ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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8.ルギアと過去

 むかしむかしのこと。

 あるところに、一匹のポケモンがいた。

 

 そのポケモンは、物心がついたときから、自分は海の底にいることに気がついた。

 

(寂しい。ここから出なければ)

 

 ポケモンが、一番初めに知った感情。

 胸の中が空洞になっていくような、居心地の悪い感覚。

 孤独による寂しさだった。

 

 それが嫌でたまらなくて、ポケモンは必死に海の底から抜け出し、天高く空へ飛びあがった。

 

 ポケモンは強大な力を持っていた。

 翼を羽ばたかせれば、嵐を生み出すことができる。

 どんな荒れ狂う海だって、自分の風の力であっという間に鎮めることもできる。

 

 しかしポケモンは穏やかな性格だったので、ひっそりと生きていた。

 いつしかそんなポケモンの元へ人間たちが集まってくる。

 人間たちはその強大な力に神性を見出し、崇拝の念を送ってくる。

 そして彼らはその存在を『ルギア』と名付け、海の神様だと祭り上げた。

 

 ルギアはとても賢い種族であり、テレパシーで人間とも会話できる。

 自分は同族を知らない。

 しかし人間はたくさんいて、数が多い分、面白いやつがいたりする。

 

 だからルギアは人間が好きだったのだ。

 しばらく平穏に暮らしていたルギアだったが、ある時、外の人間がやってきてこう言った。

 

「お前は強い存在だ。だからお前を捕まえて使役すれば、どんな国と戦争しても勝てる」

 

 外の人間たちは、ルギアと仲良くしていた人間たちの村を滅ぼして、ルギアの元へやってきたのだ。

 彼らは、ポケモンを従え、ポケモンたちにルギアを襲わせる。

 ルギアは翼を軽く羽ばたかせた。

 すると暴風が吹き荒れて、襲いかかってきたポケモンたちを吹き飛ばし、人間たちを海の底へ沈める。

 

「……人間はたくさんいる。だから悪い者がいるのは仕方がないことだ」

 

 ルギアは人間を信じていた。

 だから、たまたま運が悪かったのだ。

 ルギアは、必死でそう思い込むことにした。

 

 それからルギアは別の場所へ向かい、そこで移り住むことにする。

 そこでも人々はルギアを信仰し、彼らの祈りを聞き、こたえつづけた。

 

「たしかに人間は過ちを犯すかもしれないが、それでも彼らは素晴らしい」

 

 ルギアはそう思い直した。

 だが人間たちとの関係はすぐに破綻してしまった。

 そこでも、ルギアの力を求めた人間たちは、己の欲に駆られて、襲いかかってきたのだ。

 

「人間にも良い者がいる。あのような者たちはごく一部だけだ」

 

 ルギアは、どうにか言葉を絞り出し、そう口にする。

 だが、その気持ちはしだいに薄れていった。

 

 それから何度も同じことが繰り返された。

 人間に裏切られ、力を利用しようとする者に襲われる。

 そのたびに周囲は傷つき、ルギアの心にも傷が刻まれていった。

 

 

 ある時、ルギアは独り言をこぼした。

 

「もう人間を信じられない」

 

 ルギアは疲れ果ててしまったのだ。

 

「人間なんて嫌いだ」

 

 しかしそれでも、人間にどこかで信じたい気持ちがあったのかもしれない。

 

『清らかな心を持つ者の訪れを待っている』

 

 去り際、そんな言葉を言い残して、<うみなりの鈴>をその場にいる人間に手渡した。

 

 それからルギアは、人間が寄り付かない場所で暮らそうと考える。

 人もポケモンもいない孤島だった。

 もう何かを信じるのが怖くなったルギアは、自らそこへ閉じこもったのだ。

 

 どれだけ長い間一匹で過ごしていたのだろうか。

 

 ────寂しい。

 

 そう思った。

 

 その気持ちは、時間が経つにつれて、強まっていく。

 それでもルギアは、そこから出ない。

 

 自分はもう人間が嫌いなのだ。

 人間とは一切関わらない。

 人間なんて信じない。

 

 そう思えば思うほど、ルギアは寂しさを堪えきれなくなって────

 

 ある嵐の夜。

 我慢できなくなったルギアは住処を出た。

 そして、その選択を後悔することになる。

 

 突然自分は、背後から奇襲を受けた。

 敵は、紫色の人型ポケモンだった。

 そのポケモンは、驚くべきことに、ルギアに匹敵するほどの強さを持っていた。

 激闘の末に、どうにか相手を退けることはできた。

 しかしその代償として、ルギアは命を失いかけるほどの重傷を負ってしまったのだ。

 

「引け、ミュウツー、あれを手に入れるのはまた後でいい」

 

 そのポケモンを従えていた男は、帽子を深く被りながら去っていった。

 

 ルギアには追撃する余力もなかった。

 そのまま、自分の巣に戻ったルギアは、その場で倒れこんだ。

 

 自分は死ぬだろう。

 この洞窟の奥で、ひとり朽ち果てるのだ。

 

 ───嫌だ。

 

 寂しくてたまらない。

 

 胸の中が空っぽになり、海鳴りが遠のいていく。

 

 かつかつ、と足音が聞こえた。

 誰だろう、とルギアは思って、足音がした方向へ顔を向ける。

 

 そこでひとりの人間と出会った。

 

「大丈夫、僕は君を傷付けない。だから攻撃しないで」

 

 その人間は手を差し出してくる。

 ルギアは疑いの目を向けた。

 どうせ、この人間も自分を裏切り、利用しようとしてくるだろう。

 

「痛むかもしれないけど、我慢して」

 

 なぜだ?

