成人済み魔法少女@引退したい   作:パンデュ郞

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四十七話目 魔法少女は留めたい

 手ごたえは、あった。

 炎の槍とすら呼べるほど強大な一矢は、確かに魔神の脳天を貫いた。

 緩やかに倒れていく魔神を見れば効果はありそうに見える。

 倒したと空気が緩んでる。プリズシスタでさえ、険しかった表情がほろこんでる。

 ――ああ、本当に。最悪な現実だね。

 

「全員、離れて!!!」

 

 えっ? だなんて困惑の声が聞こえた。

 すっかり勝ちを確信してたムードは、私の必死さで書き消される。

 

 魔神の体が傾くのが止まった。

 違和感を覚えた子たちの顔が青白くなる。

 誰かが嘘と呟いた。現実は変わらない。魔法の力でもない限り。

 

 これまでより遥かに機敏な動きで、魔神の腕が近くにある建物の屋根を掴んだ。

 ぐいと引っ張り、倒れかけた上体を引き起こす。

 

「……ああ、目が覚めた」

 

 電話越しに聞こえてくるノイズ混じりみたいな、耳障りな声。

 魔神の声だと理解するのに、そんな時間はかからなかった。

 脳内に直接叩き込まれる感覚があまりに不快で、必死に吐き気を堪える。

 

 魔人の頭部には私の攻撃で風穴が空いていて、向こう側の景色が見えていたのが、みるみるうちに塞がっていく。お前の全力は無駄だったのだと、見せつけてくるかのように。

 

「――総員、撤退してくださいませ!」

 

 プリズシスタの判断は、正しい。

 今、この場にいる私たちだけじゃあ、この魔神を倒せない。

 でも、逃げてどうするの? 数を増やせばどうにかなる? そうとも思えない。

 あまりにも、格が違う。これが、魔神なんだ。

 

「礼を言うぞ羽虫ども。どうにも、魔力が薄いと意識が保ちづらくてな……」

 

 頭の中に声が鳴り響く度、その場に膝をついてしまいたくなるほどの圧を感じる。

 気力で何とか持ちこたえているけれども、こんなの、どうすればいいの?

 町の被害は一旦無視して、体勢を立て直すしかない。

 見通しが、あまりにも甘かったんだ。

 

 遠くから、あまりにも聞きたくない音が聞こえてきたのが、逃げようと決めたのと同時だった。

 

「……ねぇ、あれって」

「ヘリって、禁止されてるはずじゃん!」

 

 なんて間の悪いことに、遠くの空にヘリの姿が見えた。

 こちらに向かってきてる。何のヘリ? ――もしかして、テレビ局?

 だとしたら、ほんとのほんとに最悪だ。

 

「――っ! クリム・フレア!」

「クリムセリア!?」

「みんなは逃げて!」

 

 テレビで放映されてるのなら、戦わずに逃げている姿だけを見せることはできない。

 戦って、戦って戦って。魔法少女は、こんなにも頑張ったんだって、見せつけないといけない。

 魔法少女は強大な敵を前にして、ただ逃げるだけの存在じゃないんだって、思ってもらわないといけない。

 

「クリムセリアはどうするのですか!」

「私は最後まで引き付ける! プリズシスタは何とかみんなを逃がして!」

「ですが! それでは――」

「私が!」

 

 プリズシスタが言いかけた言葉に被せて、それ以上は言わせない。

 そんなの私だってわかってる。わかってるからこそ、言わせられない。

 

「大丈夫だから」

 

 大丈夫じゃない。誰よりも私が分かってる。

 残された魔力で魔神に有効打は与えられない。これから繰り広げられるのは、ただの敗戦処理だ。

 

「ふむ、まだ元気なのがいるな」

 

 響き渡る声の重圧で、今にも心が折れてしまいそう。

 セレネシアは。いや、セレネシアもその場でへたり込んでしまってる。

 みんなの心が折れちゃってる。

 

 強く、歯を食いしばる。

 心を燃やせ、高らかに燃やせ。

 あの人が貰ったこの火種を、絶やすような真似だけは、絶対にできない!

