手ごたえは、あった。
炎の槍とすら呼べるほど強大な一矢は、確かに魔神の脳天を貫いた。
緩やかに倒れていく魔神を見れば効果はありそうに見える。
倒したと空気が緩んでる。プリズシスタでさえ、険しかった表情がほろこんでる。
――ああ、本当に。最悪な現実だね。
「全員、離れて!!!」
えっ? だなんて困惑の声が聞こえた。
すっかり勝ちを確信してたムードは、私の必死さで書き消される。
魔神の体が傾くのが止まった。
違和感を覚えた子たちの顔が青白くなる。
誰かが嘘と呟いた。現実は変わらない。魔法の力でもない限り。
これまでより遥かに機敏な動きで、魔神の腕が近くにある建物の屋根を掴んだ。
ぐいと引っ張り、倒れかけた上体を引き起こす。
「……ああ、目が覚めた」
電話越しに聞こえてくるノイズ混じりみたいな、耳障りな声。
魔神の声だと理解するのに、そんな時間はかからなかった。
脳内に直接叩き込まれる感覚があまりに不快で、必死に吐き気を堪える。
魔人の頭部には私の攻撃で風穴が空いていて、向こう側の景色が見えていたのが、みるみるうちに塞がっていく。お前の全力は無駄だったのだと、見せつけてくるかのように。
「――総員、撤退してくださいませ!」
プリズシスタの判断は、正しい。
今、この場にいる私たちだけじゃあ、この魔神を倒せない。
でも、逃げてどうするの? 数を増やせばどうにかなる? そうとも思えない。
あまりにも、格が違う。これが、魔神なんだ。
「礼を言うぞ羽虫ども。どうにも、魔力が薄いと意識が保ちづらくてな……」
頭の中に声が鳴り響く度、その場に膝をついてしまいたくなるほどの圧を感じる。
気力で何とか持ちこたえているけれども、こんなの、どうすればいいの?
町の被害は一旦無視して、体勢を立て直すしかない。
見通しが、あまりにも甘かったんだ。
遠くから、あまりにも聞きたくない音が聞こえてきたのが、逃げようと決めたのと同時だった。
「……ねぇ、あれって」
「ヘリって、禁止されてるはずじゃん!」
なんて間の悪いことに、遠くの空にヘリの姿が見えた。
こちらに向かってきてる。何のヘリ? ――もしかして、テレビ局?
だとしたら、ほんとのほんとに最悪だ。
「――っ! クリム・フレア!」
「クリムセリア!?」
「みんなは逃げて!」
テレビで放映されてるのなら、戦わずに逃げている姿だけを見せることはできない。
戦って、戦って戦って。魔法少女は、こんなにも頑張ったんだって、見せつけないといけない。
魔法少女は強大な敵を前にして、ただ逃げるだけの存在じゃないんだって、思ってもらわないといけない。
「クリムセリアはどうするのですか!」
「私は最後まで引き付ける! プリズシスタは何とかみんなを逃がして!」
「ですが! それでは――」
「私が!」
プリズシスタが言いかけた言葉に被せて、それ以上は言わせない。
そんなの私だってわかってる。わかってるからこそ、言わせられない。
「大丈夫だから」
大丈夫じゃない。誰よりも私が分かってる。
残された魔力で魔神に有効打は与えられない。これから繰り広げられるのは、ただの敗戦処理だ。
「ふむ、まだ元気なのがいるな」
響き渡る声の重圧で、今にも心が折れてしまいそう。
セレネシアは。いや、セレネシアもその場でへたり込んでしまってる。
みんなの心が折れちゃってる。
強く、歯を食いしばる。
心を燃やせ、高らかに燃やせ。
あの人が貰ったこの火種を、絶やすような真似だけは、絶対にできない!
