「あ、コトネちゃん、久しぶり。え? 急に連絡してきてどうしたのって……」
「色々と自分の中で区切りがついたんだ。今どこにいるの……?」
「え? アサギシティの近くにいるの? じゃあもしよかったらさ……」
「ん? シルバー君、もしかして忙しいところだった?」
「話くらい聞いてやるって? じゃあもういいや……」
「え? ちょっと待てだって? わかったよ、今どこにいるの?」
「キキョウシティ!? ちょっと時間がかかっちゃうかもしれないけど……」
祭りの2日目。その日の夜は満月だった。
真っ暗な夜空に花火が次々と撃ちあがる。
『ふん、あれも人間の余興か。奇特なものを考え付いたものだ』
「花火っていうんだ」
『まあどんなものかくらいは覚えておくか』
僕は手の平にモンスターボールを乗せている。
そのモンスターボールはもちろん、ルギアが入ったものである。
祭りの会場にやってきた僕たちは、中央の広場で、祭りの光景をながめながら、待ち人のために時間を潰していた。
「あ! 見つけました! おーい!」
振り返ると、浴衣姿のミカンちゃんがこちらに駆け寄ってくる。
「わ、ミカンちゃん……」
今日も浴衣が似合っている!
そう口にしようとしたけれど、喉元でひっこんだ。
さらに背後から、2人の人物の姿が現れた。
思わず懐かしさがこみ上げる。
「久しぶり……ふたりとも」
ひとりは、リボン付きの白い帽子を被った茶髪の女の子。
もうひとりは、ぶっきらぼうな顔つきの赤髪の少年。
「ヒビキ君、元気にしていた」
「うん、コトネちゃん」
「おい、久しぶりにツラを見たが、多少はマシな顔つきに戻っていやがるな」
「……シルバー君、罵倒しているのかな?」
僕の親友たちだ。
アサギシティに引っ越してきてから、もうずっと会っていなかった。
連絡も取っていなかった。
当時の僕はひどい状態だったから、引っ越し後も、向こうが気を遣って距離を置いてくれていたのだろう。
本当に、迷惑をかけた。
「みんな揃ったことだし、行こうか」
僕ら4人は、露天が並ぶ人通りの中を歩き出した。
「そうだね、まず何から話そう……じゃあまず、ルギアを捕まえた話からしようか」
「はぁ!?」
シルバー君は、心底驚いたような声を出す。
「なにそれ、聞きたい!」
コトネちゃんは目をキラキラ輝かせて、興味津々なようす。
「私も、もう一度、聞いてみたいです」
ミカンちゃんは穏やかにうなずいてそう言った。
あれから4人に、僕とルギアのことを話した。
その直後、ボールに入っていたルギアがこう言いだしたのだ。
『主の友を紹介してくれないか?』と。
『お前たちは、我が主の友なのだろう。私の名前は……ルギアと人間たちは呼んでいる。だからそうなのだろう』
「へえー、びっくりした。人間の言葉をしゃべるポケモンがいるなんて……」
『コトネ、といったか。私以外にポケモンは喋る者はいないのか?』
「うーん、喋るニャースがいるってどこかで聞いたことがあるくらいかなぁ」
人混みから少し離れたベンチに移動する。
ベンチの上で、モンスターボールに入ったルギアが思念を飛ばす。
コトネちゃんはすっかりルギアに夢中なのか、ベンチの前で座り込んでいる。
そして少し離れたところからシルバー君が腕を組んで、木にもたれかかっていた。
なにかっこつけてんだい。
『おい、そこの赤い髪の人間よ』
ルギアは、シルバー君に話しかけた。
「なんだよ?」
『なぜわざわざ、離れた位置にいる?』
「別に興味はないさ。クソオヤジと違って、伝説のポケモンに目がくらんだりしねえからな」
『そうか、では好きにするがいい』
そうして僕とミカンちゃんとコトネちゃん、ルギアの3人と1匹で大いに盛り上がっていた。
「……」
シルバー君は静かに聞いていた。
てっきり単独行動で、一人で店をまわったり、余興のポケモン勝負に参加しそうなんだけど……。
話がひと段落したあと、僕はシルバー君に近づく。
「シルバー君」
「どうした」
「お父さんのことは……その」
シルバー君は呆れたようにため息をつく。
「あんなクソオヤジなんてどうだっていい。まあ、今度時間が空いたら、野望が潰れた情けないアイツの面を拝みにでもいくさ……」
「そう、なんだ」
人様の家庭事情には首を突っ込むつもりはない。ただ彼らの親子関係がどうなっていくのか、僕個人としては関心がある。
「おい、言い忘れていた」
「ん?」
「あいつをぶちのめしてくれたことは感謝しているぜ」
ぼそりとシルバー君は言い放って、そっぽを向いた。
あれ? コトネちゃんが言っていた『シルバー君はツンデレ』ってこういうことですか!?
