知られてる。どうして。なんで。
考えるまでもない。彩花と芹香ちゃんは一緒に色々としてたから、その時に知ったんだろうね。
少し考えれば、分かることだったのに。実際、過去のあれこれを教えてもらってるって言ってたのに。
どうして、私はこんなに動揺しているんだろう?
「美羽。八年前のことを、覚えているかな?」
「なんの、こと?」
「私たちが束になって敵わなかった相手を、美羽が一人で倒してしまった。あの時の事を」
またその話?
みんなして、同じことを言う。
結論は変わらないのに。
「あれは! みんなが弱らせてくれていたから――」
「弱ってなんていなかった」
「……え?」
「分かりやすく言い直そうか。あの怪物にとって、私たちの相手は片手間程度だった。事実、その場で生み出した手下どもに相手させられて、こちらに興味すら持たなかった」
――違う。嘘だ。
彩花は嘘を言わない。でも、これは嘘だ。
そんなことはない。あるはずがない。あっていいはずがない。
「そろそろ、現実を見直そう。取り返しがつかなくなる前に」
「取り返しがつかないって、どういうことなの。彩花には、何が見えてるの?」
「――さあね。私はいつだって、希望的観測の元動いてるよ」
諦めの色すら滲む、投げやりな一言には、明らかな失望の意思が込められていた。
それよりも、と気を取り直したように話題を変えようとしてくるけれど、私の心はそう簡単に切り替わってはくれやしない。
「もう一度改めて問いかけようか。美羽、魔法少女を今なら引退できるとして、本当に辞められる?」
「それは、もちろん……」
「自分の力が明確に他者より勝っていると理解しても、それでも?」
心臓が苦しい。ぎゅっと、誰かに握りしめられているよう。
這いつくばっていた体をゆっくりと起こす。霞む視界では、彩花の表情まではわからない。
「知ってる? ネームドと呼ばれる、言語を解する魔人の個体は、これまで単騎での討伐はルミコーリアだけのものだったんだ。それらは実に強力でね、ただの魔法少女じゃ敗北必死だった」
何それ。そんなの、私は知らない。
私にとって、目の前に出てくる魔人は全て同じぐらい、殴れば倒せる存在だったから。
強いか弱いかなんて、よくわからない。よく考えたこともなかったんだ。
「そこに、クリムセリアとプリズシスタが名を加えた。新時代が来たんだって、上の方は大騒ぎさ」
「でもっ――!」
「そう、その通り。あの二人を合わせたところで、ルミコーリアには到底届かない。美羽自身が、一番理解していることだよね?」
呼吸が落ち着かない。頭が痛い、心臓が痛い、鼓動がうるさい。
爆発の痛みよりも、ステラフィクスの魔力砲よりも、よっぽど苦しい。
「ここまで言えば、誰も否定のしようがない。ルミコーリアという魔法少女は、他の追随を許さない特別な魔法少女だ」
「――違う!」
無心で走る。歯が砕けそうなぐらい食いしばり、後先考えず地面を蹴る。
そんな見え見えな行動、出鼻で挫かれるに決まっているのに。
案の定、踏み抜こうとした足元が爆発し、私の足は宙をかいた。
結果、つんのめるようにして、再び地面に倒れる。彩花との距離は、一歩だけ縮んだばかり。
「どうして特別であることを否定する? どうして、自分は普通だと思い込む? よく考えて、目を逸らさないで、美羽」
苦しい、苦しい苦しい苦しい。頭の中がうるさい。
騒がないで、黙っていて。
違うから、そんなんじゃないから。
必死に抑え込もうとしている扉に、彩花は容赦なく鍵を差し込んでくる。
「そんなに、お父さんとお母さんを助けられなかったことを悔やんでるの?」
「あっ……」
ガチャリと音を立てて、頭の奥の扉が開いた。
その奥にいたのは、八歳の私。冷たくなった二人の前で、泣きじゃくる私の姿。
八歳の私は、こちらを向いて口を動かす。言葉にならなくても、なんて言ってるのかは不思議と分かる。
『どうして、この時に私は魔法少女になれなかったの?』
特別なら、優れているのなら、どうして。
私は、大事な時には何もできなかったの。
ひび割れそうなぐらい頭痛が激しくなる。めまいがする。世界が歪む。
ぐるぐるぐるぐる、高熱を出してる時みたいに、平衡感覚が失われる。
辛うじて呼吸の音は聞こえるから、息はできているみたい。
『特別だっていうのなら、どうして。どうして』
魔法少女になれるのは十二歳になってからと知ったのは、後になってから。
聞いたとて、到底納得できなかった。私が特別だっていうのなら、そのぐらい、どうにかしてほしかった。
今後誰かを守り続けてたとて、私が守りたかった人たちは戻ってこないっていうのに。
確かに、他者からの称賛は、幼心を僅かに満たしてくれた。心の傷を、埋めてくれた。
とすればするほどに、渇きは強くなっていく。本当に褒めて欲しかった人たちは、もうこの世にいないのに。
だから、だから考えるのをやめたんだ。私は普通なんだって。特別なんかじゃないんだって、言い聞かせた。
普通の魔法少女なら、守れなくても仕方がないよね。
普通の女の子なら、諦めても当然だよね。
私は、普通になりたかった。普通であれば、理不尽を受け入れられるから。
「わた、わたし、わた……」
口が震えて、上手く言葉が出てこない。
何かを言わないといけないと思っているのに、体は拒絶している。
どうしよう。どうすればいい?
