◇ ◇ ◇
「あー、死ぬかと思った。結構本気目で殴ったなあの子」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないけど、まあ、計画に支障はないよ」
美羽がいなくなった後、私は口から血反吐を吐いて、その場に倒れていた。
一発殴っていい? って言われたから、どうぞって許可したらこのざまだよ。私じゃなかったら、死んでた可能性すらあるね。それすら考慮してたんだろうけど。
いやあ、覚悟はしてたし、予想もしてたけどさ。いざ食らってみると、いやあ、川の向こうに花畑が見えたよ。
ヴォルシネスはそんな私を心配してくれるだなんて、優しい子だねぇ。
「ま、これで計画通りさ」
どうせ、あの子たちじゃ魔神は倒せない。
困り果てたところにルミコーリアが現れて、万々歳ってね。
後は、私がそちらに世間の関心が向いているうちに、王手を打てば全てが終わる。
一発殴られたことで一手が遅れそうだけど。ははは、まあ何とかするさ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? まあ、今すぐ移動する元気もないし、動けるだけ回復するまでなら答えるよ」
「どうして、あの人が引退を選ばないって思ったんですか? 引退するって言ってたら、破綻してましたよね」
んー、ヴォルシネスは自分たちの未来のために動く決断を下せるだけあって、考える力があるね!
その通り。私の目的を果たすためには、ルミコーリアが引退を選んだら困る。
かといって、ただ助けに行くだけでも意味がない。同じことが繰り返されるだけだ。
人を一人祭り上げるためには、祭り上げられる側が受け入れる必要があるんだ。
後は、どうやって受け入れさせるかの問題だった。
「私は八年間あの子のことばかりを見てきた。だから、というと答えとしては不親切だね。少し丁寧に、説明してあげよう」
まず、あの子が言う引退したいの意図をひも解く必要がある。
引退したい、それは結構。ではなぜ引退したいのか。それが普通であるからに他ならない。
次に考えるべきは、あの子にとって普通とは何なのか。私はこれを、憧れの対象であると認識した。
魔人によって奪われた、日常への憧れこそが、あの子が真に求めているものであると。
私という異常者ですら、大学生活に紛れ込ませれば拒絶できないほど、あの子は普通に飢えていた。
「本当に運が良かった。クリムセリアと、プリズシスタの二人は、結果としてあの子にとっての日常になったんだから」
一度手に入れた憧れを手放せる人間はいない。あの子は、絶対に彼女たちを助けに行く。
後は、少しばかり舞台を整えてやればいい。魔神の脅威を放映し、魔法少女たちの奮闘を見せて、英雄の降臨を演出する。それだけで、世論は整えられる。
「要するに、人に必要としてもらいたかったんだ。居場所が欲しかっただけなんだよ、あの子は」
ネットで叩かれて云々も、自分がそこにいることを望まれてない声だって認知だったわけだし。
ただまあ、臆病過ぎたのがよくないね。自分から行動することを極端に怖がる面がある。
背中を押して、自分が何をしたかったのかを思い出させて、ようやくだもん。
「……もしも、思い通りにいかなかったら?」
「その時は仕方がない。魔神には一旦お帰り頂いて、第二目標以降だけの達成で我慢してたよ」
今回上手くいかなくても、結局魔法庁の上層部さえ何とかして隠ぺい体質さえ改善しちゃえば、そのうちルミコーリアの存在は表に出てたはずだから。それでもまあ、悪くはない結果ではあった。
どう転ぼうが、妥協はできてたってことだね。
「もし、引退したいって言ったら、どうするつもりだったんですか?」
「本当に、引退はさせてあげる予定だったよ。時間をかけて調べたからね。妖精の殺し方を」
ルミコーリアぐらい魔力の扱いに長けていると、私みたいに非正規魔法少女になっちゃいそうだけど、まあそこはご愛嬌。妖精たちの手からは解放するんだから、実際のところは引退でいいよね。
「さて、そろそろ動こうか。転移、お願いね」
「本当に大丈夫ですか? その、まだ休んでた方が……」
ぽんとヴォルシネスの頭に手を置いて、安心させるように撫でてあげる。
「あんまり休んでもいられないからね。君たちを無事に海外に送り出して上げるって契約もあるしね~」
「うぅ」
「じゃ、さっさと頼むよ」
この国が荒れる前に。
できるだけのことは、やってから消えないとね。
最強が、心地よく迎えられる環境を作り上げておかないと。
◇ ◇ ◇
これが魔神。クリムセリアや、プリズシスタが倒そうとしてた怪物。
八年前のは、こんな大きくなかったかな。普通に人ぐらいの大きさだった気がする。
降りぬいた拳は、いつものように相手の体を粉砕したけれど、手ごたえはまるでない。
青白い巨腕の肘から先がなくなったのにも関わらず、魔神がまるで反応してないのがその証拠かな。
「無尽なるってのは、寡聞にて存じないかな。一体何のこと?」
「以前にこの地に足を踏み入れた同輩である。生産物を扱う事しかできぬものであったが、それだけは優れていた」
なるほど、やっぱり八年前の奴のことか。
こんな会話をしているうちに、失われた腕がぐにゃりと歪み、瞬く間に肉が盛り上がって元通りの形になってしまった。
すごい再生能力だね。ちょっとやそっと傷つけても意味がない、って感じでよさそう。
「帰ってくれるつもりはない?」
「否。原初のを手に入れるまで、我らは止まれぬ」
一応聞いてみた。当然拒否されるよね。うん、想定内。
「原初の?」
一体何のことだろう。無尽なる、ってのから考えると別の魔神の呼び方かな?
