ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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4.ルギアと友達

 

 ルギアを捕まえたあの日から、ちょうど一か月が経った。

 

 僕がルギアを捕まえたことは、周りの人には話していない。

 

 ジョウト地方において、ルギアを知らない者はいない。

 特にアサギシティでは、海の神として今なお根強く信仰されている。

 毎年の夏の終わりに、海の神を讃える祭りがおこなわれるぐらいなのだ。

 

 ん? それのどこが問題かって?

 

 ああ、僕は別に大丈夫だ。

 しかし、ルギア本人はそうではないはず。

 もし僕がルギアを所持していることが、周囲の人に知られたら、僕の元にたくさんの人が殺到するに違いない。

 

「ルギアを一目見てみたい」

「海の神にお会いしたい」

 

 だいたいこんな感じで。

 

 そうなれば、人間嫌いのルギアが不快に思ってしまうのではないか?

 なので、当分、周りの人にはルギアの存在を隠していこうと思う。

 だからさっきのように餌をやるときは、人のいない雑木林の中でおこなうのだ。

 

 しかし、せめて誰かにこの秘密を共有しておきたいところである。

 

 

 ★

 

 

 その日、ジムの修練が終わったミカンちゃんを人のいない砂浜まで呼び出した。

 なぜかわからないけれど、ミカンちゃんはひどくソワソワしている様子だった。普段の鉄壁ガールな彼女とは思えぬ挙動不審さだった。

 そして「新しく捕まえたポケモンを見せたい」と、僕が言えば、彼女はなんだか残念そうな顔をした。

 なんでだよ?

 

 そんなこんなで、僕はボールからルギアを出してやる。

 風が吹き付け、砂浜の砂が巻き上がり、そこから真っ白なルギアの巨体が現れる。

 ルギアはやれやれ仕方がない、といった表情だった。

 なんなんだ、その顔は。明日のポフィンは抜きにしてやろうか。

 

「えっと、この子が新しいポケモンですか?」

 

 ミカンちゃんは、口を閉ざして、ルギアに釘付けになる。

 並のポケモンを凌駕する体躯。流線的な機能美を感じさせるフォルム。そして伝説のポケモンにふさわしい、その場にいるだけで立ちすくむほどのプレッシャー。

 きっと、この世界の住人がルギアを見たら圧倒されるだろう。

 

「そんなわけでミカンちゃんに紹介します、僕の新しいポケモン……ルギアです」

「ルギア……ほんとうに捕まえてしまったのですね」

 

 ミカンちゃんは、まじまじとルギアを観察しているようだった。

 

『ふん、なんだこの矮小な小娘は?』

 

 ルギアは眉をひそめている。ミカンちゃんにじろじろ見られるのが気に障っているらしい。

 

「しゃ、喋った……?」

 

 ミカンちゃんはあっけにとられたように、ポカンと口にする。誰だってそういう反応にはなるか。僕もそうだったから。

 

 ルギアは、嘲るような口調で言い放った。

 

『なんだ見下していたのか? お前たちの言葉を理解できないほどの低能だとでも?』

「ルギア! その言い方はやめて。……ミカンちゃん、気にしないで、ルギアはこういう性格だから」

 

 しばらくしたあと、ミカンちゃんは、こうコメントする。

 

「意外と、可愛らしいポケモンですのね」

「可愛らしい?」

「はい、私が想像していたルギアは……もっとこう、恐ろしいドラゴンのような姿をしていると思っていたので」

 

 いったい、ミカンちゃんの脳裏にどんなルギア像が出来上がっていたのだろうか……。

 

「具体的に言えば、翼を10枚はやした巨大化したバンギラスみたいな見た目だと……」

「流石にそれはないんじゃ」

 

 自分も試しに想像してみたが……うん、いったいどうしたらそんな怪物みたいなビジュアルを想像するんだい?

 

『な、なん……だと』

 

 ルギアは心底驚いているようだった。

 

『人間よ、私が可愛い、だと? 強がりのつもりか? そうだろう、そうに決まっている』

 

 ミカンちゃんは、伝説ポケモンが相手だとうのに、構うことなくズバズバと言った。

 

「だって真っ白な体毛は柔らかそうじゃありませんか。それに大きな翼はお手てみたい。しかもお顔はどこかポッポとそっくりです!」

 

 ポッポ……言われてみればそんな気がしてきたような……いやいや、そんなわけがない。

 

『……お手て……ポッポ?』

 

 ルギアは、ポッポという単語が何を表しているのか知らないようだった。

 だが、それが自分とはかけ離れた別の存在であることは理解しているらしい。

 

 ミカンちゃんは何かを考えているのか、しばらく黙り込んだあと、こう言った。

 

「触ってもかまいませんか?」

『なに?』

 

 ルギアは、まるで理解できないものを見るかのような目をしていた。

 僕だってびっくりした。彼女がまさかここまで鋼メンタルだったなんて。流石、てっぺきガールの名は伊達じゃない。

 

 ぜひ、ルギアには僕以外の人間とも交流していただこうではないか。

 

「いいよ、ただあまり激しくしないでね。ルギアは人間のことが苦手みたいだから」

「はい、承知いたしました」

「ルギア……彼女が触れてもいいかな?」

 

『……』

 

