ふわっと、優しい風が僕の頬をなでる。
ああ、いい感じ。
『これか、これだな』
そうそう、その調子。ベイリーフも気持ちよさそうにしているよ。
あっ、ちょっと強すぎる。
もう少し微調整して。
『どうだ? ちょうどいい具合だろう』
「ああー、最高だぁー」
「べいぃ……」
机の上に置いたモンスターボール。
それがころんと揺れて、ルギアの声が聞こえた。
僕は自室のベッドに寝転がって、スマホロトムでポケッターをだらだら閲覧している。
自室のフローリングでは、ベイリーフが仰向けになっている。きゅぅ、と上機嫌な鳴き声を上げている。
そして部屋中に、ひんやりとして、それでいて穏やかな風が吹いている。
その発生源は、ルギアが入ったモンスターボールからだった。
ボールから吹き出た風は、操者の意思により、自由自在に動き、室内を快適な涼しさに保っている。
少し話を戻そう。
僕の部屋のエアコンが故障した。
突然のことだった。
あいにく修理業者は、今日の夕方まで来ない。
母さんは辛辣にも「少しぐらい外で遊んでくれば?」という始末。
外はうだるような暑さである。嫌である。
かといって、エアコンがなければ、自室はサウナのような灼熱地獄になるだろう。
フリージオでも部屋に置いておけば、解決できそうだが、残念ながら手持ちにもボックスにもいない。
ともかく今日一日中、部屋でだらだらするつもりだったが、これでは計画はご破算だ。
そう思った矢先に、ルギアはこう言った。
『なるほど、あのからくりが壊れたのか。アレが冷たい風を生み、部屋全体を冷やすのか』
ふむふむ、とルギアはしばらくつぶやいたあと、ある提案をする。
『いいだろう。これも主の平穏を守るためだ。力は惜しまぬ』
そうして、現在に戻る。
「べいぃ」
ベイリーフが鳴き声をあげると、ルギアが入ったボールがまたころん、と揺れる。
『なに? もう少し冷たくしてほしいだと? 気ままなやつめ。ほれ、これくらいだろう』
「べい!!」
「あっ、ちょっと待って、ルギア! 寒すぎない? もうちょっと温度上げて、あと二度くらい」
『注文が多い! ええい、細かい風の操作はこれだから苦手なのだ』
その時ふと、僕は「ああ、そういえば」と思い出した。
以前なら、毎朝、ルギアの強風で乱暴にたたき起こされていた。
しかしここ数日、まるで頬を撫でられたような優しい風を放ち、スッキリと朝の目覚めを体験できる。
「もしかして練習したの?」
少し前に、ルギアは「自分は精密に風の流れや強弱を操るのは苦手だ」とか言っていたはずだったが。
『外敵を排除できないような、弱い風など使う機会がなかったからな』
「……大変だったんじゃないの?」
『なに、これしきのこと、私ができないとでも?』
「ありがとう」
『礼はいらん。お前は私の命を救ったのだからな』
「ほんとうのところは?」
『……今日はポフィンを多めにくれるならば』
正直でよろしい。
「ちなみに今日は、君の大好きなヨスガシティ産のポフィンだからね」
『それは……おぉ!』
……しかし、本当にいいのだろうか。
ルギアの風を、エアコン替わりにしてしまって。
伝説のポケモンだよね? ジョウト地方で信仰される海の神様だよね?
