ルギアの恩返し   作:東雲るぅ

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9.ルギアと捜索

 ルギアと出会ってから、ちょうど3か月が過ぎる。

 僕自身、そろそろルギアとの日々に慣れつつある。

 ルギアも、最初の頃のように人間の生活や文化に戸惑ったりすることは減ってきつつあった。

 

 そして一番重要なのは、ルギアが嵐の力を制御しようと、毎日修行を続けていることだった。

 以前の暴走がよほどこたえたのだろう。

 モンスターボールの中でも、ひたすら風の操作を練習しているらしい。

 しかしそのおかげで、ここ最近は爽快な朝を迎えることができる。

 毎朝きっかり7時になると、ルギアは、心地の良い穏やかな風を僕に吹きかけ、目覚めさせてくれるのだ。

 ぴぴぴ、という煩わしい目覚ましのアラームも、母さんの急かすような声も耳にする必要はない。

 

 あと最近、ルギアの態度が変わったような気がする。

 以前だったら「これだから人間は……」とか「愚かで救いようがない……」とかぶつぶつ言っていたが、最近はぱったりと聞くことはない。

 

 なにか、ルギアの中で心境の変化があったのだろうか。

 

 とにもかくにも、僕は素晴らしい毎日を送っている。

 

 

 ★

 

 

 今日も、いつものように自堕落に家でごろごろしていた。

 そこへ来客が訪れた。

 

「アカリちゃんが行方不明になっちゃったんです!」

 

 その来客とは、今にも泣きそうな顔をしたミカンちゃんだった。

 

「どうしたんだい? アカリちゃんが……」

 

 ミカンちゃんが堰を切ったように、まくしたてていた。

 

「はい、昨日の朝に灯台に行くと、アカリちゃんがいなくて。灯台にいる水夫さんたちに聞いても、みんなどこへ行ったか知らないみたいで。それで昨日はずっと町の中を探しましたが、それでも見つからなくて……」

 

 アカリちゃんとは、以前嵐のときに助けた、あのデンリュウのことだ。

 いつもはアサギシティの灯台の頂上にいて、灯台の光となって、アサギシティ周辺の海辺を照らしてくれている。

 そのアカリちゃんが失踪してしまったということは、アサギの灯台から光が失われてしまうということだ。

 水夫たちや、町の住民たちは不安に駆られるだろう。

 なにせあの灯台こそが、アサギシティのシンボルなのだから。

 

「町の外に行った可能性は?」

「わかりません。けど、アカリちゃんは自分から町の外へ行くことなんてほとんどありません。あの子は怖がりな性格ですから、灯台から離れることもめったにないのに……」

 

 うーむ、どうするべきか。

 僕には探偵のような捜査能力があるわけでもないし。

 

「僕が代わりに探そっか。ミカンちゃんがジムリーダーの仕事で忙しいだろうし」

「本当ですか?」

「任せておいて」

 

 だけど、ミカンちゃんの悲しそうな表情を目にして、つい引き受けてしまった。

 べ、べつにミカンちゃんに好かれたいとか、そんな感じの下心なんてあるわけではない。

 

 

 ★

 

 

『主よ、私になにか手伝えることはあるか?』

「うーん、そうだね、今日は君の出番はなしだ。ゆっくり休んでくれ」

『そうか、困ったら呼べ』

 

 僕はさっそく町の住民に対して、聞き込みをおこなった。

 

「アカリちゃん……ああ、あのデンリュウのことか! すっごくカワイイよなぁ!」

 

「アカリちゃんったら、あの子、わたしのコイキングのシチューを美味しそうに食べてくれて!  もう毎日食べさせてあげたいくらい!」

 

「そういえば、あっちにいたような気がする! わしはたしかに見た!」

「おじいちゃん、そのポケモンはサンドだったと思うよ」

 

「お兄ちゃんって、ミカンちゃんのカレシさんだよね? ねえねえチューしたの? チュー!?」

 

 町中を片っ端から聞いて回ったが、有力な情報は得られなかった。

 

「だめだ、まったく手がかりが見つからないや……」

 

 数時間つづけたあと、町の公園にある、ベンチに座りこんで、しばらく休憩することにする。

 慣れない聞き込みを続けたせいか、疲れてしまったのだ。

 ポケットにしまっていた、ルギアが入ったモンスターボールがぶるぶると震えた。

 

『……あの娘が言っていたデンリュウとやらはまだ見つからないのか?』

「うん、残念だけど、ここで切りあげかな。明日、ミカンちゃんに相談したあと、ジョーイさんに届け出を出して、捜索してもらうことにするよ」

『ん、少し待て』

 

 僕がため息をつくと、ルギアは何かに気づいたように声をあげた。

 

『お前が探しているポケモンは、ひょっとして黄色の体をした、雷の力を宿したやつではないか?』

「そうだけど、それが?」

『もしや、あの台風の日、お前と共に助けたポケモンが、そのデンリュウなのだろう?』

「うん」

 

 ルギアは、む、と何かに気づいたように声を出した。

 

『私ならば探せるかもしれぬ』

「本当に!?」

『わたしは千里眼の力を持っている。記憶が薄れない限り、一度顔を見た者を識別し、どこにいるのか探知できる」

 

 ルギアにそんな能力があったなんて。まあルギアは伝説のポケモンだし、それくらいできて当然か?

