前ほど愚かな人間は出会ったことがない』
振り返ったルギアが僕に対して、そう言った。
『そして、お前はやはり清らかな心を持った人間だった』
「……違うよ、清らかなんてそんな」
生きのびるために、他人を利用し蹴落としつづけた前世を持つ自分が、そう呼ばれるのに値するはずがない。
「手紙は全部読んだよね。なら、僕が……過去にどんな人間だったのかも。僕はそういう人間なんだ」
必死で否定したくなった。
「君を傷つけた奴らと同等かそれ以上のことをして、自分のために生きてきたんだ」
それと同時に、僕がそんな醜い人間だと知られて、失望されるのも怖かった。
『そうかもな。お前は昔、私が忌み嫌うような人間だったのかもしれない。もし昔のお前が私と出会っていれば、お前を風で切り裂いていたかもしれん』
僕はうつむいた。ルギアの顔を見たくなかった。
『今はどうなんだ?』
「……え」
僕は顔をあげた。
『私に見返りを求めず、命を救ったのも。
私に家族について教えてくれたのも。
友人とは何かを教えてくれたのも。
力の使い方を教えてくれたのも。
ポケモン勝負が何かを教えてくれたのも……』
ルギアは僕を見ていた。ただ、まっすぐに。
『すべてお前自身のためだったのか?』
「……それは」
思わず、口を閉ざしてしまう。
『過去はそうだったのかもしれない。けれど、今はどうなんだ?』
その言葉が、波紋のように心の中で広がる。
『かつての私は、人間を愚かで救いようがないと思っていた。だから人間を信じないと誓った。いや、今でも人間を信じ切れない』
けれど、とルギアはつづけた。
『人間を信じてほしいとお前は言った。だから私はもう一度人間を信じたい』
驚きと同時に、なにか胸の中でこみあげる。
それは、いつか僕がルギアの口から言ってほしかった言葉だったから。
「話はもう十分済んだかな」
サカキがあくどい笑みを浮かべた。
「君たちの美しい友情に水を差すようだが、あいにく、私は部外者なのでね」
『口を閉じろ。それ以上汚らしい口でさえずるな』
ルギアは、翼をはためかせる。風が衝撃波と化し、サカキに襲いかかる。
「ミュウツー、守れ」
だがサカキは、平静さを失わず、命令。
サカキのすぐそばに移動したミュウツーが、手をかざす。
すると障壁が展開され、風の刃は防がれた。
『指示をくれ。主よ』
ルギアは僕にそう言ってくるが、どうすればいいのかわからなくて、動けなかった。
そうしていると、ミュウツーをサイコキネシスを繰り出す。
『私はお前のポケモンだ。なら、お前はなんだ?』
その時、かちり、と僕の頭が切り替わる。
「ルギア、反撃だ」
ルギアが、暴風を巻き起こし、ミュウツーの攻撃を相殺する。
「一緒にあいつらを倒すよ」
『承知した』
どうしてだろう、とずっと疑問に思っていた。
<役割を果たせ>
あの声がルギアといるときには、聞こえない。
だってそうだ。
ルギアにとって、一度目の罪を犯した僕も、主人公であるヒビキも、どうでもいいことなんだ。
ルギアは、何者でもない『パートナー』として僕を見てくれているのだ。
「サカキ様! お助けいたします!」
そうこうしていると、ロケット団員たちが部屋に押し入ってきた。
全員倒したと思っていたけれど、どうやら一部はまだ残っていたらしい。
「ハガネール! 食い止めて!!」
ミカンちゃんは、ハガネールを繰り出し、団員たちを足止めする。
「この人達の相手はわたしに任せておいてください! ヒビキ君は目の前の戦いに集中して!」
ミカンちゃんはハガネールに指示をだし、ロケット団員のポケモンたち相手に大立ち回りをする。
流石、ジムリーダーというべきか。
『戦場を変えよう。ここでは狭すぎる。主よ、背中に乗れ』
ルギアは顎をしゃくり、天井に空いた巨大な穴に視線をよこす。
地上からそのままこの地下室まで突き破ってきたのだろう。
僕はルギアの背中に乗った。ルギアは勢いつけて、天井の穴めがけて飛び上がる。
「面白い。外ならば、ミュウツーを思う存分暴れさせられる」
サカキも乗り気らしい。
ミュウツーに指示を出し、自分の体を空中浮遊させ、ミュウツーとともに、こちらをあと追ってくる。
そうして僕らと、サカキとミュウツーは地表まで飛び出した。
地面に降り立ったあと、おたがいに睨み合う。
「正真正銘、これで最後だ、ヒビキ君。私のミュウツーか、君のルギア。どちらが勝利するのか。ここで決めよう」
相対する二匹からプレッシャーが放たれ、まるで森全体の重力がかかったような空気に包まれる。
その影響で、周囲にいた野生ポケモンたちは、一斉に逃げ出した。
今なら、ここで好き勝手に暴れても、森で暮らすポケモンたちは巻き込まれないはずだ。
「ルギア、エアロブラスト!」
「ミュウツー、サイコキネシスだ!」
僕とサカキは同時に命令した。
