ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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続きを思いついたので書いていきます。10話くらいの中編で終わらせる予定です。よろしくお願いします。


3.ルギアと家族

『起床の時間だ』

 

「ううん……眠い。あと10分だけ」

『お前以外の人間がそのような口答えをすれば、海の藻屑にでもしてやるが……いいだろう、待ってやる』

 

 いやー、そう言ってくれると嬉しいね。

 じゃあ、おやすみ。

 

 …………。

 

 

『起きろ。もう30分経つ』

「……え、もうそんな時間。うーん、あと10分」

『昨日も一昨日もそう言って起きなかっただろう』

 

 いいじゃん、いいじゃん。

 

『……』

 

 ぶぅん、と何か風音がした。

 顔面に風圧を浴びて、眠気が吹き飛んだ。

 

 天井が視界にうつった。

 僕はベッドの上に仰向けで寝ている。

 体にかけていた毛布が部屋の端まで吹き飛んでいる。

 鏡で自分の顔を確認すれば、髪が逆立ちしている……。

 

 叩き起こした張本人を、僕はにらみつける。

 

「毎日毎日勘弁してくれよ。これで何回目なんだ!」

 

 机の上に置かれたモンスターボール。そこから、テレパシーの声が聞こえた。

 

『ようやく目が覚めたか。毎日、こうやって起こすのには手間取る。部屋を散らかさないように、風の力を調整しなければいけないからな』

「そんな配慮ができるなら、せめてもっと優しく起こしてほしいね」

『それは、主であるお前のためだ』

「ぼくのためなら、少しはゆったりするのを許してくれよ」

『たしかにお前が人間どもの中では、いっとう清らかな心を持っているのだろう』

 

 ルギアはどこか敵意のこもった声でつづけた。

 

『しかし人間とは容易く堕落する……。

 それは生来人間が持つ、救いがたい性質なのだろう。

 お前には莫大な恩がある。

 だからこそお前という人間が堕落し、愚かな存在へとなり果てるのに目を光らせなければならない』

 

 なんて極端なんだ。堕落……たかだかグータラ3度寝するくらい、別にいいじゃないか。

 

 僕はため息をつきながら、ルギアが入ったモンスターボールに手に取って、部屋を出た。

 

 

 ★

 

 

 あれからちょうど一週間が経過した。

 

 僕の日常は、大きく変貌したといってもいい。

 

 アサギシティに引っ越してからの生活は、代わり映えのしないものだった。

 この海風が吹き付けるアサギシティの街で、ゆったりと過ごす。

 毎日同じ景色、同じ場所。

 昔はどこにでも行きたくて、このポケモン世界の何かもに目を輝かせていたけれど、今はすっかり燃え尽きた。

 だからそのせいか、昔の知り合いには「独居老人みたいだ」と言われる始末。

 

 しかし、そんな刺激のない生活は終わりを告げた。

 

 僕は新しい手持ちポケモンを手に入れた。

 それも、ただのポケモンではない。

 かつて人々が神として信仰していた、伝説ポケモン、ルギアをだ。

 

「……ほら、ぼさっとしていないで、ごはんが冷めちゃうわよ」

「あ、うん、ありがとう母さん」

 

 リビングの食卓に座った僕は、いつものように朝食を取る。

 その隣で、エプロンを外して、席に座った母さん。

 フローリングでは、ポケフードにありつく、イーブイ。

 毎日繰り返される朝食の光景だ。しかしここ1週間は、少し様子が違う。

 

『まさに絵にかいたような傲慢な態度の人間だ』

 

 食卓に置いたモンスターボールが、ころんと揺れた。

 そこから聞こえるのはルギアの思念だ。

 

「手をあわせて、いただきます。もうスクールに通っていたころじゃないんだから、それぐらいわかるでしょ?」

「ああ、ごめん、ついぼうっとしちゃった」

「今日はコイキングの塩焼きよ……ちゃんとご飯になったポケモンには感謝しないとね?」

 

 僕は、皿に乗った、こんがり塩焼きにされたコイキングに視線をやる。

 ……正直、この世界の食文化には今でも慣れない。

 だから、ポケモンを食うことに、ちょっとだけ抵抗感がある。

 

『ふん、ポケモンに感謝、だと? いかにも人間らしい欺瞞だ』

 

 またしてもルギアは偏見に満ち満ちた声をテレパシーで送ってくる。

 

『それにしても意味がわからない。

なぜ? 生物の死骸にあのような礼儀作法をおこなうのか?

生き物は死ねばそれで終わりだ。

わざわざ感謝などしても、死んだ者に届くはずがない。

それに、自分を殺した人間どもに感謝などされて、喜ぶ者などいない。

人間の行動はまったくもって、理解できんな……』

 

テレパシーは僕にだけにしか聞こえない。 

本当に人間嫌いだね? 流石に胃もたれしてきた。

 

「ちょっと静かにして」

『……』

 

 だから、そういって窘めるのが、毎度恒例のやりとりである。

 

「静かにしてって、ちょっと、なんて態度なのよ?」

「わっ、母さん、違うんだ。これは母さんに言ったわけじゃ……」

 

 その後、なんとか母さんを説得するのに苦労した。

 

 

 

 

『早くここから出してくれ。狭苦しい。他の者たちはこのような苦行に耐えているのか?』

 

 食事を終えた僕はから外に出て、家の裏手にある雑木林に向かう。

 僕がモンスターボールを放り投げた。

 

 地面に落下したモンスターボールが開いた瞬間、空気が軋んだ。

 どこからか風が吹いて、草木が揺れる。

 そして放たれたプレッシャーで、本能的に僕の体が震えあがった。

 

