ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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7.ルギアとポケモン勝負(後編)

 ブースターが口からかえんほうしゃを放ち、対して、レアコイルがじゅうまんボルトを撃つ。そして衝撃と爆発。

 砂煙を突っ切ってブースターが、レアコイルに接近。

 

「かえんぐるま!」

「でんじはで足止めしてください!」

 

 流石、ジムリーダーの本気手持ちポケモンだけあって、強い。

 試合は1on1の真剣勝負。

 僕はブースターを。ミカンちゃんはレアコイルを。僕らはそれぞれ繰り出し、戦わせている。

 

「タイプ相性は不利ですけれど、それを覆してこそ! てっぺきガールなのです!」

 

 ミカンちゃんは、普段はおしとやかだが、勝負になると、テンションがアガりだして、そんな感じのことを言う。

 あとでいじると、本人は顔を真っ赤にするのは、もはやご愛嬌だ。

 

 試合は接戦だった。

 タイプ相性では、こちらが圧倒的に有利。個体間の戦闘力もブースターが上回っている。

 しかし、戦いは一方的にはならなかった。

 ブースターの炎の攻撃をかいくぐりながら、その隙を縫って、ミカンちゃんは指示を出す。

 的確な判断で、じゅうまんボルトで反撃をおこなう。

 すぐに僕は指示を出して、ブースターを後退させ、じゅうまんボルトを回避させた。

 

 あ、まずい、ついミカンちゃんの方を見て、集中が途切れる。

 勝負の時、ミカンちゃんはいつもの穏やかな顔つきじゃなくて、どこか凛々しい。

 カッコよさと可愛さが両立しているのだ。

 ……本人に対して、絶対にそんなことは言えないけれど。

 

 それに、気になることがもうひとつ。

 

『……』

 

 観戦者であるルギアは、ただポケモン勝負を観察している。

 いったい、僕らのポケモン勝負をルギアはどう思っているのだろうか。

 

 

 

 

 ポケモン勝負の結果は、僕の勝ちだった。

 

「よくやった、ブースター!」

 

 僕はブースターの頭をなでる。

 ブースターは「きゅいぃ」と目を細めて、嬉しそうにしてた。

 

「レアコイル、お疲れ様です……」

 

 ひんし状態から回復したレアコイルに、ミカンちゃんは労いの言葉をかける。

「bivviu!」とレアコイルは元気そうに反応していた。

 

 久しぶりのポケモン勝負だったけれど、自分の腕は思ったより衰えてはいなかった。

 けれど、やっぱり全盛期よりもトレーナーとしての鋭さや判断力は落ちていた。

 あのシロガネ山に籠っていた頃は、人間性を引き換えに研ぎ澄まされた感覚があったが、今はない。

 ぐうたらな生活ばかりしているせいだ。

 

 勝負を終えた僕らに、大きな影が近づいてくる。

 ルギアがのしのしと歩きながら、こう尋ねた。

 

『私の問いに答えよ。人間に従い、共にある、小さき者たちよ!』

 

 その呼びかけは、僕とミカンちゃんに対してではない。ブースターとレアコイルはルギアの方を向く。

 

『なぜ人間の言葉に従い、戦った?』

 

 ブースターは「きゅいぃ?」と首をかしげた。

 まったく訳が分からない、といった様子だった。それから「きゅい!」とブースターは一声鳴く。

 

『……なに? <どうしてそんなことを聞いてくるの? ご主人と一緒に戦うのに理由なんているの?>だと?』

 

 ルギアは目をまんまるにさせた。

 

 次にレアコイルは機械音のような声で鳴く。

 

『む! <勝負することは好きだし、それにパートナーのためならいくらでも戦える>だと……』

 

 ルギアは唖然としているようだった。

 

『信じられぬ……こんなことがありえるのか、ポケモンたちは望んで自ら戦っているのか……?』

 

 ミカンちゃんは、静かにこう言い放った。

 

「ポケモンたちも、一緒に戦って、一緒に強くなろうとしてくれるんです。だから私は、勝負を通して絆を深めているんだと思っています」

 

 ルギアは反論もせず、ミカンの言葉を聞いているようだった。

 