ルギアはエアロブラストを射出。ミュウツーはサイコキネシスで迎撃。
二つの質量の塊が衝突し、その余波で大地がえぐれ、木々がふきとんでいく。
ぶつかった両者の攻撃は、ルギアの方が上回った。
サイコキネシスをのみこみ、膨大な風の奔流がミュウツーに迫る。
「ミュウツー、空中に逃げろ」
「ルギア、追撃だ」
ミュウツーは空中に飛び上がり、エアロブラストを回避。
ルギアもつづいて、空へ飛翔。
2匹のポケモンは空中戦を繰り広げる。互いに攻撃をし、回避しあう。
攻防が続くたびに、クレーターができたり、一面が吹っ飛ぶ。
これは伝説のポケモン同士の戦いだ。もはやトレーナー側の人間が戦いの場にいるだけで、死と隣り合わせ。
怖い、と思った。
けれどルギアが必死に戦っているのだから、自分が逃げるわけにはいかない。
空中戦をおこなう2匹を、じっと観察しつづける。
タイミングを見計らって、僕はこう命令する。
「ルギア、持っていた道具を相手にぶつけて」
ルギアはミュウツーに接近し、衝撃波をあびせる。
ミュウツーは念力でこれを防御した。
そして、その隙をついたルギアは口を開けて、ある物を吐き出した。
それは慣性の法則に従って落下し、ミュウツーの頭の上にぶつかる。
「なに……!」
ここで初めて、サカキは動揺した表情を見せた。
作成は大成功!
ミュウツーの体が、金縛りにあったように硬直しているのだ。
からんと僕のすぐ近くの地面に、ルギアが口から吐き出した物が落ちた。
それは、王冠のようなオブジェクト。
<おうじゃのしるし>。
道具の一種であり、所持した場合、攻撃わざを使った時に10%の確率で相手をひるませる。
そしてこれを相手に<なげつける>ことにより、相手をひるませるのだ。
「ルギア、エアロブラスト」
ひるんだミュウツーに対して、ルギアは至近距離でエアロブラストを喰らわせた。
ミュウツーはそのまま地面にたたき落とされた。
『流石だな、我が主よ』
「ううん、そっちこそ、即興だったのにナイスタイミング」
実は地表へ脱出する際中、とっさに僕はルギアへおうじゃのしるしを渡し、手短に作戦を伝えたのである。
エアロブラストにより、森に巨大なクレーターができていた。
そのど真ん中で、ミュウツーがよろよろと起き上がる。
「今の攻撃で相手の体力はかなり削れたけれど、まだ油断しないでね……」
『ああ、確実にとどめを刺す』
その時だった、サカキは厳格な声を発した。
「……私の元に来い、ミュウツー」
ミュウツーが飛翔し、サカキの傍に戻ってくる。僕もルギアをすぐに呼び戻した。
『どうした、人間? 降参する気にでもなったか? いまから泣いて悔い改めるのはどうだ?』
ルギアは、ダメージを負ったミュウツーとサカキを見下ろしながら、煽る。
「いいや、やはりポケモンの強さとは、トレーナーの存在があってこそだと、改めて気づかされただけだ」
「ならサカキ、あんたは僕たちに勝てない」
以前、サカキのミュウツーとルギアは交戦し、相打ちとなったらしい。
だが今回は違う。
僕がトレーナーとしてついて、ルギアのために戦術を練って、適切な指示を出す。
「そうかな、ならば私はトレーナーとして、ミュウツ―の力を完璧に引き出す!」
サカキは腕をまくった。
腕には、七色に光る石が埋め込まれたベルトが装着されていた。
あれは──―。
ぞわり、と悪寒が走った。
「ミュウツー、メガシンカだ」
サカキが身に着けているあれは『キーストーン』と呼ばれるもの。
それは特殊なエネルギーにより、ポケモンをメガシンカさせるアイテムだ。
キーストーンが発光し、共鳴したミュウツーの姿が変貌していく。
太い尻尾は消失し、体はよりシャープな形状になっていく。
それはミュウツーが持つポテンシャルを引き出すために、最適化された姿なのだろう。
「メガミュウツーY、お前の真の実力を見せてやれ」
サカキは、高らかにそう言い放った。
メガミュウツーは、ルギアに襲いかかる。
「ルギア!」
『主よ、気をつけろ、こいつはもはや別の存在だ』
まるで神速のような俊敏さで、ルギアへ肉薄し、メガミュウツーは近距離からはどうだんを打ち込む。
回避も防御もできず、ルギアは吹き飛ばされた。
すぐさま上空へ退避するルギア。メガミュウツーも追従する。
メガミュウツーは先ほどとは比べ物にならない速度で追いつき、サイコキネシスを撃ってくる。
「ルギア、エアロブラスト!」
僕の命令で、ルギアはエアロブラストを放つ。
相手のサイコキネシスとぶつかり、爆発が空中を覆う。
その黒煙を突っ切ったメガミュウツーが、目にもとまらぬ速度で移動する。
そのままルギアの背後を取ったメガミュウツーは、サイコキネシスを撃ちこんだ。
相手の速度にも、攻撃にも、まったく対応しきれない。
「ルギア!!」
直撃をうけたルギアは、バランスを崩し、墜落する。
