ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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2.ルギアの恩返し(後編)

 

 

 

「……ということがあったんだけど、ミカンちゃんはどう思う?」

 

「うーん、そうですね……」

 

 その日の晩、僕はアサギシティにある町一番の食事処に足を運んだ。

 週末はいつもここで、極上の料理を味わう。

 値段はあまり気にしなくていい。

 

 僕は、すぐ隣のカウンターに座っている、ワンピース姿の、オレンジ色の丸リボンを二つくくりつけた、デコだしロングへアの少女へ、ため息をつく。

 少女──アサギシティジムリーダーのミカンは、わずかに迷ったようなそぶりを見せて、口にする。

 

「君は、ルギアを手持ちポケモンに加えたいと思っているのですか?」

 

「うーん、どうだろ」

 

「じゃあ自分の気持ちに正直になって、ルギアを捕まえればいいと思います。こう、シャキーンと」

 

「……シャキーン?」

 

「そうです、<てっぺき>を使ったハガネールみたいに、こう、シャキン! と」

 

「そ、そうなのか」

 

 ミカンは、僕にとって、年上の友人というべき人物だ。

 今から6年前に、僕がジョウトのジム攻略をしていた頃からの知り合って。

 きっかけはなんだったのか。この町に移住してから、僕らは仲良くなった。

 最近ではポケモンバトルの練習に付き合ったり。

 ちょっと前に自然公園で「むしとりたいかい」に参加したこともある。

 

 とにかく、いたって普通の友人関係なのだ。

 

「僕の話を信じてくれるんだ」

 

「はい、もちろんですよ。お友達のお話を疑うことなどありません」

 

 彼女は危なっかしいくらい純粋だ。

 少し前にエイプリルフールの日に『コイキングのメスはカイオーガに進化する』という僕の嘘を鵜呑みにしたぐらいなのだ。

 だからこそ、僕は今回のルギアの件をミカンに相談しようと思ったわけなのだが……。

 

「そりゃ手持ちに加えたいよ。だって伝説のポケモンの、あのルギアだ。ポケモントレーナーなら誰だって、捕まえてみたいはずさ」

 

「じゃあ、やっぱり、ルギアの元に行くべきでは?」

 

「けれど、ルギアは嫌がるかもしれない」

 

 僕は嫌だった。

 それはまるで、命の恩人であるという立場を利用して、自分の所有物になるように迫るようで。

 

「なら、あたしはこれ以上口出ししません。自分で考えて、結論出した方が、きっといいはずです」

 

 ミカンはそうほほ笑んで、食事の席を立った。

 ミカンは、この後、灯台の光源となっているデンリュウ(ニックネーム:アカリちゃん)の様子を見に行くそうだ。

 

 僕は、しばらくの間、一人で考え続けた。

 だが答えは一向に出なかった。

 

 

 ★

 

 

 それから、何の変哲もない毎日が続いた。

 ガラル地方で購入した最新版のスマホロトムで、ポケモンバトルの配信をウォッチしたり。

 モーモー牧場で日向ぼっこしたり。

 頭の片隅にルギアのことが浮かんだが、一旦落ち着こうとと思って、ひたすらぐうたらすることにした。

 

 そんな日々が1週間続いた頃、ジョウト地方にかつてない規模の巨大台風が直撃した。

 

 

 ★

 

 

 アローラ地方の方面である北からやってきた、この台風は、ここ数十年で最大規模のものだった。

 台風の通った地域は、甚大な被害をこうむった。

 一部の建物は引きはがされ、倒壊し、畑や木々は見るも無残に荒らされ、連鎖して土砂崩れや洪水による二次被害が発生したのだ。

『カイリュー100匹分の<ぼうふう>ですら、この台風の足元には及ばない』

 そんなニュースキャスターの言葉と共に、凶報が次々とテレビで垂れ流される。

 

 最悪なことに台風の進路には、アサギシティも含まれていた。

 