 ……もう何度もその姿を目にしているのに、僕の体は未だに慣れていないのだ。

 

 美しい真っ白な流線体の巨体。

 ルギアは嘴のようなとがった口を開き、ぐるる、と喉を鳴らす。

 

『ようやく外に出られたか。この玉の中は窮屈だから我慢しなければならん』

「そこは堪えてね。君の体は大きすぎるから、家の中に入りきらない」

『わかっている。ただ理屈では納得できてもな……』

 

 僕は懐から、いつものアレを取り出す。

 すると、ルギアは目の色を変えた。

 僕はポフィンはたんまり詰め込まれたタッパーをルギアに見せる。

 するとルギアは首を突き出し、今か今かと待ちわびている様子だった。

 

『はやく! はやく! それだ、それを食べたい!』

「わかった、わかった、ゆっくり味わってね』

『言われなくとも!』

 

 そのままルギアは、ものすごい勢いでポフィンを平らげる。

 その姿はとても威厳ある伝説ポケモンとは思えないものだった。

 

「本当に、このポフィンが好きなんだね……」

 

 うずまき島で出会った時もそうだったが、ルギアはこの高級特製ポフィンを大変気に入っているようだった。

 

『当然だ、これほど美味な物は今まで食したことがない!』

 

 ひどく興奮した表情で、あっというまにポフィンを食べつくしてしまった。

 ああ、結構、このポフィンって値段が張るんだよな。

 けど、おこづかいは昔の冒険でいっぱい貯めているし、最近使い道もないから……別にいいか。

 

『人間は愚かで救いようがないが、この至高の餌を作り上げたことだけは賞賛に値する』

 

 そうテレパシーを送って、ルギアは首をこくりと上げて、おかわりを催促してくる。

 

 いつもなら、ここで2杯目のポフィンをあげるところだが、その前に僕はこう言い放った。

 

「ひとつ言ってもいいかな?」

『なんだ?』

「母さんの悪口を言ったよね。訂正してほしい』

『……』

 

 ルギアは少し押し黙ったあと、こう返した。

 

『母さんとは、あの人間の女のことか?』

「うん」

『あの人間はお前にとって大切な存在なのか?』

 

 僕はその質問の意図がわからなかった。

 だって家族なのだから、大切に思うのは当然だ。

 

「そうだよ。なにせ親なんだから」

『お前を傷つけてしまったのか。なら、謝らねばならないな』

 

 そう言ったあと、ルギアは翼を軽くはためかせて、頭を地面に向けて垂らす。

 

『すまない、あの人間はもっとも身近な同胞なのだろう。ならば私の発言は、お前にとって最大の侮辱と取るのだろう』

 

それからルギアは、さも当然のようにこう言い放った。

 

『この首を刎ね落としてもらっても構わない』

「え、ええ!?」

『私は、お前と契約を交わした。

命ひとつを救った恩は、すなわち、この命ひとつ。

お前は主であり、私の命運をすべて握っている。

そして、お前の名誉を今、傷つけた。つまりこれは――「はい、ストップ、ストーップ!」

 

 僕は「極端に考えすぎないでね」と落ち着かせてから、こう聞いた。

 

「あのさ……どうして、そんな風に思ったの?」

『なに?』

「ポケモンでも、自分の生みの親は大切に思うでしょ? それはルギアにも分かるよね?」

 

ルギアは、ぐるると小さくうなり声をあげた。

 

『……私には親という存在がいない』

「親が……いない?」

『ああ、そうだ。物心がついたときには、私は海の底にいた。自分を生み育てた存在は傍にはいなかった』

「同じ種族の仲間はいたんじゃないの?」

『いいや、同族とは生まれてこの方出会ったことはない。何度か探し回ったことがあったが、見つからなくてな』

 

 僕はすっかり失念していた。

 こうやって言葉は交わせるけれど、僕は人間で、ルギアは伝説ポケモン。僕たちが人間の尺度とは違う存在なのだろう。

 

「気にしないで」

『悪いな、主であるお前に気を遣わせてしまうとはな』

 

 なんでそんなに極端なのかな? 

 この1週間で、多少ではあるが、ルギアの性格が分かってきた。

 

 ルギアは、心の底から人間を嫌っている。

 命の恩人である僕以外の人間に対して、見境なく敵意や嫌悪を向けている。

 僕の親ですら、その対象なのだ。

 事情は知らないが、過去に何かあったのだろう。

 

 少しでも、人間に対する認識を変えてほしいと思うばかりだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『ねえ、君はどうしてチャンピオンになりたいの?』

 

彼女の言葉を思い出す。

自分の中にある、数少ない温かい記憶。

僕はそれを忘れようと振り払う。なぜなら、僕にはそんな感傷に浸る権利すらないからだ。

 

野生のポケモンが現れた。

たたかう。

けいけんちを得る。

野生のポケモンが現れた。

たたかう。

けいけんちを得る。

野生のポケモンが現れた。

たたかう。

けいけんちを得る。

 

まるで作業のように、何度も繰り返す。

ここはシロガネ山の山頂付近だから、とても寒い。体がかじかんで、いつのまにか肩に雪が降り積もっている。

頂上にはあの人がいるが、自分のような才なしでは到底かなうはずがない。

朝から晩まで、血反吐を吐いても、体の節々が痛くなっても、心がやめたいと泣き叫んでも、つづける。

だってそれが、彼の人生を奪ってしまった僕の償いなのだから。

 

 

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