「答えを出そうよ、美羽」
「彩花……」
「最後に聞くよ。魔法少女になった理由は、どうして」
私が、魔法少女になった理由……。
なんでだっけ? どうしてだっけ?
私が魔法少女になれたのに、お父さんとお母さんを助けられなかったと現実逃避をするだけなら、魔法少女にならなければよかった。
魔法少女にならなければ、そもそも助けられなくても当然なんだから。
なのに、私は魔法少女になった。
彩花はじっとして、動く気配はない。私の答えを、ずっと待っている。
自分で答えを見つけろと言う事なのだろう。
散々前にも言ってきたし、お膳立てもしたんだからと。
「……私がその答えを見つけられなかったら、どうする?」
「ん? どうもしない。代わりに、もう一つ質問を投げかけることにするよ」
「もう一つの質問?」
「実はね、今なら本当にルミコーリアを引退させられるんだ。これは嘘でも詭弁でもなく、純然たる事実として」
「え?」
どういう、こと?
「今、町を魔神が襲っている。八年前、ルミコーリアが倒したのと同じ、強大な敵がね。今はクリムセリアたちが立ち向かっているみたいだけれど……さてはて、どうなることやら」
「っ!?」
そんな気配、全く――この空間、外からだけじゃなくて中からも外のことが分からないようになっているの!?
だから、気づけなかった。
じゃあ、ポムムが町中に魔人の気配がするって言っていたのは魔神の出現の合図ってこと!?
すぐに行かないといけないと思って、ふらつきながらも立ち上がる。
動き出そうとしたところを、彩花の言葉で制止させられる。
「まあ待ちなって。もしも、魔神が彼女たちの手によって討伐されれば、その時は本当にルミコーリアの手を離れたことになる。晴れて引退だ」
「待って。でも、そんなの、負けたら」
「その時はしょうがない。何とかする算段はあるけれど、結構な被害は出るだろうね。当たり前でしょ? 魔法少女の日常だよ」
勝てばそれでよし、負ければ誰かが尻拭いをさせられる。
魔法少女にとっては、当たり前のことなんだって。
「ねぇ、今すぐ――」
「いいの? 本当に?」
「本当にって、だって――」
「今行けば、ルミコーリアは引退から遠のくことになる。望んでいた普通からは、大きく後退する。それでもいいの?」
答えに詰まった。即答できなかった。
彩花が言う理屈は分かる。きっと、八年前と同じように、クリムセリアたちは既に魔神と戦っているんだ。
もしもクリムセリアたちが倒せたら、その時は私も大手を振るって辞められる。手を出す、理由がない。
逆に、クリムセリアたちが負けそうなら? そこに私が手助けして、倒せてしまったら?
きっと、今度は言い訳の余地も残せない。
「選ぶ時が来たんだよ。引退か、英雄か。クリムセリアたちを見捨てるか、救うか。決めることができるのも、選ぶことができるのも、あなただけだよ、ルミコーリア」
じっとりと汗がにじんで、気持ち悪い。
こんな選択肢、どうすればいいの?
ああ、でも、きっと答えはすぐそこにある。
私は、何のために魔法少女になったんだっけ? 答えを出せと、彩花は言っているんだ。
一度だけ深呼吸をする。深く、深く、私は自分へと問いかけることにした。
もう、天秤に乗っているのは私だけじゃないから。