 空がどんよりと黒く染まった。

 叩きつけるような雨が一面に降り注ぎ、立っていられないほどの暴風が吹き荒れて、雷鳴がそこらじゅうに響き渡る。

 まるでボルトロスとトルネロスが肩を組んで襲来してきたような、そんな恐ろしい台風だった。

 

 アサギシティの住民は、町から避難することになった。

 海辺に近いアサギシティは、高潮や高波によって住宅地が浸水する可能性が高かったからである。

 

 両親と共に避難するため、家の玄関から出ようとしたとき、リビングの固定電話が鳴った。

 僕は電話を取った。

 電話相手は、ミカンだった。

 

『どうしよう! アカリちゃんがどこかにいっちゃいました!!』

 

 ミカンの焦ったような声。

 アカリちゃんとは、灯台の光源であるデンリュウのことだ。

 

『詳しく話を聞かせて』

 

『はい、わかりました』

 

 アカリちゃんは、灯台の最上階に生息している。

 ミカンは、一応のために、灯台に出向き、アカリちゃんの姿を確認しようとした。

 だがアカリちゃんは灯台のどこにもいなかったという。

 灯台にいる水夫たちに聞くと、何かから逃げるように出口から外へ行ったという。

 

『台風を怖がっちゃって、逃げようとしたんです……』

 

 今、外にいるならば、危険だ。

 そして海沿いの方に逃げれば、波に飲み込まれるかもしれない。

 

『探してくるよ。ミカンちゃんは先に避難していてね』

 

 僕はそう言って、電話を切った。

 

 

 ★

 

 

 結論を言えば、デンリュウのアカリちゃんは、すぐに見つかった。

 暴風と大雨が吹きあれる中、10分ほど探した僕は、町の灯台の裏にある、小屋のそばでぶるぶると震えているアカリちゃんを発見した。

 僕はアカリちゃんを連れて、この場を離れようとした。

 だがいくら『いこう』と呼びかけても、アカリちゃんは台風を怖がっているのか、身動きしない。

 

「ミカンちゃんが待っているよ」

 

 だが、ミカンの名前を出せば、アカリちゃんはスッと起き上がる。

 

「パルルッ!!」

 

 アカリちゃんは、ミカンにとても懐いているからだろう。

 そのままアカリちゃんを引き連れ、波止場を離れようとした。

 その時である。

 

「わっ」

 

 風が強まった。

 僕はその場で、膝をついてしまった。

 ものすごい暴風だ。

 強風のあまり、体が宙に浮いてしまうんじゃないかというくらいに。

 残念ながら今世の僕は、某スーパーマサラ人のように、人間離れした耐久力や頑丈さはない。

 こういった非常時のために、あのような生命力は欲しいところである。

 

 立ち上がろうとしたとき、さらに風が増した。

 まるで自分が電車の屋根の上にいるみたいな、風の強さだ。

 

「あ、まずい」

 

 たしか、風速50m/sを超えると、成人男性でも空中に吹き飛ばされるらしい。

 今吹き荒れている暴風は、風速50m/sを優に超えていた。

 

 前方から、何かものすごい衝撃を感じた。次に浮遊感。

 視界がぐるんぐるんと回る。

 どうやら、強風で僕は吹っ飛んでいるらしい。

 地上から、10メートルほどの高さまで風で飛ばされている。

 周囲にある、家屋の屋根なども空に打ち上げられている。

 

 命の危機であるというのに、恐ろしいほど、思考は冷静だった。

 

 ここからどうする、受け身を取るか?

 この高さなら、なんとか骨折程度で済ますことはできないだろうか。

 いや、たぶん、死にそうだ。

 ならば手持ちのフライゴンを呼び出して、空中でキャッチしてもらう? 