 

 離れていた距離を詰める。

 私はここだ、ここにいるぞと叫ぶために。意識を、私に集中させてもらう必要があるから。

 

「私はクリムセリア! 魔法少女、クリムセリアだ!!!」

「……ふむ。守護者の一員か。であれば、我もその価値を示そう」

 

 すっかり傷の塞がった魔神の頭部に、横一線の切れ目が入る。

 切れ目は縦に開かれ、巨大な目玉が、姿を現した。

 ぎょろりと、こちらの方へ瞳が向く。目が合うだけで、本当に虫のように小さな生き物になった気分。

 見たくないと、頭の中で拒絶しているのに視界から逸らせない。そのぐらい、存在感が圧倒的すぎる。

 

「悠久なるもの。我はそう呼称されている」

 

 圧が、さらに酷いものになった。

 今すぐこの絶望に屈して、膝をついて何もかもを諦めてしまえれば、どれほど楽なんだろう。

 プリズシスタですら、呆然と立ち尽くしてしまってる。

 

「原初を探す前の余興である。しばし無聊を慰めよ」

「クリム! フレアアアアアアアアア!!!」

 

 もはや悲鳴のような、喉を焼く叫び声。でないと、とてもじゃないけれど正気を保っていられる気がしなかった。

 次から次へと、炎の矢を番えては放つ。

 ぽすりと大した影響も与えることなく、かき消される。

 先ほどまで魔神が纏っていた魔力量と、今とでは想像もできない差があるのかな。

 そもそも、今の私の残り魔力での攻撃だと、魔神の体に届くことさえしない。

 

「――みなさん! どうか、気をしっかり! 一度撤退して、体勢を立て直しますわよ!」

 

 そっちを見る余裕はないけど、プリズシスタは気を取り直してくれたみたい。

 本当に良かった。後は、全力で時間を稼ぐだけだ。

 ヘリの音は、まだ聞こえてる。

 

「守護者よ。その程度か」

 

 魔神が落胆しているのが分かる。

 まだ、攻撃らしい攻撃もされてないっていうのに、ずっと押されている気持ち。

 

「残念である。慰みにもならぬとは」

 

 魔神が、その拳を振りかぶった。

 漠然と眺めてる間、これを食らったら死ぬんだろうなって理解した。

 魔法少女をやってて、やばいなと思ったことはあっても、死ぬかもと思ったことは、これが初めて。

 避けられる? ううん、多分無理。避けたとしても、その先がない。

 

 美羽さんごめんなさい。私はここまで見たいです。

 私じゃあ、あなたを助けてあげられませんでした。

 お父さん、お母さん。親不孝な娘で、ごめんなさい――。

 

 そっと目を閉じて、自分の運命を受け入れる。いずれ来る衝撃への覚悟を決めて。

 待てども待てども、その衝撃は訪れない。

 静かだ。ヘリの音だけが、響き渡っている。

 

 幾らなんでもおかしい。振りかぶっていたのに、拳を振り切らないなんてことがある?

 そっと、目を開き直して。

 

「――本当に、ごめんなさい。私の、覚悟が足りなかったから、大変な目に遭わせちゃったね」

 

 魔神の拳を、正面から受け止めている魔法少女がいた。大質量であるはずのそれを、何事もないかのように、片手で止めている。

 衣装に夜空のように散りばめられた輝きが、この場では何よりも美しい。

 

「ルミ、コーリア……」

「私がもっと、自分のことを見つめられてれば。なんて、今更だね。彩花は、本当に意地が悪い」

 

 今までどうしてただとか、どうして来てしまったのだとか、色々と言葉が頭の中をぐるぐる巡って。

 最終的に出てきたのは、一つだった。

 

「ごめ、なさい。助けて、ください……」

 

 涙が溢れて止まらない。嗚咽が漏れて仕方がない。

 死ぬかと思った、怖かった、すごい怖かった。

 覚悟を決めてかっこつけてみたけれど、死にたくないって思ってた。凄い嫌だった。

 

「うん、うん、ごめんね。背負わせちゃったね」

 

 ルミコーリアは優しく話しかけてきてくれる。

 

 楽にしてあげるつもりだったのに。結局私はおんぶにだっこなんだ。

 無力感に苛まれてても、嬉しくなってしまう自分がたまらなく嫌になる。

 

「――後は任せて。大丈夫、私も、“魔法少女”なんだから」

 

 高らかに宣言したルミコーリアは、魔神の腕を殴り返すように拳を叩きつけ――ぱあんと破裂音が響き渡った。

 

「私の仲間が世話になったみたいだね。ここからは、私が引き継がせてもらうよ!」

「そうか、無尽なるを倒した守護者か。是非もなし」

 

 どうか、どうか。

 私たちの、仇をうってください。

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