今自分は、とんでもなく冒涜的な行為をしているような気がしてならない。
「まあ、いっか」
『ちなみに、暖かい風も作れる。乾燥した風も生み出せる。温度も風の強弱も自由だ』
「もしかして君は冷暖房機の機能でも備わっているのかな?」
『これも練習の賜物だな』
その時だった、
『まずい!』
いったいなにがまずいというのか。
僕がそうたずねようとした瞬間だった。
僕の体が宙に浮かび上がった。
ベイリーフも叫び声をあげて、天井に跳ね上がる。
さきほどまで吹き付けていた穏やかな風が、一気に暴風へと変貌した。
風は容赦なく部屋中を暴れ回り、机の上にあるノートやPC、テレビ台、ゲーム機も空中へ巻き上げていく。
ぐるぐると視界が回転し、めまいがした。
やがて、ぴたりと視界が静止した。落下する感覚。次に柔らかいベッドが反発した感触。
がしゃん、という物音が部屋中で響き渡る。
僕はベッドの上でうつ伏せになって倒れていた。
僕の隣には、目を回して倒れているベイリーフ。
そして暴走した風によって、部屋はがらくた小屋のようにぐしゃぐしゃになり果てていた。
『……ううむ、ポフィンが頭に浮かんで、つい気を抜いてしまった』
ルギアの苦虫を嚙み潰したような声。
僕はふらふらと立ち上がって、こう言った。
「とりあえず、母さんに見つかる前に片づけよっか」
『……すまない』
その後、母さんにバレないように、迅速に片づけをおこなった。
僕は汗水たらして手を動かし、ベイリーフはツルを自在に操り、そしてルギアは念力を用いて。
三人揃えば文殊の知恵というわけではないけれど、一人より圧倒的な速さで、荒れた部屋は元通りになった。
その後、ルギアは『今日はポフィンを抜きにしてくれ』と言い放つ。
自分を罰したい気持ちだったのだろう。
だけど、そう言われたら、つい逆張りしたくなる性格だ。
なのでその日は、いつもより多めにポフィンを上げることにした。
いつもの人気のない雑木林で、誰もいないことを確認したあと、モンスターボールを地面に投げる。
そしてボールから外に出たルギアに、日課の餌やり(ポフィン)を与える。
その時、ルギアはひどく嘆かわしそうにこう口にしていた。
『これではさらに恩が増えるばかりだ。もはやこの首を差し出す以外に他はないか……』
「首は差し出す必要はないから、もっとたくさん練習して、風を上手く操作できるようになってね」
『ああ、わかった、精進する』
できればルギアには、自分の力をコントロールする術を身につけてもらいたい。
今後、ルギアと生活していく上で、今回のような事故が頻発するようではいけないから。
『朝も夜も昼も、三日三晩かかさず練習だ!』
「それ、逆に寝不足になって、うまくできなくなるパターンだからやめてよね」
なんというか、ルギア本人は頑固すぎるというか融通が利かないというか。
『いじっぱり+せっかち+まじめ』の三点欲張りセットみたいな性格をしている。
それから僕はふいにこう尋ねた。
「ルギアはさ、自分の力が怖いって思ったことはある?」
ルギアは強大な力を持っている。
それこそ、巨大台風を軽く消し飛ばすぐらい朝飯前で、うっかり気を抜けば、さっきみたいに強大な力が暴発してしまうわけだ。
『ないな』
ルギアは即答した。
『むしろこの嵐の力があるから、今日まで生きてこれたのだ』
ルギアは、どこか誇らしげに自分の力を語る。
『この力は、私が私であることのなによりの証明だ』
だけど、その声にわずかな淀みがあるのは気のせいだろうか。
『……ああ、ただ、私が嵐の力を使う姿を目撃した者の中には、化け物を見るような目でこちらを見ている人間がいた』
その時、僕は心底不思議に思った。
だって人間が嫌いだっていうのなら、どうしてそんな寂しそうな目をしているんだろう────。
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「おい、こんなクソ寒い僻地でなにをしているんだよ」
「なんだ、シルバー君か、久しぶり。ちょっと今は山籠もり修行中なんだ」
「ふん、オレにはお前が現実逃避したくて、殻に閉じこもっているようにしか見えないけどな」
「……」
「まあいい、それよりいつ下山するつもりだ」
「しないよ」
「は? ふざけてるのか?」
「……それより、君のお父さんはまだ見つかっていないの?」
「あんなヤツなんてどうだっていいさ」
「そうなんだ」
「……ただ、出会ったらオヤジはオレの手でぶっ倒す。それだけさ。2年前の電波塔の事件の時、あいつは現れた。だからあのクソオヤジは今もジョウトかカントーに潜伏している可能性がある」
「……ねえ、話が変わるけど、コトネちゃんが言っていたんだ。シルバー君って友達がいないの?」
「は、はぁ!?」
「冷静に考えたら、君っていつも口が悪いし、不愛想だから、当然なのかもね」
「別にいらねえよ。俺は最強のトレーナーになれたらそれでいいのさ」
「どうして、最強になりたいの?」
「きまっているぜ、クソオヤジに出くわしたとき一泡吹かせるためだ。そのためには今より力が必要なんだよ」
「それにアイツは昔こう言ったんだ。『力こそが、人を集め、束ねる』ってな。だからオヤジが足元にすら及ばないぐらい最強になって、鼻で笑ってやるのさ」
書き貯め+休憩のため1週間更新を休みます。それでは。