 だめだ、背中のカバンから、モンスターボールを取り出す余裕もない。

 

 

 あ、たぶんこれは、死んだ。

 

 

 体に重力がかかる。

 風が一時的に弱まって、僕の体が10メートル下の地面に落下していく。

 

 死ぬ。

 こんなあっさり自分は死ぬ。

 2度目の人生はここで終わる。

 

 あーあ、これなら、大人しく両親と一緒に避難しておけばよかった。

 デンリュウのアカリちゃんを探したのだって、善意の気持ちもあるが、ミカンにカッコつけたかったのもある。

……別に彼女のことが好きというわけではないけれど。

 自分の見栄が、命取りになるなんて。

 何か最後ぐらい、遺言のひとつやふたつ、残しておきたかった。

 

 どんどん地面が近づいて。

 そのまま体がぶつかって────―

 

 

『何をしている。お前が今ここで死ねば、私がお前に恩を返すことは叶わなくなる』

 

 

 落下する僕の体が、地面にぶつかるスレスレで、ぴたりと静止した。

 そして、パラシュートを身に着けたみたいに、ふんわり地面に着地した。

 それは、何者かが力を用いて、僕の体を守ってくれたのだ。

 

 その何者かは、曇天の空を突き破って、こちらにやってくる。

 見覚えのある翼を広げた白い巨体。ルギアだ。

 おそらくルギアがサイコキネシスを使い、僕を着地させてくれたのだ。

 

 ルギアは、僕のすぐそばに降り立つ。

 

「ル、ルギア。1週間ぶりだね』

 

『何やら外が騒がしいと思って出てみれば……運がよかった。

 嫌な予感がして、念のためにお前の住処に足を運んでみたのだが、危うく恩人の命が散るところだったな』

 

 そう言いながら、ルギアは、僕と同じように吹き飛ばされ、落下中のアカリちゃんにサイコキネシスを用い、優しく着地させる。

 

「ありがとう……ルギア」

 

『感謝の言葉はいらん。

 これはお前への恩を返すためにすぎん。

 だが……この程度では、私の命まるまる一つの救ったことへの恩返しには値しないだろう』

 

「ルギア、お願いがあるんだ」

 

『なんだ?』

 

「この台風を止めることってできる?」

 

 このままでは、アサギシティは台風によって甚大な被害を受けるだろう。

 ここには友人のミカンちゃんがいるし、色んな人とポケモンがいて、僕にとって第二の故郷みたいな場所なのだ。

 

 ……それに、僕の家が壊れてでもしたら、大変だ。

 せっかくの穏やかな日常がぶち壊し。

 あと最近買ったパソコンとテレビは家に避難などしておらず、それら私物が失われるのは嫌である。

 

『いいだろう。では、とくと見ておくがいい』

 

 ルギアは、威嚇するように翼を広げる。

 そのままルギアは、飛び上がり、滞空する。そして口を開いて、エネルギーを収束させる。

 ルギアは束ねたエネルギー弾──エアロブラストを台風の目に向けて、うちはなった。

 

 ────ルギア。

 

 そのポケモンは、ジョウト地方の神話において、『うみのかみさま』と崇め奉られている。

 その力は人知を超え、ルギアが羽ばたけば40日間嵐が起こり、飛翔するだけで周囲の民家は消し飛ぶとされる。

 伝説の、ポケモンである。

 人間の範疇を超越した存在にとってみれば、目の前の台風を蹴散らすことなど、赤子の手をひねるようなものだ。

 

 ルギアの光線は、空を覆っていた黒雲を、縦に切り裂いた。

 そこから、青が差し込む。

 すると不思議なことが起こる。

 さきほどまで、猛威を振るっていた暴風も鳴りを潜め、土砂降りの雨もまばらになった。

 

 空が、晴れた。

 穏やかな風になった。雨が完全に止んだ。

 なんということだろう。

 信じられないことであるが、ルギアはエアロブラストを台風にぶつけ、消滅させたのだ。

 

 呆然としていると、ルギアが翼を閉じて、降り立つ。

 

「ありがとう、僕を助けてくれて」

 