 

『だが、あまりにも離れすぎていると、千里眼では探知できなくなる』

「探知範囲はどれくらいなの?」

『……そうだな、人間の言葉であらわすならば、だいたい半径10シロメータル』

「半径10キロメートルだね」

『そうだ、そうだ、半径10キロメートルだ』

 

 それからルギアにさっそく、その千里眼の能力とやらで、アカリちゃんを探してもらうことにした。

 

「どこにいるかわかった?」

『少し待て……見つけたぞ。この町から北に8シロメータル先にある、森の中だ』

「キロメートル」

『8キロメートル』

 

 僕は自宅に戻ったあと、自分の自転車にまたがって、町の北門を抜けた。

 町の外の北側。39番道路にある育て屋さん。

 僕はそこに自転車を停車し、育て屋さんのおばあさんへ念のために聞き込みをおこなう。

 

「え? デンリュウを見たかって? ああ、見たよ。おとといの夜頃だったかなぁ」

「おとといの夜……失踪した直後の時間帯ですね。そこからさらに北の方へ向かった?」

「ただ気がかりなことがあってね」

「気がかり?」

「デンリュウと一緒に、ヘンな黒い服を着た2人組がいたねえ。その時はトレーナーなのかなって思ったんだけどねぇ。気のせいかデンリュウが怯えているような顔をしていた気がするよ」

 

 ビンゴだ。

 

 そして事態は思ったよりも、悪い状況であるらしい。

 デンリュウはただ迷子になったわけではない。何者かに連れ去られたのだ。

 

 育て屋を出た直後、ルギアは怒りをにじませたような声でそうつぶやく。

 

『愚かな人間の仕業か?』

「わからないよ。けど、事件性はあると踏んだ方がいいね」

『もし奴らが悪人ならばどうする。海の藻屑にしてやるか? それとも風で切り刻んでやるか?』

「そんな物騒なことはしない。……捕まえてジョーイさんに引き渡すよ」

 

 育て屋を出た僕は自転車にまたがり、北を目指す。

 だが、ふと冷静になる。

 森の中は整備されていない獣道だし、自転車で進むのは危険だ。

 かといって徒歩で歩けば、時間がかかりすぎる。

 

『私に乗って向かうか?』

「いや、今は真昼間だし空を飛べば、君の姿を見られる可能性がある。なるべく誰かに君は見られたくない」

 

 だが、もたもたしているわけにはいかない。

 アカリちゃんを連れ去った何者かが、ルギアの探知範囲の外に出てしまえば、こちらは追跡できなくなる。

 

『ふむ、ならこういうのはどうだ』

 

 次の瞬間、背後から突風が吹き荒れた。

 自転車の車輪がくるくると回転し、動き出す。

 

『捕まっておけ』

「え、ちょ、うわっ」

 

 強風により、自転車は急加速しつづける。

 

『手を離すな。落ちたら、拾うのに手間がかかる』

 

 地面に接している自転車の車輪が浮き上がる感触。

 空中に放り出されたような、浮遊感。

 僕が乗った自転車は、徐々に地面から離れていき、そのまま空中へ飛び上がる。

 さながら、それは離陸する飛行機のようだった。

 

「と、飛んでいる」

『こうすれば、わざわざ森の中を突っ切る必要はない』

 

『これも修行の成果のひとつだ』と、ルギアは誇らしげに言う。

 そうして僕はルギアの風に運ばれるがままに、自転車で短い空の旅をした。

 

 

 ★

 

 

「あそこかな」

『ああ』

 

 ルギアの言葉と同時に、僕は眼下を見下ろす。

 森の中に、ぼろっちい掘っ建て小屋がぽつんとある。

 昔、ここらへんで農家の人が使っていた所なのか、とても人が住んでいるとは思えない朽ち果てた場所だった。

 

 僕を乗せた自転車は、降下を開始する。

 掘っ建て小屋から少し離れた草むらへゆっくりと着陸した。

 自転車を地面に倒して、僕は草むらに身をかがめる。

 

『あの建物にデンリュウはいる。そして気をつけろ、中に他の生物の気配がある。人間が3人だ』

「どうしよっかな……」

 

 デンリュウを連れ去ったやつらの正体は不明だ。

 もし違法なポケモンハンターだったりしたら、こちらを容赦なく攻撃してくるだろう。

 そうなれば、まともな話し合いが通じるとは思えない。

 引き返してジョーイさんに通報したほうがいいだろうか?

