成人済み魔法少女@引退したい   作:パンデュ郞

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二十四話目 魔法少女は庇いたい

 声を荒げて立ち上がった千恵ちゃんは、一瞬だけやってしまったという表情を見せてくれたけれども、すぐに取り繕った。覚悟は決まったみたいだね。

 

「……武様、発言をお許しください」

「許可する。お前からも、言いたいことがあれば言うといい」

「ありがとうございます」

 

 その場で一礼してから、千恵ちゃんはこちらへと、正確には私の向こうにいる環ちゃんを見る。

 

「お嬢様。お嬢様は本当にそれでよろしいのですか?」

「千恵……」

「これまでの何事も、なかったことにしてしまうのですか!」

 

 私はこの三人の間に何があったのかを知らない。

 だから、今は黙って聞く。今はきっと、感情をぶつけ合うべき時間だから。

 

「穂坂家の娘として、穂坂家の娘として……その言葉に囚われて味わった苦悩の時間を、なかったことにしてしまうのですか!」

「それは……」

「武様も、何を今更! お嬢様の苦悩を知らなかったとは、ご存じないとはおっしゃりませんね!」

 

 お父さんも、表情一つ変えずに聞いている。

 環ちゃんだけが、泣きそうな表情で千恵ちゃんの慟哭を聞いている。

 

「私はすぐ側で見てきました! お嬢様が抱えてきた穂坂家の娘としての苦悩を! それを無視して、武様でも到底許せるものではございません!」

 

 そりゃあそうだ。

 魔法少女になれば友達ができるから。身分を隠したいから苦痛でも続ける。

 どれだけ自分の生まれに苦悩を感じていたのか、想像できるなんて言うことすらできない。

 

「どうして、どうして……こんな苦痛に、困難に立ち向かう時だけ、許可を出すのですか。これまでは、見て見ぬふりをしてきたというのに……」

 

 千恵ちゃんの慟哭が収まり、重い沈黙が場を満たす。

 当然、答えるのはこの人だった。

 

「――許せるものではない、か。久方ぶりに言われたな、そんな言葉は」

「お父様、千恵は――」

「黙れ、環。今、私はお前の付き人と話をしている」

 

 有無を言わせぬ断言に、環ちゃんは怯んでしまった。

 ただ、心配しなくてもよさそうかな。

 

「私が見て見ぬ振りとしてきたと言ったな、綾織の娘」

「はい。申しました」

「そうか。それが、お前の不満の元凶か」

 

 ――笑った。環ちゃんのお父さんが、それまで崩さなかった表情を、今になって動かした。

 

「何がおかしいのですか」

「いや、何。昔を思い出しただけだ」

 

 嬉しそう、いや、楽しそう? ひょっとすると、どっちもなのかもしれない。

 

「環、もう一度聞こう」

「はい、なんでしょう」

「一般家庭の人間と友人関係になること。穂坂家の娘として、その意味が分かるか?」

 

 そんな問いが以前にされていたんだね。

 一般家庭の人間との友人。誰の事なんだろう。

 

「……嘘を申しました。正しく理解しているとは、思いません」

「そうか。では、答えをお前らの師匠に答えてもらうとしようか」

 

 嘘を吐いたことを責めはせず、優しく諭すような声色を保っている。

 ……えっ? 矛先がなぜかこちらへ向いたみたいなんだけれど。

 

「私ですか?」

「そうです、ルミコーリア。あなたが思う、友人とは何ですか」

「私が思う、友人……」

 

 友人とは何か。何だろう、私の頭の中に思い浮かんだ顔は、彩花だった。

 

「――一緒にいて楽しい人、ですかね」

「なるほど。それも一つの側面ですね」

「他、他は……ある程度の自分を受け入れてくれる人でしょうか。もちろん衝突はあるでしょうけれど、それでも一緒にいられることが友達の証明だと思います」

 

 友達というからには、基本持ちつ持たれつで楽しい関係でありたい。

 そうなると、一緒にいたくないって否定してくる人とは友達ではいられないよね。

 そして、ここで環ちゃんが反応した。

 

「でも、それは迷惑をかけるということではありませんの?」

「ん? そうだよ」

「それでは、対等ではいられませんわ!」

「……なるほど」

 

 理解した。これが環ちゃんの歪みか。

 ちらりと横目でお父さんの方を見る。満足げに微笑んでいるあたり、目論見通りらしい。

 なるほどね。今度は私に師匠として花を持たせてくれるってことなんだ。

 

「環ちゃん、他の人と対等っていうのは、どういうことだと思う?」

「え? それは、貸し借りもなく、上下関係もない……」

 

 私は黙って首を横に振る。

 それは確かに“対等”だ。でも、友達に求めるべき在り方じゃない。

 

「対等っていうのはね、お互いにお互いの立場を尊重することだよ」

 

 あえて私は断言した。

 この子が抱えている歪みは、打ち崩されるべきだと思ったから。

 

「年齢が違えど、友達にはなれる。身分が違えど、友情は成立する。綺麗ごとに聞こえるかもしれないけれど、私はそう信じてるし、そのうえで大事になるのは、相手の立場を理解してあげることなんだ」

「……あっ」

 