アサギシティの灯台の鐘が鳴った。
それは、祭りのフィナーレの合図だ。
昨晩と同じように、僕らは町の南側の、40ばん水道に接する海岸線まで進んだ。
『灯籠流し』が始まる。
今日で2日間のお祭りは締めだから、昨日より、砂浜にはより大勢の人たちが集まっていた。
『何が始まるんだ? 主よ』
「まあ見ていてくれ」
モンスターボールの中に入ったルギアに対して、そう答えるしかない。
実際に、この目で見てほしいから。
「偉大なる海の神、ルギアに願う! 海と隣合う、このアサギで生きる人とポケモンに祝福を!」
先頭に立った水夫が宣言した。
そして、夜の砂浜で、舞子さんたちが踊る。
『……』
ルギアは黙って観察していた。
それから昨晩と同じく、一般人の僕らが、それぞれ手に持ったランタンを海に放流していく流れだ。
色とりどりのランタンが海へ放たれ、海面を漂い、沖へ進む。ランタンが光の列となって、海を照らす。
『美しいな……』
ルギアは、そうこぼした。
『人間たちは毎年このようなことをしていたのか?』
「そうだよ。君の祈りを届けるためにね」
『なんのために?』
「自分たちとポケモンがずっとこの町で生きていけるように。みんな、君がこのアサギの町を見守ってくれていると信じているんだ」
『……ふん、勝手な期待だな』
「そうかもね」
ツンツンしているけれど、ルギアはどこか嬉しそうだった。
「ヒビキ君っ!」
「うわっ、ミカンちゃん、それなに!?」
ミカンちゃんはランタンを手にして、こちらに駆け寄ってくる。
「ランタンを二人で一緒に流しましょう!!」
「えー、と」
そのランタンは、一言で言うと、ド派手だった。
ピンク色に発光し、ハートマークの模様が刻まれている。
「ランタンを流して、海に向かって願うと、ルギアがねがいを叶えてくれるんです!」
『おい、そんなこと言われても、私は知らんぞ』
ルギアはツッコミをいれるが、構わず、ミカンちゃんは僕の裾を握って、ランタンに持つように催促してくる。
いったい、ミカンちゃんはなにを願うつもりなんだ?
そんなわけで、僕とミカンちゃんは二人で、このド派手なピンク色のランタンを海に流す。
その瞬間、周りがざわざわとした。
ひゅーひゅーとまくしたてるような声が混じっている。
「まさかジムリーダーミカンに彼氏がいたなんて!」
「あれって、『最優のヒビキ』だよね? たしか引退したんじゃなかったけ?」
ん、あれ?