 

「たぶん、何も食べていないよね? 食べなよ」

 

 なぜ、この人間は自分を捕まえようとしない?

 

「翼を触ってもいい?」

 

 強大な力を持つ自分に、なんの見返りも求めない?

 

「一度でもこうしてみたかったんだ」

 

 ルギアは理解できなかった。

 だけど、自分の中を埋め尽くしていた孤独がどんどん消えていく。

 

 建前だったのかもしれない。

 

『今ここで、誓おう。お前がその生涯を終えるまで、私はお前に付き従う』

 

 きっとそれは、一匹になるのが嫌で、だから恩返しなんていう体裁でそう言い放っただけなのだ。

 

 

 ★

 

 

「うわー、こういうのいいねー」

 

 ルギアの背中から、興奮したような声がする。

 風を切る音。

 見上げれば、吸い込まれそうな夜空。眼下には人間たちが暮らす街。

 

 ルギアは思い返した。

 この日は、彼は突然こんなことをいった。

 

「そういえば君の背中に乗って空に飛んだことがなかったね。一度でもいいから、伝説のポケモンに乗って飛んでみたかったんだよね」

 

「男のロマンだしさ」とそう言って笑った彼に戸惑いながらも、ルギアは受け入れた。

 それから深夜。

 母親が寝静まった頃、彼はこっそり家を抜け出す。

 人目のない場所でルギアをモンスターボールから出して、その背に乗り、飛行を始めた。

 

『構わないのか? 普段から私を』

「うん? まあ、問題ないよね。今は深夜だし、君が空を飛んでも誰かに気づかれることはないよ」

『なるほど』

「それに、君だって、久しぶりに大空を飛びたかったんじゃないの?」

 

 たしかにいつもじっとモンスターボールの中にいるから、自由に夜空を飛び回れるのは心地がいい。

 だけど、こんなに気分がいいのは、それだけが理由ではないと思う。

 

「そういえばなんだけど、君の性別ってどっちなの?」

『私はメスだ』

「え!」

 

 意外そうな彼の声。

 

「だって君の古風というか畏まった喋り方というか、とにかく格式ばった感じの話しかただし、てっきりオスだと」

『……ふん、まあどっちでもよいさ』

「伝説のポケモンだから、性別なんてないと思っていたよ」

『……私を神と呼んだのは人間だ。あくまで私も、お前たちやお前たちがポケモンと呼ぶものたちと同じひとつの生命』

「なら、遠慮はいらないね」

「なに?」

 

 背中に乗っている彼がどんな表情を浮かべているのか見えなかったけれど。

 

「ルギアは僕のポケモンだ! これからも末永くよろしくね!」

 

 それはそれは、とても楽しそうな声音だった。

 ああ、きっと今、気分が良い理由はこれなのだ。

 ルギアはそう思って、翼を広げ、彼を乗せたまま上昇し、雲を突っ切った。

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

「こんばんは! コガネシティラジオのチャンネルへようこそ! 今夜も、みなさんから届いたお便りを紹介していきます!」

 

「……その前に! 今晩の特別ゲストをご紹介しましょう!」

 

「じゃじゃーん! コガネシティジムリーダーのアカネちゃんです!」

 

「こんばんはー!」

 

「さてさて、最初のお便りはこちら! 『消えた若き天才トレーナーの行方? 彼は今どこで何をしているのか?』

 

「ラジオネーム、ウツギ研究所の見習い助手さんからです。読み上げますね」

『ずっと昔に応援していた、とあるトレーナーの安否が気になります。

 ──―さんという方で、ジョウトやカントーではご存じの方も多いのではないでしょうか。

 まだ十歳という若さで、カントーリーグの四天王を突破し、「最優」と呼ばれていました。

 しかし彼は、なぜか突然表舞台から姿を消してしまいました。

 あれからもう数年……公式試合には一度も出場していません。

 引退されて、どこかの地方で旅を続けられているのでしょうか?』ということです」

 

「なるほどー」

 

「いやあ、懐かしい名前ですねぇ」

 

「ああー、あの子のことやね! めっちゃ強かったわ!」

 

「アカネちゃんも対戦経験が?」

 

「あるであるで。なんというか、鬼気迫っとったというか。相手しててほんま怖かったわ」

 

「それほどまでの気迫! なんたって当時は、次代の四天王候補とも言われていましたからねぇ」

 

「せやせや。あんな子、そうそう出てこんわ」

 

「そういえば彼って、どこの出身なんでしょうか? たしかジョウト出身だと聞いたことがあるような……」

 

「……」

 

「んん、どうしました?」

 

「そういえば最近な、ウチの友達のミカンに好きな人ができたらしいねん」

 

「おおっと!? 急に恋バナですか!?」

 

「女の子のヒミツやから、詳しくは教えられへんでー」

 

「気になりますねぇ……!」

 

「それでは次のお便りに移るで!」

 

「アカネちゃん! 話を逸らしましたね!?」

 

「さあて、なんのことやろなぁ~♪」

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