僕は、ルギアの元へ駆けだす。
木々の隙間から、地面にうつぶせになっているルギアを見つけた。
『主よ』
「ルギア! ……かなりダメージを受けているみたいだね」
僕はルギアに近づきつつ、状態をたしかめる。
『奴は手ごわい。私を超える強さだ』
「ああ、そうさ。だから二人で協力して倒そう」
『だめだ、勝てない』
ルギアはどこか諦めたような表情だった。
『戦って理解した。奴の戦う力は、すべてにおいて私を凌駕している。もはやどんな策を講じても奴の速度と破壊力でねじ伏せられる……』
それからルギアは懇願するような口調でこう言う。
『逃げてくれ』
いったいなにを言っているんだ?
僕が愕然とした。それと同時に沸々と怒りが込みあがる。
「なんだよ、僕が先に『逃げろ』って君に命令したじゃないか。それなのに今度は君がそれを言うの?」
『やつらは私を捕まえれば満足するはずだ』
「絶対に嫌だ」
そうこうしているうちに、サカキとメガミュウツーが僕らの前に姿をあらわした。
「さあ、勝負はどうするのかな? ヒビキ君? 降参かな? そうしてくれるなら、こちらとしてもありがたいが……」
「お断りだ」
「そうか、ならば私が勝利する」
じりじりとメガミュウツーが距離を詰めてくる。
どうすればいい? 考えろ。
正攻法でも、メガミュウツーには勝てない。
いくら小細工を思いついても、勝機はなにひとつ見えてこない。
状況は絶望的だ。
僕は隣にいる、ルギアを見た。
傷だらけなのに、その瞳は、僕を案ずるような色をしている。
それから僕は、一歩ずつ距離を詰めてくるメガミュウツーを視界におさめる。
そして僕は、ふとこんな妄想をする。
もしルギアがメガシンカでもすれば、勝てるかもしれないな……。
はぁ、なにを考えているんだ? アホか?
くだらない妄想をしても状況は変わらないってのに。
ルギアはメガシンカするはずはないし、そもそも僕はメガシンカに必要なキーストーンも持っていないのだから。
その時だった、僕の頭の中で衝撃が走った。
僕はとっさに、サカキへこう尋ねる。
「あんたにとって、ポケモンはなんなんだ?」
「決まっている。野望を果たすための道具だ」
「なら、あんたにとってトレーナーは?」
「ポケモンという道具を管理し、所持する持ち主だ」
僕は転生者だ。ポケモンというゲーム……ひいてはコンテンツが好きだった。
ある知識が頭の中によぎる。
そしてその知識を知る者は、おそらくこの世界にほとんどいない。
「じゃあ、あんたとは一生分かり合えない。僕にとって、ポケモンは、ルギアは、大切な親友で家族だから」
少し前に、とあるテレビ番組の特集を見たことがある。
もしそれが、この世界で実現するのならば……。
僕は、
僕はルギアにこう告げる。
「ルギア、今から目を閉じてくれ」
『なに?』
「いいから」
正気の沙汰ではない。
敵がいる前で、目を閉じるなんて戦いを放棄したも同然の行為だ。
だが、ルギアは従ってくれた。
ルギアが目を閉じたあと、僕も目をしっかりつむる。
視界がまっくらになる。
神経を研ぎ澄ませると、すぐそばにルギアがいることを感じる。
────『お前がその生涯を終えるまで、私はお前に付き従う』
────『僕のポケモンになってくれないか?』
ぱちり、と何かが接続したような感触がする。
目を閉じたまま、僕はルギアにたずねた。
「僕を信じてくれる?」
『……何を今さら』
「今この瞬間、僕は、僕の全部を君に預けるよ」
────『母さんの悪口を言ったよね。訂正してほしい』
────『母さんとは、あの人間の女のことか?』
最初は、君がどんな奴のなのか理解できなくて、困ったものだ。
────『つまり貴様と主は番であるということなのか?』
――――『ふぇっ!?』
ミカンちゃんと僕を勝手に番認定するし。
────『ポケモン勝負とやらをこの目で見届けて構わないか?』
ポケモン勝負を物騒な殺し合いだと誤解するし……。
ああ、全く本当に……楽しかったな。
ばちぱち、と自分がもっと深く別の生き物と繋がっていく感触を覚える。
ルギアは戸惑ったような声を出す。
『主よ、これはなんだ?』
「僕と同じように、君も僕に全部を預けてくれる?」
『初めてからそのつもりだ』
「ありがとうね」
ありがとう。
それはいったいなにを指して言った言葉なのか。
ばちり、とさらに奥へ自分が別の存在へ潜っていく。
ああ、わかった。
自分にとってこの半年間は、宝石のような大切な思い出だった。
僕は、君に救われていたんだ。
ばちばち、と何度も脳裏で火花が散った。
その瞬間、僕の意識がルギアとまるでシンクロしたような感覚に陥る。
最初に流れ込んできたのは、激痛だった。
思わず、その場で叫んでうずくまりたくなるほどの。
君は戦いの最中に、これほどの痛みを耐えていたのか?
