ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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お待たせしました。更新再開です。


6.ルギアとポケモン勝負(前編)

「こんにちは」

 

 その日もいつものように、家でぐーたらしていると、来客がやってきた。

 ミカンちゃんだ。

 

「稽古のお相手をしていただきたいのです」

 

 ミカンちゃんは開口一番、そう口にした。

 びっくりした。彼女から、ポケモン勝負の練習に誘われるなんて初めてだったから。

 

「……いいけど、今から?」

「はい、今すぐに」

 

 ひょっとすると、彼女はもう僕が立ち直ったと思ってくれているんだろうか。

 一時期結構ひどい精神状態だったし、とにかく追い立てられていた。傍から見れば今の僕とは別人みたいだったと思う。

 

 だが、続けてミカンちゃんが言い放った言葉は、さらに衝撃的だった。

 

「ルギアと勝負してもいいですか?」

「ん、んん!?」

『なんだと、小娘?』

 

 僕は手の平の上に、ルギアが入ったモンスターボールを乗せていた。ころん、とボールは揺れ、そこにいるルギアが思念を飛ばす。

 

 ミカンちゃんはにこやかに、こう答えた。

 

「ごきげんよう、ルギアさん」

『小娘、この私と殺しあいをするつもりか』

「ちょっとストップ! 一旦落ち着いてくれ」

『落ち着くもなにも。この娘は、私と命をかけた決闘を申し出てきたのだ』

「違うって、君は誤解をしている!」

『誤解……?』

 

 慌てた僕は、すぐに釈明する。

 

『ポケモン勝負だと? ……それはなんだ?』

 

 ルギアはそうたずねてくるので、僕は要点をかいつまんで説明した。

 

「ほら、前に言っただろ? 

 ポケモンを持っている人間を『ポケモントレーナー』っていうんだ。

 で、ポケモントレーナー同士は目と目が合ったら勝負をする。

 おたがいに自分の手持ちポケモンを戦わせるんだよ」

 

『なにっ、人間どもは享楽のために、ポケモン同士を殺し合わせているのか!?』

 

 おいおい、ちょっと待ってくれ。

 またしても、とんでもない誤解をしている。

 

「違う違う、はい、落ち着いて、冷静になってー、深呼吸しようねー」

 

 そろそろルギアの扱い方が分かってきた気がする……。

『いじっぱり+せっかち+まじめ』の三点欲張りな性格は、一旦落ち着かせるのが大切だ。

 

「そんな物騒なものじゃないよ。

 ポケモン勝負は、おたがいにポケモンがわざを繰り出して、試合をおこなうんだ。

 相手の持つポケモンがすべてひんし状態になったら、自分の勝ち。逆にこっちがそうなったら負け。

 けっして命の取り合いなんかじゃないよ」

 

 ルギアは、考えるそぶりを見せた。

 

『少なくとも殺し合いではないのか……。だが。おたがいに瀕死になる寸前まで戦わせるとは、人間の競技に付き合わされるポケモンたちが哀れでならない』

「それはまぁ……最初はそう思って当然だろうね」

 

 ルギアの考えは、完全には否定できない。

 

 この世界に転生して、ポケモン勝負を初めて目にしたとき、僕は恐怖したことを覚えている。

 ポケモン勝負は、ポケモン同士は全力で戦う。

 普通の人間がくらえば大けがでは済まないような、攻撃の応酬。

 勝負の中で、ポケモンたちはもちろん傷つく。

 

 恐いし、辛いし、痛いだろう。

 僕は当時の衝撃を思い返して、どう答えればいいのか迷った。

 

 そうこうしているうちに、僕の手の平にあるモンスターボールが振動する。

 中にいるルギアの感情が伝わってきた。

 

『戦うとは、本来、己の身を守るためにあるものだ。縄張りを死守するため、食糧を得るため、あるいは脅威から生き延びるため……』

 

 それは静かな怒りだった。

 

『これは人間の快楽を満たすためにおこなわれている。ポケモンひいては生命に対する侮辱だ!』

「違います」

 

 ピシャリ、と否定の言葉を口にしたのはミカンちゃんだった。

 

『違うとはどういうことだ?』

 

 ルギアが鋭く声を発する。

 

「私のポケモンたちは、私の命令で戦っているんじゃありません」

『なぜわかる?』

 

