◇ ◇ ◇
多分みんながなんかしてる。
何かまではわからないけど、ここしばらくの間は、みんな忙しそうにしてたから。
その最中で、私だけが何もせずに、ただただ怠惰な日々を過ごしていた。
大学構内のいつものベンチで、ぼーっと空を見上げてる。
太陽の日差しは眩しくて、時間の流れは私の事を待ってくれない。
何かをしたいとは思うけれど、何をすればいいのかわからない。
結果、何もせずに日々が過ぎ去っていく。
「……こんなに長い間、何もしてないのは初めてかな?」
本当の意味で何もしてないわけじゃない。
彩花のために、大学のノートを取ったりしてるし、勉強もきちんとしてる。
でも、やっぱり、満たされない。
私が求めていたものは、これじゃないって感じがしてる。
魔法少女として動いてないのに、普段あれだけやかましいポムムもだんまりしてる。
何かが動いてる。何かが。
その動いている流れの中に、私がいないだけ。
もちろん、助けになれればと思って、彩花や芹香ちゃんには連絡をした。
何かしてあげたい。困ってるなら力になってあげたい。
明らかに忙しそうだったし。環ちゃんは、その、下手に触ると危ないかなって、何かあったら言ってねとは伝えたけれど。
どっちも、大丈夫だからって、拒否された。
「あー! もやもやする!」
定期的に芹香ちゃんが顔を見せてくれるからか、あの夢はそこまで見てないのが救いかな。
何をしてるのかは教えてくれないけれど、気をつかってくれてるのは、ちょっと、申し訳ない。
「でも、引退したらそのつながりもなくなるんだよね……」
思えば、私の周りは魔法少女で繋がった人たちばっかりだ。
魔法少女をやってなければ、私の周りにはきっと誰もいなかった。
普通になりたくて引退したかった。普通に憧れて引退したかった。
考えてしまうのは、魔法少女でない私は一体何なんだろうってこと。
私はなんで魔法少女になったんだっけ?
芹香ちゃんや環ちゃんを見ていると、忘れてしまったことを思い出さないといけない気がする。
……彩花は、どうだったんだろう?
「や、悩んでるね」
「彩花っ!?」
「久しぶり? 随分落ち込んでるね」
「今まで何してたの!」
「ちょっとお仕事で色々な場所回ってたんだよ~」
数週間ぶりに顔を見せたと思えば、何でもない顔をしている。
この子は、本当に……っ!
「まあまあ、言いたいことは色々ありそうな顔してるけどさ、美羽にいい話を持ってきたんだよ」
「まあまあって……。いい話って?」
「魔法少女、辞められるかもしれないよ」
――え?
どういうこと? そんな話、ポムムからも新橋さんからも聞いてない。
彩花の目を真っすぐ見る。いつも通りの表情だ。
「ちょ、ちょっと? 本当なの? ポムム、ポムム?」
呼べばいつでも姿を現してくれるはずの妖精を呼ぶ。
どういう原理かはわからないけど、本当にいつでも出てきてくれるんだよね。
いつもなら。
「ポムム……?」
「あの妖精は今は来れないよ。聞かせたくない話だからね」
「どういうこと? 彩花、本当は何をしてたの?」
彩花はニッコリと笑う。びっくりするぐらい、純粋な笑みだった。
「――彩花。この魔法はどういうこと」
「気が付いた? 流石だね」
「魔法少女を辞めたんじゃなかったの?」
「うん、辞めたよ。もう妖精と契約はしてない」
空気中に漂う魔力の気配。
彩花の魔法じゃない。ステラフィクスの魔法は、もっと地味なものだ。周りに影響を与えられるようなものじゃない。
なら、考えられるのは別の魔法少女の魔法だってこと。
少し考えて、この状況には覚えがあることを思い出した。
「彩花」
「うん」
「本気?」
私が声を問いかけるのと同時に、彩花は勢いよくベンチから飛びのいた。
そっか、本気なんだ。何をしてるのかと思えば、そういう事?