そして次に流れ込んできたのは、たったひとつの感情。
お前を救いにきた。逃げてくれ。
僕の頬を涙がつたった。
目を見開き、隣にいるルギアを眺める。
『主よ……』
ルギアの体が変化していく。
ヒレのような翼に、胴体に、黄と黒の模様が入り混じった交差線が現れる。
右目と左目を覆う藍色の体毛が、それぞれ黄色と黒色に染めあがる。
それは、僕のトレードマークである、黒と黄色の帽子から影響されたものだろう。
ルギアから莫大なエネルギーがあふれる。
それは、こちらに詰め寄るメガミュウツーを後ずさりさせるほどだった。
サカキは感嘆したような声を出す。
「バカな、ルギアはフォルムチェンジをするのか……? いや、あれは違う……!」
────キズナ現象。
それは、トレーナーとポケモンの絆によって発動する現象。
これによりポケモンは、メガシンカに匹敵するほどの、ポテンシャルの限界を超えた能力を得る。
僕は、奇跡が起きる可能性に賭けた。
人間とポケモンの絆が生み出す奇跡に。
そして、僕は賭けに勝った。
「終わりにしよう、ルギア。エアロブラスト」
ありがとう、僕と出会ってくれて。
君は恩返しだっていうけれど、本当は僕の方が返すべき恩がいっぱいあるんだ。
「メガミュウツー、はかいこうせん!」
最近、美味しそうな新商品のポフィンをネット販売で見つけたんだ。
だからね、この戦いが終わったら、君と一緒に食べよう。
僕とサカキは命令をくだす。
キズナ変化したルギアとメガミュウツーが、それぞれ同時に、最大火力の技をぶつけあう。
そして、この一撃で戦いは決した。
技の衝突で周囲は吹き飛び、瓦礫の山と化した。
地面に伏せていた僕は、更地になった戦場で向かい合う2匹をみとめる。
ふらりと、2匹のうち、1匹が倒れる。
倒れたのは、ミュウツーだった。
メガシンカが解除され、元の姿に戻ったミュウツーは戦闘不能となり動かなくなった。
「ミュウツー……」
サカキの呆然としたような声がこだまする。
戦いの緊張がほつれたのか、ルギアはきずな変化を解き、普通の姿になる。
それからルギアはよろよろとこちらへ近づいてきた。
「どうだった、変な感じだったでしょ?」
『……また返さねばならない恩が増えたな』
「お互いに返す恩がたくさんできたね……ありがとう、僕を信じてくれて」
戦いで限界を迎えたのだろう。ルギアは僕にのしかかってくる。
「ちょっ、やめて、圧死するから」
巨体に押しつぶされて、ふかふかな体毛に包まれて、身動きがとれない。
どうにか顔を出して息をすることができた。
視界に、サカキの姿がうつる。
奴は残念そうな表情を浮かべていた。
「キズナ現象か……。所詮は伝承にすぎないと思っていたが、まさか君のルギアが発現させるとは」
けれど、どこか納得したようにも見えた。
「思えば、私の敗因はこれだったのかもしれない……。私はポケモンを道具として見ていた。しかし、君も、そして赤い帽子のあの少年も、ポケモンをパートナーとしてみていた」
サカキはどこか切なげにつぶやく。
自分が二度敗れた理由と、己の野望の終わりを、ここでようやく悟ったのか。
その後、ジョーイさん筆頭に警察が、ロケット団のアジトに押し入り、次々と団員たちを検挙していく。
そこにミカンちゃんが加わり、現場はまさに鬼に金棒の状態。
サカキを含めロケットの中枢である幹部は全員逮捕され、この日、ロケット団という組織は瓦解した。
過去の因縁とようやく決別することができた。
そして、僕はこれから約束を果たす。
ルギアに祈りをささげる、2日目の祭りが訪れた。