ミカンちゃんは真っ赤な顔でうつむいていた。
おい、ちょっと待て。
「あの、ミカンさん……」
流石に、鈍感で怠惰だと定評な僕でも気づく。
いったいミカンちゃんが何を願ったのか。
これまでの、ミカンちゃんの言動。そしてあのド派手はピンク色のランタン。
そういえば、こういう話がある。
『灯籠流し』で一組の男女が桃色のランタンを海に流せば、二人の愛は永遠になると……。
紅潮させてこわばったミカンちゃんに、僕はおそるおそる尋ねた。
「僕もそうなんだけど、もしかして君も……」
ミカンちゃんは目を見開いて、顔をあげたあと―――。
「はいっ、ずっとお慕いしていました!」
「……僕もそうなんだ。君のことが好きなんだ」
ミカンちゃんは嬉しそうに、今にも目に涙を浮かべそうにうるうるさせて、強くうなずく。
嬉しさがこみあげてくる。
その時だった。
僕のポケットに入っていたモンスターボールが宙に浮かび上がる。
中から、ルギアが姿をあらわした。
周囲の人たちがどよめく。
『人間たちよ、私に祈りをささげる人間たちよ、聞け!』
ルギアは上空に舞い上がり、頭上から人々を見下ろす位置まで移動する。
『いまここに一組のつがいが成立した。私は彼らの祈りを聞き届ける』
おいおい、なんてやつだ。
もうめちゃくちゃだよ。
『2人がその生涯を終えるまで、私は彼らを守り続けよう』
彼氏彼女の関係どころか、もはや結婚のステージまで進んじゃっているよ。
助けを求めて、コトネちゃんの方を見た。
コトネちゃんは苦笑している。
次に藁にも縋る思いで、シルバー君の方を見た。
シルバー君はつまらなそうな顔で、こちらを見ている。
だめだこりゃ。
「最優のトレーナー、ヒビキ。そしてミカンちゃん。……しかもルギア様のお墨付き!」
「このカップルを応援するしかないじゃない! 他に選択肢はないじゃない!」
「うおおおおおおお! カプ厨の血が騒ぐ!」
「電撃結婚だ!!」
突然のルギアの登場。地元のアイドル、ジムリーダ―ミカンのスキャンダル。
怒涛の展開の数々に、この場が盛り上がらないわけがなく……。
僕はミカンちゃんの手を握って、走り出した。
最高潮に達し、お祭り騒ぎを起こしている人垣を抜けていく。
まるで駆け落ちでもしている気分だ。
ああ、明日から大変なことになる。
僕がルギアを所持していることを、みんなにバレてしまった。
さらにはミカンちゃんと堂々人前で恋人関係になってしまったのだ。
ルギアが飛翔しながら、こちらに近づいてくる。
『なぜ逃げる!? 番となったのだ。人間たちと共に祝い合おう!』
「明日のポフィンは抜き!」
『そんなバカな!!』
僕は振り返る。
「うふふ……」
そこには口元に手を添えて、満面の笑みのミカンちゃんがいた。
もうどうでもいいや。
ついそう思ってしまったのは、仕方がないだろう?
