「FOOOOooooooo!!!」
平行移動グリッヂのイカれた速度とバカげた空気抵抗にも慣れてきた僕は、体勢を仁王立ちから
右手に短剣、左手に銅貨が入った革袋を持つそのフォームは、ちょっとファンキーな自由の女神のようであろう。
今この世界で最も自由を謳歌しているのは僕だ(確信)
「……お、見えてきた」
視線の先に現れたのは、万里の長城を思わせるほどの巨壁と、その内側から顔を覗かせる森林。
『100万回目の
「うおー……実物を見るとこりゃまた、さすが
感嘆しながら、体を徐々に起こしてスピードを緩める。何故この森林……というより樹海を囲むように堅牢な塀が建てられているのかと言うと、それはこのエリアに身を潜めている
〝脳喰らい〟の異名を冠する、スライムの
アブノーマリティとは、いわゆる「ユニークモンスター」などと呼ばれる、規格外の強さを誇るモンスターの総称だ。その内の一体があの内側に
「……保有権は防衛都市ヴィルベデア。国益を軍備拡張に全ツッパしてるだけあって、警備の数も半端ないねー」
アブノーマリティから抽出できるエネルギー量は、そこらのモンスターのそれを遥かに凌駕する。そりゃ、国としては喉から手が出るほど欲しいよね。
「だからと言って生息地全てを包囲するのはおいたが過ぎるぞ。必死になっちゃって恥ずかしい」
だが実際、奴らの軍事力だけは馬鹿にできない。うろつき回る
「うるさい。私が来た(鋼の意志)」
体を傾け、
「!? おい何だこの……ふざけたガキは!!」
「待てごらぁ!! 止まれアホ!! いや本当にアホみてぇな……!!」
「お前それどうなってんだよ?!」
鞘から長剣を引き抜いた警備たちが並外れた反射神経で僕を捉えるが、その刃は
この平行移動グリッヂの有用性は爆速で移動できることに非ず。その真価は
だって
平行移動グリッヂは、同時に透過バグの側面を持つ。そして
「じゃーねー、警備団さん♡ ︎︎お国に首輪つけられちゃってかわいそー♡ ︎︎そこで指ちゅぱしながら懲戒解雇の通達を待ってるといーよっ♡…… FOOOOooooooo!!!」
僕は警備団をめっちゃ煽りながら、塀の中を貫通して行った。
「「「──??」」」
あーす・れんどら の おきみやげ ! *2
けいびだん は こんらんした ! *3
◇
というわけで、危なげなく*4警備を突破したところで視界にホログラムが表示される。無事、樹海に辿り着いたようだ。
「うおっ……っぶない、入ってすぐがデカい川だとは思わなんだ」
すんでのところで体を起き上がらせて停止。眼前に広がる、ヌメっとした水色の河川を眺め、うんうんと頷く。
この大河はおそらく『マグル清流』。『ネムリア湖畔』という湖から流れる、
「うん、〝脳喰らい〟の体液だな。となるとこの辺のモンスターは
そも、『レノリアス樹海』も元からこんな濃霧が立ち込める幽玄とした雰囲気だったわけじゃない。以前はモンスターたちが共存し、活気ある美しい原風景がそこにはあった。
しかし、防衛都市ヴィルベデアの建国と同時にモンスターは殲滅され、他のモンスターを淘汰する能力を持つ〝脳喰らい〟だけが生き残った。
以来、〝脳喰らい〟は樹海の奥地に逃げ込み、至る所に自身の体液をぶちまけながら隠居している……という設定だった気がする。
ちなみにこちらの体液、ちょっと触れるだけで体が溶ける劇薬なので、誤って川にドボンでもしたら普通に死ぬ。
なお透過バグはあくまで
「えっ、てことは今死にかけてたってこと? 三途の川まっしぐらだったってこと?」
ヤダ怖い。このエリアで不用意に突進するのはやめとこう。とりあえず一旦上流に向かってゆっくり移動せねば……。
「たしか原作だと、『ネムリア湖畔』の近くに生息していたような……」
このまま移動すればいずれどこかで会敵するだろう。もっとも、僕にとって〝脳喰らい〟は敵ではなく
「説明しよう! 〝脳喰らい〟はオドオドした清楚系長髪美少女をベースとした全身ヌメヌメの扇情的なディティールに、戦禍に巻き込まれ、自分の強さゆえの孤独に苛まれているという『アンビバ』特有の胸糞ストーリーが搭載された『可哀想は可愛い』を体現するかくも虚しきキャラクターであり、そのあまりの悲惨さと心を許した相手への懐き具合から一部プレイヤーから『愛娘』とまで呼ばれ愛されているきゃわわスライムちゃんなのである! *5
