美羽さんについては、わかった。どうすればいいのかも。
代わりに、大きな問題が一つ生まれちゃった。彩花さんを放っておいていいのかどうか。
話をしてわかったのは、あの人は環さんが言ってた敵ではないってこと。
でも、今は敵じゃないってだけで、きっといつかは戦うことになる。
美羽さんの事は大好きだし、幸せになってほしい。
いいや、幸せにしてみせる。覚悟はもう決まったんだから。
そのために、彩花さんを止めることも考えておかないといけない。あの人は途中で生まれる犠牲を気にしない人だから。魔法少女として、見逃すわけにはいかない。
美羽さんが、その犠牲を喜ぶとは思えない。
施設から帰った後、今後どうすればいいのか一人で考えて、考えて考えて考えて――私一人だと全然考えがまとまらないってのが、よくわかった。無駄に一日を使ってしまった。
わからないところを聞けば、答えを教えてくれる学校の先生はいない。
気軽に愚痴を言い合える友達もいない。こんな愚痴、聞かせられないもん。
そこまで考えて、私は飛び跳ねるように魔法少女アプリを開く。
チャットの項目を開いて、はたりと手を止める。チャットじゃ駄目、通話したい。
でも今の時間はもう遅いし、迷惑になるかもしれない。
今の時間に起きてそうで、相談相手にできそうな人……。
一人の顔が思い浮かんだ。
迷わず、通話ボタンを押す。コールは二回で、出てくれた。
「もしもし?」
『――お嬢様ではなく、私に連絡が来るとは思いませんでしたよ、緋乃さん』
通話の相手は、すぐに出てくれた。
私が選んだ相手はトリムシスタ――千恵さん。
足りない私の頭で考えて、多分、この人が一番この件について正しい判断を下せると思う。
「ごめんなさい。環さんは起きてるかどうか、わからなかったので」
『お嬢様はまだ書類とにらめっこなさってます。それで、何用でしょうか。お嬢様への取り次ぎがご入用ですか?』
「いいえ。千恵さんの意見を聞かせてほしいんです。環さんではなく」
正直なところ、私は千恵さんとの交流はぜんっぜんない。
環さんの側にいる人だって印象しかない。
その印象が、私の悩みについて、この人が詳しいって言っている。
「千恵さん。もしも環さんが困っていたらどうしますか」
『もちろんお助けします。それが、私の生きる意味ですので』
「では、そのために悪事を働く必要があるとして、どうしますか」
少しだけ間が空く。千恵さんでも考える必要があるぐらいの問題ってことなんだ。
『……場合にもよりますが、お嬢様の沽券にかかわる問題であれば、私は喜んで泥を被りましょう』
「魔法少女として守るべき人々が犠牲になるとしたらどうしますか」
『お嬢様は間違いなく拒絶なさるでしょうね。そのうえで、私は喜んで身を捧げましょう』
やっぱり、思った通りだ。千恵さんと、彩花さんは考えが近い。
何か大切なものが一つあって、そのために他の全てを投げ捨ててしまえる。
危うさと共に、強さを併せ持っている人たちなんだ。
「千恵さん。助けてください。今の私には、あなたの助けが必要です」
『私にですか? 申し訳ありませんが、お嬢様の補佐で既に手が回らなく――』
「環さんの思い描く未来に、必ず役に立ちます。なぜなら――このままいけば、最終的に彩花さんに全て台無しにされる可能性があるんです」
通話の向こうで、千恵さんが息を呑んだのが分かった。
詳しくお話しますと前置きを入れてから、私は今日見たこと、これまでの彩花さんの行為や発言を、丁寧に一つ一つ説明する。
私たちよりも、多くの事を知っているであろう彩花さんは、明確に私たちとは違う未来を描いてる。
『……お嬢様が耳にしたら卒倒されそうなお話ですね』
「敵というなら、敵になると思います。新しい敵ですけど」
『想像しうる限り最悪の展開ですね。で、緋乃さんはどちらにつかれるんですか?』
らしいなと思って、笑っちゃう。
環さんならきっと文句を言いながらも、助けになろうとしてくれると思う。
私が敵側に回るなんて、考えもせずに。
あの人はそこらへん美羽さんに近いんだよなぁ、ちょっと羨ましい。
「どちらにもつきません。代わりに、千恵さんたちが私についてください」
『正気ですか? いえ、本気で仰ってますか?』
「はい、正気ですし本気です」
わけがわからないことを言っていると思われてそう。私もそう思う。
美羽さんのために。その思いだけで、今私は突き進んでる。
「前提を話します。私の望む未来は、環さんたちと大きく離れていません。環さんたちの望む未来の上に、ルミコーリアがいるだけです」
『なるほど。では、引き抜こうというのであれば、私たちへメリットを提示してください』
「今、世間に対して最も影響を出せる魔法少女、クリムセリアを自由に使えます」
私が提示できる条件なんて、このぐらいしかない。
正直どれだけこれが意味あるのかはわからないけれど、美羽さんや環さんは分かってる人たちだと思う。
必要なのは、向こうに価値があると思ってもらえること。
学校での付き合いと同じ。私はあんまりそういうの得意じゃないけど。
『……はぁ。そのような身売り染みたことはあまり言うものではありませんよ』
「ごめんなさい。でも、他に使えるものもないので」
『一つ年上として、そして先んじて道を間違ったものとして忠告します。行き過ぎた献身は、相手にとって毒となりますよ』
「うぐぅ」
返す言葉もございません。
一歳年上なだけなんだけどなぁ。環さんとはそんなに離れてる気がしないのに、千恵さんとは美羽さんぐらい離れてる気がする。
でも、ダメかぁ。じゃあどうしよう。
なんて考えてたから、次の一言は予想外だった。
『お嬢様には私の口から伝えておきます。無下にはなさらないでしょう』
「え?」
どういうこと?
