「だっめだぁ~。全然わからないや」
私が机の上にうなだれると同時に、ばさりと大量の資料が音を立てて崩れてしまう。
今はそれらを拾い集める気力すらなかった。
環ちゃん所有のマンションの一室を借りているわけだから、片づけないといけないとは思っても、体はすぐには動いてくれない。
私のアパートでやってないのかって? あの狭い部屋でこんな書類に埋め尽くされるのは嫌だ。絶対に書類を無くすしごちゃまぜになって何が何だかわからなくなる。
これらの資料は環ちゃん――プリズシスタが各国の魔法少女たちと繋がって集めてくれた情報の数々だ。その中には強くなるためにしてることだとか、近年の魔獣魔人の状況だとか、そういった魔法少女に関係する話が集められている。
目的はもちろん、魔力とは何なのか、魔法少女とは何なのかを突き止めること。
一番詳しそうなのは彩花なんだけれど……あの一件以来、誰とも連絡を取っていないみたい。どこかへ消えてしまった。
「……本当に、自分勝手なんだから」
人の話を聞いていそうで聞いていない。それでいて自分の意思は通そうとする。
そんな不思議な友達が起こした一大事件から、既に半年が経とうとしてる。
世間は未だに魔法庁の不祥事で定期的に盛り上がっているし、同時に魔法少女たちの連携が増えたことでも盛り上がってる。
変わったことと言えば、世間の魔法少女たちへの注目度が跳ね上がったことぐらいかな。
悪く言えば、魔法少女たちにかかるプレッシャーが上がってしまった。
「ただいま戻りましたわ。あら、またですの?」
「うぅ……環ちゃんお帰りなさい」
「千恵、千恵ー! 早速ですが、お茶をお願いしますわ」
「はい、お嬢様」
うぅ、駄目な大人でごめんよ……。
ああ、お茶が美味しい。美味しいよぉ……。
「あまり無茶はなさらないようにしてくださいませ。これだけの資料、一人でまとめろって方が無理難題ですわ」
「ええ。お嬢様のおっしゃる通りです」
「うーん。でも、環ちゃんたちも夏休みは終わって学校があるでしょ? 私はほら、ちょっと休学扱いにしてもらったから時間があるしさ」
そう、私は今大学休学中なのだ。
流石に、これからやらなければならないことの量を考えたら大学生活と兼業できる気がしなかった。私が講義の度に頼ってた彩花がいないのに、より忙しくなった状況で勉強についていけるわけもない。いや、無理だって、本当に。
勘違いしないで欲しいのは、決して青春や恋愛を諦めたわけではないということ。
安心して日常を送るためには、魔法少女の安定が一番大事。そのためには、魔法少女たちの強化が急務って言うだけ。
結局のところ何一つとして状況は変わってない? そうかも。
そう考えるとちょっとだけ気が楽? 目の前の書類の山さえなければ。
「というよりも、本来これらは魔法庁側の仕事なのではないでしょうか?」
「まー、それはそうなんだけれど……」
新橋さんに今こういった内容を振れそうかって言うと、振れないよねぇ……。
ここ半年はめっきり会う機会も減ってしまったし。
向こうとしては、魔法庁の風評を魔法少女へ波及させたくないっていう思惑があるみたいなんだし、何よりも内部の新しい制度がまだ定まってないって感じみたいだし。
半年だもんね。省庁なんて国の機関だもの、その程度でどうこうはできないよねぇ……。国会も荒れに荒れたみたいだし。
そんなわけで、国からの支援は現在当てにできないわけで。
で、頼れる相手はいるかと言われるといないわけで。
ここにきて私の人脈の無さが足を引っ張る……っ!
「とりあえず、連日連日その調子ではお体に障りますわ。休みを取ることも大事ですわよ?」
「うぐぐぐ、不甲斐ない大人でごめんね……」
「そんなことありませんわ! ルミコーリアは、美羽さんはわたくしたちのヒーローですもの!」
自分がこうやって色んな人と繋がって、いろんな話をできるようになったのも、全部私のおかげだと環ちゃんは言ってくれる。私がいなければこの情報群もなかったのだと。
その表情に裏はどこにもなくて、心の底からそうだと信じてくれているのがよくわかる。
……それは、環ちゃんが変わりたいと思ってたからだよと言いたい。
同時に、今はその言葉に少しだけ縋りたい気持ちもある。
ううん、弱ってるなぁ、私。
「……そういえば、今日は久しぶりに芹香様が顔を出せるそうですよ」
「え? 芹香ちゃんが? 本当? 二か月ぶりぐらいじゃない?」
元々クリムセリアは広告活動で忙しい魔法少女だったけれど、あの一件からはすごい勢いで忙しくなってた。テレビにラジオ、取材も何から何まで、あの子により集中している。
それこそ、私が書類で悲鳴を上げてるのが情けなくなるぐらいに、人々は心の支えをクリムセリアに求めてしまったんだ。
私? 私にも色々来てはいたけれど、何というか、その、やっぱり玩具的な盛り上がりがメインだったよ。あはは。掲示板の奴らいつか一発ずつ殴ってやるからな。
まあ、いつも通り過ぎて少しだけ気持ちは楽になれたけれど。いい意味で肩の力は抜けたかな。うん、前向きにそう思うことにした。
「美羽さん美羽さん。実は、芹香さんは毎晩わたくしに連絡してくるんでしてよ」
「ええっ! そうだったの!?」
私の方にはあまり頻繁には……頻繁には? 三日に一度は電話してた気がする。
あれ、毎日連絡してた方が異常だったのでは? あれ? 私の感覚がおかしくなってる?
「まあ、内容は美羽さんの状況についてなのですが」
「芹香様も気にしてらっしゃるのですよ。半年前から、魔獣や魔人はほぼすべて美羽様が対応なさってるではないですか」
それはまあ、しかたのないことだ。
魔神を倒した姿が全国へ放映されたことで、私に対する期待は上がっている。
その私が現役で魔獣や魔人を倒す姿を見せることで、人々は安心できている。
実務は私が。広告は芹香ちゃんが。そうやって、今の日本の魔法少女界隈は落ち着きを保てているのだから。
ただ、懸念していた事態が起き始めてしまっているのも事実。
私であれば――。あの子が弱かったから――。そんな声が、少しずつ上がり始めている。
私一人では全てをカバーできない。その、弊害が。
「魔法庁の混乱が収まるまでだよ。そろそろ何か動くって新橋さんからは教えてもらっているけれど――」
ちょうど言い切ろうとしたタイミングだった。
インターホンが鳴り響く。
「お、噂をすれば芹香ちゃんかな?」
「私が対応いたしますね」
「頼みますわ」
あまりにも手慣れた動きで千恵ちゃんが対応に向かっていった。
こういうのを見ると、本職なんだなぁ。って思ってしまう。
そしてすぐに戻ってきた。
久しぶりの芹香ちゃんは少しだけ成長して、身長が伸びたみたいで、困った表情をしていて――。
「いや、どなたですか!?」
「初めまして! 自分、魔法庁所属の滝崎って言います!」
隣に、全く知らないスーツ姿の女性を連れてきていた。
彼女の眼には、爛々と熱意がこもっていた。