 ミカンちゃんは腰のホルスターに収まったモンスターボールへそっと手を伸ばした。

 まるで相棒の存在を確かめるような仕草だった。

 

「いつもこの子たちと一緒にいるから、分かるんです。

 強くなりたいから。

 仲間と一緒に頑張りたいから。

 勝ちたいから。

 そう思ってくれているんです」

 

 ルギアは反論する。

 

『それはお前の思い込みかもしれんぞ』

「もしそうなら、わたしはこの子たちを戦わせません。だって勝つことより、この子たちとの信頼のほうが大切ですから」

『……』

 

 ルギアはしばらく黙り込んだあと、こう言った。

 

『主よ』

「うん」

『頼みがある』

「言ってみて」

 

『一度でいい、ポケモン勝負とやらをこの目で見届けて構わないか?』

 

 僕は思わず、目を見開いて、声が出そうになった。

 人間をあれだけ信じないと口にしていたルギアが、そう言うなんて、まったく予想できなかったから。

 

 僕は「いいよ」と即座にうなずいた。

 

 

 ★

 

 

 ポケモン勝負の場所は、ミカンちゃんのとっておきの秘密の訓練場所だという。

 

「ここだったら、ルギアは誰にも見られません」

 

 アサギシティジム内部。その奥にはジムリーダーが挑戦者を待つ部屋がある。

 そしてその部屋の裏側には、ミカンちゃんの、秘密の特訓部屋があるという。

 

「あなただけですよ。他の方には決して見せませんから」

 

 そう言って、ミカンちゃんが口元で人差し指を立てたとき、なんだか胸がドキリとした。

 

 ミカンちゃんの特訓部屋は、ジムリーダーが鍛錬するにふさわしい、設備の整った訓練所だった。

 体育館程度の面積の、箱庭のような大部屋。

 サンドバッグ、ランニングマシン、ポケモン用のウェイト、ノートがぎっしり詰まった本棚があちこちにある。

 そして部屋の隅にあるポケモンセンターで使用される回復装置が配備されている。

 つまり、遠慮なく勝負ができるってことだ。

 

 部屋の中心にあるバトルコート。その両端に、僕とミカンちゃんが立った。

 おたがいに、モンスターボールを握っている。

 

『では、とくと拝見させてもらおうか』

 

 コートから少し離れた位置には、ボールから外にでたルギアがどかりと座り込んで、観戦している。

 

 勝負をする直前、ミカンちゃんはこんな風なことを言った。

 

「……断られるかなって思ったんです」

「ルギアのこと? まあミカンちゃん以外の人には秘密にしているしね」

「あっ、そうじゃなくて……」

 

 ミカンちゃんは、どこか遠慮がちにこう告げる。

 

「だってもう、ずっとポケモン勝負をされてなかったじゃないですか?」

「そういえば、そう……だったね」

「もう、二度とコートに立つことないと思っていましたので」

 

 ポケモン勝負はもう何年もしていない。

 別に嫌いになったわけじゃない。怖くなったわけじゃない。

 ただ、きっと疲れてしまっていたのだろう。

 だから僕はポケモン勝負の世界から降りて、今では怠惰な生活ばかり送っているのだ。

 

「もう一度、君がポケモン勝負をしてくれて、わたしは嬉しいんです」

 

 ミカンちゃんは、ニコリと朗らかに笑った。太陽のように明るく、けれど彼女らしい優しげな笑顔。

 

「あ、うん、ありがとう……」

 

 なぜかわからないけれど、心臓がバクバクした。

 そのせいでうまく言葉を返せなかった。

 

『ふむ、心拍数が上がっている。主はあのミカンという娘に発情しているようだ……!』

 

 外野が余計なことを言っている。

 

『やはりあの二人は番なのか? いや、友人という間柄らしいので違うか、いやひょっとすると、友人とは番という意味なのだろうか?』

 

 念のために釘を刺しておくか。

 

「ルギア、今日はポフィンの量を減らすね」

『なぜだ? 本当のことを言っているだけなのに……』

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……誰ですか?」

 

「……」

 

「あなたは……そんな、まさかご本人に会えるなんて!!」 

 

「……」

 

「サインください! レッドさん!」

 

「……」

 

「え……<ペンを持っていないからできない、ごめんよ>ですって? それはまあ、こんな場所でペンなんて持っているわけないですもんね」

 

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