『ただし、主な行動内容を考えるのはこちらでやります。いいですね?』
「え、いや、ちょっと」
『何か問題でも?』
問題っていうか、その、あの。
「受け入れて、くれるんですか?」
あっ、電話越しに凄い大きなため息が聞こえてきた。
私、そんな変な事言った?
『美羽さんに恩義を感じているのは、私たちも同じなんですよ。恩師のそんな状況を聞かされて、黙っていられると思いますか』
「……ありがとうございます」
『お礼よりも、働きで返してください。お嬢様はそろそろパンク寸前ですので』
「ええっ!」
『それこそ、美羽さんを頼れればいいんですが』
それでは本末転倒だと、またため息を漏らしてた。
そんな反応が面白くて、口元が緩んで、自分がどれだけ焦ってたのか自覚する。
ああ、ダメな癖だな。美羽さんに相談に乗ってもらう前も、結局自分だけで色々考えて、ダメな方向に転がっていった結果だったんだから。
美羽さんだったら、もっといろんな考えを巡らせていたんだろうなぁ。
「多分、途中までは彩花さんの描いてる道筋と、私たちの辿るべき道筋は一緒だと思うんです」
『同意いたします。緋乃さんに声をかけたということは、そういうことのはずです』
「なので、最後の最後にどちらが出し抜くかの勝負です。千恵さん、もう一度言います。助けてください」
『……ええ、喜んで』
大丈夫。私たちは一人じゃない。
私たちは戦える。私たちは美羽さんを救える。
魔法少女として、私たちは正しい道を歩めてる。
◇ ◇ ◇
「――なんて、考えてるんだろうね」
夜の公園で、一人ベンチに座りながら笑ってる。
見られたら不審者として通報ものかな? されても構わないってぐらい、今の機嫌はいい。
あの頃の子供が思い描くようなことなんて、すぐに分かる。
特に、美羽の影響を大きく受けてる芹香ちゃんの事はよくわかる。
あの子は私の事が嫌いだし、絶対に私の言うことに従いはしない。
「でも、話を聞いてしまう」
中途半端に大人だから。大人の言うことを拒絶しきれない。
若いっていいねぇ。悪いことにきちんと罪悪感を覚えられてるうちが花だよ。
「ま、悪い大人の食い物にされないといいけど」
特に私みたいな、ロクデナシの食い物にされないように、もっと疑うことを覚えた方がいいね。
純粋さに付け込んで、思い通りに動かそうとする悪い大人とは、関わった時点で失敗だったってね。
「あ、きたきた。どうもー」
夜闇の向こうから、人影が近づいてきてるのが見えた。
冷静さを保とうとしているけれども、歩幅や速度から焦りが漏れてるのが分かる。
駄目だねぇ。魔法少女ってのが、どれだけ怖いものか、お仲間は教えてくれなかったのかな?
たかが子供と見下してるから、こういう状況になる。
魔法少女なんて、自分の意思で化け物と戦うことを決めた異常者の集団なんだよ?
理解できてないなんて、覚悟が甘い、甘すぎる。
「……話とは何でしょうか。こう見えて忙しい身でして」
「あはは、そんな怯えないでよ。ジョンスミスさんだっけ? ばれっばれでこってこてな偽名名乗ってるぐらいなんだからさ、もっと胸を張らないと」
やってきたのは、美羽を引き抜こうとしてる、海外の新規企業のエージェント。
もちろん、私から呼び出した。
「でも分かるよぉ、辛いんだよねぇ。なぜか、行く先々で情報が洩れてて、困ってるんでしょ?」
必死に隠そうとしてるけど、私には分かるよ。悔しがってるねぇ、苦しそうだねぇ。
うんうん、それまでは上手くいってたんだもんね。
途端に、全部が全部見透かされて失敗するだなんて――プライドが許せないんでしょ?
何年も何年も準備してきたものが台無しにされてて、悔しいんでしょ? 許せないんでしょ?
せいぜい、私の役に立って潰れて欲しいな。
「取引をしようよ。お互いに利のある話をしよう。チャンスが、欲しいんだよね?」
さあ、芹香ちゃん、どっちの描く未来が強いか勝負しようか。
私は手段を選ばない。そっちは散々選ぶといいよ。
その先に、私たちの願いが集約されるんだから。