そしてそれは僕も例外ではない! FOOOOooooooo!!! *6」
今から推しキャラと出会えるとなれば、上がり始めたテンションのボルテージは天井知らず。そのため無意識に大声を張り上げてしまったのが失敗だった。*7
「──何者だ?」
目の前に、我が愛娘〝脳喰らい〟ちゃん……とその頸元に長剣の切っ先を向ける、
対する〝脳喰らい〟ちゃんは……怯えて腰を抜かしているように見える。間違いない、〝脳喰らい〟ちゃんのピンチ、命の危機である。
それだけで、僕が動き出すには十分な理由たり得た。
「FOOOOooooooo!!!(吶喊)」
「!? なんだ貴様の……その物理法則を無視した妙な動きは!!」
ざっくばらんに*8動き回り、ご老人を撹乱する。原作では見覚えのないキャラクターだが、軍服を着ている以上少なくとも味方ではない。
「ふんっ──なっ……!? なぜ刃が通らぬ!?」
「FOOOOooooooo!!!(吶喊)」
「えぇいやかましいっ……!! この化け物が……!!」
とここで、ノリと勢いと、推しの前ではカッコつけたいじゃん? という邪念とで無策で突っ込んだはいいが、これ以上僕にできることは何も無いことに気が付いた。
「ふんっ──はぁっ──!!」
(ひゅー、こぇぇ!! これ
まず剣捌きがあの警備団と違う。向こうが1秒間に1回切りつけられる程度だとしたら、こっちは1秒間でダルマにされる程度には格が違う。
そしてあれだけ厳重に管理された檻の中に足を踏み入れられる権力者ともなれば、軍部でも相当に位の高い人物に違いない。
(……マズイな)
透過バグを使用している限り、死ぬことは無い。だがそれは「
何度インベントリを見直しても、そこにあるのは短剣と300Gだけ。強いていえば短剣が武器になり得るが、リーチがクソほど短い上に簡単に防がれ──
(──いや、そこが
あれだけ「ここはゲームではなく現実世界だ」と言い聞かせていたのに、土壇場でそれを失念していた。『アンビバ』では短剣は
(しかぁーし! ここはリアルワールドだ! そんな
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なんっ──ガハァッ!?」
急旋回してご老人に突撃、と同時に短剣をぶん投げた。
結果、その
「ぐぅっ……ゴホッゴホッ……」
「してやったり!! 上手くいったぜ!!」
「貴様ァ……!! 自分が何をしているのか理解して──」
そうして地に伏したご老人は、老体には似合わぬぎろりとした眼光をこちらに向け、吼える。こいつも無害で
──くだらねぇ。
「うるせぇよジジイが。お前らみたいな欲まみれの汚ぇ人間に
親指を下におったてて吐き捨てると、ご老人は驚愕したマヌケ顔と共にこと切れた。スカッとした僕はそのまま愛娘〝脳喰らい〟ちゃんに向き直ると、彼女は呆然とした表情でこちらを眺めていた。
命の危機に晒されれば、誰でも感情が追いつかずにボーッとしてしまうものだろう。そう解釈して、僕は地面からスポッと足を抜き、彼女の手を取った。
「さ、ここは危険だ。僕と一緒に飛び出そう*10。新しい隠れ家を見つける、楽しい旅に」
「──は、はいぃ……!!」
〝脳喰らい〟ちゃんがオドオドと答えるのを微笑ましく眺めながら、僕は柔らかいおてての感触を楽しんでいた。*11
◇
初めは──夢を見ているのかと思った。
いや、たしかにその姿があまりにも怪物じみていたから、ある意味夢であって欲しい……なんて、最初は考えてた。
けど今は──これが
『──俺の崇高な理想が分かるわけないだろ』
きっとそれは、「私たちモンスターを救済する」ということであって。
『──僕と一緒に飛び出そう』
その救いの手が、私に向けられているのだと。
「──は、はいぃ……!!」
そんな妄想のような、夢物語のようなおとぎ話が、本当のことであって欲しいと。そう、願ってしまうのだった。
──いきなり現れた人間たちに仲間を殺戮され、孤独に苦しんだ末に出会ったその少年が、私の中でかなり美化されてしまっているのだと気付くことはついぞなかった。