 僕がそう感謝を伝えると、ルギアはふるふると首を振る。

 

『気にするな』

 

「あはは、じゃあ、これで、恩返しは終わりだ」

 

『なに?』

 

「今さっき、ルギアは僕の命を助けてくれたじゃないか。

 僕は君の命を救った。その借りは、今こうして、僕を救ったことでチャラになった。そういうことだろ?」

 

 なんだか、急に寂しさを感じた。

 僕はルギアを助けた。そしてルギアはその恩は返した。

 これで、僕たちの奇妙な関係は解消されるのだ。

 もうルギアにとって、僕はそこらへんにいる人間の一人にすぎない。

 

『……いや、まだ終わっていないぞ』

 

「へ? 何を言っているんだ? もう十分だ。君がサイコキネシスで助けてくれきゃあ、僕は今頃、地面にたたきつけられて、死んでいたんだよ」

 

『確かに人間は脆く、あの程度の高さを落ちれば、死ぬだろう。しかし私にとっては、躓いていた同胞に手を差し伸べたようなものだ。よって、これでは恩返しとはならない』

 

「じゃあ、これ以上、なにをどう恩返しするっていうんだ?」

 

 ひょっとすると、僕はとんでもない相手に借りを作らせてしまったのかもしれない。

 人間の理では推し量れない、伝説のポケモンという存在に。

 

『ふむ、実をいうと、私はずっとそれを考えた。そして、恩人であるお前にふさわしい何かをどうすれば与えられるか、と。そこで思いついたのだ』

 

 それから、ルギアは告げた。

 

『今ここで、誓おう。

 お前がその生涯を終えるまで、私はお前に付き従う。

 脅威が来れば、剣となり、と盾となり、それらを打ち払う。

 成し遂げたい夢があるならば、私を使い、その夢を果たして見てもいい。

 私の力をどう使うのか、それはお前しだい。お前にすべてを委ねる』

 

 ルギアの恩返し。

 命を救われた恩は、自分のすべてでもって返さなければならない。

 そう、ルギアは考えたのだろう。

 

 僕は、おそるおそる、口を開いた。

 

「ルギア、僕のポケモンになってくれないか?」

 

『ポケモンとはなんだ?』

 

 訝し気な表情をするルギアに、僕は説明する。

 まるで、ゲームをスタートした時に一番最初に現れる博士のように。

 

「ポケットモンスター。縮めてポケモン。

 この星には、至る所にたくさんの種族の生物が生きている。

 ひとはそれら生き物を、ポケモンって呼んでいるんだ」

 

『はぁ、人間はそのように他の種族を分類するのか。

 自分たちの物差しで他の者たちを図り、区別する。

 まったくどの時代でも傲慢な連中なのだな』

 

「僕も、そんな傲慢な人間の一匹だよ。嫌なら、この話はやめにする?」

 

『……先ほどの発言は撤回させてもらおう。いいだろう、お前のポケモンになってやる』

 

 その言葉を聞いた僕は、バッグからある物を取り出す。

 真ん中に白いボタンがついた、紅白のカプセル──モンスターボールだ。

 僕は、モンスターボールをルギアに投げた。

 カタン、とモンスターボールがルギアにぶつかれば、ルギアの体がボールに吸収されていく。

 

 毎回思うのだが、これはいったいどういう原理なのだろうか。

 この世界の科学文明は進歩しすぎている。

「科学のちからってすげー」とつぶやきたくなるばかりだ。

 

 ピ。

 ピ。

 ピ。

 

 地面を落ちた後、モンスターボールは三回点滅しながら振動する。

 そして、カチっと音を立てて、振動が止まる。

 僕はそのモンスターボールを拾い上げる。

 

 そして、前世の頃大好きだったアニメの主人公のセリフを真似してつぶやく。

 

「ルギア、ゲットだぜ」

 

 




とりあえず思いついたアイデアを形にしてみました。続くかどうか作者の気分次第ということで。
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