織斑一夏、人生最大のやらかし   作:えなり

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断罪の視線と、生存本能

一方、その頃。織斑一夏は、重い足取りで自室のドアを開けた。

先ほど、一人で腹を括ったものの、具体的に何をどうすればいいのか、全く妙案が浮かばない。頭の中は「責任」という二文字で埋め尽くされ、思考は堂々巡りを繰り返していた。

 

(まず、誰から話すべきだ…? やはり、最初に会った箒からか…? いや、全員同時に集めて話した方が誠実なのか…? だが、そんなことをすれば、一体どんな地獄絵図が展開される…?)

 

考えても考えても、答えは出ない。ただ、ずきずきと痛む胃と、ひどい空腹感だけが現実を告げている。

 

「……腹は、減るもんなんだな。こんな時でも…」

 

自嘲気味に呟き、俺は食堂へと向かうことにした。何か腹に入れなければ、この先生きのこるための思考すらできそうになかったからだ。

廊下を歩きながらも、頭はフル回転している。

もし、妊娠が事実なら…箒の実家の神社は? オルコット家の立場は? 鈴との子供の頃の約束は? シャルルやラウラの故国は、これをどう捉える…?

考えれば考えるほど、問題は雪だるま式に膨れ上がっていく。それはもう、個人の恋愛問題などというレベルを、遥かに超越していた。

 

そんな重圧で押し潰されそうになりながら、俺は食堂の入口にたどり着いた。

 

その瞬間、肌をピリリと刺すような、異様なプレッシャーを感じ取った。

いつもは賑やかなはずの食堂が、やけに静かだ。そして、その静寂の中心から、全ての音を吸い込むような、凄まじいまでの圧が放たれている。

 

(…なんだ、この空気は…)

 

恐る恐る、そのプレッシャーの発生源に視線を向ける。

――そして、俺は息を呑んだ。

 

前方の円卓。そこに、五人のヒロインが座っていた。

箒、セシリア、鈴、シャルル、ラウラ。

全員、揃っている。

 

(嘘だろ…なんで、全員がここに…)

 

一瞬、踵を返してこの場から消え去ろうかという考えが頭をよぎる。だが、遅かった。俺の存在に、彼女たちは既に気づいている。

 

そして、俺は見てしまった。

彼女たちの表情を。

そこに、昨夜までの幸福そうな面影は微塵もなかった。

あるのは、凍てつくような冷たい怒り。裏切られた者の、深い悲しみ。そして、獲物を前にした捕食者のような、静かな殺意。

 

(しまった…! 俺が何か言う前に、何かが起きたんだ…!)

 

最悪の可能性が、脳裏を雷のように貫いた。

 

(まさか…お互いの状況に…気づいたのか…!?)

 

全身から、サーッと血の気が引いていくのがわかった。手足が冷たくなり、背中に嫌な汗が滝のように流れる。今、この地球上で、最も来てはいけない場所に来てしまった。

 

俺がその場で凍りついていると、五人がゆっくりと、まるで示し合わせたかのように、同時にすっと立ち上がった。

 

「「「「「一夏(さん)…………!!!!」」」」」

 

それは、ただ名前を呼ばれただけだった。

だが、その声に含まれた感情の質量――怒り、悲しみ、失望、嫉妬、疑念――は、物理的な衝撃となって俺の身体を打ち据えた。

思考が停止する。言葉も出ない。

 

彼女たちは、何も言わずに、ただ無言でこちらに詰め寄ってくる。その静けさが、何よりも恐ろしかった。

 

もはや、理性がどうこう言う段階ではなかった。

俺の全身全霊、その細胞の全てが、生存本能の命じるままに行動した。

 

「ひぃっ!?」

 

情けない悲鳴を上げ、俺は文字通り脱兎のごとく踵を返し、廊下を全力で駆け出した。人生でこれほどまでに「死」を身近に感じたことはない。

 

「待ちなさい、一夏ァ!」

「お逃げになるおつもりですの!?」

「説明しなさいよ、この朴念仁!」

「待ってよ、一夏!」

「逃がすか、この浮気者め!」

 

背後から迫る怒号と、複数の足音。それはもう、鬼ごっこというような生易しいものではない。完全に、狩りだった。

 

(なんで!? いや理由はなんとなくわかったけど! それでもなんでこうなるんだよ!? 話し合いの余地はないのか!? ないんだろうな、あの目を見たら!)

 

理由を半ば理解してしまったからこそ、恐怖は倍増する。

織斑一夏、15歳。IS学園入学以来、最大の危機。

彼の受難は、弁明の機会すら与えられない、壮絶な逃走劇という形で、最悪の幕を開けたのだった。

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