それに疲れたし、明日のことは明日の僕がなんとかしてくれるはずさ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
祭りが終わった翌日、ルギアはひどく憂鬱な気分だった。
昨晩、あれほど彼を怒らせてしまった。それも「ポフィン抜き!」と言われる始末。
ポフィンを食べられないなんて……そう絶望していたのである。
「はい、どうぞ」
ところがその日の朝、彼は平然と、ルギアにポフィンをさしだす。
『なにっ! 昨日はポフィンは抜きと言っていたではないか!』
「嘘だよ……それにもう注文しちゃったから、君に食べてほしいんだ。新商品だよ」
絶望から希望へ一転。ルギアは舌なめずりしながら、夢中でポフィンを平らげるのだった。
数日間、彼の友人たちがこの町に滞在するようだった。
ルギアはモンスターボールの中から、じっと3人の会話を聞いていた。
別に、ルギアはあのコトネという少女と、シルバーという少年を、悪意を持つ人間だと疑っているわけではない。
ただ、2人と話す彼は、普段とは違う表情をしていた。
とても懐かしげに……。
2人と別れ際、彼はちょっぴり切なそうな顔だった。
「じゃあね」
そう言って、彼は手を振って、2人を見送る。
この瞬間、彼はどういう風に思っているのだろうか。
ルギアは人間じゃないから分からない。
ずっと一匹で生きていたから。
人間を拒み続けていたから。
だけど、ひょっとすると、いつか分かる日が来るかもしれない。
★
それから数日後、彼はこう言った。
「そうだ、冒険をしよう」
突然の宣言だった。
「君と出会うまで僕はこの町で引きこもり生活をしていたんだ。そしてふと思ったんだよ。この世界を色々見てまわりたくなったんだ」
そういうやいなや、彼の行動は早かった。あっという間に旅行の準備を整える。
それから旅行のプランをぶつぶつとつぶやいていた。
「まずは、ジョウト地方を一周しよう。そのあとはカントー地方だ。次は、ホウエン、シンオウ、イッシュ……カロス……アローラ……世界中を冒険してやるぞ!」
今までにないくらい目をキラキラさせていた彼は、次の瞬間一転して、しゅんと肩を落とす。
「あ、けど、ミカンちゃんと離れ離れになっちゃうや……」
『どうしてそれがいけないんだ?』
「もし、ルギアが僕と離れ離れになって『1年に一回しか会えないけどいいよね?』となったらどうする?」
『む、それは嫌だな』
「でしょ、遠距離恋愛の恐ろしいところさ」
しかし、彼の心配は杞憂に終わった。
「私も一緒に同行させてください」
彼が旅に出ると聞いた直後に、ミカンは他の者にジムリーダーの業務を引き継いで引退したのである。
彼とミカンはおたがい嬉しそうに、それぞれ両手を重ね合わせる。
その様子を隣で見ていたルギアは思わず、こうたずねた。
『お前たち、やっぱり番じゃないのか?』
「はいっ!?」
「ふぇっ?」
人間のことが分かるようになるまで、もっとたくさん時間がいるのだろう。
★
まず最初に、旅をしたのはジョウト地方だった。
彼の故郷であるワカバタウンから、2人とルギアは旅を始めた。
「ねえ、写真を撮ってもいいですか!? 本物のルギアですよね!」
旅の道中、ルギアは多くの人間と出会った。
一緒に写真を撮ったり、話を聞いたり、あるいは彼らの繰り出すポケモンと勝負することもあった。……もちろん、周囲に被害を出さないように加減して戦った。
ルギアは最初、どうしても警戒心がなくならなかった。
この人間は自分たちに悪意を持って近づいてきたのではないか?
あの人間は腹の内でよからぬことを企んでいるのではないか?
そうなったとき、ルギアは主である彼の姿を視界におさめる。
すると不思議なことに、いつも人間に対する不信感がやわらぐのだ。
冒険を続けていくうちに、時間は過ぎていく。
春が終わり、夏が過ぎて、秋が訪れて、冬を越えて、また春が訪れた。
ジョウト地方を巡り終わるころに、ちょうど1年の歳月が過ぎていた。
彼とミカンはアサギシティに帰ることにした。
春になると例年通り、アサギシティでルギアの祭りがおこなわれる。
2人はこれにどうしても参加したかったからである。
この年から、アサギシティのルギア祭はかつてないほど大きな変化を見せる。
『人間たちよ、私に祈りをささげる人間たちよ、聞こえるか?』