原初のと呼ばれる魔神が、世界のどこかにいる? それを、こいつらは求めている?
……いいや、今考えるべきことじゃない。
「引いてくれないなら、倒すしかないね」
「なれば、我の無聊を慰めよ」
咄嗟に、周りの様子を確認する。逃げ遅れてる子たちがいる。
動き回って攻撃を誘う動きはできない。
なら、私がやるべきことはただ一つだ。
ふっと暗くなる。見上げると、こちらを叩き潰さんと巨腕が振り下ろされていた。
「はああああああああああ!」
相手の振り下ろしに合わせて、もう一回殴りつける。
はじけ飛ぶ肉片に視界を塞がれながらも、私は前に出る。
今度は足元に蠢く触手が、波のようにアスファルトを砕きながら私を捕まえようと近づいてくる。
関係ない右を、左を、振りぬいて粉砕する。
周りからの視線を感じる。間違いなく、異物を見る視線だ。
もう私は、その視線を気にしない。そんなことよりも大事なことはあると理解したから。
何を求めていたのか、もうわかってる。わかってるからこそ、関係ないことに怯えたりしない。
今なら自信を持って言える。
私はルミコーリア。私は魔法少女。今の私は、クリムセリアとプリズシスタの師匠だと胸を張れる魔法少女になりたい!
再生し続ける相手に対して、近づく部位をひたすら粉砕し続ける私。
終わりがないように見えて、徐々に徐々に趨勢は傾いている。
そう、私の方へ。
「我は悠久なるもの。断じて滅びぬ」
「なら私は最強の魔法少女だよ!」
本当はそうなのかは知らない。知る手段もない。
けどね、こう叫べばみんな勇気を持てる。
魔法少女ってのは、みんなの希望なんだから! 正義の味方歴八年、テレビとかネットとかで撮影されてた時に散々演技し続けた人間を舐めるなよ!
もしも無限に再生し続けるっていうのなら! 再生できなくなるまで粉みじんにしてあげる!
「ありえぬ。ただか守護者が、このような力を持つことなど――」
「うるさい、うるさい、うるさい! こっちにはね、さっさとぶったたいてやらないといけない奴置いてきてるんだよ!」
一発殴っておいたけれど、あの子の事だからあの程度じゃ絶対に止まらない。
説教するから大人しく待っているようにと言ってから来たけれど、絶対に逃げ出してる。
まったく、あっちもこっちも。本当に……本当に……っ!
「こんなところで、手間取っている場合じゃないんだから!」
全力で両の腕を動かして、迫りくる何もかもを粉砕する。
ああ、正面からだと分かりづらいな。
もっと分かりやすく、叩き潰すところが明確な方がいい。
そう、例えば上からとか――。
思いっきり地面を蹴り飛ばす。思いっきり亀裂が入ったけど、気にしない。魔神の方が町を壊してる。
魔神は、ぎょろりと作り物のような眼玉をこちらへと向けてくる。上から見下ろすような形になって、よりその巨大さがよくわかる。
空中でくるりと体勢を変えて、足先に魔力を全力で集中させる。
重力を使って、一気に、叩き潰す。やってることは、ただのかかと落としだけどさ!
「ぶっ潰れろおおおおおおおおおおおおおお!」
防御も何もかもを打ち破り、隕石のように押しつぶす。
私は目立ったことができる魔法少女じゃない。
炎も出せないし、人の心を落ち着かせられない。幻影も出せなければ、切り取ることさえできない。
でも、敵は倒せる。それで十分だ。
「はああああああああああああああああああ!!!」
爆発音が鳴り響く。
私のかかとが、あまりにも大きく地面を抉った。
こんなに威力って出るんだ。本気で殴ったのは、これが初めて……?
ピクリと視界の端で、魔神の破片が動いたので、片端から潰していく。
他にはもうないかな? なんて、周囲を見回す。
……大丈夫、そうかな?
バタバタバタとヘリのプロペラの音が聞こえてきた。
あれ、ずっといたのかな。ひょっとすると、凄い集中してたのかもしれない。
「ルミコーリア!」
「おっと、クリムセリア」
勝利を手放しで喜んで、クリムセリアが私の胸に飛び込んできた。
まだ……だなんて言えないね。
本当に、よく頑張ったよ。
他の魔法少女の子たちからも、歓声が上がる。
ああ、終わったんだ。
ううん。違うかな。
始めないといけないんだ。こっから、色々と。
私が目を背け続けてたものと、向き合わないといけない。