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やばそう。
ここ数週間、美羽さんと密接に関わってみた感想がこれ。
事あるごとにぼーっとしてるし、時々発作みたいに顔色が悪くなる。
でも、私が現れると、何事もなかったかのように取り繕う。
笑わせようとしても、どうにも楽しんでもらいきれてなさそう。
私は美羽さんみたいに、相手の気持ちを考えることが得意じゃないから、どんな気持ちでいるのかはわからない。
わからない、のに、どんどん遠いところを見るようになっているのだけ分かる。
このままだと、ふとした拍子に消えてしまいそうな気がする。
本当に、本能的な漠然とした焦りばっかりが、私の胸の中で渦巻いてる。
いてもたってもいられなくなって、気が付くと、私は自然と交換した連絡先に電話をかけてた。
今が夜の何時だとか、相手の都合とかも考えるのも忘れてたぐらいに。
運が良かったのか、電話には出てくれたけれど。
「どうすればいいですか」
『あっはっは、開口一番がそれ? 何を言いたいのかはわかるけどさ』
「すっごい嫌ですけど、美羽さんについて一番詳しいのはあなたです。教えてください」
私が電話をしたのは、当然彩花さん。
言われた通りに過ごして、よーくわかった。
この人は、明確に私に何かをやらせようとしているって。
「最初から目論見通りなんですよね。美羽さんから魔法少女を奪って、私に美羽さんの日常を把握させて、何をさせようっていうんですか」
『……あの子は自分の話をあんまりしようとしないからねぇ。どうだった? 幻滅した?』
「するわけないじゃないですか!」
むしろ、どうしてあんな状況で魔法少女を続けられたのか、不思議なぐらい。
最初は、魔法少女として優しくて周りをよく見てる凄い人だって思ってた。それが、日常生活にも現れてるんだって。
何もかもが違った。美羽さんは周りをよく見てるんじゃない。見てるところが他にないんだって。
視界の中に、美羽さん自身が入ってそうで入ってない。
この数日の、ぼーっとしてる美羽さんを見てると胸が苦しくなる。
何かしたい、してあげたい。
私にできる恩返しを、あの人に。
「どうして、あんな状態になってるんですか」
『それは違うよ。あれが素なんだ』
「あれが、素?」
あんな、ぼーっとしてて、寂しそうで、でも話しかけるとすぐに全部隠してしまう。あの姿が?
そんなの、どんな風に生きてきたら、そんな風になっちゃうの。
なんでそんな状況なのに、あの人は私たちに優しくいられるの。
『美羽はね、ちょっと過去の出来事から自分の事を考えたくないって思ってる。そのくせ、居場所が欲しいとも願ってる。だから、何もすることがないと、自己矛盾に苛まれるんだ。自分で自分を認められないくせに、誰かには認めてほしいと願ってるんだから』
「それがわかってるなら、どうして!」
『どうしてもこうも、必要だからだよ。――ルミコーリアが輝くために』
意味が分からない。
この人は、本当に何がしたいの? 美羽さんを追い詰めて、必要だから?
ぎゅっと拳を握りしめる。
「……あなたは、何がしたいんですか」
『私の目的は、昔から何一つして変わらない。あの子をポラリスに仕立て上げる。迷う人皆が仰ぎ見る、夜空に輝く象徴に』
「ポラリスって、なんですか?」
『中学生は知らないか。北極星の事だよ』
北極星は夜空に輝く星々の中でも、唯一、一夜を通して動かない星。旅人たちは、古くから北極星の位置を見て、方角を知ってたんだって。
そこまで言われれば、私にだってわかる。
この人は美羽さんを、ルミコーリアを、魔法少女の象徴にしたいんだ。
『でも、残念ながら眩しすぎる星は人の目を潰してしまうみたいでね。あの子は国の手によって、存在を隠され続けてきた』
「それで、私があれだけ日夜アピールしても上手くいかなかったんですか!」
『そうだね』
テレビとかで熱々ルミコーリア話を披露したりしたのに!
インタビューでも絶対にルミコーリアを語る時間を設けてもらったりしたのに!
全部カットされてたのってそういう事だったの!?
