織斑一夏、人生最大のやらかし 作:えなり
「一夏、私の部屋の掃除をしておけ。特に机の周りを重点的にな」
姉さん――織斑千冬は、そう言い残して颯爽と部屋を出ていった。まったく、姉貴は俺をなんだと思ってるんだ。専用機持ちの弟は、便利な家政夫か何かじゃないぞ。
ブツブツと文句を言いながらも、逆らえないのが悲しい弟の性だ。姉さんの部屋に入ると、相変わらずというか、殺風景な部屋に書類の山ができていた。
「うげぇ…これを全部片付けろってか」
机の上には、書類の他に海外土産らしきお洒落なボトルが置いてあった。綺麗な青い液体が入っていて、ラベルには読めない言語が書かれている。
掃除で汗をかいた喉には、その冷えたボトルがひどく魅力的に見えた。
「ただの水だよな? ちょっとくらいなら…」
喉の渇きに負けた俺は、ボトルの栓を開けて中身を呷った。口に含んだ瞬間、フルーツのような甘い香りが広がった。…が、次の瞬間、カッと喉が焼けるような感覚。
「ごふっ!? さ、酒!?」
そう認識したのが最後だった。視界がぐにゃりと歪み、俺の意識はぷっつりと途絶えた。
◆◇◆◇◆◇
「……ん……」
重い頭痛と共に目を覚ます。見慣れた、自分の部屋の天井。どうやら、姉さんの部屋で倒れた後、誰かが運んでくれたらしい。
(いてて…頭が割れるようだ…)
体を起こそうとして、不意に隣に人の気配を感じた。恐る恐る横を見ると、そこには――。
「すぅ…すぅ…」
愛らしい寝息を立てて、俺の腕を枕にするようにして眠る、幼馴染――篠ノ之箒の姿があった。
長い黒髪がシーツに広がり、普段の凛とした姿からは想像もつかない無防備な表情。その姿は、正直、とてつもなく可愛かった。
「……は?」
待て、どういう状況だ? なぜ箒が俺の部屋で、俺のベッドで、しかも俺の腕枕で寝ているんだ?
昨日の記憶は、姉さんの部屋で酒を飲んでぶっ倒れたところまでしかない。その後の記憶が、すっぽりと抜け落ちている。
俺が混乱していると、箒が身じろぎをして、ゆっくりと目を開けた。
「……いちか…? おはよう…」
「お、おう…おはよう、箒。その…これは、どういう…」
俺の言葉に、箒は一瞬きょとんとした後、昨夜のことを思い出したのか、顔を真っ赤に染め上げた。
「〜〜〜っ! お、覚えていないのか!?」
「いや、その…悪い、酒を飲んじまったみたいで…」
「そ、そうか…。ならば仕方ないが…」
もごもごと口ごもりながら、箒は恥ずかしそうに俺から視線を逸らす。そして、おずおずと自身のお腹のあたりに手を当てて、小さな声で呟いた。
「…もし、万が一…その…私のお腹に、一夏との子ができていたら…その時は…ちゃんと、責任、取ってくれるだろうな…?」
………。
………?
……子?
俺の頭の中で、箒の言葉が反響する。
状況から察するに、俺は昨夜、この幼馴染と――所謂「一線」を越えてしまったらしい。そして、彼女は妊娠の可能性を示唆している。
頭痛がさらにひどくなった気がする。だが、男として、やってしまったことの責任は取らねばならない。
「……当たり前だ、箒。もしそうなったら、俺は…お前と、その子のために、命だって懸ける」
覚悟を決めてそう言うと、箒は安心したように、そして嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に少しだけ救われながらも、俺の心臓はまだバクバクと嫌な音を立てていた。
◆◇◆◇◆◇
なんとか箒を部屋に帰し、ぐちゃぐちゃの頭を抱えながら制服に着替える。とにかく、腹が減った。食堂へ行こう。
廊下を歩いていると、向こうからセシリア・オルコットが歩いてくるのが見えた。
「ごきげんよう、一夏さん」
「お、おう、セシリア」
いつも通りの優雅な挨拶。だが、今日の彼女はどこか違う。頬がほんのり赤く、俺を見る目がやけに潤んでいる。
「昨夜は…その、情熱的でしたのね、一夏さん。わたくし、驚いてしまいましたわ」
「……へ?」
「ふふっ。もし、わたくしのお腹に新たな命が宿ったのなら…それはもう、運命ですわよね? オルコット家は次期当主の婿として、一夏さんを歓迎いたしますわ」
にこやかに、しかし有無を言わさぬ迫力でそう告げるセシリア。
俺は、笑顔のまま固まる。
(…待て。俺は昨日、箒とだけじゃなかったのか?)