 だって、私の周りの魔法少女たちは、みんなバラバラだったけれど、友達でいたと思うから。その輪の中に、私はいなかったけれど。彼女たちの仲を、否定するようなことは言いたくない。

 

 環ちゃんの瞳が揺れる。私の言葉に、何か思い当たることがあったみたい。

 同時に、千恵ちゃんの方から、息を呑んだ気配を感じる。

 

「千恵ちゃん」

「……はい」

「あなたが環ちゃんを思う気持ちは本当だと思う。でも、それこそが、彼女を縛り付ける枷になってない?」

 

 この子が凝り固まった価値観で止まってしまったのは、確かに家族の影響もあるのかもしれない。

 でも、こんな会話を繰り広げる父親よりも、よっぽど身近にいた人がいるはずだ。

 そう、付き人とか、ね。

 

「私が、お嬢様の枷に……?」

「これは予想なんだけれど、千恵ちゃんはこれまで環ちゃんの事を肯定しかしてこなかったんじゃない?」

「それは当然です。私は、お嬢様の付き人なのですから。誰よりも、味方であるべきなのです」

「でも今回は違った」

 

 ゆっくりと振り返り、環ちゃんから千恵ちゃんの方へ視線を移す。

 そこにいたのは、自分が悪いことをしていたと自覚している、ばつの悪い表情をした子供の姿。

 やっぱり。環ちゃんを大事に思っている感情に、何一つ偽りはないんだと思う。

 

「千恵ちゃん」

「…………はい」

「大事にすることと、傷つけないことは違うよ」

 

 千恵ちゃんはそつがない子だ。理解はしていたんだと思う。

 理解していてても、怖くて踏み出せなかった。その結果が、この共依存に近い関係性。

 彼女は、環ちゃんが一人でいるところに寄り添うことで自尊心を満たしていたんだ。

 

「今、彼女は一歩踏み出そうとしてる。確かに、魔法少女ってのは危険な道だ。これまでの事を考えても、いい印象はないかもしれない」

「…………」

「どうか、見守ってあげることはできないかな? 大事に思うのならば、失敗を危惧するだけじゃなくて、成長することも祈ってあげて」

「…………」

 

 千恵ちゃんは何も言わない。

 隣で、立ち上がった音が聞こえた。

 

「千恵、わたくしをもう一度だけ信じてもらえますか」

「お嬢様、ですが……」

「確かに、動機は不純なものでした!」

 

 もう私はお役御免かな。

 そっと、二人から視線を外して、目の前の楽しそうな男の人を見る。

 何も変わらず、満足そうにこちらを眺めていた。

 

「立場を捨てればどうにかなるなど不純なものです! そんなものでどうにかなるほど、わたくしの性根は美しくありませんでしたわ!」

「そんなことはございません!」

「そう思うのならばこそ! わたくしにチャンスをくださいませ! わたくしが、わたくしを認められるために! これで良いのだと、胸を張れるために! 戦うチャンスをくださいませ!」

 

 もしも、次魔人に勝てなかったら。

 その時は、すっぱり魔法少女を辞めるぐらいの覚悟を決めてしまったみたいだ。そうさせないように、私がいるんだけどね。

 

「お嬢様、ですが」

「確かにわたくしは間違いだらけでした! そのうえで、これからも間違うでしょう!」

「間違ってなどおりません! 間違いになどさせません!」

「ならばついてきなさい!」

 

 人を導くとは、なんとも大変だね。

 こりゃ環ちゃんが嫌になるのもわかるよ。重圧が凄いや。

 でも、達成感はあるね。自然と、口角が上がるのがわかるもん。

 

「わたくしが歩む道を、歩んできた道を、無駄ではなかったと思わせてくださいませ!」

「お嬢様……」

「わたくしにはまだまだあなたが必要です、千恵。だから、手伝ってください」

「もう、申し訳ございません。お嬢様ぁ」

 

 うんうん。仲良きことは美しきかな、だね。

 ……さて、感動しているところ悪いけれど、まだ仕上げが残ってる。

 

「――さて、話もまとまったところで、二人は部屋の外に出ててくれるかな?」

「えっ? ルミコーリアはどういたしますの」

「まだ、この人と話すべきことがあるから」

 

 そう、ただこの二人の関係を解決するためだけじゃない。もちろんそっちが一番大事だったけれども。

 

「なるほど、ルミコーリアから一対一の話となれば、是非もありません。二人とも、出ていなさい」

「……はい」

 

 退室を促され、二人は静かに部屋を出ていく。

 最中、こちらの様子をしきりに気にしていたので、笑顔で手を振って応えておく。

 二人が出て行ったあと、私が口を開く前に、向こうが先に口を開いた。

 

「それで。不甲斐ない父親をどうするおつもりですか?」

「違いますよ、そういうんじゃないです。私はあくまで、プリズシスタの師匠なんですから」

 

 なんかちょっと勘違いされてる? 罪悪感の裏返しなのかな?

 もしもそうなら、少し嬉しい。本当に。

 

「少しばかり、お話がありまして。あの子の未来の選択肢のために、必要な事です」

 

 他言無用でという意味を込め、私はそっと人差し指を口の前に立てて、話し始めることにした。

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