 

『もう我慢ならん。悪事を働く人間どもには誅罰を与える……と言いたいところだが、冷静にならねばな』

「えっ!」

『む、なんだ?』

「今までのルギアなら『愚かな人間どもは血祭りだー』とか言いながら、暴走するところじゃん。で、そこを毎度のように僕が抑えこむ。今回はいったいどうしたっていうんだよ?」

 

 だってそうだ、ルギアは人間嫌いだし、人間不信なのだ。

 頑固だし、変に真面目なのも相まって、いつも人間に対して悪い方向に解釈しだすというのに……。

 

『……連中が何者で、なぜやつらはデンリュウを連れ去ったのか? それを確かめるまで、裁くべき悪と断じるのは早計だ』

 

 その時、僕は息を飲んだ。

 うまく言葉にできない。けれど、明確にルギアが変化しているような気がした。

 

「じゃあ、どうしよう? 堂々とノックして入る……というわけにもいかないし」

『そうだな、とりあえずあのぼろ小屋から引きずり出してやろう』

「エアロブラストで攻撃とかやめてよね」

『わかっている。以前なら小屋ごと吹き飛ばしてやるところだが、ここは少し手心を加えておく』

 

 メキメキと音を立てて、掘っ建て小屋の天井部分が、剥がれていく。

 モンスターボールの中にいるルギアが、サイコキネシスを発動させたのだ。

 小屋の中でいくつもの悲鳴が聞こえた。

 

 おい、全然手心加えてないじゃん。

 むしろ手心加えすぎて、手加減の方を間違えている?

 

「ああ、もうどうにもでもなれ!」

 

 草むらから抜け出して、僕は小屋へ近づく。

 荒々しい音と共に、扉が開いた。小屋の中から人影がいくつも躍り出る。

 僕はすばやく視線を走らせる。

 その中にデンリュウの姿――アカリちゃんを見つけて、安堵する。

 だがそれと同時に緊張が走った。

 

 なぜなら、アカリちゃんを盾にするように、その男たちが現れたからだ。

 

 彼らの姿を目にして、心臓が掴まれたような気分になった。

 全身を黒で統一した制服。その胸元には、鮮烈な赤で刻まれた「R」のトレードマーク。

 

 心の中にある古傷が、うずく。

 忘れようと必死で蓋をした、あの時の記憶が浮かび上がる。

 

 ────なぜなら、それはこの世界において、僕の罪が生み出したもののひとつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「くそっ、あいつ、一向にシロガネ山から降りてこねえ……」

 

「せっかくわざわざ頂上まで会いに行ったのに『君って友達がいない』だと?」

 

「ふざけやがって……もう凍死しようが餓死しようが、しったこっちゃない。葬式にすら顔を出してやるかよ」

 

「……はぁ」

 

「そこの少年。君がシルバー君で間違いないかな?」

 

「なんだよ。おっさん、オレに何の用だい?」

 

「私はハンサム。国際警察の刑事だ。任務により、ある犯罪組織の首領を追っている。君はその重要参考人として捜査の対象となっている」

 

「……へぇ、その犯罪組織とやらの関係者として、オレを逮捕するつもりなのか? 刑事サン」

 

「君のお父さん……ロケット団首領のサカキについて、君には情報提供をしてもらいたい」

 

「チッ、あのクソオヤジのことかよ。なにも知らねえよ。そこらへんに潜伏している団員に尋問した方がまだ有意義だと思うぜ? あいつともうずっと会っていねえし、関わる気もねえよ」

 

「……君だって知っているだろう? 2年前の事件のことを」

 

「……」

 

「4年前、カントー地方で、とある犯罪組織が急激に勢力を伸ばしていた。その名はロケット団。しかしロケット団は、たった一人の少年の手によって、壊滅まで追いやられ、ボスのサカキは姿をくらませた……」

 

「それがなんだよ。ガキ一人に負けた情けないオヤジをバカにでもしているのか?」

 

「そしてその2年後……今からちょうど2年前だね。ロケット団の残党勢力は、ジョウト地方のコガネシティのラジオ塔を乗っ取った」

 

「彼らの目的はロケット団の復活宣言を全国放送し、元ボスのサカキを呼び戻すこと」

 

「『来るはずがない』と団員の半数は考えていたそうだ。なぜなら2年間、サカキは消息を絶っていた。一部では『死んでいるのではないか?』とも囁かれていた」

 

「それでも連中はサカキの帰還を信じて、必死に放送で呼びかけたんだ」

 

「そして、サカキは現れた」

 

「ボスが戻ったその日、ロケット団は完全に復活した」

 

 その時、シルバーはふと思い出した。ずっと以前、彼はこんなことを言っていたのだ。

 

『君のお父さんのことは、全部僕のせいなんだ!』

 

『僕が失敗作だから、原作が変わっちゃった!』

 

 その当時のシルバーは、彼が何を言っているのか、まったく理解することができなかった。今でもだ。

 ただそう叫んだ彼は、涙を流して、壊れてしまいそうな顔をしていた。

 

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