「見損なったよ」
この魔法は、前に魔法少女を道具としてしか見てなかった、なんちゃらって会社の人の時と同じ魔法だ。
ジョンスミスだっけ。全く同じ状況だからね、流石に分かるよ。
「まあまあ、一旦話を聞いてくれるかな? 確かに彼らは気に食わないし、最終的に潰す予定だよ。でも、利用価値がある」
「……どういうこと?」
「中身が残ってるペットボトルは見てて気分が悪いからね。使い切ってから捨てるべきだと思うんだ」
考えても彩花の意図が分からない。
昔っからそういうところはある子だった。私とはまったく違う思考をして、破天荒さを隠しもしない子だった。
私がこの子と一緒にいたのは、一緒にいて楽しかったってのもあるけれど……見ていた未来が近いと思っていたから。
八年前、唯一この子だけが、魔法少女についての未来を考えていた。
この子だけは他の子とは違った。
「それが、私が魔法少女を引退することと何の関係が?」
「私は美羽の望みを叶えてあげたいだけだよ」
「ごめん、ほんっとうに意味が分からない。分かるように説明して」
嘘は言ってない。この子は嘘は言わない。
代わりに話す内容を綺麗に切り取って、言葉巧みに人を動かす。
「待った。一つだけ先に確認させて」
「何?」
「あのジョンスミスさん。あの人を最初にけしかけてきたのは、彩花なの?」
「それは違うよ。むしろ、私も最初は苦労させられたんだから」
少しだけ安心した。彩花は魔法少女を裏切ったわけじゃない。
なら、何のために。余計に気になってきた。
こうやって話を聞く気にさせられてるのも、計算通りなんだろうけれど。
「美羽は魔法少女を引退したいと言い続けて、今の今まで引退できずにいたんだよね」
「……そうだね。みんなと同じ十六歳の時には、引退するつもりでいたから」
「じゃあ、なんで引退したかったのかな?」
引退したかった、理由?
「ネットで散々言われたのは当然嫌だよね。でも、それは近年になってからの話。十六歳になる前には、特に話題になってることも少なかった」
「……そうだね」
「引退しようと思ったきっかけは何だったのかな?」
この問答に一体何の意味があるんだろう。
のらないで逃げるって選択肢もある。でも、それは問題の先延ばしでしかないよね。
彩花の性格を考えるに……私に何かを気づかせようとしてる。
何のために。ってのは、本当にわからないけれど。
「普通の魔法少女は、みんな十六歳には辞めるから。私もそうなんだろうなって思っただけだよ」
「なるほど、確かにそうだね。私もその年に表向きは魔法少女を引退したわけだし」
表向きはって言ったよ。もう隠す気もないんだ。
今まで隠してきたことを、隠さなくていいって判断したってことは、やっぱり悪だくみしてるね。
「じゃあ次の質問。魔法少女にはどうしてなったの?」
「彩花は知ってるでしょ? 施設が襲われたから、みんなを守るためになったんだよ」
昔っからの仲だから、そういう話もしてる。
施設の育ちだってのも、逆に彩花も生みの親と育ての親が別だとか。
彩花が魔法少女になった理由も、教えてもらったことがある。凄い不純な動機だって、聞いた当時は思った。
今となっては、そのためだけに命を賭けられるってすごいことだと思う。
「――本当に?」
「何が言いたいの」
「美羽はずっと私が何をしたいのか考えてるみたいだけど、私の目的は昔っから変わってないよ」
彩花の目的?
ひょっとして、ずっと冗談だと思ってたけれど、本気で言ってたの?
なら、もしかすると、今こうしてこの問答をしている理由は――。
「彩花。一つだけ答えて」
自然と冷たい声になってるのが分かる。
いや、でも、と考えるけど、彩花ならやる。間違いなくやる。
この子は、そういう子だってよく知っているから。
「いいよ。何でも聞いて」
「今、クリムセリアたちはどこにいるの」
すぐに答えは返ってこなかった。
この場合、即答されなかったことが、明確な意思表示だ。
彩花が答えを選んだ。即ち、私にそのままを教えるのは憚られる状況ってことだ。
「――変身! ルミコーリア!」
「そうなっちゃうかぁ。仕方がないね」
ステッキを手に、変身を叫ぶ。
同時に、彩花が地面を強く踏みつける。足元の影が揺らめき、彩花の体を包みこむ。
「ここでこうなる予定はなかったんだけど――変身、ステラフィクス」
丸く膨らんだ影が、地面に落ちた雫のようにはじけ、現れたのは純黒の魔法少女。
夜空をモチーフにしたルミコーリアとは違い、闇そのものを表す衣装の魔法少女。
――私が唯一、負けたことがある相手が、寸分たがわずに立っていた。