距離を詰めながら、わたくしは魔法を展開します。
まるで分身したかのように、わたくしと同じ姿をした幻影が地を駆けて行きます。
「なるほど。これが幻影か」
声は出しません。
わたくしの幻影は、姿を見せるだけ。声までは再現できないのです。
視覚のみを惑わすこの魔法で、どれだけ相手を騙せるのかが肝なのだと教えていただきました。
「だが、本当にそれだけか」
ぐるりと魔人の首が回り、幻影に紛れているわたくしを捉えました。
そう、足音。ルミコーリアにも指摘された、わたくしの最大の弱点ですわ。
「本体が丸わかりだぜぇ!」
「カッ……!」
容赦なく胴体に打ち込まれる拳は、口から内臓が出てくると錯覚させられるかのような衝撃でした。
魔力制御によって防御へ魔力を回したうえでこの衝撃とは、純粋な身体能力が非常に高いのが分かります。
強靭なる、その二つ名に違わぬ魔人という事でしょう。
体が宙に浮き、ブロック塀にぶつかるも、塀は砕けてその奥に倒れてしまいます。
やはり、正面からの戦いは不可能ですわね。
理解が進み、また一つ勝利へ近づきました。
「ムカつくなぁ、その薄ら笑いがよぉ……」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。わたくしが、少しずつ勝利へと近づいているのですから」
「その根拠のない自信が泣きっ面に変わる時が楽しみだぜ」
見透かされてますわね。
そうです、わたくしの自信に根拠などありません。
そもそも必要ないのですから。
不退転、それこそが今回わたくしが建てた覚悟です。根拠など求めてどうなるというのですか。
「お前らみたいなのは、ハッタリ利かせるのは上手い。なぜなら自分が弱いと知っているからだ」
「そうおっしゃるあなたは、さぞかしお強いのでしょうね」
「あん?」
「楽しみですわ。その根拠のある自信が、台無しになる瞬間が」
あら、さらに苛立ってくださったようですわね。咄嗟に言葉が返ってこないのが証拠です。
さて、わたくしの状態からして、後一撃が受けられる限界でしょうね。
――勝利へのシナリオは描けました。後は、筋書きを辿りましょう。
「さあ、行きますわよ!」
再び無数の幻影を生み出して、それぞれが別個に動いて魔人へと襲い掛かります。
「しゃらくせぇ!」
視界を塞ぐ量の幻影を、腕を振るうことで軽く振り払う。
そうでしょうね、そうでしょうとも。わたくしの幻影はただの靄、視界塞ぎにしか使えないでしょうね。
――それで十分なのです。
「くっ!」
「ああん?」
幻影に気を取られているうちに、足音を殺しながら背後へと回り込んで一撃を加えましたが、まだ攻撃力が足りませんか。皮膚を僅かに裂きましたが、その程度でしかありませんでした。
「ごふっ!」
魔人の拳が、再びわたくしのみぞおちへと入ります。
軽く吹き飛ばされて、再びわたくしは床を舐めることとなってしまいました。
「お前の魔法に関しては大体わかった。実体のない映像を生み出すだけの、弱っちい魔法だ。つまり、一発逆転はあり得ない。まだあがくか?」
「――一体誰がそう言ったのでしょう?」
「なに?」
「一体誰が、わたくしの魔法はそれだけの魔法だと言ったのですか?」
顔こそ見えてないでしょうけれども、地面を見ながら、わたくしは不敵に笑ってみせます。
こちらを見下ろしている魔人は、不思議そうな顔をしていることでしょう。
――カラン、乾いた音が、魔人の背後でしました。
「なっ!」
魔人が振り向けば、そこにいたのは刃を振り被るわたくしの姿。
その眼に宿る殺気は、決して偽りとは思えぬほどの圧があり――。
「だが、音を立てたのが運の尽き――」
それすらも、幻影。
刃を振り被るわたくしの幻影を振り払えば、その先にいたのは構えている“トリムシスタ”の姿でした。
それが、魔人が最後に見た景色でしょう。
「わたくしの、勝ちです」
背後から振りぬいたわたくしの一撃は、正確に魔人の首を切り裂き、彼の首が宙を舞う。
細い勝ち筋でしたが、これしか思い浮かびませんでした。
魔人の首が、ぼとりと地面に落ち、胴体もその場に崩れ落ちます。
同時に、向こう側にいたトリムシスタの姿が歪み、消えていきました。
「……ふぅ~。死ぬかと思いましたわ」
実際、どうして立てているのかもわかりませんもの。
運が良かった、ただそれに尽きますわ。大きな隙を見せたところに、防御を捨てた攻撃力に全部振った一撃で倒す。これ以外にわたくしの勝ち筋はございませんでしたもの。
