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後日、今度は正式に放課後に集まりました。
わたくし、芹香さん、千恵の三人で書類の山と格闘再開ですわ。
「で、あんなこと言われたのに引き続き美羽さんは呼ばないんだね」
「要所要所で手助けは借りますわ。ですが、やはりわたくしたちでやらねばならないのです」
こと理由においては、後継者教育の一環としてもありますが、ルミコーリアに見せたくない話が幾つかあるからですわ。
数があって感謝したのは初めてです。
魔人発生関連の資料が見つからなくて、本当に良かったですわ~。
「芹香さんがおっしゃっていた、美羽さんの違和感が本当ならば、この件に関わらせるわけにはいきませんもの」
そういって取り出したのは、過去の魔人発生記録。
これによれば、今後起こりうる災害について予想ができると記されております。
「魔人ならぬ、魔神の顕現……。彩花さんの行動を考えて、間違いなく起こるとみてよいでしょう」
「うん。あの人は『人々には魔人や魔獣への恐怖を思い出してもらう』ってはっきりと言ってた」
お父様に聞いたところ、八年前に通常の魔人よりも明らかに強い個体が現れたのだとか。
周辺の魔法少女たち総動員で戦い、何とか討ち果たした……と表向きにはされているところ、実際にはルミコーリアが討伐したそうですわ。
逆に言えば、ルミコーリアが来るまで、まるで太刀打ちできなかったそうですわ。
もしも、今それと同格が現れたとすれば、これもルミコーリアの手助けなしで倒すことは困難でしょう。
悔しいですけれども、わたくしたちの未熟さは誰よりもわたくしたちが存じておりますもの。
「でも、本気? 私たちだけで魔神を倒すだなんて」
「正確には、ルミコーリアを除く現役魔法少女たちで、ですわ」
あの魔人、グリーマスケリアが言うには、あの方はもうすぐやってくるのだそうです。
名持ちの魔人があの方と仰ぐほどの存在は、魔神の他にありえないでしょう。
八年前の事例を確認しても、同様の傾向がみられます。可能性は非常に高く、楽観視は許されませんわ。
「芹香さんは美羽さんに辞めてほしくないとお思いのようですが、わたくしの考えは違います。美羽さんは魔法少女を引退するべきですわ」
もし、ルミコーリアが優れた魔法少女だから辞められないのであれば、その原因は不甲斐ない我々にあります。
我々の怠慢を、彼女一人に押し付けるのはあまりにも不条理というものでしょう。
本人が辞める意思を示すならば辞められる。その仕組みは魔法少女全体で守られるべきですわ。
「……その割には、手伝ってくれてるよね」
「魔神対策という意味で合致しておりますし……美羽さんの身分調査は芹香さんの言う事と一致いたしました」
ほいと新しく調べてもらった書類には、美羽さんの身辺調査記録が残されています。
八歳の時に施設に入所、十二歳に出所。その後は親戚の元で……とされていますが、実際には政府の保護化で魔法少女活動をしつつ過ごしていたと。施設に入った理由に関しても、親戚周りから身元引受を拒絶された証言が取れました。
政府側の担当は三回ほど変わっていまして、今は新橋さんという方がルミコーリアの担当をなさっているのだとか。
「何かおかしなところはなかったんだよね?」
「ええ。おかしなところは何も。ただ、芹香さんが仰っていた意味は何となくわかりましたわ」
「どう思う?」
「おおよそ、推測としては成立しますわ」
芹香さんが施設にて美羽さんの事を聞いて、これまでの印象とまとめた仮説についてですわね。
――美羽さんは、おそらく半分以上義務感で動いている。本人が気が付いているのかわかりませんが。
魔人により両親を失い、何かが欠落してしまったのでしょう。わたくしだって、お父様がもしもお隠れになれば……考えたくもありません。
どうして小学二年生の時に両親を失って、平然と振舞えることでしょう。
その時点で、何かがおかしいのです。
わたくしたちの前で美羽さんは徹底して大人であろうと、年少者であるわたくしたちを庇護するように動いてくださいました。
ご自身が、わたくしたちの年の頃に全くそのような庇護が受けられていなかったのにも関わらず、ですよ?
もしもわたくしが同じ立場になれば……嫉妬するでしょうか。ひがんでしまうでしょうか。ずるいと、思ってしまうでしょうか。持たざるものだからこそ、持つものを羨む気持ちは、分かります。
歪から生まれた親切心だとしても、感謝こそすれ、非難することは許されないでしょう。
とは言っても、子供だからと言って、その歪みに甘えることは本当に正しいのでしょうか?
