朝日を浴びたテントの上で、少女が目を輝かせて寝転がっている。
その傍には、呆れたような表情を浮かべたルギアがいた。
「ねーねー、もっと聞かせてよ。ルギアの主だった人のこと!」
『まだ聞き足りんのか? 昨日もお前が眠りこけるまで語りかけてやったというのに』
「だって面白いし、聞いてて飽きないもん!」
少女が寝巻きにくるまりながら、ぶーすか文句を垂れる。
『やかましい奴め。毎朝、誰がお前を起こしてやっていると思う?』
「いやいや、ルギアには助かっているよ。ほら、あの風で気持ちよく起こしてくれるじゃん? あれを体験したらもう過去には戻れないというか……最高の目覚まし係だよ!」
『私の主も昔そう言っていたな……』
少女は、にしし、といたずらっ子のように笑ってこう言った。
「仕方がないなぁ、せっかくルギアが起こしてくれたんだから、もうそろそろ行こっか!」
『ああ』
少女とルギアは、道なき道を歩く。
ルギアは目を細めて、隣を歩く少女を見た。
あの日、自分は自ら少女に歩み寄った。
最初はびっくりしていた少女だったが、すぐに打ち解けたのだ。
────『ねえ、わたしと一緒についてこない?』
少女はそんなことを言った。どうしてなのか分からないけれど、ルギアはその誘いにうなずいた。
少女は遠い地方からやってきたのだという。
彼女は世界中を冒険しているらしい。ルギアは少女の旅に同行することを決めた。
『お前はなぜ旅をする?』
「だって、楽しいもん! 色んなものが見れるし、色んなことが知れるし! 世界ってわたしの知らないことだらけ!」
少女はこう聞き返す。
「冒険は好きじゃない? ルギアってとっても長生きなんでしょう。もう色々と見飽きちゃった感じ?」
『いいや、昔は知ろうともしなかった。狭い世界で生きていて、自分はこうだと思ったものが絶対だと思っていたからな』
「……ルギアの主だった人が、色々教えてくれたんだっけ? あのさ……」
少女は、珍しくどこかかしこまった口調だった。
「ルギアはさ、人間のことをどう思っているの? やっぱり今でも嫌い?」
『わからない』
ただ、そう答えるしかできなかった。
『人間には救いようがない愚か者もいる。ただ、主やお前のような人間もいる』
「え! わたしってルギアの中でめっちゃいい子扱い? やった!」
『まあ、落ち着け。だから信じることにした。人間の善性と可能性をな。そして知ろうとも思った』
「ふうん」
それから少女は近くの木にもたれかかる。
「あーあ、歩くの疲れちゃったー」
『休むか?』
「そうしよっかなぁ、えへへ実はもう歩けませーん」
ふむ、なるほど。
少女が何を求めているのか、ルギアはすぐにわかった。
『背中にのせてやる。次の町までひとっ飛びだ』
「うんっ!!」
少女は満面の笑みでうなずいた。
彼は去っていった。
自分よりずっと短い時間を精いっぱい生きて。
彼は自分に教えてくれた。
自分が知らないたくさんのことを。
人間とはなにかを。
ポケモンとはなにかを。
見たこともない場所。会ったことのない人たち。
そういえば年老いた彼はこんなことを言っていた。
『もし僕が死んだら、君は好きに生きてくれ。君の幸せが、僕の一番の願いなんだ』
今思えば、それは彼の切実な祈りだったのかもしれない。
『では、いくぞ。しっかり捕まっておけ』
「おっけ!」
少女を背中に乗せたあと、ルギアが翼を一振りする。
風が巻き起こり、ルギアは、生み出した上昇気流に身を任せて空を舞う。
少女はルギアにしがみつき、「きゃー」と嬉しそうな悲鳴をあげる。
高度はどんどん上がっていって、やがて少女を乗せたルギアは雲を突き抜けた。
眼下の景色が見える。
快晴の空。太陽の光に照らされて、美しくきらめく緑の草原地帯。
目を凝らせば、そのずっと向こう側に、目的地の町が見える。
彼はもういない。
だけど、ルギアの中には彼との思い出がある。
たとえどれだけ時間が経っても、彼という存在はルギアの心の中でいつまでも居座るだろう。
(主よ、私は生きている。お前が去っても、私は生き続ける)
自分にはたくさんの時間がある。
そして彼は自分が幸せに生きることを望んだ。
だから、人間を、ポケモンを、世界を知る冒険に出よう。
見たこともない場所へ行って、見たこともないものを見て、出会ったことのない人間たちやポケモンたちと出会おう。
それがたったひとつできる、ルギアの恩返しなのだ。
この世界には、ポケットモンスター……ちぢめてポケモンと呼ばれる生き物たちが暮らしている。
ポケモンと人間たちは、一緒に遊んだり、力あわせて仕事をしたり、勝負を通して、絆を深めて、共に生きている。
これはそんな世界の、1人の人間と1匹のポケモンの物語。
本当にこれでおしまいです。最後まで読んでいただきありがとうございました。