ブースターが口からかえんほうしゃを放ち、対して、レアコイルがじゅうまんボルトを撃つ。そして衝撃と爆発。
砂煙を突っ切ってブースターが、レアコイルに接近。
「かえんぐるま!」
「でんじはで足止めしてください!」
流石、ジムリーダーの本気手持ちポケモンだけあって、強い。
試合は1on1の真剣勝負。
僕はブースターを。ミカンちゃんはレアコイルを。僕らはそれぞれ繰り出し、戦わせている。
「タイプ相性は不利ですけれど、それを覆してこそ! てっぺきガールなのです!」
ミカンちゃんは、普段はおしとやかだが、勝負になると、テンションがアガりだして、そんな感じのことを言う。
あとでいじると、本人は顔を真っ赤にするのは、もはやご愛嬌だ。
試合は接戦だった。
タイプ相性では、こちらが圧倒的に有利。個体間の戦闘力もブースターが上回っている。
しかし、戦いは一方的にはならなかった。
ブースターの炎の攻撃をかいくぐりながら、その隙を縫って、ミカンちゃんは指示を出す。
的確な判断で、じゅうまんボルトで反撃をおこなう。
すぐに僕は指示を出して、ブースターを後退させ、じゅうまんボルトを回避させた。
あ、まずい、ついミカンちゃんの方を見て、集中が途切れる。
勝負の時、ミカンちゃんはいつもの穏やかな顔つきじゃなくて、どこか凛々しい。
カッコよさと可愛さが両立しているのだ。
……本人に対して、絶対にそんなことは言えないけれど。
それに、気になることがもうひとつ。
『……』
観戦者であるルギアは、ただポケモン勝負を観察している。
いったい、僕らのポケモン勝負をルギアはどう思っているのだろうか。
ポケモン勝負の結果は、僕の勝ちだった。
「よくやった、ブースター!」
僕はブースターの頭をなでる。
ブースターは「きゅいぃ」と目を細めて、嬉しそうにしてた。
「レアコイル、お疲れ様です……」
ひんし状態から回復したレアコイルに、ミカンちゃんは労いの言葉をかける。
「bivviu!」とレアコイルは元気そうに反応していた。
久しぶりのポケモン勝負だったけれど、自分の腕は思ったより衰えてはいなかった。
けれど、やっぱり全盛期よりもトレーナーとしての鋭さや判断力は落ちていた。
あのシロガネ山に籠っていた頃は、人間性を引き換えに研ぎ澄まされた感覚があったが、今はない。
ぐうたらな生活ばかりしているせいだ。
勝負を終えた僕らに、大きな影が近づいてくる。
ルギアがのしのしと歩きながら、こう尋ねた。
『私の問いに答えよ。人間に従い、共にある、小さき者たちよ!』
その呼びかけは、僕とミカンちゃんに対してではない。ブースターとレアコイルはルギアの方を向く。
『なぜ人間の言葉に従い、戦った?』
ブースターは「きゅいぃ?」と首をかしげた。
まったく訳が分からない、といった様子だった。それから「きゅい!」とブースターは一声鳴く。
『……なに? <どうしてそんなことを聞いてくるの? ご主人と一緒に戦うのに理由なんているの?>だと?』
ルギアは目をまんまるにさせた。
次にレアコイルは機械音のような声で鳴く。
『む! <勝負することは好きだし、それにパートナーのためならいくらでも戦える>だと……』
ルギアは唖然としているようだった。
『信じられぬ……こんなことがありえるのか、ポケモンたちは望んで自ら戦っているのか……?』
ミカンちゃんは、静かにこう言い放った。
「ポケモンたちも、一緒に戦って、一緒に強くなろうとしてくれるんです。だから私は、勝負を通して絆を深めているんだと思っています」
