ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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5.ルギアと力

 ふわっと、優しい風が僕の頬をなでる。

 ああ、いい感じ。

 

『これか、これだな』

 

 そうそう、その調子。ベイリーフも気持ちよさそうにしているよ。

 あっ、ちょっと強すぎる。

 もう少し微調整して。

 

『どうだ? ちょうどいい具合だろう』

「ああー、最高だぁー」

「べいぃ……」

 

 机の上に置いたモンスターボール。

 それがころんと揺れて、ルギアの声が聞こえた。

 僕は自室のベッドに寝転がって、スマホロトムでポケッターをだらだら閲覧している。

 自室のフローリングでは、ベイリーフが仰向けになっている。きゅぅ、と上機嫌な鳴き声を上げている。

 

 そして部屋中に、ひんやりとして、それでいて穏やかな風が吹いている。

 その発生源は、ルギアが入ったモンスターボールからだった。

 ボールから吹き出た風は、操者の意思により、自由自在に動き、室内を快適な涼しさに保っている。

 

 

 少し話を戻そう。

 

 僕の部屋のエアコンが故障した。

 突然のことだった。

 あいにく修理業者は、今日の夕方まで来ない。

 母さんは辛辣にも「少しぐらい外で遊んでくれば?」という始末。

 外はうだるような暑さである。嫌である。

 かといって、エアコンがなければ、自室はサウナのような灼熱地獄になるだろう。

 フリージオでも部屋に置いておけば、解決できそうだが、残念ながら手持ちにもボックスにもいない。

 

 ともかく今日一日中、部屋でだらだらするつもりだったが、これでは計画はご破算だ。

 

 そう思った矢先に、ルギアはこう言った。

 

『なるほど、あのからくりが壊れたのか。アレが冷たい風を生み、部屋全体を冷やすのか』

 

 ふむふむ、とルギアはしばらくつぶやいたあと、ある提案をする。

 

『いいだろう。これも主の平穏を守るためだ。力は惜しまぬ』

 

 

 

 

 そうして、現在に戻る。

 

「べいぃ」

 

 ベイリーフが鳴き声をあげると、ルギアが入ったボールがまたころん、と揺れる。

 

『なに? もう少し冷たくしてほしいだと? 気ままなやつめ。ほれ、これくらいだろう』

「べい!!」

「あっ、ちょっと待って、ルギア! 寒すぎない? もうちょっと温度上げて、あと二度くらい」

『注文が多い! ええい、細かい風の操作はこれだから苦手なのだ』

 

 その時ふと、僕は「ああ、そういえば」と思い出した。

 以前なら、毎朝、ルギアの強風で乱暴にたたき起こされていた。

 しかしここ数日、まるで頬を撫でられたような優しい風を放ち、スッキリと朝の目覚めを体験できる。

 

「もしかして練習したの?」

 

 少し前に、ルギアは「自分は精密に風の流れや強弱を操るのは苦手だ」とか言っていたはずだったが。

 

『外敵を排除できないような、弱い風など使う機会がなかったからな』

「……大変だったんじゃないの?」

『なに、これしきのこと、私ができないとでも?』

「ありがとう」

『礼はいらん。お前は私の命を救ったのだからな』

「ほんとうのところは?」

『……今日はポフィンを多めにくれるならば』

 

 正直でよろしい。

 

「ちなみに今日は、君の大好きなヨスガシティ産のポフィンだからね」

『それは……おぉ!』

 

 ……しかし、本当にいいのだろうか。

 ルギアの風を、エアコン替わりにしてしまって。

 伝説のポケモンだよね? ジョウト地方で信仰される海の神様だよね?

 今自分は、とんでもなく冒涜的な行為をしているような気がしてならない。

 

「まあ、いっか」

『ちなみに、暖かい風も作れる。乾燥した風も生み出せる。温度も風の強弱も自由だ』

「もしかして君は冷暖房機の機能でも備わっているのかな?」

『これも練習の賜物だな』

 

 その時だった、

 

『まずい!』

 

 いったいなにがまずいというのか。

 僕がそうたずねようとした瞬間だった。

 僕の体が宙に浮かび上がった。

 ベイリーフも叫び声をあげて、天井に跳ね上がる。

 

 さきほどまで吹き付けていた穏やかな風が、一気に暴風へと変貌した。

 風は容赦なく部屋中を暴れ回り、机の上にあるノートやPC、テレビ台、ゲーム機も空中へ巻き上げていく。

 ぐるぐると視界が回転し、めまいがした。

 

 やがて、ぴたりと視界が静止した。落下する感覚。次に柔らかいベッドが反発した感触。

 がしゃん、という物音が部屋中で響き渡る。

 