「なのでわたしはこう思うんです。ポケモン勝負は、人間とポケモンが『おたがいに必要な存在なんだ!』って確認するためのものなんだって」

『……娘よ、お前は、私と戦いたいと申したな』

「はい、けれど流石に、ルギアさんは海の神様ですし、失礼すぎましたでしょうか?」

『いいや。私に恐れることなく、正面切って物言いできるのだ。お前は小娘にしては、勇敢な心持っている』

 

 なんだか、ルギアの、ミカンちゃんへの対応が変わったような気がする。

 

「ねえ、ルギア」

『なんだ、主よ』

「君もポケモン勝負をしてみる?」

 

 僕がそう問いかけると、ルギアは少し固まったあと、静かにうなずいた。

 

 

 

 

 

 

「全力でいきましょう。ハガネール。相手は伝説のポケモンです。いつも以上に、シャキーン、と! はがねの心で挑みますよ!」

「グワバッ!」

 

 バトルコートの向かい側には、ミカンちゃんと。彼女の相棒であるハガネール。

 対して、僕と、僕のすぐそばにはルギアがいた。

 やはりハガネールと比べても、ルギアの体躯は大きい。

 なによりその場でいるだけでも、異様な存在感がある。

 流石、伝説のポケモンというべきか。

 

『とりあえず、あのポケモンを戦闘不能にすればよいのだな? 主よ』

「うん。シンプルに言うならばそうだね。ただし絶対にミカンちゃんを攻撃しないでね」

『それくらいの分別はついている』

 

 ────そうして、試合が始まった。

 

 ミカンちゃんの指示でハガネールが動き出す。

 僕はどうしようか、と一瞬迷う。

 

 ポケモン勝負でルギアを使うのはこれが初めてだ。

 本人もポケモン勝負の経験はない。

 つい勢いで始めてしまったので、事前に詳細なルール説明もしていない。

 ちゃんと勝負前に打ち合わせをしておけばよかったと、今更ながら後悔した。

 

「とりあえず、試しにルギアが思うように戦ってくれ」

『承諾した』

 

 そして僕の考えが浅はかだったと、ここにきて思い知らされた。

 

『戦闘不能……死なない程度、といったところか』

 

 ルギアが翼を広げた。

 その瞬間、まるでバトルコート全体に何倍もの重力がかかったような圧力が襲いかかる。

 それは人智を越えた理外の存在の、戦意と敵意だ。

 

 直でそれを浴びた相手のハガネールは、硬直した。

 コートの外にいたミカンちゃんは、冷や汗を浮かべて顔をこわばらせている。ルギアのプレッシャーの対象はポケモンだけではない。トレーナーにさえも影響をおよぼす。

 

 自分の呼吸が浅くなっている。

 体が震えていることに気づいた。

 指示を出す側の僕も、この重圧の影響で、口がチャックされたみたいにうまく声を出せない。

 

『これくらいならば、死にはしないだろう』

 

 部屋中の風が吹き荒れる。

 周囲にあった、訓練用の道具が暴風にさらされ、次々と吹き飛ばされていく。

 やがてルギアの口元に、風が収束し、膨大なエネルギーの塊となる。

 

 ────ここから離れろ。ここにいたら死ぬ。

 

 僕の体が無意識で、そう警鐘を鳴らした。

 

 ハガネールは、恐怖のあまり、その場で身動きすらできないようだった。

 ミカンちゃんも青ざめた顔をしている。

 

 まずい、あれはエアロブラストだ。

 あれほどのエネルギーを撃ちだされたら、ハガネールを戦闘不能にするどころか、消し炭になる。

 いやそれどころか、あれだけの膨大なエネルギーが放出されたら、この部屋どころかジム施設全体が消滅してしまうかもしれない。

 

 なにが死なない程度なんだよ? 全然死んじゃうレベルだ!