「おい」
「生首が喋りましたわ!」
「うるせぇ、教えろ。なぜ俺は負けた」
なぜ、負けたのか。それを問われることで、初めて勝ったのだと実感が湧いてきました。
魔人の体は静かに塵に変わっていっており、復活する様子はございません。
どうやら、時間稼ぎとかではなかったようですわね。良かったですわ。
「……わたくしは、最初の一撃であなたの皮膚に攻撃が止められた時点で、勝ち筋を一つに絞りましたわ」
「ああ?」
「魔力を全て刀に集約した一撃で、急所を切り裂く。これ以外の勝ち筋はないものと断じました」
ですが、魔力による防御を捨てるということは、一撃でももらえば即座に死ぬ危険性があるという事です。
実際、食らうことを前提で動いていたのにも関わらず、たった三発貰っただけで死に体でしてよ。
よって、わたくしが勝つためには、明らかな隙を目の前で晒していただく必要がありました。
「ですので、まずはわたくしの幻影が、ただの見た目だけのものだと思っていただくことにしました」
幻影は見た目だけで何ら脅威ですらないと。音も立てない、実体のないものだと。
実際にそうなのですが、そうと確信をもって貰う事こそが、勝ち筋だったのです。
「そんな最中、音が鳴ればどう思いますか?」
「そうだ、あの音は」
「放り投げておいたのですよ。この刀の鞘となる部分を」
「そんなの、いつ――あの時か!」
わたくしは静かに頷きます。
あの視界を覆いつくすほどの幻影で襲い掛かった時ですね。あれは、後ろに回るだけではなく、鞘を投げるところを見られたくなかったから視界を覆いつくしたのです。
「結果、音に反応したあなたはそちらに本体がいると思い振り向く。それを消してみれば、新しい魔法少女、隙ができないはずがございません」
「……誰がお前の魔法がその程度だと言ったってのは」
「あなたがおっしゃった通り、ハッタリですよ。ハッタリを理解してくれる相手だと、あなたが教えてくださいましたから、使わせていただきました」
弱く見せるのではなく、強く見せる。
ルミコーリアは正しかったですね。魔人との戦いでは、魔法の誤認が非常に有効となりました。
「……まさか、こんな雑魚に負けるたぁな。俺も落ちぶれたもんだ」
「さっさと死んでくださいます? こっちはいつ復活するか気が気でないんですの」
生首だけで喋っているのも恐ろしいですし。胴体も塵になるならそろそろ頭も塵になってくださいません?
勝ち誇らせていただきたいですわ。
というか立っているのも疲れましたの。
そんな思いで見つめていると、生首は不敵に笑ってみせました。
「まあ、いいじゃねぇか。結局全部同じことなんだからよ」
「どういうことですの」
「どうせあの方に全員殺されんだからよ」
――あの方?
「あの方とは一体……ああ! もう一旦塵になるのを止めなさい!」
「無茶言うな。じゃあな! てめぇらのあがき、楽しみにしといてやるぜ!」
その言葉を最後に、魔人は全て消え去ってしまいました。
……なんて不穏な事言って消えやがりましたのー!
あっ、ダメです。もう意識も保てません。
ふらりと倒れかけたところ、誰かに支えられました。
どなたでしょう、まだうっすらとだけ開く目で見ると、トリムシスタがいました。
「……見てくださいましたか?」
「ええ。ええっ! ご立派でございました……」
それは良かった。
最後に微笑んで、わたくしの意識は闇へと落ちていきました。
◇ ◇ ◇
「うんうん、無事に倒せたみたいだね」
「ルミコーリア、周辺探してみましたけど、やっぱりもういません」
「ありがとうクリムセリア」
二人から離れた場所で、私は軽く伸びをする。
危なくなったら割って入るつもりだったけれど、出番がなくてよかったよかった。
おかげで、気づかれないように潜んでいた魔人を叩く余裕ができたよ。
ある程度はクリムセリアにも任せちゃったけどね。
「ん? どうかした?」
「……勝ったんですね、プリズシスタ」
「うん。そうだね。心配だった?」
「し、心配だなんて! ……まあ、しましたけれど」
「正直でよろしい」
そっとクリムセリアの頭を撫でてあげる。ちょっと高いな、位置が。
「えへへ……」
「さて、それじゃあ私たちも行こうか」
「はい!」
まだまだ、やらないといけない後処理はいっぱいあるからね。
最後にもう一度、幸せそうに眠ってるプリズシスタを見てから、私は次の目的地へと移動することにした。