祭りの締めにおこなわれるイベント『灯籠流し』。
その際、ルギアが実際にその場に現れ、参加者に呼びかけるのだ。
そして、ひとりひとりその場で願い事を聞いていく。
「もっと長生きしたいねえ」
『ならば定められた寿命を伸ばすように、己で努力しろ』
「ポケモン勝負を強くなりたい」
『精進あるのみだな……私にはトレーナーについて詳しくは知らんが』
「あたしのポケモンになって!」
『残念ながら、私のトレーナーはただ1人だけだ』
ルギアは自分が思った通りの意見を言う。
ズバズバと遠慮なく言うが、それを聞いた人々は怒ることもなく、納得してくれる。
ルギアはそれが不思議でたまらなかった。
『こんなことに意味があるのだろうか?』
ルギアがそう疑問を口にすると、彼はこう答える。
「みんな、君に願いを叶えてほしいわけじゃないんだ。ただ、君と話したいだけなんだよ」
『そうなのか?』
「この町の人は君を守り神だと思っているんだ」
ルギアには、いくら考えてもわからなかった。
「……君ってそんな風に、他の人と話せるようになったんだね」
彼はどこか嬉しそうにつぶやいていた。
★
それから、彼とミカンは旅をつづけた。
次はカントー地方を冒険。その次は、ホウエン地方を……さらにその次はシンオウ地方をめぐっていく。
彼とミカンとルギアは、たったひとつ冒険のルールを設けた。
それは春になると、冒険を一旦中断して、アサギシティまで戻る。
そして毎年開催されるルギア祭に参加するのだ。
もちろん、祭りの終わりには必ず、ルギアが姿をあらわす。
そのおかげだろうか。
伝説のポケモンを一目見たいと、祭りの参加者が爆発的に増加し、それがアサギシティの観光産業を大きく支えたのだ。
様々な出来事があった。
色んな人と出会った。
見たこともない景色を目にした。
遭遇したことのないポケモンを見かけた。
彼の親友であるコトネやシルバーと道中で再会を果たすこともあった。
ルギアは気づかされる。
(この世界は、私の知らぬことだらけだ)
長い年月を生きていたはずなのに、自分は世界の広さを全く知らなかった。
(主に返すべき恩がまたひとつ増えてしまったな)
何度も、何度も、同じ季節がめぐった。
『主よ、気のせいか、昔より体が大きくなっていないか? 声も少し変わったような気がする』
「ああ、今日で二十歳だからね。僕は大人になったってわけさ。……あ、そっかこっちだったら10歳で成人扱いだったかな?」
旅の中で、ふいにルギアが疑問を口にする。
「今日で冒険を始めてから、6年が経つね」
『……ふむ、たいして経っていないな』
「君からすればそうなんだろうね」
その時、彼は何か言いたげに口を動かす。
「ねえ、ルギア、昔は君は僕にーーーー」
それから彼は口を閉じて、かぶりをふった。
「ううん、なんでもない」
★
それから、また何度も季節が繰り返された。
カロス、アローラ、ガラル、パルデア……残りの地方を冒険し終わるころには、4年もの月日が流れた。
冒険を始めて、ちょうど10年の歳月が経つ。
ルギアは、ずっと疑問を抱いていた。
あの祭りの日、彼とミカンは『恋人』になったらしい。
ルギアには、番と恋人の違いがさっぱりわからない。
『主とお前は番ではないのか?』
「違いますよ、まだ結婚していませんから」
「それに人間どうしの番は、夫婦と呼ぶんですよ」
ある日、ルギアはミカンにそうたずねた。
このミカンという人間も、初めて出会った時から、彼と同じように別人みたいに感じる。
背丈も伸びて、髪型もショートボブに変えて、少女から大人の顔立ちになっている。
『お前は主を愛していないのか!?』
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
『ならば、なぜ夫婦とやらにならない。さっさとなってしまえばいいのに』
「それは……その、うぅ……」
ミカンは顔を真っ赤にして口をもごもごする。
それから「恋と愛は別なんです」とか「わたしはもう待っているんですから」みたいなことをつぶやきつつ……。
「ルギアにはそのうちわかる日が来ます!」
と、ごまかすように早口でまくしたてていた。
その日の夜、モンスターボールに入っていたルギアは2人が外へ一緒に出掛ける姿を目にした。