 僕はベッドの上でうつ伏せになって倒れていた。

 僕の隣には、目を回して倒れているベイリーフ。

 そして暴走した風によって、部屋はがらくた小屋のようにぐしゃぐしゃになり果てていた。

 

『……ううむ、ポフィンが頭に浮かんで、つい気を抜いてしまった』

 

 ルギアの苦虫を嚙み潰したような声。

 僕はふらふらと立ち上がって、こう言った。

 

「とりあえず、母さんに見つかる前に片づけよっか」

『……すまない』

 

 

 

 

 その後、母さんにバレないように、迅速に片づけをおこなった。

 僕は汗水たらして手を動かし、ベイリーフはツルを自在に操り、そしてルギアは念力を用いて。

 三人揃えば文殊の知恵というわけではないけれど、一人より圧倒的な速さで、荒れた部屋は元通りになった。

 その後、ルギアは『今日はポフィンを抜きにしてくれ』と言い放つ。

 自分を罰したい気持ちだったのだろう。

 

 だけど、そう言われたら、つい逆張りしたくなる性格だ。

 なのでその日は、いつもより多めにポフィンを上げることにした。

 

 いつもの人気のない雑木林で、誰もいないことを確認したあと、モンスターボールを地面に投げる。

 そしてボールから外に出たルギアに、日課の餌やり(ポフィン)を与える。

 その時、ルギアはひどく嘆かわしそうにこう口にしていた。

 

『これではさらに恩が増えるばかりだ。もはやこの首を差し出す以外に他はないか……』

「首は差し出す必要はないから、もっとたくさん練習して、風を上手く操作できるようになってね」

『ああ、わかった、精進する』

 

 できればルギアには、自分の力をコントロールする術を身につけてもらいたい。

 今後、ルギアと生活していく上で、今回のような事故が頻発するようではいけないから。

 

『朝も夜も昼も、三日三晩かかさず練習だ!』

「それ、逆に寝不足になって、うまくできなくなるパターンだからやめてよね」

 

 なんというか、ルギア本人は頑固すぎるというか融通が利かないというか。

『いじっぱり+せっかち+まじめ』の三点欲張りセットみたいな性格をしている。

 

 それから僕はふいにこう尋ねた。

 

「ルギアはさ、自分の力が怖いって思ったことはある?」

 

 ルギアは強大な力を持っている。

 それこそ、巨大台風を軽く消し飛ばすぐらい朝飯前で、うっかり気を抜けば、さっきみたいに強大な力が暴発してしまうわけだ。

 

『ないな』

 

 ルギアは即答した。

 

『むしろこの嵐の力があるから、今日まで生きてこれたのだ』

 

 ルギアは、どこか誇らしげに自分の力を語る。

 

『この力は、私が私であることのなによりの証明だ』

 

 だけど、その声にわずかな淀みがあるのは気のせいだろうか。

 

『……ああ、ただ、私が嵐の力を使う姿を目撃した者の中には、化け物を見るような目でこちらを見ている人間がいた』

 

 その時、僕は心底不思議に思った。

 だって人間が嫌いだっていうのなら、どうしてそんな寂しそうな目をしているんだろう────。

 

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 

「おい、こんなクソ寒い僻地でなにをしているんだよ」

 

「なんだ、シルバー君か、久しぶり。ちょっと今は山籠もり修行中なんだ」

 

「ふん、オレにはお前が現実逃避したくて、殻に閉じこもっているようにしか見えないけどな」

 

「……」

 

「まあいい、それよりいつ下山するつもりだ」

 

「しないよ」

 

「は? ふざけてるのか?」

 

「……それより、君のお父さんはまだ見つかっていないの?」

 

「あんなヤツなんてどうだっていいさ」

 

「そうなんだ」

 

「……ただ、出会ったらオヤジはオレの手でぶっ倒す。それだけさ。2年前の電波塔の事件の時、あいつは現れた。だからあのクソオヤジは今もジョウトかカントーに潜伏している可能性がある」

 

「……ねえ、話が変わるけど、コトネちゃんが言っていたんだ。シルバー君って友達がいないの?」

 

「は、はぁ!?」

 

「冷静に考えたら、君っていつも口が悪いし、不愛想だから、当然なのかもね」

 

「別にいらねえよ。俺は最強のトレーナーになれたらそれでいいのさ」

 

「どうして、最強になりたいの?」

 

「きまっているぜ、クソオヤジに出くわしたとき一泡吹かせるためだ。そのためには今より力が必要なんだよ」

 

 

 

「それにアイツは昔こう言ったんだ。『力こそが、人を集め、束ねる』ってな。だからオヤジが足元にすら及ばないぐらい最強になって、鼻で笑ってやるのさ」

 

 

 




書き貯め+休憩のため1週間更新を休みます。それでは。
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