『最初のが上手くいったのは、クリムセリアのイメージダウンがあまりにまずかったからだよ。残念だったね』
「うぐぐ……」
こんなところで裏事情を教えてもらって悔しい。
イメージ戦略もお国の人たちからの案内だし、そりゃ介入されたら無理ですよ!
「……でも、わかりました。改めて、何をすればいいですか」
『うん? 私を責めないんだ』
「責めても躱すつもりですよね?」
『まあそうだけど』
あまりにもわかりきってる無駄なことはしない。
どうせ、適当なことを言ってもこの人にからかわれるだけだから。
そんなことよりも大事なことがある。
「それに、ルミコーリアに、有名になってもらいたい。その考えは、私も同じです」
まだ、美羽さんは報われてない。報われて欲しい。
居場所が欲しいのなら、作ってあげたい。これまであなたはこれだけのものを救ってきたんだって。
自分を認められないのなら、称賛の声で埋め尽くして上げたい。あなたは本当の魔法少女なんだって。
『いい覚悟だね。じゃあ、さっそくやってもらいたいことがあるんだけど、いいかな?』
「それが、美羽さんのためになるのなら」
この人のやり方は好きじゃない。
美羽さんのためと言いながら、平気で美羽さんを傷つけてる。
好きには絶対になれない。なんなら嫌いと言い張れる。そのうえで味方だとは言い切れる。
美羽さんを幸せにするために、この人はすごい役に立つ。
ああ、私、悪い子だ。わかってて悪いことをする、悪い子だ。
この人に従えば、美羽さんはまた傷つくはず。なのに、それを受け入れてる。
それが嫌だって思うのなら! 他の方法を思いつけ!
思いつかないのなら! 背負う覚悟を決めるんだ! あの日、魔法少女として戦い続ける覚悟が決まった瞬間のように!
言葉にはしませんでしたが、まるで聞こえていたかのように、上機嫌な声が聞こえてくる。
『いいね。それだけ熱量があるのなら、芹香ちゃんを信用して、私も隠してることを話そうと思う』
「信じませんよ」
『構わないよ。でも、環ちゃんは知りたがるんじゃないかな? ――予想の通り、私は非正規魔法少女だよ』
ほんっとうにこの人は。どこまで私たちの事を知ってるの?
予想はしてたから、驚かないけども。
『魔法の力を使って、ちょっとばかし、君たちよりも多くの事を私は知ってる。そのうえで結論を言うと、私たちの置かれてる状況はあんまりよくない』
「……どうすればいいんですか」
『やってほしいことはまだ幾つかあるけれど、前に頼んだことは引き続き守ってほしい』
「美羽さんの近くにいて、変身させないことですよね」
『そうだね。申し訳ないけれど、美羽には自分で気が付いてもらわないといけないことが多すぎる』
手のかかる子だと、おどけてるけれど、声は全く笑ってない。
……ふと思ったけれど、この人は美羽さんの事を八年間見てきたんだよね。
その時から、ずっと同じことを考えてたのなら、どんな気持ちだったんだろう。
想像もできない。でも、堪えきれないぐらいのもどかしさだけは分かる気がした。
『芹香ちゃんは今度の土曜日の予定を空けられるかな? 付き合ってもらいたい場所があるんだ』
「どこかへ出かける予定なんですか?」
『うん。今後、美羽と付き合うなら、知っておくべきことが幾つかあってね。それを教えたいんだ』
美羽さんと付き合うのに、必要なこと。
この人がいうのなら、本当に必要なことだとは思う。
「……わかりました」
『すっごい嫌々って声だね』
「当たり前じゃないですか。美羽さんが苦しんでて、良い顔なんてできませんよ」
『幸せものだねぇ、美羽は』
やっぱり、この人は美羽さんに興味があるわけじゃなさそう。
この人にとって大事なのは、ルミコーリアなんだ。
協力はする。でも、私は絶対に美羽さんを幸せにする。
これはその過程、必要だから手を貸すだけ。
ごめんなさい。美羽さん。
待っててください。もう、そんな困った笑顔させませんから。
「で、どこなんですか?」
『児童養護施設。もうちょっと平たく言えば、美羽の育った場所かな』
そのためならば、私は毒だって飲み込んでみせます。