そのあとを気づかれないように、ルギアは後をつけた。
夜の草原で、2人が座りこんではなしこんでいた。
それから彼は緊張したような顔で、小さな箱を開けて、ミカンに見せる。
ミカンは両手を口元をおさえて、こらえきれなくなったのか涙を流した。
彼とミカンは夫婦になった。
2人はアサギシティに戻り、町の中で式を挙げる。
式には2人の知り合いや友人が押し寄せた。
お互いの右手の薬指には、銀色の指輪をはめて、二人は口づけを交わす。
ルギアはその様子をじっと見守っていた。
(……たしかに2人がおたがいに見る目が少し変わったような気がする)
それが、恋と愛の違いなのだろうか。
ルギアには共感できないが、少しは理解できたのかもしれない。
★
「旅はとうぶんやめだ。アサギの町で暮らすことにしたよ」
彼はそう言った。
『どうしてだ?』
「僕らの子どもが生まれるんだ」
ルギアは最初、その言葉の意味を理解できなかった。
だが、徐々に膨らんでいくミカンのお腹を目にして、そしてその腹のうちに小さな生命が宿っていることを知覚する。
「この町で暮らすことにするよ。僕とミカンちゃんも家計のために、そろそろトレーナーとして復帰しようかなってね」
『そうか……』
「僕らの子どもとも仲良くしてくれるかい?」
『主の子だ。私にとって守るべき対象だ』
「そう、じゃあ、いっぱいかまってあげてほしいな」
やがて、子どもが生まれた。
出産した赤子は双子だった。
助産師の女性と補助師のハピナスに抱きかかえられて、双子は産声を上げる。
ルギアはその瞬間、こう思ったのだ。
この子たちはなんて幸せ者なんだろう、と。
ルギアは暗い海の底で、一匹で生まれた。
家族も、友も、いなかった。
けれどこの子たちは違う。
父親と母親がいて、血を分けた兄弟同士でもある。
それにこの子たちは、生きる中で、同胞であるたくさんの人間と出会っていくのだ。
ルギアは願った。
主の子である、生まれたばかりの双子に明るい未来を。
それと同時に、ルギアは驚いた。
かつての自分はこんな風に、人間の幸せを望んだことなどあっただろうか。
双子は、元気いっぱいに育った。
「ルギア、この前みたいに背中に乗せて空に飛んで! パパとママにはナイショだよー」
「おれもー」
2人はルギアの背中に飛び乗ったり、翼に抱き着いたりする。
『だめだ。主との約束を無碍にできん』
「えー、ルギアのけちー」
「わからずやー」
『そら、言うことを聞かねば、主に報告するぞ』
「うわぁ、ちくりだ、ちくり!」
双子の相手をしていると、彼とミカンがやってきた。
「ご飯の時間ですよ! ルギアと遊ぶのはそこまで!」
ミカンがそう言うと、双子は渋々、ルギアから離れる。
そして彼がルギアの頭を撫でながらこう言った。
「さあ、一緒に食事だ。また新しいポフィンを買ったんだ。君の口に合うかわからないけれどね」
ルギアは目を細めて、『ああ』とうなずく。
なにか、自分の心が満たされていく。
きっとそれは、1匹で洞窟の奥にいた頃では、決して味わえないものだろう。
双子はすくすくと成長し、やがてポケモントレーナーとして、家を飛び出した。
数年経つと子どもたちは家に帰ってきて、青年から大人となり、結婚をし、子どもをもうけた。
「まさか孫の顔を見れるなんて、長生きした甲斐があったもんだ」
彼は、孫である赤ん坊に触れながら、そう言っていた。
★
「今日は天気がいい。少し外を散歩しないかい?」
彼がそう誘ってきた。
しわがれた声で、杖をつきながら、彼は海辺を歩く。
その傍をルギアが連れ添う。
『ずいぶん歩くのが遅くなったな。……最初に会った頃より、姿も声も別人みたいだ』
「ははっ、君にとってみれば、僕と出会った昔のことなんて、つい1週間前の出来事に感じるんじゃないか?」
しばらく散歩をしたあと、彼はこう切り出す。
「ずっと昔、君にたずねかけたことがある。それを思い出してね。今聞いておきたいんだ」
彼はどこか遠くを見るような目でこう話した。
「あの嵐の日、君は僕を助けて、こう誓ったよね? 『お前が生涯を終えるまで従う』って」
もちろん、ルギアは覚えている。
忘れるはずがない。彼は自分の命を救い、だから自分は彼に忠誠を誓ったのだ。
「もうそろそろ時間だよ。君との契約はおわりだ」
『なにを……』
「わかるんだ。僕は、近いうちに死ぬ」
死ぬ?
