織斑一夏、人生最大のやらかし 作:えなり
あの夜から一夜。
IS学園の女子寮、それぞれの部屋では、五人の少女たちが、未だかつてないほどの幸福感に包まれて朝を迎えていた。
篠ノ之箒は、自室の布団の中で、昨夜の一夏の力強い腕の感触を思い出しては、顔を真っ赤にしていた。
(一夏…。あいつ、昨夜は随分と男らしかったな…。もし、本当に子ができていたら…。いや、できていなくとも、私たちの仲はもう…)
幼い頃からの想いが、ついに形になった。その事実だけで、胸がいっぱいだった。
セシリア・オルコットは、朝のティータイムを楽しみながら、うっとりと窓の外を眺めていた。
(まあ、一夏さん…。あれほど情熱的だったなんて…。これであの方も、名実ともにわたくしのものですわね。お父様になんて報告しましょうか。ふふっ、きっと驚かれるでしょうね)
オルコット家の未来と、愛しい人との未来。二つの輝かしい道が重なり、彼女の心は薔薇色に染まっていた。
凰鈴音は、ベッドの上で足をばたつかせながら、昨夜の出来事を反芻していた。
(あいつ、覚えてるのかしら…。覚えてなかったら、もう一回アタシから言ってやらないと!…でも、すごく優しかった…。約束、ちゃんと守ってくれるわよね…)
ぶっきらぼうな態度の裏で、長年の約束が果たされることへの期待が、ちぎれんばかりに膨らんでいた。
シャルロット・デュノアの部屋では、彼女が鏡の前で自分の頬をつついていた。
(僕、本当に女の子でよかった…。一夏と、あんな風になれるなんて…。もし赤ちゃんができたら、男の子かな、女の子かな…。きっと、一夏に似て、優しくて強い子になるんだろうな…)
性別を偽っていた過去の痛みすら、今は愛しい人との未来を彩るための布石だったように思えた。
そして、ラウラ・ボーデヴィッヒは、自室で腕を組み、真剣な表情で思考を巡らせていた。
(ふむ…。織斑一夏を嫁にするにあたり、まずは体力作りからだな。黒ウサギ隊の訓練メニューをベースに、専用のものを作成せねば。家事全般も私が教え込む必要がある。ふ、手のかかる嫁だ…)
彼女の思考は、既に未来の「嫁」をどう鍛え、どう愛でるかという、具体的な計画で満ち溢れていた。
五人全員が、信じて疑わなかった。
――昨夜、自分は織斑一夏にとって「特別」な存在になったのだ、と。
◆◇◆◇◆◇
幸福な妄想に浸る五人が、朝食のために食堂へと集う。それは、必然の出会いだった。
円卓に偶然にも集まった五人は、最初こそ互いに挨拶を交わしていたが、すぐにそれぞれの様子が「いつもと違う」ことに気づき始める。
「あら、箒さん。なんだか今日はお顔の色がよろしいですわね。何か良いことでも?」
セシリアの何気ない一言が、全ての引き金だった。
「む…? そ、そうか? セシリアこそ、いつもに増して上機嫌に見えるが」
「ええ、まあ。昨夜はとても…素敵な夜でしたので」
セシリアがうっとりとそう言うと、隣に座っていた鈴が「へえ?」と割って入った。
「奇遇じゃない、アタシもよ。昨日はぐっすり眠れたっていうか、まあ、色々あってさ」
「僕も…なんだか、夢見心地っていうか…」
シャルルがはにかみながら同意する。ラウラだけは黙っていたが、その耳が微かに赤い。
空気が、変わった。
箒、セシリア、鈴、シャルル、そしてラウラ。五人の視線が、テーブルの中央で激しく交錯する。
「…セシリア。お前、昨夜、一夏と会っていたのか?」
箒の低い声に、セシリアは「あら」と扇子で口元を隠した。
「人聞きの悪いことをおっしゃいますわね。会っていた、なんてものじゃありませんわ。わたくしたちは、結ばれたのですから」
「なっ…!?」
「なんですって!?」
セシリアの爆弾発言に、鈴とシャルルが同時に叫ぶ。
「結ばれたって…どういうことよ! 一夏は昨日、アタシとずっと一緒に…!」
「そ、そんな…! 一夏は僕の部屋に…!」
「…待て」
それまで沈黙を守っていたラウラの、氷のように冷たい声が響いた。
「昨夜、一夏は私の部屋にいた。そして、私たちは…夫婦の誓いを立てた。貴様たちの言っていることは、どういうことだ?」
五人それぞれの口から語られる「昨夜の一夏との出来事」。
場所も、時間も、微妙に食い違う。だが、結論は一つだった。
織斑一夏は、昨夜、この場にいる五人全員と、それぞれ関係を持った(らしい)。
「「「「「………………」」」」」
幸福感は、木っ端微塵に吹き飛んだ。
代わりに胸を満たしたのは、どす黒い感情の渦。
嫉妬。疑念。そして、裏切られたという絶望感。
――私だけじゃ、なかったの…?
――私たち全員に、同じことを…?
――じゃあ、あの優しい言葉も、全部嘘だったっていうの…?
――責任を取るって言っても、五人もどうするつもりなの…?
――まさか、遊びだったの…?
天国から地獄へ。
少女たちの心は、たった数分で無慈悲に突き落とされた。その瞳からは、先ほどまでの輝きは消え、冷たい怒りと、涙の膜が張っていた。