「クリム・フレア・バラッジ!」
巨大な一本の炎の塊から分裂した無数の炎の矢が、流星のように魔神へと降り注ぐ。
青の肌に赤い爆炎が散るが、意にも介されていない様子。
一つ一つは弱くとも、どこか弱点のようなものを探し当てられればと思ったけれど、この分じゃそもそもの火力不足が濃厚かな。
なら、次の手を考えないと。
「町への被害は一旦後回しで! 全員、攻撃を避けることに集中してくださいませ!」
プリズシスタの号令と同時に、各々が散開する。
ここまで叩いてみてわかったことは、真正面から無策に叩いても殆ど意味がないってこと。
どうにかして突破口を探す必要があるよね。
「クリムセリア!」
「防御力がとんでもない! 攻撃するなら全力で魔力込めないと賑やかしにしかならないかも!」
「わかりましたわ! 早期討伐は断念します! まずは弱点がないか捜索し、行動を観察してくださいませ!」
ここからは各自の判断で動くことになる。
体が大きいからか、魔神の動きは非常にゆっくりで、驚異的には見えない。
もちろん、家を容易く潰した膂力は化け物なんだけれど、動き回れば当たらないぐらいの速度だから。
となると、やっぱり問題となるのは驚異的な防御力。
「『トリム』!」
掛け声とともに、僅かに魔神の腕が僅かに裂けた。
トリムシスタの魔法が通った。通った、けどあまりにも傷が浅い。瞬く間に塞がってしまった。
今のでわかったことは、魔神は無敵ってわけじゃなくて、攻撃は通る。
当たり前のことなんだけれど、目に見えて結果が出るのとそう考えるのとは違う。
彼女の魔法の単純な攻撃力は私よりも高い。
でも、出力の最大値は私の方が高い。その分消耗も私の方が激しいけど。
トリムシスタの魔法でも決定打を与えられないのなら、私の全部をぶつけるしかない。
勝てるとするなら、急所へ一撃で決める。
やることは決まった。後は実現する方法だ。
「プリズシスタ!」
「やってます! ルミコーリアじゃないんですから! そうそう魔力の流れなんて見通せませんわ!」
流石に、理解が速い。
私たちの中で、プリズシスタが最も魔力の扱いに長けている。魔力感知の真似事ができるのも、彼女だけ。
もしもこの馬鹿みたいな防御力が魔力由来なら、魔力の薄いところにぶち込めば倒せるかもしれない。そこが弱点である可能性もある。
幾つもの幻影を出して、操りながらも魔力感知をしてるんだから、本当に器用で凄い。
次にやるべきことは、行動パターンの観察。見てる感じ、この魔神は知性的に動いてる感じがしないから。
動きも直線的だし、何か考えがあるとは思えない。
本能で動いてるなら、誘導できるかも。
私は一射二射、軽く炎を放つ。
魔神は反応すらしない。効果がない攻撃は無視?
距離を取って、動きを観察する。
他の子たちが、弱点をあぶりだそうと攻撃してくれている。どの攻撃も有効打ではないけれど、魔神の行動パターンをあぶりだすのには役立ってくれる。
家は次から次に破壊されている。狙って壊してる? いいや、動く先にあったから崩してるだけっぽいかも。
他の子たちが狙われてる? 狙われてはいるっぽいけれど、幻影も巻き込まれてる。
もっとよく見ると、幻影だけを狙って攻撃してる腕の振り回しもしてる。
足の触手も、幻影を掴んでは、するりと霧散する様子に戸惑っているように見える。
……これは、ひょっとすると。
視線でトリムシスタの方を見る。気づいた? 気づいたっぽい。
攻撃に参加しながらだから、不確定っぽいけれど。
頷き合って、私は観察に戻る。
「魔神は魔力に反応してます! 各自、注意してください!」
気づいたことの情報共有は大事だよね。
今は遅いから反応できているだけ。もしも動きが速くなれば、事前予測が……速くなれば?
速く、なってない?
「危ない!」
全力で駆けて、危うく触手に捕まりかけていた子を助ける。
容易くコンクリート製の電柱が、細長い小枝のようにへし折られる。荒ぶる電線を避けて、一旦近くの屋根に着地することにした。
「あ、ありがとう……」
「全員注意して! 段々と動きが速くなってる!」
嫌な可能性が頭の中に浮かぶ。
この魔神は、もしかしたら、寝ぼけてる?