主が死ぬ?
そんなバカな?
ルギアはひどく動揺した。
「人間って、君が言った通り矮小な存在なんだ。君があっという間だと思うくらい、人間の時間は短くて、限られている」
初めて出会った少年の姿とは、別人のように老いぼれた彼。
受け入れたくなかった。
だけど認めざるをえなかった。
彼は人間で、自分とは生きている時間が違うのだ。
「最後かもしれない。だからずっと言いたかったことがあるんだ」
彼は、付近にあった岩にこしかけて、静かに語りかける。
「僕にとって、君はヒーローだったんだ。
なにせ……最初に出会ったポケモンが君だったから。
懐かしいなぁ……ゲームコーナーで君の姿がうつったゲームのパッケージを見た途端、子どもだった僕はとっておきの宝物を見つけたような気分になったんだ。
それで僕は、ポケットモンスターという作品と出会い、好きになったんだ」
ルギアには、彼が何を言っているのか理解できなかった。
「ありがとう、前世の僕を救ってくれて。それにこの世界でも君は僕を救ってくれた。
『主人公にならなくちゃ』という呪いを、君は消してくれた。だから君の恩返しはもう十分済んだんだ……」
『待て! まだ、これからじゃないか』
「あはは、年寄りに無茶ぶりをするなんて、君ってひどいやつだな」
彼はしわだらけの顔で笑った。
「もし僕が死んだら、君は好きに生きてくれ。君の幸せが、僕の一番の願いなんだ」
『お前が死んだら、どうすればいい?』
「もし、君がひとりぼっちで寂しいと思ったら、人間と触れ合ってごらん。今の君なら、きっと友達になれるよ」
その日の晩、彼は眠るように息を引き取った。
★
彼の葬儀には大勢の人々が参加した。
『最優のポケモントレーナー ヒビキ』。
ジョウト地方において、彼の名前を知らないトレーナーはいない。
わずか10歳でジムバッジを8つ集め、四天王を突破し、各地の大会で目覚ましい戦績をあげていった。
レジェンドと呼ばれた、レッドとグリーンに次ぐ、新しい若き才能。当時はそういう評価だった。
しかし、彼は突然表舞台から姿を消し、一部のファンは悲嘆にくれた。
だが、それから十数年後、ヒビキがふたたびトレーナーとして復帰した。
それと同時に、ヒビキが、アサギシティジムリーダーのミカンと結婚したという報道は、一時期ジョウト中を驚かせたのだった。
復帰したヒビキは、たしかなトレーナーとして手腕を発揮し、順当に成果を上げていった。
チャンピオンのワタルから「次の四天王にならないか?」と勧誘が来たという噂さえもある。
しかし、ヒビキはそれを断ったのだという。
「妻と子どもと、自分の大切な相棒との時間を大切にしたいから」
そう笑って、彼は首を横に振ったらしい。
ルギアは棺桶に入った彼の姿を呆然とながめる。
まるで眠っているようだ。
今にも起きて「やあ、今日は新しいポフィンを買ってきたんだ」と言ってくれるんじゃないか……。
しかし、彼は目を閉じたままだ。身動き一つしない。
老いぼれた彼の体から、生命の鼓動を感じない。
ルギアはここでようやく受け止めることができた。
主は死んだのだ。
胸の中に、巨大な空洞が空いたような感覚を覚えた。
葬儀のあと、ルギアは彼の親友だった老婆にこう聞いた。
『ヒビキ君はどんな人だったって……?