 ルギアの鋭い視線が、ミカンちゃんの瞳を静かに射抜く。

 ルギアが何を思っているのか、何を考えているのか、僕にはわからない。

 ただ見極めているようにも、そこに何かを探しているようにも見えた。

 

『承諾した。主の頼みであれば』

 

 と、ルギアは無感情に答えた。

 

 それから、ミカンちゃんはおっかなびっくりと言ったようすで、ルギアの頭に触れた。

 ぐるる、とルギアは目を閉じて、少しだけ不機嫌そうに顔を歪める。

 

「ゆっくり、撫でますね」

 

 さっさっ、とミカンちゃんの手が、ルギアの頭の上をゆっくりと滑る。

 しばらく、ミカンちゃんはルギアを撫で続けた。

 すると最初は嫌そうにしていたルギアの表情が、気のせいか、やわらいだような気がした。

 

「なんだかアカリちゃんの頭をなでているみたい。ルギアってデンリュウの進化先だったりして……?」

「そんなわけあるかい」

 

『……』

 

 それからミカンちゃんはルギアから手を放して、すごすごと僕の隣まで戻った。

 そうしてミカンちゃんは、いきなりルギアに謝った。

 

「えっ、あの、ルギア、やっぱりごめんなさい!」

『なぜ謝罪する』

「その、嫌そうな顔をされていましたから、人間のことがニガテなんですよね?」

 

 するとルギアは、ミカンちゃんに対して思念を飛ばした。

 

『貴様は、主のなんだ?』

 

 僕はちょっぴり驚いた。

 ルギアが人間に対して、自分から進んでコミュニケーションを図ろうとするなんて。

 ミカンちゃんは、ちょっぴり誇らしげにこう言った。

 

「ふふん、私は彼のご友人です」

 

 ルギアは、不思議そうにこうたずねた。

 

『友人とは……なんだ?』

 

 僕とミカンちゃんは、おたがいに顔を見合わせる。それからルギアはこう言い放った。

 

『つまり貴様と主は番であるということなのか?』

「え、ふえっ!?」

 

 ミカンちゃんは素っ頓狂な声を上げて、顔を真っ赤にした。

 僕も一瞬、言葉を失った。

 な、な、なにを言っているんだ!?

 番ってあれか? つまりオスとメスがくっつくあれですか? ということは僕とミカンちゃんが恋人同士って言っているのかね?

 

『年の近い、性別の違う人間同士だ。おたがいに警戒心がなく、個体同士の距離感も極めて近い。私にはお前たちが番のようにうつるが……』

「ちょ、ちょ、ちょちょ、君は誤解をしている!」

 

 流石にひどい勘違いだ。このままではミカンちゃんから顰蹙を買うかもしれない。今すぐに訂正しなければ。

 

 さらに、ルギアは火に油を注ぐ。

 

「それにこの娘からは発情したような匂いがする。特に主と距離が近いほどな』

「は、は、はつじょう!!??」

 

 ミカンちゃんはそう叫んで、目ん玉が飛びそうなぐらい驚いた顔をして、僕の方を見てくる。

 沸騰したやかんのように真っ赤になって、彼女はうつむいた。

 

「こ、これは、ち、違いますよ。嘘です。違いますから……」

 

 どんどん、ミカンちゃんの否定する声は小さくなっていって、そのままもじもじと体を縮こませたあと……。

 

「用事を思い出したので帰ります! ジムリーダーの業務がありますので!!」

 

 そう言い残して、ミカンちゃんはパタパタとその場から走り去った。

 

「ルギア、君ってデリカシーがない奴だ。人の心というものを分かっていない」

『どういうことだ?』

 

 ……ミカンちゃん、たぶん、相当怒っていたんだろうな。

 あんなに顔が真っ赤だったんだもの。

 僕だって誰かに、発情しているなんて言われたら、腹が立つもんさ。

 

「あー、どうしよう、ミカンちゃんに嫌われたかも……」

 

 と、自分で口にしてみたけれど、気にしすぎかもしれない。

 意外と彼女はメンタルが強い。

 あとでお詫びに、仕事の終わりの彼女にでも、サイコソーダを奢ってあげよう。

 

『主は、あの人間の娘と番になりたいと思っているのか?』

 

 僕はじろりとルギアをにらみ返した。

 

「今日はポフィンを抜き」

『……なぜだ!?』

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────────

 

 

「うわー、シロガネ山のてっぺんってこんなに寒いんだ。ここにずっと籠って修行している人がいるらしいけど、本当かな?」

 

「コトネちゃん、なんでこんな場所に?」

 

「なんで? 君がいるって聞いたから、よいしょ、隣失礼するね」

 

「ここは危ないよ。普通の人間が登山で来るような山じゃない。すぐに引き返して」

 

「一緒に帰ろう。シルバー君も心配しているよ」

 

「本当に、あいつが……? なにかの冗談だろ?」

 

「うん、シルバー君って多分ツンデレだから。だってあの子、君しか友達がいないし」

 

「そうだったの!? ツ、ツンデレ?」

 

「あーあ、せっかく女の子をここまで来させておいて、手ぶらで帰そうなんて、君ってひどいやつ」

 

「どうして? 僕は君に……」

 

「わたしたち友達でしょ? 理由なんているの?」

 

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