離れていた距離を詰める。
私はここだ、ここにいるぞと叫ぶために。意識を、私に集中させてもらう必要があるから。
「私はクリムセリア! 魔法少女、クリムセリアだ!!!」
「……ふむ。守護者の一員か。であれば、我もその価値を示そう」
すっかり傷の塞がった魔神の頭部に、横一線の切れ目が入る。
切れ目は縦に開かれ、巨大な目玉が、姿を現した。
ぎょろりと、こちらの方へ瞳が向く。目が合うだけで、本当に虫のように小さな生き物になった気分。
見たくないと、頭の中で拒絶しているのに視界から逸らせない。そのぐらい、存在感が圧倒的すぎる。
「悠久なるもの。我はそう呼称されている」
圧が、さらに酷いものになった。
今すぐこの絶望に屈して、膝をついて何もかもを諦めてしまえれば、どれほど楽なんだろう。
プリズシスタですら、呆然と立ち尽くしてしまってる。
「原初を探す前の余興である。しばし無聊を慰めよ」
「クリム! フレアアアアアアアアア!!!」
もはや悲鳴のような、喉を焼く叫び声。でないと、とてもじゃないけれど正気を保っていられる気がしなかった。
次から次へと、炎の矢を番えては放つ。
ぽすりと大した影響も与えることなく、かき消される。
先ほどまで魔神が纏っていた魔力量と、今とでは想像もできない差があるのかな。
そもそも、今の私の残り魔力での攻撃だと、魔神の体に届くことさえしない。
「――みなさん! どうか、気をしっかり! 一度撤退して、体勢を立て直しますわよ!」
そっちを見る余裕はないけど、プリズシスタは気を取り直してくれたみたい。
本当に良かった。後は、全力で時間を稼ぐだけだ。
ヘリの音は、まだ聞こえてる。
「守護者よ。その程度か」
魔神が落胆しているのが分かる。
まだ、攻撃らしい攻撃もされてないっていうのに、ずっと押されている気持ち。
「残念である。慰みにもならぬとは」
魔神が、その拳を振りかぶった。
漠然と眺めてる間、これを食らったら死ぬんだろうなって理解した。
魔法少女をやってて、やばいなと思ったことはあっても、死ぬかもと思ったことは、これが初めて。
避けられる? ううん、多分無理。避けたとしても、その先がない。
美羽さんごめんなさい。私はここまで見たいです。
私じゃあ、あなたを助けてあげられませんでした。
お父さん、お母さん。親不孝な娘で、ごめんなさい――。
そっと目を閉じて、自分の運命を受け入れる。いずれ来る衝撃への覚悟を決めて。
待てども待てども、その衝撃は訪れない。
静かだ。ヘリの音だけが、響き渡っている。
幾らなんでもおかしい。振りかぶっていたのに、拳を振り切らないなんてことがある?
そっと、目を開き直して。
「――本当に、ごめんなさい。私の、覚悟が足りなかったから、大変な目に遭わせちゃったね」
魔神の拳を、正面から受け止めている魔法少女がいた。大質量であるはずのそれを、何事もないかのように、片手で止めている。
衣装に夜空のように散りばめられた輝きが、この場では何よりも美しい。
「ルミ、コーリア……」
「私がもっと、自分のことを見つめられてれば。なんて、今更だね。彩花は、本当に意地が悪い」
今までどうしてただとか、どうして来てしまったのだとか、色々と言葉が頭の中をぐるぐる巡って。
最終的に出てきたのは、一つだった。
「ごめ、なさい。助けて、ください……」
涙が溢れて止まらない。嗚咽が漏れて仕方がない。
死ぬかと思った、怖かった、すごい怖かった。
覚悟を決めてかっこつけてみたけれど、死にたくないって思ってた。凄い嫌だった。
「うん、うん、ごめんね。背負わせちゃったね」
ルミコーリアは優しく話しかけてきてくれる。
楽にしてあげるつもりだったのに。結局私はおんぶにだっこなんだ。
無力感に苛まれてても、嬉しくなってしまう自分がたまらなく嫌になる。
「――後は任せて。大丈夫、私も、“魔法少女”なんだから」
高らかに宣言したルミコーリアは、魔神の腕を殴り返すように拳を叩きつけ――ぱあんと破裂音が響き渡った。
「私の仲間が世話になったみたいだね。ここからは、私が引き継がせてもらうよ!」
「そうか、無尽なるを倒した守護者か。是非もなし」
どうか、どうか。
私たちの、仇をうってください。