うーんそうだね……気の置けない親友っていうやつかな?
自分は大したことない、っていつも言っていたけど、それが嫌だったなぁ。
どうしてそんな風に自分を卑下するのって?
だから、なんとか自分を好きになってもらいたかったんだよねぇ。
けど、代わりに君が全部やってくれたおかげで、私の出番がなくなっちゃったよ……。
実を言うとねぇ、私もヒビキ君のことが好きだったんだけど、先にミカンちゃんに盗られちゃって……いやー、若い頃の苦い思い出ってやつだね」
彼の悪友だった老人にも質問した。
「あいつがどんな奴だったか?
ふん、お前の方が長い間一緒にいたからわかるだろ?
お前が思った通りのヤツさ。
自分は怠惰だとかいいながら、馬鹿真面目。
だいたい本当に腐ったヤツなら、自分で自分のことを怠惰だと言わないだろ?
ひとりで山奥に籠っちまうくらい、馬鹿げた真面目なんだ。
……もう死んじまったあとに言うのもなんだが、感謝してもしきれない。
だって、あいつがクソオヤジを止めてくれたからな」
葬儀が終わった後、彼の妻に尋ねた。
「……え、あの人はどんな人だったかですって?
どうして恋に落ちたのかって?
一目惚れだったんです。
けど、彼はその当時、わたしになんて眼中になくて。
この町に彼が引っ越してきたとき、チャンスだって思ったんです。
けど、彼と会った時、そんな下心はなくなりました。
だって、あの人はすごく傷だらけでしたから。
見た目じゃわからないけれど、心はボロボロで、今にも崩れてしまいそうで……。
だから私は、あの人を支えようと思ったんです」
彼の妻は最後にこう言った。
「ありがとう、ルギア、ヒビキ君と一緒にいてくれて、彼を救ってくれて」
それから何度も季節は移り替わる。
彼の妻は死に、彼の子どもや孫は、別の地方や町へ移り住んだ。
やがてアサギシティにあった彼の家は、誰も住んでいない空き家となった。
『久しぶりに私のねぐらに戻ろう』
アサギシティから飛び立ったルギアは、そのまま海の底へもぐる。
そうして深海から、うずまき島の最深部につながる洞穴に入る。
自分の巣へ帰ったルギアは、そこでしばらくの間、1匹で過ごした。
不思議と、かつてのような寂しさはなかった。
ヒビキというひとりの人間が一生を終えるまで傍にいつづけた。
ルギアにとっては、瞬きのような時間だったけれど、その思い出は、黄金のように輝きを放っている。
だからだろう。1匹でいても、かつてのように寂しさを感じなかった。
いったいどれくらいの時間が経ったのだろう。
寂しいと思った。
けどそれは孤独による苦しさからではない。
もう一度、彼と過ごしたような温かい日々を送りたい。
この寂しさは、きっとそこから来ている。
コツコツと足音が洞窟内を反響している。
誰かがこちらに近づいているのだ。
ルギアは、一瞬、彼が迎えに来たのかと思った。
そして、すぐに彼が死んだことを思い返し、うなだれる。
やがて、足音の主が姿をあらした。
見知らぬ1人の少女だった。
かつての彼のように自分と会うために、ここまで来たのか。
それとも単なる冒険心にくすぐられてなのか。
少女はルギアと目が合うと、びくっと肩を震わせた。それから戸惑ったようにオロオロと挙動不審になっている。
ルギアは、彼の、最後の言葉を思い出した。
―――「もし、君がひとりぼっちで寂しいと思ったら、人間と触れ合ってごらん。今の君なら、きっと友達になれるよ」
ルギアは、怯えている少女を怖がらせないように、ゆっくりと一歩近づく。
それから少女に向かって、こう言い放った。
『人間よ、お前の名前はなんだ?』