アリサ・シュルト少尉は目の前の機体を見上げた。曲線を多用するジオニズムの流れを汲んだ意匠が施された、異形のモビルスーツがそこにはあった。頭部には特徴的な十字のモノアイレールが備え付けられ、他のモビルスーツとは一線を画す雰囲気を醸し出している。全体的にパッと見でわかるほどの厚い装甲だが、加速性に関しては地上戦においてここまで頼もしい機体はないとメカニックは言っていた。
太い体型ではあるが、足裏にはホバー推進を可能とする装置が備え付けられており、見た目に反してスムーズな移動を可能、足回りの防塵処理にドロップタンクの増設。まさに地上戦のためだけの機体、ドワッジ。ホバー走行というのは意外にも需要はあり、砂地で足を取られるのは人もモビルスーツも同じと、整備員が口が酸っぱくなるほど繰り返していたのを、シェルト少尉は思い出していた。
岩場などに紛れやすい迷彩塗装を施されたその姿は、ちょっとした山のように見えた。
「今回の作戦内容はわかっているな?」
隣で顎鬚をたくわえたアセロ・リースマン大尉の言葉を聞き、「は!」と返事をシュルト少尉は返した。満足そうに頷き、リースマン大尉は繰り返し作戦の概要とその目的とを丁寧に説明していた。
だがその内容は至ってありふれたものではあった。猫の額程度の視野で……有体に言って狭い視野で練られた作戦に具体性があるわけでもなく、また曲げられぬ矜持が見受けられるわけでもなかった。
ゲリラ活動を繰り返すようになってからこうだ。何度目かになる愚痴をシュルト少尉は心の中でこぼした。一年戦争時はまだ地上戦の意義があった。連邦の重要拠点を戦力が整う前に叩き、一気に制圧するという明確な目標があり、そこに向かって兵士全員が死力を尽くして戦っていた。だが今はどうだ?すでに連邦から見れば「残党」に過ぎない自分たちは今こうして、細かな衝突を繰り返しているだけだ。
無論、作戦目的に警邏中の敵を撃破し、連邦の戦力を削る、警戒を強めさせるといった目的はある。だが実際にはどうだ?今こちらがやっていることは焼石に水程度のものでしかない。いや、実際に蓋を開けて実情をじっくりと見ればそれ以下かもしれない。
口に出せば鉄拳制裁が飛んでくるので誰も口にはしないが、しないだけで自分以外にもそう感じている奴はいるはずだ。一人思考の渦に囚われながら、シュルト少尉はドワッジを見つめた。
一度戦争をしかけた以上、引き返せないのはわかっている。だが、それでもこの巨人が大地を滑らなくともいい時代は必要なのではないだろうか。
まだまだ若いのか、そう一人呟いたシェルト少尉は自分の名を呼ぶリースマン大尉の声に我に返った。
「聞いているのか?」
訝しむ視線を注がれ、咄嗟に「はい!」と答えた後、シェルト大尉は胸の中に奇妙な虚しさを覚えた。
「先日はロウの奴が逝ったんだ。お前は逝ってくれるなよ」
「は!」
こちらの戦力は消耗するばかりだ。こんなことを続けて、死んでいった仲間は今頃どう思っているのだろうか?
答の出ぬ疑問を胸に抱いたまま、メカニックの「準備!」という声に背中を押されてシェルト少尉はドワッジのコクピットへと向かった。
砂漠はいざその地を歩けば昼はその灼熱によって、夜は身も凍るほどの寒さによって環境に適応できない者を容赦なく死へと追い込む生き物の墓場だった。一歩踏み出すごとに砂地は足を取り、それだけで体力を奪われる。だが鋼鉄の巨人に乗っている時は、そのような過酷な環境のことは忘れることができた。
熱核ホバーエンジンによって地表を滑走するドワッジの姿は、海上を滑らかに動く艦船のそれとよく似ていた。図体の割に滑らかな動きをするドワッジの性能に改めて感謝しながら、シェルト少尉はモニターに映し出されたCGを凝視した。
作戦は警邏中の部隊を一機が攪乱、分散したところを各個撃破という至ってシンプルなものだった。
それゆえに失敗してしまえば取り返すことは難しく、初動が極めて重要なことは少尉も理解していた。
自分は部隊から分散した溢れ者を片付ける役割……頭の中で何度もシュミレーションを重ねながら敵が来るのを待ち構える。
緊張状態に耐え兼ね、少し肩を回していたその時だった。
突如として遠方で爆風が観測され、シェルト少尉は目を見張った。単なる爆発ではない。遠方でもはっきりと確認できるほどの爆風。考えられることは――
「まさかジェネレーターに直撃させたのか!?」
誰が、と考える暇もなく作戦の手順を忘れ、シェルト少尉はドワッジを加速させた。モビルスーツ戦闘で怖いのは死ぬことだが、人によってはジェネレーターに誘爆させることの方がよっぽど怖い。その規模は場所によってモビルスーツがそのまま超質量の爆弾に変わるほどだ。宇宙空間ならともかくとして、地上戦での爆発は洒落にはならない。
