王国正門から数分走り、近くの木陰でひと時の休息タイム。僕は思いのほか肉体への疲労が大きいことに困惑していた。
「いくら元がゲーム世界と言っても、さすがに無尽蔵とまではいかないか……」
なんでグリッヂはできるのにスタミナはリアル寄りなんだよ(切実)
もっと言うと、本来あるはずの
ぶっちゃけ喉乾いたし、腹も減ってる。しかし手元にあるのは
……渡されたアイテムからも、王国側が僕らを手駒としか見ていないのが丸わかりである。しかし僕を勇者に採用したのが運の尽きだったな。お前の魂胆は見え見えなんだよ! 震えて待ってろハゲ!! *1
「……いやー、にしてもでっけぇ土地だなぁ」
王国を飛び出してすぐ、僕の視界にホログラムのような文字列が投影された。
いわゆる雑魚モンスターがわんさか現れるのがこのエリア。プレイヤーはここで戦闘のいろはを学ぶ──無害なモンスターを殺して回っているとも知らずに。
基本ワンターンキルできてしまうのが余計に悪質だ。気がつかないのだ。モンスターが無抵抗であることに。
相も変わらぬ胸糞システムだこと。しかもモンスターの死体を回収してそれらをエネルギーに変換しているというのだから、その異常性が伺える。もはやどっちがモンスターか分からん。
与太話はさておき。お察しの通りこの草原、規模が
ゲームでは横断への所要時間10分程度だが、なまじこの世界は縮尺もリアル寄りなので、
「──えー、ではまず大樹の幹に向かって前転、衝突を繰り返します」
グリッヂを許したこの世界が全面的に悪い。
僕は菩薩のような顔で、ひたすら目の前の大木に前転を繰り出していく。頭皮がハゲそう。*2
して、これで引き起こされるバグはまぁ、見てればわかる。
「ふんっ……おごっ……スッ……ふんっ……おごっ……スッ……」
なんということでしょう。*3びっくりなことに、幹に衝突する度に足が地面にめり込んでいくではありませんか。
「……っし、これくらい埋まればちょうどいいかな」
「これくらい埋まれば」とかいう二度と使わん口上と共に、僕は自分の足元を見下ろす。このように足首くらいまで地面に埋まったら、あとは進みたい方向に向けて体を傾けるだけで──
なんということでしょう。*4僕の体が地面と平行に滑走し始めたではありませんか。
アーケードのレバー操作みたいなイメージと言えば、その絵面がどれほどシュールか伝わるだろう。
体をさらに深く傾けると──なんということでしょう。*5その速度は引き絞った弓から放たれる矢の如き神速に匹敵するではありませんか。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
なお普通に風を受けるため、当人としては軽いジェットコースター状態である。音もなく顔面崩壊した少年が平行移動する様はどう足掻いてもバケモノにしか見えないだろう。正解だ(諦観)
「くぁwせdrftgyふじこlp」
なんかちっちゃい女の子みたいな影が視界の端を横切った気がしたけど、あいにく今の僕は
◇
とんでもないものを見た。文字通り、トンデモない化け物を。
ボクの一族は騎馬遊牧民族。名を「星都ソータラタ」と言う。自慢の馬に乗り、星のようなスピードをもってジャスティア平原を駆け回る様子から、そう呼ばれるようになった。
「都」とあるが、実際に居を構えて国営に勤しむ訳ではなく、あくまでボクら一族の力が一つの国に匹敵するということを暗示しているのだと思われる。
自慢話はさておき、ありのまま、今起こったことを話そうと思う。
前述の通り、ボクの一族ソータラタ人は遊牧を生業とする。故に決まった拠点を持たず、その実態はキャンプに等しい。
今日この日、ボクたちはジャスティア平原の辺境にキャンプを設けた。設営が終わると仲間はみなモンスター狩りに出掛けていく。その死体を冷凍保存して、移動先の国で売りつけるためだ。
ボクは……自分たちの利益のために、無害なモンスターを殺戮する残虐性を持ち合わせていなかった。だから仲間内ではボクを侮蔑するような雰囲気が蔓延っていたし、ボクもその空気感に耐えかねて一人を好むようになっていた。
今日はせっかくの原っぱというのもあって、小川のそばで水を浴びながら蝶々と戯れることにしたんだ。
「……ん! なにやつ──!」
ふと、何やら凄まじいスピードで何かが迫ってくるのを感じたボクは、警戒を強めると共に勢いよく振り向いた。同時に、平穏が音を立てて瓦解した。
腕を組んで仁王立ちし、入射角30度くらいで地面に突き刺さりながら平行移動する、深海魚みたいな顔の少年がいたからだ。
「──??」
「──??」
何も見えなかったということは、何もいなかったということと同義である。ボクは全ての記憶を放棄することを代償に、自らの平穏へと戻って行った。