寝ぼけてるって表現はあれだけれど、でも、他に考えられない。
魔力に反応してるのも、反射的行動だとすれば、説明ができる。
全身から汗が噴き出る。
強くなったからこそ、分かるものがある。以前の私なら全く理解できなかった領域まで、理解ができるようになってる。
――もしもこれが本格的に動き出したら、どうなっちゃうの?
「プリズシスタ! 解析急いで!」
「どうしましたの!」
「こいつ、まだ本気じゃない!」
戦場に走る緊張感が跳ね上がった。
攻撃は通らないけれど、動きが遅いからこそ危機感は薄れていた。
このまま時間が経てば、きっと、攻略できるだろうという雰囲気が打ち砕かれる。
前にでてきた魔神はどうだったの?
記録に残ってなかった。魔獣を無尽蔵に生み出してたらしいけど、こいつはそんな気配はない。
本格的に動き出したら同じことしてくる? もしそうなら、今のうちに叩かないと絶対に勝てない。
今の私たちには、魔獣を片端から倒す殲滅力がない。
じゃあ焦って攻撃する? それも意味がない。
でも、このままだと間に合う保証もない。
どうすればいいの。どうしたらいいの。何が正解なの。
悔しい。悔しい。悔しい。私がもっと強ければ、問題はもっとシンプルだったのに。
ルミコーリア。私はどうすればいいですか?
……。
…………。
………………。
ぱあんと、勢いよく両頬を叩く。
弱気になるな。私が弱気になれば、誰があれを倒す。
私が倒すんだ。並ぶんだ、ルミコーリアに。
助けた子が、ぎょっとした様子で見てきてるけど、気にしない。
申し訳ないけれども、気にしてる余裕がない。
大きく飛びのいて、魔神からさらに距離を置く。
暴力的なまでの質量で破壊の限りを尽くすそれは、こちらには見向きもしない。
他の子たちは、懸命に弱点を探るべく攻撃を繰り返してくれている。
トリムシスタの攻撃で与えられる傷が、段々と浅くなっているのが分かる。
みんなのおかげで、プリズシスタの分析も進んでいるはず。
私にできることは、信じて待つことだから。
深く、深く深呼吸をする。
私の体内の熾り火に、新鮮な空気を吹き込むために。
そっと、左腕を前に。体を半身に。
精神を集中させる。
いつもよりも澄んだ色の炎が、指先に灯る。
魔力の通りがいつもよりもいい気がする。さっきは焦ったけれど、今の私はやっぱり過去最高だ。
プリズシスタの合図を待つ。
待つことが正解だとわかっていても、心は焦る。
私の一撃を待つみんなが、動きが速くなってきた魔神に捕まるまいと必死に動き回っている。
早く、一秒でも早く、こいつを倒してみんなを安心させてあげたい。
でも、私は力不足だから。準備を整えてから戦うんだ。
ルミコーリアみたいに、全てを正面からねじ伏せられないのだから、選ばないといけない。
魔神を倒して並ぶつもりだったのに、結果的に差を余計に感じることになっちゃった。
残念に思う。もう悔しがらない。ないものねだりしても意味がない。
そっと、目を閉じて、心を落ち着かせる。
……少しだけ、彩花さんの気持ちが分かった気がする。
憧れだけじゃない。輝きに心を焼かれただけじゃない。
本当は、誰よりも悔しかったんじゃないかな。どれだけ頑張っても、どれだけ願っても、ルミコーリアは遠い存在だって分かるだけだから。
自分も並び立ちたかったはずなのに。孤独を、埋めてあげたかったのに。
理解者であろうとしたからこそ、理解できないことを理解してしまった。悲しい、歪んだ人。
「クリムセリア! 頭部分を狙ってください!」
ゆっくりと目を開けば、先ほどまでよりも遥かにクリアな世界が広がっていた。
指先に灯る炎は広がり、私に力を貸してくれる。
今私が持てる全てを燃やす。番える右手に、誰よりも熱い思いを込める。
狙うは魔神の頭部分。プリズシスタの魔力感知と、他のみんなの攻撃によって割り出された、魔神の急所。
動きは大分速くなっている。関係ない。私は必ず射貫ける。
「クリム・フレア・コメットッ!」
あの時よりも、どの時よりも、熱い思いを込めて。
私が思い描いた流星は、正しく魔神の頭蓋を貫いた。
ゆらりと、青の巨体が揺らめいた。