冷や汗が背中を伝う。セシリアに曖昧に会釈してその場を逃れるように早歩きしていると、今度は角から凰鈴音が飛び出してきた。
「一夏! あんた、昨日のこと覚えてる!?」
「り、鈴…?」
「覚えてないの!? ま、まあいいわ! とにかく! もし、アタシに『何か』あったら、あんたが約束通り、ちゃんと責任取ってくれるわよね!?」
顔を真っ赤にしながらも、力強く俺の肩を掴んでそう宣言する鈴。
(…三人目だ…)
もはや顔は蒼白だ。食堂に着く頃には、足が震えていた。
席についてぐったりしていると、隣にシャルロット・デュノアがそっと座ってきた。
「一夏、おはよ…。あのさ、昨日のことなんだけど…」
「シャルル…」
「僕、女の子で良かったって、初めて思えたかもしれない…。もし、一夏との赤ちゃんができたら…僕、すごく嬉しいな…なんて…」
上目遣いで、恥ずかしそうに、しかし幸せそうに微笑むシャルル。
(四人目…)
もう駄目だ。胃がキリキリと痛み出す。そこに、追い打ちをかけるように、ラウラ・ボーデヴィッヒが俺の正面の席にカツン、と音を立てて座った。
「…一夏」
「ラ、ラウラ…」
「昨夜の貴様は、まるで獣だったな。だが…悪くなかった」
そう言うと、ラウラはふいっと顔を逸らす。だが、その耳は真っ赤に染まっている。
「…もし、貴様との子ができたら…私は、お前を私の『嫁』として、正式に迎え入れてやる。光栄に思え」
(ご、五人目ェッ!!)
◆◇◆◇◆◇
食堂からの帰り道、俺は一人、ふらふらと壁に手をついて天を仰いだ。
(待て待て待て待て! 状況を整理しよう!)
俺は昨日まで、健全な男子高校生で、ISの操縦以外はこれといった特技もない、ごく普通の童貞だったはずだ。
(それがなんだ!? なんで一晩で周囲の女の子全員孕ませてる(可能性)みたいな状況になってるんだ!?)
箒、セシリア、鈴、シャルル、ラウラ…五人だ。一晩で五人と関係を持つなど、体力的に可能なのか?
いや、それよりもだ。
(どんな口説き文句使ったんだよ、昨日の俺は!? どんな魔法を使ったんだ!? あの箒を、セシリアを、鈴を、シャルルを、ラウラを! あのガードの堅い全員を同時に口説き落とすなんて、神でも無理だろ!)
一番恐ろしいのは、その時の記憶が一切ないことだ。俺は一体、昨夜、何をしたんだ。
冷や汗が滝のように流れる。もはやパニックだ。
その時だった。
「――一夏」
背後から、最も恐ろしく、そして最も頼りになる姉の声がした。
「千冬姉…」
「昨日のことだが」
びくり、と俺の肩が跳ねる。姉さんは、何か知っているのか?
「お前が飲んだあの酒だがな。あれは…」
ゴクリ、と俺は固唾を呑んだ。姉さんの口から、どんな真実が告げられるのか。
「…ドイツの知人から貰った、特殊なリキュールでな。飲むと『フェロモンが異常活性化する』という、とんでもない代物だったらしい」
「……は?」
「どうやら、理性を飛ばし、本能のままに異性を魅了してしまう効果があるそうだ。…おい一夏、どうした? 顔が真っ青だぞ」
姉さんの言葉を最後に、俺の意識は再び、今度は絶望と共に、真っ白に染まっていった。
(――俺の…俺の純情を返せェェェッ!!)
心の中の絶叫は、誰にも届くことはなかった。
勢いで書いてみました。一夏の内心ツッコミと、ヒロインたちの可愛さを表現できていれば幸いです。もしよろしければ、感想や評価をいただけると執筆の励みになります。この続きは…一夏が責任を取るために奮闘する話になるのでしょうか…?