 

 場を支配する重圧を逆らい、かろうじて僕は叫ぶことができた。

 

「ルギア! その攻撃を中止して!!」

 

 するとルギアの口元に収束していた風のエネルギーが霧散した。

 

『どうすればいい?』

「えっと、よし! なるべく部屋を破壊しない範囲で加減しつつ攻撃して!」

 

 我ながら無茶な注文だったが、ルギアは素直に従ってくれた。

 

『難しいな。……こういう感じか』

 

 ハガネールの重厚な体が空中へ浮かび上がる。

 ルギアはサイコキネシスを使用した。

 ハガネールは恐怖と念力の力で、抵抗することもせず体を持ち上げられていく。

 

 ルギアは念力を用い、そのままハガネールを大部屋の天井ぎりぎりまで持ち上げたあと、叩き落とした。

 ドン、という衝撃音と、砂煙が舞う。

 砂煙が晴れたあと、そこには戦闘不能となったハガネールの姿があった。

 

 勝負は、呆気なく終わった。

 いや、もはや果たして勝負と呼べるものですらなかった。

 

 僕はようやく、自分がどんな存在を手に入れたのかを実感した。

 ジムリーダーが鍛えたポケモンでも、まったく相手にならない。

 これが、この世界の頂点に立つポケモン……。

 

「お疲れ様だよ、ルギア」

『お前はさきほどの戦いで、私を恐れたか?』

 

 勝負が終わった後、ルギアは僕にそう尋ねた。

 その時、僕は不思議に思った。

 なにかを怖がっているような目をしていたから。

 

 僕は素直に答えた。

 

「うん、正直、怖かった」

『……そうか』

 

 落胆と失望と、それから自嘲が混じったような思念の声だった。

 

「だけど、今ので慣れたから。もう大丈夫」

『なに?』

「ルギアと一緒にポケモン勝負をするのは初めてだったから。次どうすればいいのか考えれば済む話だし」

 

 それにね、と僕はこう続けた。

 

「だから気にしないで。ルギアはよく頑張った!」

 

 ルギアはあっけにとらわれたような表情になった。

 

「ポケモン勝負をしてみてどうだった?」

『……そうだな』

 

 ルギアは少し考え込んだあと、こう答えた。

 

『あまり面白さがわからん』

「それだけ?」

『そもそも戦いは好かん。相手を傷つけ、己を危険にさらす行為だからな』

「つまり嫌だったってこと?」

 

 僕が苦笑してそう言うと、ルギアは首を横に振る。

 

「だが──」

 

 ルギアはつづけた。

 

「力をぶつけ合うことに意味を見出す者がいると理解できた。

 他の小さき者たちも、あの娘も。お前の仲間たちも。

 皆、戦うことそのものを楽しんでいた」

 

「私が思っていたほど単純な話ではなかった、そういうことなんだろう」

 

 そうか、それはよかった。

 一息ついたところで、ふと我に返る。

 

 ああ、しかし僕はいいとして、ミカンちゃんは……。

 ルギアの風の力で、訓練場はめちゃくちゃな状態になっているし、相棒のハガネールも瞬殺してしまうし。

 

 ……まさか、このせいで、ミカンちゃんに嫌われたり!?

 

「すごいです! 流石、伝説のポケモン!!」

 

 ミカンちゃんはキラキラした瞳で、こちらを見ていた。

 ちょっとこの子、メンタル強すぎない?

 

 

 

 ──────────────────────────────────────────

 

 

「……」

 

「ああ、レッドさん昨日はどうも。……え? <ここは寒いし危ない。君は下山したほうがいい>って?」

 

「そう言っていただけて嬉しい限りです。レッドさん」

 

「けどダメなんです。僕はもっと強くならないといけないから……」

 

「ん? <ポケモン勝負は楽しんでやるものだけど、君の戦っている姿はとても苦しそうだ>って? ……ああ、やっぱりそういう風に見えるんですね?」

 

「そりゃあレッドさんみたいな誰よりもポケモン勝負が強ければ、分からないでしょうけど……いや、この世界の誰もかれも、きっと僕に共感できない」

 

「<じゃあ、どうして君はポケモン勝負をするんだい?>だって?」

 

 そんなものは決まっているじゃないか。

 

 すべては自分の罪を、償うために。

 

 生まれた瞬間、僕は罪の十字架を課せられた。

 僕の人生は、それを贖うためだけに、ただ存在しているのだ。

 

「……」

 

「ええ? <事情は人それぞれだし、詮索はしないけど、無理しない範囲でがんばって。あとこれあげる>ですって?」

 

「うわっ、ミックスオレだ! ありがとうございます!!」

 

「というか、いったいどこで手に入れたんだろ? シロガネ山の山頂に自販機でもあるのかな?」

 

 

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