ドワッジを駆り、爆心地を確認できる距離にまで近づいた少尉が目にしたのは、残骸を僅かに残した同じドワッジと、それを囲む二機のモビルスーツだった。
ジム系のスマートなラインを見せながらも、装備しているものは肩部のミサイルランチャーに連邦軍独特の直線的なシールド。ジムⅢ、連邦軍の主力である量産型モビルスーツだった。
誰だ。攪乱役は大尉だった。まさか。
様々な思考が入り乱れ、脳内を満たした次の瞬間には「きさまぁ!」と叫んでいた。激昂しているはずなのにやけに冷静なもう一人のシェルト少尉がすぐさま己の手足の如くドワッジを動かし、片手に携えていたジャイアントバズを構えた。黒光りする長大な砲身には過熱による砲身の歪みを防ぐためのサーマルスリーブが備え付けられている。歩兵のようにジャイアントバズを構え、目標に目掛けて即座に弾頭を射出した。二機のジムⅢのうち一機は砂に足をとられ回避行動が遅れた結果、右足を吹き飛ばした。流血するように伝導液が漏れ、砂を染めながらバランスを失ったジムⅢは人がそうするように転倒した。
「おまえ、おまえ、おまえぇぇえええぇ!」
続けて目くらましのために数発の弾頭を発射し、着弾と起爆の衝撃が小規模の地震となって砂を巻き上げた。弾切れとなったジャイアントバズを即座に棄て、デットウェイトになるのを避けながら、もう片方の手で腰に装着されていたシュツルムファウストを目標も定めずに発射した。
惑わされてくれればそれでいい。この程度で仕留められるほど甘いものだとは考えていない。着々と戦術を変更し、脳内で異常な早さで組み立てながら実行に移す自分に対して恐怖を抱く暇もなく、シュツルムファウストが複雑な軌道を描きながらジムⅢの周囲に着弾する光景を他所に気づいた時にはヒートサーベルをドワッジに構えさせていた。
「あんたらは地球が恋しいんじゃないのかよ、それをこんなに汚してさあ!」
高機動を活かし、砂地を滑るように移動してジムⅢに対して一気に攻勢へ出ようとしたシェルト少尉だったが、牽制に放たれたミサイルにその思惑を挫かれた。正確にこちら目掛けて飛来する獰猛な姿にぞっとしたシェルト少尉はフットペダルを踏み込み、前方への急加速をかけてギリギリのところでミサイルを回避した。
後方で外されたミサイルが着弾し、轟音が大気を震わせる間にさらに加速をかけ、ジムⅢに向けて突進をしかける。
少尉の思惟を読みかねているのか、困惑した様子が機体からもうかがえるジムⅢはでたらめに頭部バルカンを乱射するが、重装甲であるドワッジに対してはなんら有効打は与えられていなかった。装甲が弾丸を弾く甲高い音がコクピット内に響き、ただただ少尉の戦意を昂ぶらせる。
「戦闘ってのは、全部使ってやるもんでしょうが!」
慌ててジムⅢがビームサーベルを引き抜いた時には既にドワッジは距離にして数十メートルにまで近づいており、その慣性を殺さずに仕掛けられた体当たりによって純粋な四十トンを超える質量の塊がぶつかり、互いのコクピットに激震を与えた。
コンソールがギシギシと悲鳴をあげ、衝撃吸収用のエアバッグが飛び出す。ジムⅢは大きく仰け反るが、なんとか転倒するのを避け、後ろに数歩下がるだけにとどまった。しかし、その時には既にヒートサーベルがジムⅢのメインカメラを焼き切っていた。チタンセラミック複合材の刃が頭部にめり込むと同時に、電荷によって一瞬にして六千度を超える温度にまで上昇したヒートサーベルはいとも容易くチタンセラミック合金を溶断した。
メインカメラを失い、大木のようにその場から動かなくなったジムⅢは次の瞬間にはコクピットを貫かれ、その活動を完全に停止させていた。
六千度という温度は人間などあっという間に蒸発させ、そこに人間がいたことすら忘れさせてしまう。
片足を失ったジムⅢがビームライフルを構えていたが、それも投擲されたヒートサーベルが鈍い重低音を響かせてコクピットを貫いたことで沈黙した。
漏れた伝導液が砂地を穢し、それが人の血のように思えてシェルト少尉は目を逸らした。
「おあいこだろ……あんたらだって」
そこからの言葉は喉からは出ず、ただ奇妙な嗚咽となって掠れるだけだった。作戦から帰還後、シェルト少尉はリースマン大尉の声を聞く事は無かった。
憤怒することもなく、特別悲しみも生まれることはなかった。ただ、言葉では言い表せない虚しさだけがシェルト少尉の胸の中に広がった。
視線を泳がせ、自然と吸い込まれるようにドワッジを注視する。整備中の鋼鉄の巨人はただ、そこに聳えるだけだった。
そんな話でした。楽しんでいただければ幸いです。