ルギアは反論もせず、ミカンの言葉を聞いているようだった。
「なのでわたしはこう思うんです。ポケモン勝負は、人間とポケモンが『おたがいに必要な存在なんだ!』って確認するためのものなんだって」
『……娘よ、お前は、私と戦いたいと申したな』
「はい、けれど流石に、ルギアさんは海の神様ですし、失礼すぎましたでしょうか?」
『いいや。私に恐れることなく、正面切って物言いできるのだ。お前は小娘にしては、勇敢な心持っている』
なんだか、ルギアの、ミカンちゃんへの対応が変わったような気がする。
「ねえ、ルギア」
『なんだ、主よ』
「君もポケモン勝負をしてみる?」
僕がそう問いかけると、ルギアは少し固まったあと、静かにうなずいた。
「全力でいきましょう。ハガネール。相手は伝説のポケモンです。いつも以上に、シャキーン、と! はがねの心で挑みますよ!」
「グワバッ!」
バトルコートの向かい側には、ミカンちゃんと。彼女の相棒であるハガネール。
対して、僕と、僕のすぐそばにはルギアがいた。
やはりハガネールと比べても、ルギアの体躯は大きい。
なによりその場でいるだけでも、異様な存在感がある。
流石、伝説のポケモンというべきか。
『とりあえず、あのポケモンを戦闘不能にすればよいのだな? 主よ』
「うん。シンプルに言うならばそうだね。ただし絶対にミカンちゃんを攻撃しないでね」
『それくらいの分別はついている』
────そうして、試合が始まった。
ミカンちゃんの指示でハガネールが動き出す。
僕はどうしようか、と一瞬迷う。
ポケモン勝負でルギアを使うのはこれが初めてだ。
本人もポケモン勝負の経験はない。
つい勢いで始めてしまったので、事前に詳細なルール説明もしていない。
ちゃんと勝負前に打ち合わせをしておけばよかったと、今更ながら後悔した。
「とりあえず、試しにルギアが思うように戦ってくれ」
『承諾した』
そして僕の考えが浅はかだったと、ここにきて思い知らされた。
『戦闘不能……死なない程度、といったところか』
ルギアが翼を広げた。
その瞬間、まるでバトルコート全体に何倍もの重力がかかったような圧力が襲いかかる。
それは人智を越えた理外の存在の、戦意と敵意だ。
直でそれを浴びた相手のハガネールは、硬直した。
コートの外にいたミカンちゃんは、冷や汗を浮かべて顔をこわばらせている。ルギアのプレッシャーの対象はポケモンだけではない。トレーナーにさえも影響をおよぼす。
自分の呼吸が浅くなっている。
体が震えていることに気づいた。
指示を出す側の僕も、この重圧の影響で、口がチャックされたみたいにうまく声を出せない。
『これくらいならば、死にはしないだろう』
部屋中の風が吹き荒れる。
周囲にあった、訓練用の道具が暴風にさらされ、次々と吹き飛ばされていく。
やがてルギアの口元に、風が収束し、膨大なエネルギーの塊となる。
────ここから離れろ。ここにいたら死ぬ。
僕の体が無意識で、そう警鐘を鳴らした。
ハガネールは、恐怖のあまり、その場で身動きすらできないようだった。
ミカンちゃんも青ざめた顔をしている。
まずい、あれはエアロブラストだ。
あれほどのエネルギーを撃ちだされたら、ハガネールを戦闘不能にするどころか、消し炭になる。
いやそれどころか、あれだけの膨大なエネルギーが放出されたら、この部屋どころかジム施設全体が消滅してしまうかもしれない。
なにが死なない程度なんだよ? 全然死んじゃうレベルだ!