もしも、引退したいというのが歪みからの脱却であるならば、何かを求めての行動なのであれば、奨励されるべきですわ。
傷つきながら頑張ってきた人は、報われるべきですもの。
「引退を決心した理由が、軋んだ心が産んだものである可能性を考慮すれば、引退を引き留めるなんてできるはずがありませんわ」
「うぐぐ……」
「芹香さんも、美羽さんのためを思うのであれば、どうか円満な引退ができるように動いてくださいませ」
そう簡単には割り切れないのでしょうけれど。
憧れるのも仕方がありません。美羽さんは、ルミコーリアはあまりにも同じ魔法少女としては眩しすぎますもの。
わたくしだって、あれほどの輝きを放つ魔法少女が無名で終わるなどあっていいことかと思います。
ですが、外野が決めることではないのです。本人の自由意志が重要とされるべきなのですわ。
わたくしが、結果が振るわずとも魔法少女を辞めなかったように。
結果を常に伴わせる実力者が、辞めても良いのだと。
「……いいや。私は許せない。美羽さんは、報われるべきだから」
「……なら、わたくしも今はこれ以上言いませんわ。作業の続きをしましょう」
頑固ですわね。
芹香さんは、わたくし以上に魔法少女というものに理想を抱いています。
だからこその輝きなのですけれども、危うさも感じてしまうのが、なんとも。
わたくしたちが美羽さんの事について話し合っている間に、千恵が必要な資料をまとめてくれていました。
流石に早いですわね。わたくしたちが手を止めていただけ? それは申し訳ありません。
「魔神対策の話を進めましょう。クリムセリアの名のもとに、魔法少女を束ねてくださいませ」
「呼びかけるのはいいけどさ。魔神と戦う時の指揮は結局そっちが取るんでしょ?」
「わたくしも内々には働きかけますけれど、求心力が足りませんもの。指揮を執る人と、リーダーはまた別なのです」
もしも魔神が現れたとして、魔神が彩花さんの目論見通り、人々に脅威を思い出させるほど強いのであれば、わたくしたちは全力全霊を持って対処に当たるべきですわ。
わたくしが指揮を取って戦うにしても、この人が戦っているのなら自分もと思わせてくれる人物が必要なのです。
この場合は、クリムセリアが役割を担うことでしょう。
少し離れて交流が薄い魔法少女でも、クリムセリアの事は存じているはずですし、メディア進出も著しい有名人ですもの。
正直、同じ魔法少女でなければわたくしもサインとか欲しいなとか思ってた可能性がありますわ。
……強がりを言いました。間違いなく欲しがりますわ。
わたくしたちの世代において、クリムセリアの求心力はそれほどに強いのです。
こほん。ともかく、我々は一丸となって立ち向かうべきであり、秩序だって立ち向かえば、きっと魔神相手だろうと太刀打ちできるはずです。
八年前の記録によれば、当時魔神と相対したのはルミコーリアを除き四名の魔法少女。
今回、わたくしたちが呼びかけて協力を得られそうなのは、現段階でわたくしたち三名を含めて七名。倍近い人数を確保できております。
加えて、千恵に動いてもらい、美羽さんに教えていただいた魔力制御の概念を広めております。
全体の底上げもしているのですから、きっと、きっと何とかなるはず。
「問題は、やはり彩花さんと敵についてですか……」
「なにかわかったの?」
「何もわからないことが分かりましたわ」
「なあにそれ」
美羽さんに教えていただいたことで、彩花さんと推定敵が繋がりがあることが判明いたしましたが……関係性がさっぱり見えてきません。
過去に繋がりがありそうにもありませんし、即席で手を組んだのでしょうか?
何か見落としていそうですわね。
彩花さんは明確な思想犯ですから、それに反することはなさらないでしょうし。
この国の魔法少女を動かすために、この国を害するものと手を組む理由が、さっぱりわからないのです。
「ところで、魔神っていつ頃来るのか予想はできてるの? それ次第で、私の方も準備が変わるけれど」
「それでしたら――ちょうど、一週間後ですわ」
もしも、この予測が正しいのであれば。
この一週間は、激動となるでしょう。わたくしたち全員の思惑が、その日に集約するのですから。