場を支配する重圧を逆らい、かろうじて僕は叫ぶことができた。
「ルギア! その攻撃を中止して!!」
するとルギアの口元に収束していた風のエネルギーが霧散した。
『どうすればいい?』
「えっと、よし! なるべく部屋を破壊しない範囲で加減しつつ攻撃して!」
我ながら無茶な注文だったが、ルギアは素直に従ってくれた。
『難しいな。……こういう感じか』
ハガネールの重厚な体が空中へ浮かび上がる。
ルギアはサイコキネシスを使用した。
ハガネールは恐怖と念力の力で、抵抗することもせず体を持ち上げられていく。
ルギアは念力を用い、そのままハガネールを大部屋の天井ぎりぎりまで持ち上げたあと、叩き落とした。
ドン、という衝撃音と、砂煙が舞う。
砂煙が晴れたあと、そこには戦闘不能となったハガネールの姿があった。
勝負は、呆気なく終わった。
いや、もはや果たして勝負と呼べるものですらなかった。
僕はようやく、自分がどんな存在を手に入れたのかを実感した。
ジムリーダーが鍛えたポケモンでも、まったく相手にならない。
これが、この世界の頂点に立つポケモン……。
「お疲れ様だよ、ルギア」
『お前はさきほどの戦いで、私を恐れたか?』
勝負が終わった後、ルギアは僕にそう尋ねた。
その時、僕は不思議に思った。
なにかを怖がっているような目をしていたから。
僕は素直に答えた。
「うん、正直、怖かった」
『……そうか』
落胆と失望と、それから自嘲が混じったような思念の声だった。
「だけど、今ので慣れたから。もう大丈夫」
『なに?』
「ルギアと一緒にポケモン勝負をするのは初めてだったから。次どうすればいいのか考えれば済む話だし」
それにね、と僕はこう続けた。
「だから気にしないで。ルギアはよく頑張った!」
ルギアはあっけにとらわれたような表情になった。
「ポケモン勝負をしてみてどうだった?」
『……そうだな』
ルギアは少し考え込んだあと、こう答えた。
『あまり面白さがわからん』
「それだけ?」
『そもそも戦いは好かん。相手を傷つけ、己を危険にさらす行為だからな』
「つまり嫌だったってこと?」
僕が苦笑してそう言うと、ルギアは首を横に振る。
「だが──」
ルギアはつづけた。
「力をぶつけ合うことに意味を見出す者がいると理解できた。
他の小さき者たちも、あの娘も。お前の仲間たちも。
皆、戦うことそのものを楽しんでいた」
「私が思っていたほど単純な話ではなかった、そういうことなんだろう」
そうか、それはよかった。
一息ついたところで、ふと我に返る。
ああ、しかし僕はいいとして、ミカンちゃんは……。
ルギアの風の力で、訓練場はめちゃくちゃな状態になっているし、相棒のハガネールも瞬殺してしまうし。
……まさか、このせいで、ミカンちゃんに嫌われたり!?
「すごいです! 流石、伝説のポケモン!!」
ミカンちゃんはキラキラした瞳で、こちらを見ていた。
ちょっとこの子、メンタル強すぎない?
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「……」
「ああ、レッドさん昨日はどうも。……え? <ここは寒いし危ない。君は下山したほうがいい>って?」
「そう言っていただけて嬉しい限りです。レッドさん」
「けどダメなんです。僕はもっと強くならないといけないから……」
「ん? <ポケモン勝負は楽しんでやるものだけど、君の戦っている姿はとても苦しそうだ>って? ……ああ、やっぱりそういう風に見えるんですね?」
「そりゃあレッドさんみたいな誰よりもポケモン勝負が強ければ、分からないでしょうけど……いや、この世界の誰もかれも、きっと僕に共感できない」
「<じゃあ、どうして君はポケモン勝負をするんだい?>だって?」
そんなものは決まっているじゃないか。
すべては自分の罪を、償うために。
生まれた瞬間、僕は罪の十字架を課せられた。
僕の人生は、それを贖うためだけに、ただ存在しているのだ。
「……」
「ええ? <事情は人それぞれだし、詮索はしないけど、無理しない範囲でがんばって。あとこれあげる>ですって?」
「うわっ、ミックスオレだ! ありがとうございます!!」
「というか、いったいどこで手に入れたんだろ? シロガネ山の山頂に自販機でもあるのかな?」